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魔女とコヨーテ」
第六話 道の先

第六話: 道の先 24

2009.12.17  *Edit 

 涼しい風を感じて目を開ける。
 シェリルはぎょっとして辺りを見回した。空は既に橙色に染まり始めている。
 夕暮れである。
「ねえねえ」
 彼女の体を抱き締めたまま、上にのしかかっている彼の体を揺さぶると、コヨーテもすぐに目を開けた。
「あ……気持ちよかった?」
「うん。……じゃなくて、ねえ、もう夕方だよ」
「あ……?」
 寝起きのいい彼には珍しく、コヨーテは惚けたように周囲を見回す。
 なんということだろう。コヨーテが彼女の中で達した後、繋がったまま、ふたりして寝込んでしまったらしい。以前にもこんなことがなかっただろうか。
「あらー。寝ちゃったんだね」
 手をついて体を起こしながら、コヨーテは呟いた。
「あらーじゃないよ。急いで動かなきゃ」
 シェリルも慌てて起き上がる。名残惜しく思いながらも、彼から体を離そうとすると、そっと押し留められた。
「まあ、いんじゃない? 今日もう一日、ここに泊まってけば。今から動いてもろくに距離稼げないし、身支度してるうちに、陽が沈んじゃうよ。急ぐ旅じゃないし」
「でも」
 シェリルが身じろぎすると、彼女の性器と、力を失った彼の性器の隙間から、注ぎ込まれた精液が静かに漏れ出した。
 コヨーテの言うとおりかもしれない。もう一日、ここで休んで、明日早起きをすればいい。
「でも、今日一日、なんだったんだろ……」
 頷きながらも、ちょっとした虚しさにかられてシェリルが呟くと、手ぬぐいで性器を拭っていた彼は笑った。
「一日ゆっくり休息したってことでいいじゃん。君はお昼までがーごー寝てて、あとエッチしただけだからね。……僕はちょっと疲れたけど」
「あたしだって疲れたもん」
 彼女はいささか照れながら、言い返す。コヨーテはシェリルを面白そうに見やると、手ぬぐいを裏返して、彼女の脚の間を拭ってくれた。
「まあでも、また目が覚めたら牢屋とかじゃなくてよかったね」
 彼の言葉で、谷の村での出来事を思い出し、シェリルは苦笑いを見せた。目が合うと、コヨーテの顔が近づき、ふたりは唇を軽く重ねた。
 重ねてきたのは、体だけではない。共に時間を過ごすうち、いくつもの出来事を共有するようになった。            
 コヨーテとの間にある、色も形もない絆。それは、そうした重なり合った時間の中で、お互いすら気づかない内に、よりあわされていったものなのかもしれない。
 けれど同じ時間を過ごせば、誰とでも、そんな絆が生まれるわけではない。少なくとも、シェリルは違う。
 彼のように、互いに受け入れることのできる人間と出会え、同じ時間を持つことができたことに、シェリルは深く感謝した。


 端から見れば実に馬鹿馬鹿しいだろうが、シェリルたちは、その夜も同じ場所で過ごした。
 日が暮れる前に、やっと食料だけ調達し、火を起こして野営の準備を整える。今日はほとんど――ごく一部の動きを除いて――動いていないのだが、丸一日食べていないと、さすがに腹は減った。ふたりとも旺盛な食欲を見せ、川魚や木の実をよく食べた。
 食事を済ませた後は、翌日の早起きに備えて、彼らは早々に横になった。
 しかし当然ではあるが、昼近くまで寝ていた後、肌を重ねただけで、再び夕刻近くまで眠ってしまったので、すぐには眠くならなかった。
 コヨーテも同じなのか、昨夜のように、隣に寝転がった彼は、仰向けになって星を眺めるシェリルの髪を、静かに撫でている。今日一日の出来事が、夢ではないかというような気がした。
「起きてる?」
 囁くような小さな声が聞こえ、シェリルは彼の方を振り向いた。
「起きてるよ」
 コヨーテが何か話したそうだったので、シェリルは一言だけ答えて、彼の言葉を待った。
 彼はなかなか口を開こうとせず、曖昧な表情で彼女を見つめていた。
 今夜は爪の先のような、ごく細い月が空に掛かっていて、うっすらとした金色の光を、弱々しく地上に注いでいる。青白く映るコヨーテの顔を見ていて、シェリルは再び時間が戻ったような錯覚に陥った。昨夜などではなく、もっと前。ずっと前、彼女がまだ彼の通り名すら知らなかった夜。丁度三年前の、あれも秋の初めだった。
「君が……」
 随分見つめ合った後、彼はやっと口を開いた。彼女はまだ、初めて彼と愛し合った夜にいるような錯覚から抜け出せずにいた。
 彼は言葉を切って、微笑んだ。シェリルはその瞳の端に、無限の虚無を見た気がした。それもあの夜と同じだった。

 彼は黙ったまま、シェリルの髪を再び撫でた。彼女の目の光が、微かに緩む。初めて会った時から、そうだった。彼女は髪を撫でられるのが好きなようで、それは口に出されなくても、伝わってきた。
 普段のシェリルが何を考えているかは、彼もよく分からない。しかし抱き合っている時は、彼女が望むことが、何故かいつもより分かる気がする。
 あの時の彼にとって、シェリル――伯爵令嬢フィリスは、誘拐して、辺境伯の元に届けるべき人間だった。彼女が顔を知らない婚約者を装い、さらに信用を買って、疑いを払拭するため、もう一人別の偽物婚約者を用立てた、辺境伯の計画は、極めて周到だった。
 計算通り、世間知らずの貴族娘は、危機を救ってくれた彼を信用し、並々ならぬ興味を持ったようだった。あとは彼女を言いくるめて、護衛から引き離して、辺境伯の元へ連れて行くだけで、彼の仕事は終わるはずだった。略奪された令嬢は、伯爵に対する人質として、辺境伯の元に置かれ、いずれは彼の息子たちに嫁がされていただろう。
 しかし道中、レナードとして伯爵令嬢と話す内、聡明で愛らしく、どこか自分と似たところのある彼女に、僅かに親しみと好意を覚えた。彼女の方も、彼に好意を持っているのは確かに見えた。
 あの夜は、護衛や侍女が張り付いている令嬢が、一人で個室で休むという、絶好の機会だったというのに、彼は余計な下心を出してしまった。それもこれも、彼女の方から、部屋の中で休まないかと誘われたからだ。
 今考えれば、由緒ある貴族の娘が、婚約者とはいえ、男を深夜に部屋に招き入れるはずはない。本来はそこでおかしいと気づくべきだったが、当時は、それだけ彼に惚れているのだろうと、都合のいい方へ解釈をしてしまった。
 彼女が彼を部屋に招いたということは、向こうも覚悟と期待はしているのだろう。部屋に入り込んだ時から、彼は内心ほくそ笑んでいた。恐らくは生娘であろう、愛らしい伯爵令嬢の、豊満な体を探れるのが楽しみだった。淑やかで慎ましく振舞いながら、時折旺盛な好奇心を覗かせる彼女が、彼の下でどれほど乱れるのか、想像しただけで高ぶった。
 彼の愛撫の中で、伯爵令嬢が目を覚ましたのには、すぐに気づいた。声も上げずにされるがままになっている彼女は、最初、怯えているのかと思った。だがやがて、小柄な肢体は、彼の掌の下で、予想以上に敏感な反応を始めた。夜着の下に手を入れて、素肌を撫でても、彼女は咎めもせず、吐息を押し殺して、快楽をこらえているようだった。深窓の貴族娘であるはずなのに、なんて淫らで狡猾なのだろうと、娘を軽蔑しながら愛しく思った。
 その時彼は、また自分が公爵家の息子であるような錯覚に捕らわれた。この愛らしく、淫蕩で、賢い少女が、自分の婚約者であるなら、幸せではないかと考えた。
 
 初めて彼女を見かけた時もそうだった。あの煉瓦造りの教会を兼ねた巡礼宿での夜。
 伯爵令嬢は非常に聡明だが、醜女だと聞いていた彼は、偽者公子として雇われた男に対し、短剣を抜いて果敢に立ち向かった娘が、あまりに愛らしいので驚いた。彼女がその優しげな童顔で、必死に男を脅すように睨みつけているのが、実にいじらしかった。男から令嬢を助けることは、既に打ち合わせ済みのことだったが、あどけない令嬢を抱きすくめ、無理やり口づけをした仲間の男に対して、一瞬本気で怒りが沸いた。
 涙を拭う彼女の前でひざまずいて名乗った時、彼は本当に自分がレナードであるかのような気がした。そして婚約者が彼女のような娘で良かったと、半ば感動を覚えながら考えた。
 王都のあたりで、彼女の容姿がもてはやされないのも分かる。背の低い女は好まれないし、豊満な体つきの女は、身持ちが悪いと言われている。だが無論、彼にとっては、そんなことはどうでもよかった。
 それだけに、彼女を抱いた時、その内股に魔術師の印を見つけた時には、頭を殴られたような衝撃だった。
 魔術師ギルドは、決して貴族には奥義を授けない。それは会員でない彼も、よく知っていた。魔女が貴族であるはずがない。つまりは偽物だ。替え玉だと、やっと気づいた。落ちぶれかけたとはいえ、切れ者の伯爵は、辺境伯より周到な防御策を張っていたのだ。
 おかげで仕事は失敗である。彼の責任ではないとはいえ、無駄な手間をかけさせられた。
 腹いせも兼ねて、彼は欲望のまま、彼をレナードだと信じて詫びる娘を貫いた。 彼の重みの下で、破瓜の苦痛に喘ぎながら、それでもシェリルと名乗った娘は、彼との交合を悦んでいるようだった。激痛の中で歓喜する、彼女の心が、何故かよく分かる気がした。
 このまま死んでもいいと思っているのではないか、この娘。そう考えると、有能な雇われ魔女に対する愛しさは増した。
 そしてシェリルの方もある程度は、彼がいつも目の端で見ているものを、捉えているように見えた。彼は物事の表面しか見ない、愚かな女は嫌いだったが、シェリルほど、彼に近い視野を持つ女を抱いたのは、初めてだった。
 ことのあと、彼を吸い込むような、シェリルの大きな黒い瞳を見つめていて、彼はもし彼女が本当に死んでもいいと望むのなら、願いを叶えてやりたい、そして彼もそれに付き合ってやりたいなどと考えた。
 一瞬後に後ろ暗い発想を自嘲した。無論、シェリルにも告げなかったが、彼女なら、彼のその言葉に、頭から呆れたり笑ったりせず、彼がその発想に至った過程を、少しでも理解してくれるのではないかと思った。
 翌日の朝、惜しいとは思ったが、彼はシェリルを起こさないように、慎重に窓から脱出して、連れの男と逃亡した。そのため、額や頬にくちづけも残せなかったのが、若干の心残りではあった。


「なあに?」
 何か言いかけたまま、もの思いに耽り始めたコヨーテに、ついに痺れを切らせて、シェリルは尋ねた。彼は我に返ったように瞬きをすると、再び微笑んで口を開いた。
「君の名前ってさ、誰がつけたの?」
 シェリルは初めて名乗った時、彼にぴったりだなどと言われたことを思い出した。若い愛人への妄執の為に、夫を寝所で殺害した、稀代の悪女シェリルと同じ名前だ。
「お父さん」
「商売人だったんだっけ? 学があったんだね」
 久しぶりに、おおらかで優しかったが、あまり彼女に関心を向けなかった父のことを思い出した。家を空けることの多かった父の記憶は、それほど多くないが、内気なシェリルがおそるおそる頼みごとをすると、大抵なんでも聞いてくれた。
「本とか扱っていたからね。家にも古書がいっぱいあったし。……どうしてそう思うの?」
「だって、シェリルって、東の王国の伝説からもらったんでしょ? 圧政に苦しむ住民の為に、夫を殺した女傑の話じゃないの?」
 シェリルは呆然とコヨーテを見つめた。彼は知っていたのだ。 
 悪女シェリルの伝説は、王都から西の辺りでは、夫殺しとして知られている。しかしシェリルの故郷がある、王都より北東の自治都市では、東の王国から、もっと古い伝説が伝わっていた。
 古代帝国時代、貴族を優遇し、商人や農民を厳しい法律の下で統治していた総督がいた。圧政に苦しむ住民の為に、ある貴族の美しい娘が、総督の元に輿入れした。
 結婚初夜、総督に純潔を捧げた後、彼女は満足そうに眠る総督の首を、寝所でかき切った。
 彼女はすぐに実家に戻って、父に報告した。彼女の父である有力貴族は、総督を事故死として中央に報告し、自分が新しい総督に納まった。新たな総督の元で、町は穏やかに統治されることになったという。
 シェリルという名前のその貴族娘は、その後も未亡人として、父の元で静かに余生を送ったとされる。総督の娘であり、町の英雄ともいえる美しい彼女には、結婚の話が後を絶たなかったが、彼女は神の前で誓った結婚を尊重し、自らの手で殺害した夫の冥福を、毎日祈り続けたという。
 しかし西にその伝説が伝わるにつれ、シェリルはいつの間にか、若い愛人への道ならぬ恋の為に、夫を寝所で殺害したという、悪女の話に変貌してしまった。東の王国と取引があったため、シェリルの父は元になった伝説を知っていたのだ。
 コヨーテがその古い話を知っているとは思わなかった。だが彼はかつて、東の王国よりもっと東方にある、<聖域>に留学していたのだ。伝説を知っていても不思議ではない。
「あたしの名前がぴったりって、前にあなた言ってたけど、そっちの古い伝説の方に合ってるってこと?」
 不思議な感銘に包まれながら、シェリルが尋ねると、コヨーテは苦笑いを返した。
「そりゃそうだよ。新しい悪女の伝説にぴったりって、ただのイヤミじゃん」
「ただのイヤミかと思った」
「そんなわけないでしょ、もー」
 彼は髪を撫でていた手で、シェリルの頬を軽くつねった。顔が伸びそうだと思ったが、咎めることも忘れた。胸の奥から温かいものがどっとあふれてくる。
 魔術師ギルドの知識人を除いて、あの古い伝説を知っているという人間に、彼女は会ったことがなかった。誰も知らないと思っていたことを、彼は最初から知っていた。
 彼女は体の向きを変え、しっかりと彼にしがみついた。冷えてきた夜の空気の中、コヨーテの温かさに触れて安心する。
「ねー。もういい加減、あなたの名前も教えてよ」
 仕返しに彼の頬をつねり返しながら言うと、コヨーテは首を傾げた。
「んー。だから、僕の名前なんて、あんまり意味ないんだって。全然使ってないし。親がつけたっていう、そんだけだよ。あんまりかっこいい名前じゃないし」
「ゴンザレスとか?」
「……そこまで田舎っぽくないよ。とにかく、呼びたきゃ、好きなように呼んで」
「だって、あれやだこれやだって、ウルサイんだもん。ほんとの名前教えてよ〜」
「君と会う前の名前なんか、意味ないよ。君がセンスいい名前考えて、適当に呼んで」
「センスいい名前って言われてもー……。じゃあ、スケベニンゲンは?」
「……なにソレ」
「あたしの故郷の近くでね、海沿いにある、すごく綺麗で可愛い村の名前なの」
「……もういい」
 顔をつねられたまま、コヨーテは目を閉じてしまった。以降、シェリルがどんなに頬をつねろうが、髪を引っ張ろうが、彼は目を開けなかった。臍を曲げてしまったらしい。
 コヨーテの脇の下をくすぐりながら、シェリルは、体を震わせながらも意地でも目を開けない彼の胸に、そっと頭を押し当てた。シェリルと会う前の名前など意味がない。先ほどの彼の言葉を反芻し、噛み締めていた。
 やがて彼女は、淡い幸福感に包まれたまま、ゆっくりと意識が薄れていくのを感じた。
 彼をどうにか起こそうとして、脇の下をくすぐっていたシェリルの手から力が抜けたのを感じ、彼もようやく息を吐いた。また、つまらないところで、なけなしの根性を使ってしまった。
 寝息をたてている娘の額に唇を寄せ、彼女の豊かな髪を撫でた。手触りを感じたのか、浅い眠りに入ったシェリルは、何ごとか呟きながら、彼の胸にさらに頭を寄せた。
 彼女の頭を撫で続けながら、やがて彼の意識も眠りへと導かれていく。
 眠るふたりを、夜の千の目が見下ろしていた。  

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~ Comment ~

RE: 拍手お返事 >Kさん 

拍手、ありがとうございました~!

ゴンザレス…センス悪い名前ですよねえ(笑)
(…すみません! 世界のゴンザレスさん!)

スケベニンゲンは、本当は違う読み方をするらしいのですが、どーしてもスケベニンゲンと読みたくなります^^;
バリにはキン○マーニ山という山があります。聖なる山だそうです…。
アホな男子中学生みたいですけど、こういう地名って結構反応しちゃうんですよねー。
そうそう、日本の人名・地名も、ある国の言葉からしたら、ヘンな意味になるものもあるかもしれませんねー。

「ゴンザレス」は「戦い」を意味する言葉から来ているそうですが、名前の由来とかって、調べるのも考えるのも楽しいですね。
創作上の逸話を挿入できるのは、ファンタジーの醍醐味ですね~。
逆にそういう細かい挿話まで描いてあるお話を読むのも面白いです!

「シェリル」にまつわる話は、ユディトの話をこねくり回しました。ユディトは未亡人だったらしいんですけどね。
乙女の方が何となくドラマチックではないかなんて。
匈奴にも同じような話が…アジアにも、似たような伝説があるかもしれませんねー。

もう少しですが…合間にお付き合いいただければ幸いです!
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