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魔女とコヨーテ」
第六話 道の先

第六話: 道の先 25

2009.12.20  *Edit 

 関所のある辺りが丁度峠だったらしい。川沿いを歩き続ける内、道は緩やかに下っていった。


 川に沿って歩いている内は、水や食べ物に不自由しない。多少遠回りをしても、その方が安全だとコヨーテは言った。木の実や茸が多く生えているので、確かに森の深くに入っても、食べ物はそう困らないかもしれないが、水筒が無いので、水が持ち歩けない。森の中に迷い込んで、他の小川や泉が見つからなければ、致命的だ。
 しかし西に向かって流れていた川は、徐々に蛇行して、南へと向き始めた。辺境地域と王領近辺を分断する、この山脈はほぼ北から南へと、縦長に走っている。南の山裾は、そのまま海へと繋がっていたはずだ。
「このままだと南に出ちゃうよ」
 コヨーテが一向に川を離れて、巡礼道に戻ろうとする様子が無いので、ある夜、シェリルは彼にそう言ってみた。
 相変わらず彼らの主食は、コヨーテの暗示にかかった哀れな川魚であった。兎を見つけることもあったが、コヨーテは捕まえるのを嫌がった。怪我をした体で、必死になって兎などを追いかけるのが、みっともないということだ。シェリルでは、素早い兎を弓矢も無しに捕まえることなどできない。結局、毎日変わり映えのしない食事だったが、食べられるだけでもありがたい。
「いんじゃない? 別に一旦、南に出ても。海沿いなら村か何かあるでしょ」
 シェリルが採ってきた木の実の殻を割りながら、彼はのんびりと答えた。 
 コヨーテの言うとおり、王領を離れて辺境にさえ入ればいいのであって、確かに一度南へ出るのもひとつの方法かもしれない。しかし険しい道を毎日歩くのは、少々骨が折れた。怪我がかなり回復しつつあるコヨーテは、道行きもそれほどつらそうには見えなかったが、シェリルはやはり、岩場や傾斜のきつい下り道などを歩くのは厳しい。
「できれば早く平らな道歩きたいな」
 またあまり不満を言うと、コヨーテがつむじを曲げるかもしれないと思いつつ、シェリルは控えめに呟く。木の実の殻を投げ捨てた彼は、目を細めた。
「そう? 山道歩いてたら、足腰鍛えられていいかもよ。君のでっかいお尻も、もう少し小さくなるかもね」
「うるさいな。そんな簡単に縮んだら苦労しないよ」
「なんなら、しばらくここで山ごもりしていこうか。体力作りと小尻のために」
「うるさいっ」
 言い返して、隣に座るコヨーテの腹を軽く殴る。彼は笑いながらシェリルの肩を抱いた。
 抱き寄せられながら、この厳しいが美しい山林で、しばらくふたりで過ごしてみてもいいと、冗談でも彼が考えたことが嬉しかった。
 肌を合わせている時以外でも、彼の腕にすっぽりと抵抗なく納まれる。そこにはもう、よそよそしさも緊張もない。ただシェリルの為にある場所のような気がする。幸福な錯覚だった。
 その代わり、安らぎと欲望の境界は曖昧になり、コヨーテの素肌に触れたい、触れられたいと思っても、ただ優しく体を寄せられるだけで、抱擁が終わることもあった。そのたび、シェリルはほんの少し悲しくなる。
 時々彼女が、強く彼に体を押しつけ、彼の腿や脇腹、耳に手を触れると、相変わらず勘のいいコヨーテは、すぐに彼女にくちづけし、ふたりの体の間で潰れた、シェリルの胸の膨らみに手を伸ばす。
 そうなると、たとえ昼食のすぐ後だったとしても、シェリルの体は熱くなる。
「少しだけね」
 彼はよくそう囁いたが、途中で愛撫を止めると、シェリルがむずかる子供のように、そわそわと不機嫌になるので、よほど疲れていない時は、そのまま体を繋げた。
 出逢った頃のような、あるいは数日前に久しぶりに交わった時のような、体中を燃え盛る炎で焼き尽くされる、激しい情熱はなかった。しかしシェリルは、快楽と共に、午睡のように心地よく、暖かい安堵を味わった。
 そして真昼の光の下で抱き合った時、初めて見た悦楽の極みに、肌を合わせるたびに彼が導いてくれた。どんなに高みまで上りつめても、コヨーテの一言が無いと、彼女はその頂点に辿り着けなかった。
 営みのあとで、コヨーテはそんなシェリルをからかったが、とても嬉しそうに見えた。
「そのうち、ハメながらイケるようになるといいね」
 優雅な声で下品な言い回しを使う彼の腕にしがみつき、照れながらシェリルは頷いた。彼女はまだ、陰核を刺激されることでしか、快楽の頂点に上りつめることができなかった。もちろんそれは嬉しいが、できればふたりで体を繋げながら、そこに辿り着けたら、きっと素晴らしい幸福に違いないと思った。
「どうしたらいいかな?」
「修行あるのみだねえ」
 何の修行だろうと思ったが、彼女は黙って彼の体に顔を寄せた。


 もはや太陽の下、星の下にこだわらず、ふたりは望んだ時に睦みあった。疲れて動けなくなったら、動けるようになるまで眠った。森に棲む動物と同じ生活だと、シェリルは思った。
 このままコヨーテとふたりで、この山林で暮らしていけないだろうかと、彼女はまた考えた。
 だが同じような毎日に見えても、日ごとに昼は短くなっていく。目に見えないうちに少しずつ、すべては移り変わってゆく。
 シェリルたちが辿ってきた川も、ついに急斜面の崖に突き当たった。穏やかだった流れは、下るに従って激しくなり、崖の先で滝となって、下方に休みなく落ちていくのが見えた。
 崖を下るのは難しそうだった。
「引き返して、巡礼道に出るしかないんじゃない?」
「んー」
 コヨーテは、関所からの追っ手を強く警戒しているらしい。巡礼道に戻るのを、ひどく渋った。
 しかし崖近くを見て回ったあと、ついに崖を下るのを諦め、川沿いを離れる決心をしたようだ。
 旅慣れてはいても、シェリルは山道にはあまり馴染みがない。経験不足はコヨーテも同じだったようだが、天候や地形、方角、動植物相といった、野外生活に必要な知識は、彼の方が上だった。結局道選びから、シェリルは彼に頼っていたが、山脈に入る前のように、些細なことで衝突することは少なくなった。食事の時間や休憩の回数などで、ちょっとした意見の食い違いが起こることはあったが、気まずくなっても、すぐに会話は再開された。広大な山林の中で、お互い以外に頼れる人間がいないからだった。
 そして彼の目を引くような、別の女もいない。だから彼は欲望が高じるとシェリルを抱いた。彼女はそれを素直に喜ぶことができた。昼間諍いが起こり、彼に対して苛立ちやわだかまりを持っていたとしても、太陽が沈んだ後に、コヨーテに素肌を撫でられると、彼のすべて許し、逆に自分も屈服したいと思った。
 巡礼道に戻り、無事に道を下って、その先の西の町に行けば、もはやふたりだけではなくなる。そう考えると、シェリルも巡礼道に戻って西に進むのが、勿体無いような気がしていた。
 しかしあまりぐずぐずしてもいられない。間もなく秋分が近い。山の秋は短く、すぐに冬がやってくる。


 兵士たちから助け出してくれ、乾きを潤して、魚を与えてくれた川の主の精霊に礼を述べる。シェリルたちは最後の水浴びと洗濯、食事をすませると、美しいせせらぎを西に逸れて、林へと立ち入った。
 水筒が無いのは厳しい。食べ物は歩きながらでもそこかしこで見つけられるが、水は泉か川が無ければ、飲むこともできない。
 不安はあったが、ひとりではないと思うと、心強かった。
 実際コヨーテは、僅かな湧水の音を聞きつけたり、水場に向かう動物の足跡を見つけたりして、何度も道を逸れつつも、小さな泉などを見つけてくれた。泉を見つけた時は、水を飲みに来る動物に注意しながら、ゆっくりとそこで休息し、午後を過ぎていたなら、その場で一晩休んだ。
 山に入ったばかりの頃と違い、夜はかなり冷えるようになった。山用の厚めの外套を用意してきてはいたが、寒がりのコヨーテなどは、日によっては夜の冷えがこたえるようだ。抱き合う時も、彼は寒いと言って服を全て脱ぐことはせず、それがシェリルには少々寂しかった。しかしこのような山林深くの旅路で、風邪を引いて体調を崩せば、命取りになりかねない。仕方なくふたりは下着をずらし、必要な部分だけ露出して睦みあった。コヨーテの方は、それはそれで楽しいと考えているようであった。
 交わった後は、大抵コヨーテの方が先に寝てしまう。シェリルは彼の頬を引っ張ったり、耳に軽く噛みついたりしては、浅い眠りの中で彼が嫌がる顔するのを、こっそり楽しんだ。そんなことをしながら、これから彼をどう呼ぶか、毎夜のように考える。翌日、シェリルが思いついた名前を彼に提案すると、嫌な顔で却下される。それも毎日のことだった。


 そうして森の中を西へと歩き、徐々に木々が疎らになってきた頃、木立に溶け込むような小さな小屋を見つけた。
 ふたりは慎重に様子を伺いながら近づいたが、普通の木こり小屋のようであった。中には年配の父親と、青年になったばかりの親子の木こりが住んでいた。
 気のいい親子は、森に迷い込んだ旅人たちに、素朴な昼食を出してくれながら、巡礼道に出る方角と、途中の水場を教えてくれた。
 シェリルはついでに屋根のある場所で、一晩宿を借りたいと思ったが、コヨーテは一休みすると、すぐに親子に礼を告げて、出発した。親子も取り立てて引き止めるようなことはしなかった。
「もう少しゆっくりしたかったな」
「図々しいよ。お昼ごちそうになっただけでもありがたいじゃん」
 名残り惜しく、木こり小屋を振り返るシェリルに、コヨーテは苦笑いしながら言った。 
「そうだけど、久しぶりに人と話せたのに」
 シェリルは特に人懐っこい方でも、話し好きでもない。むしろ反対の性質だったが、山の中を何日もさまよったあと、親切な親子と話せると、どこか安心した。
 コヨーテは黙っていた。相変わらず口元は笑っていたが、彼女は彼が気分を悪くしたことが、何となく分かった。
 理由は分からないが、シェリルは慌てて、とりなすようにコヨーテの腕をつかんだ。
「でもいいよね。もたもたしてると、道に戻れなくなるし」
 最初にシェリルを見下ろした視線は固かったが、それはすぐに緩んだ。
 そうだ。コヨーテの機嫌が悪くなった時は、こうして媚び続けるのだった。やがて彼の態度も軟化する。
 他人の機嫌を取る為に、自分を曲げるなんて。それは微かな屈辱であり、喧嘩が絶えなかった頃は、我慢ができなかった。
 今も屈辱はある。
 しかし自分が膝を折った分、逆に彼に対して、優越感のようなものも覚えた。彼に許される為に、先に自分が彼を許している。それは支配者になったような、奴隷になったような、正反対の感覚を併せ持つ、不思議な快感だった。
 この時のコヨーテは、ほどなく表情を和らげ、腕にかけられたシェリルの手を取った。
「……怒った?」
 そうすると、やっと尋ねることができる。シェリルの問いに、コヨーテは首を振った。
「ううん、別に」
「でも機嫌悪かったから……」
「そんなことないよ」
 コヨーテの声に僅かに苛立ちが混じる。
 彼が不愉快になった理由は知りたいが、これ以上訊くと、再び雰囲気が悪くなりそうだ。シェリルは黙って彼の手を握った。もしかすると、コヨーテ自身もその理由が分からず、あるいは見つめたくないのかもしれないと思った。


 木こりから教えられた場所には、確かに小川があった。彼らが言うには、一日も歩けば巡礼道に出られるだろうということだった。
 小川に辿り着いたのは夕方前だったが、コヨーテはそこで野宿しようと言った。疲れ気味だったシェリルも、異存はなかった。
 水浴びをした後、川で捕まえた魚と、木の実の夕食を済ませる。寝る前に小川の水を飲み、口を濯ぎながら、シェリルは呟いた。
「あの木こりの家で、水筒譲ってもらえばよかったね」
「そうだね」
 火が燃え広がらないよう、焚き火の周りに湿った石を積みながら、どこかぼんやりとコヨーテは答えた。最近は寒いので、風が強い日以外は、寝ている時も火を灯したままにしていた。
「水筒無いと不便だもんね」
「うん」
 彼の返事は、ごとごとと、石を積む音より小さい。眠いのか、疲れているのか、考えごとをしているのか。シェリルは口を濯いだ後、振り返ってコヨーテに近づいた。
「でも、巡礼道に出れば、他の旅人に会えるよね。そしたら、お水とか分けてもらえるかも」
「寝る」
 彼は作業を突然中断して、石を放り出すと、隣で話すシェリルに構わず、外套を敷いて、靴紐も解かずに地面に横たわった。唐突にコヨーテが態度を変えたものだから、シェリルも数瞬ぽかんとしてしまった。
「ねえ、どうしたの? 何か怒ってる?」
「別に。疲れた」
 寝転がった背中の返答は、乾いていて固い。シェリルも察しが悪くはないが、この時はコヨーテが突然不機嫌になった理由が、まったく見当もつかなかった。
「ねー、なんで?」
 シェリルは彼が放り出した石を拾って、手早く焚き火の周りに積み上げると、外套を敷いて、コヨーテの隣に寝ころんだ。
「言ってくれなきゃ、分からないよ。いつもあたしに、そう言ってたじゃん」
 振り払われるのを覚悟で、彼の肩に背後から手をかける。コヨーテは、そのまま微動だにしなかった。
「どうせ僕とふたりじゃ、退屈で楽しくないでしょ」
 少しの沈黙のあと、愛想の無い声が聞こえてきた。
「何言ってんの? そんなことないよ」
 ほとんど聞いたことがないような、コヨーテの子供じみた声に、シェリルは呆れそうになる。だが、思わず顔は笑いの形に緩み、彼女は彼の背中にしがみついた。コヨーテの体の前に回した腕が、彼の腹筋の感触を捕らえる。
「早く他の人と会って、明るく楽しく話したいよね」
 肩甲骨の間に顔を納めると、拗ねた声が直接耳に響いてくる。子供みたいだ。シェリルは目を閉じて、含み笑いをこらえながら、その声に聞き入った。
「そんなことないってば」
 困った男。
 ため息をこらえるたび、不思議な愛しさがこみ上げてくる。こんな彼を見るのは初めてだった。より力を込めてコヨーテを抱き締めながら、シェリルは囁いた。
「ずっと山の中にいたから、他の人に会いたいっていう気はするけど、あなたが嫌になったとかじゃないよ」
「そういうことじゃなくて」
「じゃあ、何?」
 無愛想にシェリルの言葉を遮った彼に問うと、沈黙が返ってくる。しばらく返事が無かったので、彼女はもう一度口を開いた。
「別に退屈なんて思ってないよ。あたしはこのまま、ずっとふたりでいたって楽しいもん」
 だから、ずっとそばにいて。  
 続けようとした言葉は、突然体を翻した彼に抱擁され、そこで途切れた。
 馴染んだ温かさに包まれ、やや緊張に強張っていたシェリルの心は、ほっとほどけていく。
「シェリル……」
 囁きと共に、抱き締められる腕に力がこもった。コヨーテの体が微かに震える。背中や腕の骨に僅かに痛みを覚えるほど、その抱擁は固く、苦しい。恐らく彼は、渾身の力を込めているのだろうと思えた。このまま抱き潰されるのではないかと、シェリルは僅かな恐怖すら覚えた。
 それはとても甘美な戦慄だった。コヨーテに体の骨をばらばらに砕かれてしまったとしても、その苦痛も恐怖も、至福に違いない。
「コヨーテ……どうしたの?」
 彼が脆いことは知っているが、彼自身、自分の性質を承知していて、必要なこと以外は、背負い込まないようにしている。だからコヨーテがこうして、情緒を乱して不安定になることは、とても珍しかった。
 答えは無く、腕の力がやや緩んだと思うと、唇を唇で覆われた。押し入ってきた舌が、シェリルの舌を捕えて引っ張る。舌を吸い込まれ、首筋から全身に鳥肌が立ちそうになった。
 くちづけを続けていると、自然に息が荒れてくる。深い呼吸の音は、互いを興奮させた。意識の奥が熱くなり始める。コヨーテの手がシェリルの胸に伸びた。いつもの手順だったが、それは彼女に退屈より、ぬるい安堵を与えた。
 触れたい。触れて、繋がりたい。どこもかしこも、できるところはすべて。
 服の胸元から滑り込んできた手に、素肌を撫でられながら、シェリルは夢中で彼の頭と背中に手を回し、髪を撫でて、舌を彼の口に差し入れた。
 ひとつになりたい。溶け合いたい。涙が出るほどそう思った。
 横向きになっていたコヨーテが、肘をついて体を起こすと、シェリルの体を静かに仰向けにする。彼の導きに逆らわずに従う彼女に、彼が優しく覆いかぶさった。
 微笑みながら彼女を見下ろす彼の背後に、無数の星を抱いた夜の空が広がっている。


 その夜の睦みあいは長く、深かった。
 やっと体を離したふたりが眠ろうとする頃、濡れた石に囲まれた焚き火の炎は、薪を燃やし尽くして、消えていた。

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~ Comment ~

RE: 拍手お返事 >Kさん 

拍手、ありがとうございます!
終わりに近づいてます…。次回で最終回の予定です。
色々工夫したんですが、やっぱり長くなりそうです…><

うう~、長々、ここまで読んでいただいてありがとうございます~!

コヨーテ、何がしたいのかよく分からなかったですね。
ほんと、こういう繊細な人、めんどくさいです(笑)
ご想像が正しいかどうかは次回明らかになると思います。
って、この期に及んでもったいつけるなって感じですねー^^;

あと少し…最後までお付き合いいただければ幸いです。
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