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王都の冒険者たち」
第一話 冒険の合間に・宿屋にて

第一話: 冒険の合間に・宿屋にて 1

2009.12.27  *Edit 

stratford

第一話 冒険の合間に・宿屋にて

 普通、宿の大部屋は男女別に分かれている。
 たまたま六人部屋に空きがあったので、六人パーティーが丸ごと一部屋貸し切ることができたのは運が良かった。普段は男女別の部屋に分けられてしまうので、打ち合わせは食堂などでするほかないが、一部屋貸し切ることができれば、他の人間に聞かれたくないような話や込み入った打ち合わせを客室でできるからだ。

 皆はそう言った。同性の女戦士、プリシラでさえも。
 だが、エミリーには信じられなかった。
 駆け出しとはいえ、パーティーを組んで半年以上経つ。それなりに危険な目にも合ってきたし、それを乗り越えてきたことで、六人の間には友情と呼べる絆が生まれつつある。 
 男性四人もそれぞれ、始終女に飢えているような人間ではないし、少なくとも仕事仲間である自分やプリシラに妙な真似をすることもなかった。
 別のパーティーの女の子から聞いた話では、風呂を覗かれたり、体を触られたりするのはざらで、ひどい話になると、野宿している間に男性メンバーによってたかって輪姦されてしまったなどという話もあるという。
 そんなことだけは、今のパーティーにはない。エミリーはそう断言できる。
 しかし、そんな信用のおけるメンバーといっても、宿屋で全員と同室で生活するとなると、話が変わってくると彼女は思う。
 身の危険という問題ではなく、恥ずかしいし、はしたないと思うのだ。年頃の男女が同じ部屋で寝起きするなんて。しかも、そこにはエミリーが淡い恋のような気持ちを抱いているルークもいる。
 例えば着替えにしても、不便ではないか。
 エミリーはプリシラに訴えたが、彼女はあっけらかんと「別にいいじゃない。部屋で替えるのは上着くらいでしょ? パンツ脱ぐワケじゃないし。ちょっと連中に後ろ向いていてもらえばいいじゃないの」と言った。
 言葉通りに、着替えをするときは、彼女は男性たちに「ちょっと~、着替えるから、アッチ向いててー」と大声で告げる。男性陣も素直に言葉に従って、窓辺を向いたり、部屋から出たりと、実に従順だ。
 だが、着替えの衣擦れの音が聞えたら。万一誰かが振り向いたら。
 エミリーはそう考えると、とてもプリシラのように上着を脱いで下着姿になる気になれなかった。
 苦肉の策として、エミリーは二段ベッドの下段である自分の寝床に、上段の床から古布で作ったカーテンを吊った。内部で着替えるにはかなり狭いが、これで完全に男性たちの目を避けて着替えられるし、寝る時もプライバシーは守れる。
「気にすることないじゃない。野宿する時は大口開けて寝てる姿お互いに見てるんだからさ」
 プリシラはエミリーをお嬢さん育ちと笑った。
 商隊の護衛あがりのプリシラと、代々学者や魔術師の家系のエミリーとは確かに育ちが違う。こんな時、彼女は強くそう思った。


 昼下がり。
 荷運びの仕事が終わったばかりで、懐は暖かく、そろそろ古代遺跡の探索にでも行ってみよう。
 パーティーのリーダー、戦士のルークが言い出したことだった。
 エミリーはその為に、魔術師ギルドの図書館で資料を読み込んできたところだった。
 皆、既に食堂で昼食を始めようとしていた。
 エミリーは資料の写しや羊皮紙の束をひとまず自分の背嚢にしまう為、一人で階上の自分たちの部屋にあがっていった。
 二段ベッドが三台並んだ狭苦しい部屋には、昼の陽光が小さな窓からささやかに差し込んでいた。エミリーの仲間たちを含めた、階下の客の話し声が遠くから聞えてくる。
 エミリーはなんとなく、ルークの寝床に目をやった。隣の下段だ。
 カーテンをつけているのは当然エミリーだけなので、他の全員の寝床はむき出しだ。
 エミリーのベッドのように起き抜けに整えられているはずもなく、敷布がずれ、毛布がまくれあがったままで放置してある。不意に生々しい感触に捕らえられ、エミリーは彼の寝台から目を逸らした。顔が赤らむ。
(どうしてだろう……最近こんなことばかり)
 エミリーは十六歳だ。女性としては一人前だが、恋愛の経験は無かった。
 冒険者になるまでは、ほとんど箱入りだったのだ。叔父である師匠と魔法の修行に明け暮れる日々だった。
 同じ歳の友達もほとんどいなかった為、この年頃の女の子の最大の興味である恋愛には、とんと疎かった。
 興味が出てきたのは、彼女にとって友人であり、姉ともいえる存在のプリシラから散々話を聞かされてからだ。彼女はエミリーが恋愛未経験だと聞くと、面白がって自分の過去の恋愛話、そして男性との交渉の話をたくさん話してくれた。エミリーには信じられない世界だった。
 子供がどうやって、どこから生まれてくるかというのは、本の上の知識として知っていたが、彼女はもっと儀式めいたものを想像していた。
「信じらんない。あたりなんかよりずっとカワイイのに、まだ処女なの? もったいない。サビちゃうよ? てゆーか、免疫ないまま年取ると、変なオトコに捕まるからさ、今のウチいいの捕まえときなよ」
 彼女の「友達」を紹介されたこともあったが、エミリーにはぴんとこなかった。ほとんどがプリシラの「昔のオトコ」だったし、エミリーは今、ルークの側にいるだけで満足していた。この話だけは、プリシラにもしていない。
 だが最近、ルークを見ていると、プリシラから聞いた過去の恋人──あるいはそうでない男──たちの話と繋がり、頭の中で自分とルークが口づけを交わし、抱き締めあうような想像が勝手に働いてしまうことがある。
 時にはもっと……。自分にルークが触れるようなところまで。
(ダメダメ。何考えてるの)
 今もエミリーは妖しい方へ向かおうとした想像を断ち切った。
 下段の自分のベッドのカーテンを引き、ひざまずいて、中に置いてある背嚢に手を伸ばす。持ってきた資料は貴重だ。他のパーティーに奪われたくない。リュックの隠しポケットを彼女は探った。


 部屋に向かったのは気まぐれだった。料理が出てくるまで手持ち無沙汰なので、荷物の整理でもしようと思っただけだ。
 シーマスは階段を軽快に駆け上がり、ノックもせずに自分たちの部屋の扉を開ける。荷物が置いてある自分のベッドに向かおうとしたところで、目を剥いた。
 プリシラとエミリーが使っている二段ベッド。
 そこの下段は、神経質でお堅い魔術師のエミリーが、カーテンなどを吊るして自分の寝床を覆ってる。
 そこまではいつものことだが、そのカーテンの隙間から裾の長いローブを纏った尻が突き出していた。
(なんじゃ、こりゃ……)
 一瞬、自分と同業者の泥棒が留守中の客室を探っているのかとも思ったが、そのローブがエミリーがいつも着ているものであることに気づく。
 しかし、扉を開けて彼が部屋に入ってきているのに、全く動かないというのは、どうしたのだろう。普通は物音がすれば顔を出すだろう。
(もしオレがどっかの変態だったらどうすんだ)
 それとも具合でも悪くて、しゃがみこんでしまったのだろうか。
 シーマスはエミリーがあまり好きではなかった。それはパーティーのメンバーとして、という意味でだ。
 お嬢様育ちで自意識過剰、神経質で体力も無い。冒険を始めたばかりの頃は、何かあるとすぐ泣いた。
「オマエ、いくつなんだよ!? 泣けば親が飛んできてくれるワケじゃないだろが」
 何回彼女を怒鳴りつけただろう。そうするとエミリーは彼をにらみ返すでもなく、ただ肩を落として、声を殺してすすり泣いた。性格なのだろうが、シーマスは男でも女でもそういう人間を見ると苛々してしまう。
 それでも彼女の魔術師としての才能は稀有なものらしい。もう一人の魔術師に言わせると、彼ではとても使いこなせないような高度な魔術を、やすやすとは言わずとも、なんとか行使してしまうという。
 そういった事情もあったし、最近はやっと泣くことも少なくなってきた。シーマスもエミリーをパーティーから抜けさせようという考えは今では無くなっていた。
 だが、扱いづらいという思いには変わりは無い。
 一人の少女として見た場合、小柄で小動物のようなエミリーは、愛らしくはあった。全体的に肉付きは良いのに、肩や腰、脚は華奢ですんなりしている。食堂に出入りしている男どもの中には、エミリーに惚れているのも少なくない。
 しかし生憎、彼は保護欲を掻き立てるような女は、タイプではなかった。
 シーマスは何故かそっとエミリーの背後に忍び寄った。
 エミリーは身動きをしない。
(まさか、倒れてるんじゃ……) 
 シーマスはぞっとしてベッドの中を覗き込んだ。いくら苦手と言っても、嫌いではないし、同じパーティーの仲間だ。自分が彼女を助けたことも幾度もあるし、彼女に助けられたことも──悔しいが──ある。
 だが、エミリーはどうやら床に膝をつき、ベッドに四つんばいになって、羊皮紙を目で追っているらしかった。よく見れば肩も呼吸とともに上下している。
 シーマスは脱力する思いだった。心配して損した。
 こういった、何かに集中すると周りが見えなくなってしまうところも、彼としては苦手であった。
(普通、部屋に人が入ってきたら気付くだろ。つーか、何故その姿勢で読み物すんの?)
 おおかた、何か作業の途中で読み物に夢中になってしまったのだろう。想像はつくが、心配した反動でまた彼は苛立ちを感じた。
 シーマスは忍び足でそこから数歩離れ、部屋の入り口のドアをそっと閉める。そして再びエミリーの背後に戻り、屈んで彼女の背後から、カーテンの隙間に首を差し入れた。
 エミリーはまだ気づかない。
 シーマスはベッドに肘をついている彼女の両脇に自分の手をつき、彼女に覆いかぶさるように自分も四つんばいになった。
「何してんの?」
 そこでやっとエミリーは気づいたらしい。驚きに満ちた目で振り返った。


 何が起こったのか分からなかった。
 突然視界が陰り、背中に温かさを感じたと思った瞬間、声をかけられたのだ。
 振り返ると、パーティーの一人、盗賊のシーマスの顔が驚くほど近くにある。エミリーが一番苦手な人間だ。
 鼻と鼻が触れ合うような近さだ。エミリーは慌てて顔をそむけた。
「あ、えっと……」
 うまく声がでない。この男と話す時はいつもそうだ。大柄で強面という訳でもないのに、表情、声、口調、全てが自分に対して威圧的で、彼女は萎縮してしまう。
「こんなとこに首つっこんで。具合が悪くて倒れてるのかと思ったよ」
「あ、ごめんなさい……」つい口に出してから、『何でもすぐに謝るんじゃねえ!』とついこの前、彼に一喝されたことを思い出した。「あの……次に行く遺跡の資料を読んでたの」
「どれ?」
 背中に重みがかかる。彼女の頭の後ろからシーマスは、例の資料を読もうとしているようだった。体をどけようとするが、左右をベッドについたシーマスの両手、背後を彼の体に阻まれ動けない。彼もエミリーをどけようとする気がないようだった。
(なんでだろう……)
 疑惑と同時に本能的な恐怖が襲ってきた。今までにない状況に自分がいる。普段のシーマスや他の仲間たちが考えていないようなことを、今彼は考えている。
「あの……」
 どいて。
 そう言おうとして、エミリーは振り返ろうとするが、シーマスは背中にますます体を預けてくる。彼に押しつぶされる格好になった。
「資料ってこれ? 今読まなきゃいけないもんなの?」
 詰問口調だったが、声にいつもの棘は無い。だが、エミリーは恐ろしかった。それは怪物に感じるような恐怖とは全く別のものだ。恐怖の底に甘やかな澱みがあった。
「そうじゃないけど……ちょっと目を通してたら止められなくて」
「だからって、昼メシの時間に、こんなとこで一人でこんな格好で読むことないじゃん。心配するでしょ」
「ごめんなさい……」
 こんな格好、と言われて初めて彼女は自分の姿勢が、部屋に入ってきたシーマスにどういう風に映ったか分かった。寝台のカーテンの隙間から自分の尻だけが突き出ていたのだ。滑稽にも見えるし、場合によっては扇情的にも映るだろう。
 自分の性別や容姿が男たちの欲望を刺激することは、彼女も知っている。プリシラにも教えられたことだ。
 だから男に愛想を良くすることもないし、足首まで隠れるような裾の長いローブをいつも纏っていた。
 それでも寄ってこようとする男はいたが、パーティー単位で行動していればまず安全だった。
 そしてパーティーの中の人間には、彼女は絶対に近い信頼を置いていたのだ。彼らがエミリーに対して何か邪なことを考えているなどと疑ったことはない。何といっても、時には命を預けあうような仲間たちなのだ。彼らが彼女が嫌がることをするとは考えられなかった。
「あの、ごめんなさい、私、お昼ご飯を食べに……」
 焦りと混乱の中からやっと彼女は声を絞り出したが、シーマスはさらに体を押し付けてきた。彼の息遣いを顔に感じる。男性にここまで接近を許したことはない。彼女の顔に血が上った。
「オレにも見せてってば、それ。ほんとマイペースだよね、あんた」
「ごめん……」
「いちいち謝るなって」それまで緩やかだったシーマスの声が突然尖った。「苛々するって言っただろ」
 涙がにじんだ。苛々する。そう言われる度に、彼女は傷ついた。そうさせたいわけではないのだ。悪いと思ったから謝っているのに、何故苛々されるのだろう。何故怒らせてしまうのだろう。
 どうしたらいいのか分からない。せめて泣くのを堪えたかったが、感情は止めようがなく、瞳から涙があふれた。
「泣くなよ」
 うつむいていた彼女の顔に突然手がかかり、エミリーは涙に濡れた顔をシーマスに向けさせられた。
 ごめんなさい。
 でもそう言ったら、また怒られる。
「ごめんね」
 だが、そう言ったのはシーマスの方だった。
「オレさ、言い方きついから。苛々してんのはオレの勝手で、あんたのせいじゃないんだけど」
 エミリーは思いがけない言葉に首を振った。
「そんなこと……ない。私がいけないの。ぐずぐずしてるし。何もできないし」
「そんなことないよ」
 プリシラから『ほんとにチンピラ』と揶揄される、シーマスのきつい目元が緩んだ。その唇が自分の目尻の涙にそっと触れる。痺れるような感触が走り抜けた。
 そう思う間も無く、シーマスの唇はエミリーの唇に重なった。

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