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魔女とコヨーテ」
第一話 嫁入り

第一話: 嫁入り 7

2009.02.22  *Edit 

 しばらくの間、彼はシェリルの上で呼吸を整えるように、そのまま彼女の胸に顔を埋めていた。
 やがて、転がるように体をずらして、彼女の隣に横たわる。まだ彼の肩が上下しているのを見ると、また胸の奥が絞られる気がした。
 レナードの手が伸びる。
 彼女はびくりと身を引いたが、彼の手はシェリルの髪を撫でただけだった。
 月明かりに浮かぶその表情は、またいつもの通り微笑んでいたが、それでいて今までとはどこか違っている。目の端に浮かんでいるのは、皮肉なのか諦観なのか、もっと別のものなのか。それは今までの彼には見受けられなかった、あまり前向きな感情ではなかったが、彼女はひどく惹きつけられた。
 青年は口を開こうとして、一度噤んだ。
 彼女を見つめるほんの数瞬の間に、その瞳に様々な感情がよぎるのが分かった。けれどもちろん、それを読み取ることはできなかった。
 黙ったまま、二人は寝台の上で見つめあった。
「君が……」
 一瞬も視線をそらさないまま、公子は静かに口を開いた。
 彼女は次の言葉を待った。
 公子の唇が弱々しく続く言葉を紡ごうとしたが、それは形を成さずに消えた。
 彼は言葉の代わりに、彼女の首の下に腕を差し入れ、腕枕に彼女の頭を乗せてやると、その体を引き寄せた。シェリルも逆らわずに身を寄せる。軽く触れた彼の胸が、呼吸に合わせて僅かに動いている。
 旅は続く。
 だが明日のことなど今は考えたくない。
 レナードも同じことを考えたのだと思いたかった。
 だから彼は言葉を飲み込んだのだ。
 君が。
 もし。
 彼の唇はそう言葉をなぞっていた。
 しかし『もし』などという仮定は全く意味がない。この一晩限りの愛よりも。決して現実にならない、崩落を待つ大地のような無意味な言葉を、レナードはついに発しなかった。
 シェリルは彼の聡明さに感謝した。

 やがてレナードの静かな寝息が聞こえてくる。
 シェリルはそっと頭を持ち上げ、腕枕を外してやった。
 彼の寝息を聞きながら、彼女はやっと力を抜いて、涙をこぼした。彼を起こさないよう、嗚咽をこらえながら、自分の中の彼への想いを哀れんで、長いこと静かに泣いていた。


 翌朝、シェリルが目覚めると、公子の姿も服も消えていた。開け放した窓から早朝の清らかな日差しが、無慈悲に誰もいない部屋を照らしていた。
 予想はしていた。
 寒々しい部屋に散らかった自分の衣服を拾いながら、昨晩の余熱を想い、シェリルはもう一度だけ短く泣いた。
 身支度をして、階下に下りると、仲間たちが大騒ぎをしていた。公子と従者が消えたというのだ。早起きの主人が目覚めた夜明けには、従者の姿は無かったというから、その前に出て行ったのだろうと、彼らは話していた。
 シェリルは仲間と伯爵家の護衛に、夜中に公子が彼女の部屋を訪れ、今後の話について問答になる内に、困った事態になり、内密に自分たちが替え玉であることを打ち明けてしまったと告げた。
 語っていない部分は多いが、ほぼ真実である。
 ただし、公子と自分の名誉の為に、自分たちの間に何かがあったような言い回しは一切否定した。
 言葉をぼかしておいたが、彼らは、公子が夜中に、彼女に込み入った話をするか、口づけでもせまって、それを彼女が拒んだぐらいに考えているだろう。 
 婚約者が囮であることを知り、公子は本物を迎える為に慌てて故国へ帰ったのだ。
 ひとつ気になったのは、従者が川熱で夜中に倒れたことを、宿の主人は覚えがないと言っていたことだ。従者は公子と同じ部屋で眠っていたはずだと彼は語った。
 それでは、昨夜レナードが従者が川熱にかかり、部屋を追い出されたと言っていたのは、彼女の部屋を訪ねる為の作り話だったのだ。
 誠実そうな青年の意外に手の早いところを知り、シェリルは心の中で苦く笑った。



 旅は続いた。
 元通り、シェリルと仲間たち四人、伯爵家の護衛二人の旅人たちは、盗賊と暗殺者に怯えながらも、順調に旅を続けた。
 荷馬車を持ち、主街道を進んでいる本物の令嬢はそろそろ公国に着いているだろうかと、シェリルは考えていた。恐らく公子より令嬢の方が先に着いてしまうだろう。わざわざ偽者を迎えにきて、本物を迎えるのが遅れてしまう公子が気の毒で、また少々滑稽でもあった。
 レナードが姿を消した、三日後の昼前。公国までの旅路も半分を越えていた。
 彼らは前方から走ってくる二騎の馬に気づいた。
 辺境伯の暗殺者か。
 瞬時に身構える彼らの横で、伯爵家の護衛が歓声をあげた。
「あれは、わが主の紋章です! 伯爵家の人間ですよ」
 それでも用心して構えを解かない冒険者たちの横に、二騎は止まり、二人とも馬上から下り立った。
 その顔を見て、やっとシェリルも息をついた。見覚えがある。名誉ある本物の伯爵令嬢の護衛隊の人間だ。出発時は旅芸人の扮装をさせられていたが、今は正装している。
「無事だったか!」
 シェリルたちと同行していた護衛は、握手を交わして、互いの無事を喜んだ。
「ああ。喜べ。フィリス様は無事に公爵と公子と面会され、正式に結婚が決まった。婚礼の日取りも決まったぞ」
 喜び合う伯爵家の人間の言葉に、シェリルは隣の仲間の女と顔を見合わせた。公子が出発したのは三日前だ。もう公爵家に到着するとは、途中で馬を手に入れるなどして、余程急いだのだろうか。
「では、我々の仕事はこれで終わりなのですね」
 仲間の一人が、護衛に尋ねると、彼は大きく頷いた。
「そうだ。後は伯爵家に戻るだけだ。ご苦労だったな」
 仲間も歓声をあげた。
 だがシェリルは背筋が冷えてくるのを感じていた。
「あの」彼女は馬を飛ばしてきた護衛に尋ねた。「あなた方は、何日前に公都を出発されたのですか?」
「ここまで五日ほどかかった。道が悪かったのでな」
 彼女は雷に打たれたように立ち尽くした。
 五日前に、この令嬢の護衛は既に公爵家にいて、フィリスと公子の正式な婚約を見届けてきたのだ。
 では、自分たちに三日前まで同行していた公子は誰なのだ。
 一目でシェリルの心を奪い、彼女が処女を捧げた男は。
「ねえ、シェリル……。おかしくない?」
 仲間の女も、矛盾に気づいたらしい。シェリルの顔を覗き込む。しかし彼女に答えてやれる余裕はなかった。
 ひとつだけ。
 シェリルの心に最初から引っかかっていて、しかし彼女が気に留めないよう、無意識に心の奥に沈めていたささいな出来事がある。
 
 初めてレナードに会った時、偽者のレナードを引き離した彼は、彼女の元に跪いて名を名乗った。
 しかし、一度も彼女の名を尋ねていない。どうして彼女が伯爵令嬢のフィリスだと分かったのだろう。
 巡礼路を歩く人間は、まれに貴族もいる。いかにさびれた巡礼路の泊り客といえども、即座に彼女をフィリスと決め付ける理由は、彼には無かったはずだ。
 もちろん、彼の単純な早とちりや思い込みかもしれない。今まで彼女はその矛盾に気づきながら、そう解釈して、それを押し込めてきた。
 しかし。
 彼もまた本物のレナード公子ではないとしたら。 
 狡猾な辺境伯は、最初に見苦しい太った暗殺者を婚約者の扮装をさせて、フィリスの元へ送らせる。
 彼はわざとらしいほどにフィリスに襲い掛かる。
 そこに本物の公子を名乗る人間が助けに入る。見苦しい偽者の暗殺者から救ってくれた、こざっぱりした、いかにも貴族風の青年が本物の婚約者だと名乗れば、大抵の女は彼に心惹かれ、容易にそれを信じるだろう。その彼もまた暗殺者だなどとは夢にも思わずに。
 第二の暗殺者は全員で雑魚寝が続く野宿の間は、おとなしく、ひたすら令嬢の信頼を得ることに努めた。
 侍女が体調を崩し、巡礼宿で、令嬢が一人で個室で休むことになった夜は、千載一遇の機会だったに違いない。
 彼は令嬢の部屋を深夜に訪ね、どうせ殺してしまう女だからと、ちょっとした下心を出して彼女を組み敷いて、令嬢が偽者だと気づいた。
 そして彼女をつまみ食いだけして、手は下さずに姿を消して逃げたのだ。

 全てシェリルの想像だ。だが、真実からそう遠くないだろう。
 考えてみれば、偽者に襲われた時に助けに入ったのも、あまりにも折りがよすぎた。それを愚かな彼女は運命の出会いかもしれないなどと考えていたのだ。
 馬鹿だ。
 第一の暗殺者と第二の暗殺者は既に打ち合わせ済みで、助けに入る頃合も合図も決めてあったに違いない。だから第二の暗殺者は、名前を聞かずとも彼女がフィリスだとすぐに分かったのだ。勿論、従者が引き摺っていった第一の暗殺者は、殺されてなどいないだろう。どこかに逃がされたのだ。
 本当に馬鹿だ。そんな男に好きなように触らせて、挙句に処女まで奪われてしまうなんて。
 しかし彼女が彼に体を許していなければ、暗殺者は彼女の内腿の魔術師の印に気づくこともなく、彼女を偽者だと見破ることもなかった。勿論、その場合はとっくに彼女はこの世のものではないだろう。
 あるいは彼が余計な下心を出さずに仕事に徹していたなら、あの夜、扉を開けた時点で、シェリルは喉を掻き切られて殺されていたに違いない。
 誰に感謝すればいいのか。愚かな自分か。同じくらい愚かなあの暗殺者か。
 考えも感情もまとまらず、シェリルは仕事の完遂を喜び合う仲間たちを見つめながら、フィリスの無事を喜ぶのも忘れて、まだ呆然と立ち尽くしていた。

 <第一話 終わり>

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~ Comment ~

お邪魔したしました。 

まだ一話目ですが、華麗に流れる情景描写に感嘆です。
fateはファンタジー系はまったくダメなので、読むことに徹しております。
偽物同士の探り合い、騙し合い…だけではない、何か清々しくもエロティックな展開に「おお!」と、爽やかな読後感を抱きました。
またお邪魔させていただくかと思います。

Re: fateさん 

コメント、ありがとうございます!

一話目を書いたのはかなり前なので、自分で読み返すと悲しいほどいけてないですが、褒めていただいて光栄です><

他のお話はちょっとずつ性格が違いますが、もし楽しんでいただければ、書き手としても本当に嬉しいです。
またお時間がある時にでもおいでいただければ幸いです。

ありがとうございました!
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