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ココナッツ図書館 夜間書庫

王都の冒険者たち」
第二話 地下都市

第二話: 地下都市 1

2010.01.07  *Edit 

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第二話 地下都市 

 器用に動く色白の指を見ていて、この人はどうやって女の人を愛するのだろうと思った。
 続いて赤面した。今、何を考えていたのだろう。
「できた?」
 顔をあげたミクエルから目をそらすように、エミリーは再び膝上の縫い物に目を落とした。脇の部分に綻びができた肌着だ。それを繕っている最中だった。
 エミリーの手元を覗いたミクエルは、小さく唸った。繕っているはずの綻びは、何故か広がっている。
「ごめんなさい……」
 うなだれるエミリーに、ミクエルは微笑んでみせた。
「仕方ないよ。できないから練習するんだから。最初からすんなりできちゃうことより、練習して努力してできるようになったことの方が価値があるよ」
 そう慰めるミクエルの縫い物の方は、破れ目が綺麗に縫い合わされており、別の上着の袖口の綻びも繕ってある。
 時間が無いから、とエミリーの手から肌着を受け取ったミクエルは、彼女の目の前で見事な針裁きを見せ、多少いびつにはなったものの、あっという間に脇を縫い合わせてしまった。
「じゃあこれ、エミリーが縫ったことにしておいてね」
 ミクエルが幾分顔を赤らめ、エミリーに手渡した肌着は、同じパーティー仲間の女戦士、プリシラのものだ。
 動き回ることが多い彼女は、よく服や肌着に破れ目を作るが、エミリー同様、縫い物ができない。いつも綻びができると、ミクエルに繕わせていた。人の好い聖職者のミクエルは、それを嫌な顔もせずに引き受けていた。
「じゃあ、僕は教会に行かなきゃいけないから」
 縫い終わった服を、パーティーが使っている客室に置いた後、一度食堂に戻ると、ミクエルはそう言って外に出ようとした。
 もう一度テーブルに座って寛ごうとしていたエミリーは、慌ててミクエルに向き直る。
「あ、あの、私も図書館に行くから、一緒に出るね」
 ミクエルは不審そうな様子もなく頷くと、食堂に残って、カウンターで宿の主人と話し込んでいる仲間に向かって出かけてくると声をかけた。他のパーティー仲間は出かけていて、宿に残っているのは彼だけだ。
 振り返ったシーマスは軽く頷くと、すぐに店の主人との話に戻った。



 エミリーたちはこの賑やかな大都市に拠点を置く、冒険者グループだ。
 いわゆる何でも屋で、隊商の護衛から荷物運び、怪物退治などを行っては、報酬を得て生活している。時には古代の遺跡に潜り込んで、宝探しなどをすることもある。
 エミリーの師匠である叔父も、元は冒険者として遺跡に潜り込んでは、古代の歴史の謎を解き明かしてきた。
 魔術師や学者といえば、エミリーの両親のように、建物に籠って、ひたすら書物と向かいあって研究を続ける者も多いが、叔父のように直接遺跡の探索や発掘に出かける人間も少なくはない。
 育ての親とも言える叔父の影響を多分に受けて育った彼女も、半年前に彼の後輩にあたる人間に誘われて、このパーティーに入った。
 エミリーも、十六になった。そろそろ独立するか、そうでないなら実家に戻って結婚を考えなければならない年頃だった。
 裕福な家で、やや過保護気味に育てられたエミリーは、叔父の家に預けられるまで、身の回りのことや家事の手伝いなどは一切したことがなかった。そして、叔父の家で魔術の修行を始めた後も、面倒見のよい叔父が家事を取り仕切っていた為、掃除、洗濯、裁縫、料理、何ひとつしたことがなかった。
 叔父の元を離れ、広い世界に一人で飛び込んでみて、エミリーは自分が今までいかに叔父に頼って生きてきたか、いかに無力か思い知った。
 魔術師としては一人前になったからといって、それだけで生きていけるものではない。
 野宿をする時など、特にできることもなく、忙しく立ち働く仲間たちを見ながら、ただぼんやりしている時、せめて何かできるようにならなければと思った。
 久しぶりに街に戻ってきて落ち着いた時間があるので、手始めにミクエルに裁縫を習おうとしたのだが、そうすんなりとはいかない。自分が人並みよりかなり不器用だということをエミリーは知った。



「でも、エミリーが縫い物ができるようになると助かるな」教会と大学へと続く道を辿りながら、落ち込む彼女を慰めるようにミクエルは言った。「僕がエミリーやプリシラの服を縫ったりするのはやっぱりちょっとね……」
 エミリーと同い年で、パーティー最年少の少年僧は穏やかな苦笑いを漏らした。
「ごめんね、いつも」
 人の好いミクエルに向かって、エミリーはひたすら恐縮する。プリシラに比べて、エミリーは丁寧に服を扱うが、それでも長く着ていれば綻びもできる。
 ミクエルに頼むのも申し訳ないが、かといって自分で繕うこともできず、まごまごしているエミリーを見て、結局プリシラが自分の分と併せて強引にミクエルに頼んでいるのだ。
 しかしさすがにプリシラのように、下半身に着ている下着の繕いまでミクエルに頼む気にはなれなかった。
「あ、僕はいいんだ。でも、エミリーたちが気まずいんじゃないかと思って……」
 気後れしているエミリーに、慌ててミクエルは微笑みかける。
 瞳の大きな、優しい顔をしたミクエルは、同性のプリシラを除けば、パーティーの中でエミリーが一番安心できる相手だった。
「そういえば、体調はもういいの?」
 エミリーは一昨日の昼からベッドで寝込んでいて、昨夜やっと起き出したところだった。修道士であるミクエルは、薬湯などを作って持ってきてくれた。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「縫い物はまた教えるから、無理しないで」
 大学の図書館前で、そう言って教会に向かうミクエルと別れた後、小さな溜め息をついてエミリーは館内に入った。
 一昨日この図書館には来たばかりだ。
 最近懐が暖かいので、エミリーたちはいよいよ地下遺跡の探険を計画していた。目指す遺跡の資料を調べ、必要なところは書き写してきたのだが、運悪くそれが台無しになってしまった。もう一度書き写さなければならない。
「エミリー」
 いささか重い心持ちで、エミリーが図書館の受付に入ると、聞き覚えのある声がした。受付の席に座って、手を振っているのは、シャムリーナだ。
「シャミー、久しぶり。無事だったのね!」
 エミリーは顔を輝かせて、彼女の手を取った。
 シャムリーナはエミリーと同じく、大学に籍を置いて魔術の研究をしながら、冒険者稼業をしている。年頃や背格好も近く、共通点の多い二人は、知り合ってすぐに仲良くなった。内気なエミリーの数少ない友人の一人だ。
「うん。一昨日帰ってきたの」
 エミリーの手を握り返しながら、シャムリーナは微笑んだ。
 彼女たちのパーティーは一月ほど前に、護衛の仕事で街を離れていた。
 流浪の身とはいえ、予定を過ぎても帰ってこないので、何かあったのではと心配していたところだった。何があってもおかしくない冒険者稼業だが、エミリーはまだ知り合いや仲間の死に直面したことはなかった。
 シャムリーナの受付の仕事が終わる夕方に、一緒に夕食を食べる約束をして、エミリーは書庫に続く階段をあがった。
 心配していた友人の姿を見て浮き立っていた心が、書庫に入ると少し重くなる。二日前に写し取ったのと全く同じ資料を作らなければならない。
 

 安いが、不潔すぎない食堂で、二人はジュースで再会を祝った。強度の下戸であることも二人の共通点だった。
 しばらくはシャムリーナが街を出ていた間の冒険譚が続いた。南の方まで足を伸ばし、かなり危険な目にも遭ったらしいが、幸いなことに彼女を含め、パーティー全員が無事に帰ったようだ。
 エミリーの方は、平凡な荷運びの仕事しかしていないので、物珍しく南の町の話などを聞いていた。
「それで、どう? 最近、ルークとは何かいいことあった?」
 ひとしきり近況の報告が終わって、食事も済む頃、デザートを食べながら十代の女の子が持ち出す話は、大体決まっている。シャムリーナは目を輝かせて、エミリーに尋ねてきた。
 エミリーは仲間たちのリーダーである、戦士ルークに恋心に近い好意を持っている。
 彼が同じパーティーの仲間だということで、一番の親友であるプリシラにも告げられなかった時、話を聞いてくれたのがシャムリーナだった。
「えーとね……うん……何も無いかな」
 エミリーは視線をテーブルに落とし、意味も無く甘い焼き菓子の表面をつつきながら、小さな声で答えた。
 気がつくとルークの姿を目で追っている。なのに、視線を返されるとそらしてしまう。彼の側にいると、鼓動が早くなって、落ち着かないような気持ちになる。それが怖くて、そして味わい過ぎると失ってしまうような気がして、エミリーは自分から距離を取ってしまう。
 これがほとんど初恋となる彼女には、ルークを早く手に入れ、向かい合いたいという欲求はそれほど無かった。同じパーティーにいて、つかずはなれずの距離で見つめているだけで満足だった。自分が動いて手に入れるよりも、彼が自然に自分を好きになってくれればいいと思っていた。
「そうなのー? 何もしてないんだ」
「え……」
 シャムリーナの言葉の真意を測りかねて、エミリーは菓子をいじっていた手も止めて硬直した。
「あ、何もって、そういう意味じゃないつもりだったんだけど……。告白とかしたのっていう意味で……」
 シャムリーナも慌てて言葉を継ぎ足す。エミリーはひきつったような顔で笑いながら、首を勢いよく振った。
「でも、大丈夫? ルーク、カッコイイからさ、ぼやぼやしてると他の女にもっていかれちゃうかもよ?」
 シャムリーナの声を聞きながら、エミリーは一人鼓動が高まるのを感じた。
 今のシャムリーナの言葉を考えていたからではない。エミリーの心の中には、重苦しいような、それでいどこか甘酸っぱいような思いが、ずっと渦巻いている。
 プリシラや他の仲間には吐き出せない。でも一人で抱えるにはあまりにも切なく、やるせない。
「うん……でも同じパーティーの人だし、そんな簡単には……」
 エミリーの答えを聞いて、同じ冒険者であるシャムリーナも頷きながら大人びた溜め息などついた。
「そうだよねえ。軽々しく行動して気まずくなったら嫌だもんね。……でもさ~、そんな悩みがあるなんてある意味幸せだよ。あたしんとこの仲間なんか見世物小屋か、怪物博覧会みたいだから、パーティーの中で恋愛なんてありっこないけどさ、エミリーたちはイケメンばっかだもんね」
「そうかな……」
 エミリーは首を傾げた。確かに周りの冒険者たちに比べると、エミリーの仲間たちには強面がいない。もっとも、内気で男嫌いの気すらあるエミリーは、いかにも荒くれ者がいるようなパーティーにはそもそも入らなかっただろうが。
 シャムリーナのパーティーとは、縁があって、互いのメンバーを交えて何度か飲んだことがある程度の仲だが、正直なところ、エミリーは彼女のパーティーのメンバーをあまりよく覚えていなかった。しかし、シャムリーナの方はエミリーの仲間たちのことをそこそこ覚えていたらしい。
 シャムリーナなら、また話を聞いてくれるかもしれない。
 カップに注がれた柑橘のジュースを一口飲む。
「あのね、シャミー」
 エミリーが俯きがちに口を開くと、シャムリーナは自分の話を止めて、黙って耳を傾けてくれる。内気なエミリーにとって、気長にじっくり話を聞いてくれるシャムリーナは、安心して心の内を吐露できる人間だ。
 それでもどこから話したらいいのか、エミリーは何度も口ごもった末に、どうにか小さな声を絞り出した。
「あのね、あの……どうしていいか分からない、というより、どうしようもないけど、考えちゃうことがあって」
「うん。何かあったの?」
 シャムリーナはジュースを飲みながら、静かに次を促す。
「……シーマスを覚えてる?」
 またしばらくの沈黙の後に、また焼き菓子の縁をもじもじと指で押しながら、やっとエミリーはそう尋ねた。シャムリーナはあっさり頷く。
「覚えてるよ。そっちの盗賊だっけ? ちょっと目つき悪い感じの人だよね。エッチうまそうだけど」
 菓子をもてあそんでいたエミリーの手が止まり、彼女の顔にあっという間に血が上った。
 目ざといシャムリーナは、何となく話の中身が分かったようだ。目を見開いて、これまで以上に身を乗り出してきた。



 二日前、エミリーは探険する予定の遺跡の資料を作り、宿の自室に持ち帰った。
 資料を一度荷物の中に入れようとして、その前に少し目を通しておこうと、つい読み込んでしまった。
 昼食時の部屋には誰もいなかった。
 強固な集中力を持つエミリーは、目を通している資料に夢中になり、仲間のシーマスが部屋に入ってきたことに気づかなかった。
 エミリーのパーティーの男性陣には、冒険者にありがちな粗暴な人間はいない。半年もの間寝食を共にしてきたが、女性として身の危険を感じたことはなかった。生活を共にし、力を合わせて危機を乗り越えれば、相手の人となりも分かってくるし、信頼も生まれる。
 シーマスはパーティーの盗賊で、エミリーとは最も相性が悪かった。育ちのいい彼女ののんびりしたところが気に障るらしく、しばしば叱りつけられていたが、エミリーはその彼に対しても、根本的な部分では信頼を置いていた。
 それにもかかわらず、その場でエミリーはシーマスに押さえ込まれ、まだ初恋の実りを夢見ている状態でありながら、全く別の男に処女を奪われてしまった。
 もちろん望んでいたことではない。だが暴力を振るわれたわけではなかった。陵辱と呼ぶにはあまりに切ない出来事でもあった。逃れようとするエミリーを静かに押さえつけるシーマスの手が、ひどく優しく甘かったことを覚えている。
 熱に浮かされたような時間が過ぎ去った後、エミリーは一瞬幻想を抱いた。
『ずっと君が好きだった』
『だから我慢できなかった』
 そんな台詞をシーマスが言ってくれるのではないか。愛しているから抱かれたのだと思いたかった。
 しかし現実は冷めて乾いていた。シーマスはことのあと、呆然と横たわるエミリーを置いてさっさと服を纏い、せめてもの罪滅ぼしか思いやりか、避妊薬を彼女の手渡すと、姿を消した。
 睦み合ったベッドの上では、エミリーが写してきた資料がひしゃげ、破れてしまっていた。 
 エミリーはその夕方から病気を偽って寝込み、丸一日ベッドから出られなかった。シーマスにどんな顔をして会えばいいのか、そして彼がどんな顔で会うのか、怖かった。
 だが、シーマスもその夜は帰ってこなかった。
 もしかして夢か幻ではないかと思いたかったが、その夜中、そっと用足しに立った時に、下着が赤く汚れているのに気づいた。
 月のものは終わったばかりだ。それは、抱き合った直後には見られなかった、破瓜の出血なのだろうと思った。改めて、昼間のことが現実だと認識させられ、恥ずかしさと動揺のあまり、エミリーはしばらくトイレに立ち尽くしていた。
 結局二人が顔を合わせたのは、丸一日たった夜、つまり昨日の夕食の時だった。
 仲間と共に、丸一日ぶりの食事をはしたなくない程度に頬張っていると、ひょっこりシーマスが帰ってきたのだ。
「あんた、昨夜どこ行ってたのよ。早速女を追っかけてるの?」
 からかいまじりに尋ねるプリシラに、彼は久しぶりに友達と会って、徹夜で飲んでいたと答えた。
 その間、エミリーはシーマスと視線も合わせられなかった。
 シーマスが席に着く。エミリーは顔を伏せ気味に、シチューを食べることに専念しようとした。
 彼女の視線の少し先には、仲間たちが頼んだ、炒った豆と木の実の盛り合わせや、茹で野菜が並んだ皿がある。
 全く一日食べていないので、シチューだけでは物足りない。野菜をつまもうとすると、先にシーマスの手が伸びた。その指先が目に入った途端に、体の中に表現のしようのない熱がうっすらと沸いた。
「飲んでばっかで食ってないから、腹減ったよ」
 誰にともなく呟き、器用に木の実の殻を外すシーマスの指から、そして外した木の実を無造作に頬張る口元から目が離せない。その指と唇が前の日に自分に触れたのが信じられなかった。
 彼の体の末端を盗み見ていると、触れられて熱くなった昨日の記憶を自分の体が呼び覚まそうとしている気がする。
 目をそらさなければと思う一方で、誰も知らない秘密を一人で楽しんでいるような、一種後ろ暗い喜びも覚えた。
 普通に考えれば、シーマスにされたことは許せないはずだ。仲間がいるこの場で、昨日の出来事を暴き立てて、この場で彼を糾弾してもいい。
 だがエミリーにはそんな気は毛頭無かった。
 昨日のシーマスの罪を明るみに出すことは、彼の前で思いがけず乱れた自分をさらけ出すのも同じだ。エミリーが正面切ってシーマスを責めれば、彼が「お前だって喜んでいただろう」と反論してくるのは間違いない。
 昨日自分が見せた態度や体の反応、そして繋がりながら囁いた言葉をエミリーは──意外なほど──よく覚えていた。それをルークをはじめとする仲間たちの前でシーマスが話し出したらと思うと、とても表に出す気にはならない。
 昨日の話を内密にしておきたい理由は他にいくつもあった。複雑過ぎて、そして要因が多すぎて、エミリー自身にも分析できない。様々な理由の内、いくつかは苦く、いくつかはそうではなかった。
 いずれにしても、昨日のことを引き合いに出して、シーマスが仲間たちから制裁を受けたり、パーティーから抜けるようなことは、自分は望んでいないということは分かっていた。まだ混乱の内にある彼女は、それ以上のことは考えられなかった。

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