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王都の冒険者たち」
第二話 地下都市

第二話: 地下都市 3

2010.01.15  *Edit 

 何も殺すことはないだろうに。
 朝もやに包まれた林の小道を歩きながら、シーマスは溜め息をつきたい気分だった。
 晩春の朝はまだ少し冷える。踏みしめた足元の土や下草も、湿気を含んでしっとりと彼の靴を受け止めた。
 昨夜はギルドの酒場でジェフリーと長話をしながら飲んで、夜中前頃に宿に帰ったのだが、そこで仰天するような話をミクエルから聞かされた。
 エミリーが出先からの帰り道、連れとはぐれて酔っ払いに絡まれたらしい。
 そこまではよくある話だが、エミリーを探しに宿を出たプリシラが、彼女を見つけて助け出す際に、その酔っ払いを刺し殺してしまった。
 彼らの常宿のある辺りは、流れ者が多い地区で、治安も良くない。貴族や商人でもない、流れ者の酔っ払いが一人殺されたところで、衛兵が駆けつけて大問題になるようなことはあるまいが、その酔っ払いに仲間でもいたら面倒だ。仕返しに来るかもしれない。
 結局シーマスたちは大事を取って、予定を繰り上げて遺跡探索に出かけることにし、今朝早くに街を出た。
 しばらくのんびりと街に滞在するつもりだったシーマスにしてみれば、とんだとばっちりだ。
 酔っ払って女に絡んでいた男をいきなり殺すプリシラも、自分で何もできない癖に夜道をふらふらして、男に捕まったエミリーも恨めしい。
 彼らが住む、川の南の雑多な地区では、強盗や強姦は少なくない。殺人もまれにある。軍隊もそうしばしば警邏を行っているわけではないので、己の身を守るためには、相手を傷つけなくてはならないことも多いが、プリシラほどの腕があれば、酔っ払い一人、殺さずにおとなしくさせることはできただろうと思う。
 しかし、プリシラはやり過ぎなどとは毛頭思っていないらしい。
 話を聞いて、言外に非難をにじませたシーマスに、プリシラは形相を変えて言い募った。
「女を襲うような男を許しておける? 未遂なんて手加減の理由にはならないね。レイプされるのがどれだけ屈辱か、あんたのケツに物干し竿でも突っ込んで分からせてやろうか」
 彼女の言葉を聞いて、シーマスは戦慄した。慌てて謝り倒したのは、プリシラならやりかねないと思ったからだ。
「全くだ。エミリーみたいな小さな女の子をどうにかしようなんて、卑劣な。当然の報いだ」
 ルークも腹立たしげに、プリシラに同意した。早々に部屋に引っ込んでしまったエミリーを除いた、他の二人も特にプリシラたちに反対するようなことは言わなかった。
 もしもエミリーが自分に襲われたとプリシラたちに泣きついていれば、一体どんな目に合わされていたのか。そして今後もしもエミリーが彼らに喋ったら。その後に待ち受ける運命を思うと、本気で背筋がぞっとした。
 いつもなら迂闊なエミリーを叱りつけるところだが、さすがに彼女に説教できる立場ではなかった。これではエミリーに弱みを握られているも同然だ。

「ガレンはまだあまり調査されてないの」
 当のエミリーは、昨夜はかなりショックを受けたようで、すぐに寝込んでしまったが、シーマスのやや後ろを歩きながら、仲間たちに今向かっている遺跡の解説をしている。
 普段は無口なエミリーだが、遺跡や歴史のこととなると、目が輝きだして饒舌になる。よほど好きなのだろう。
 シーマスも盗賊仲間から多少は話を聞いていたが、遺跡については膨大な書物を抱える魔術師たちの情報にはかなわない。
 隊商の護衛や荷運びなどを主な仕事とする、駆け出しの冒険者パーティーには、魔術師はいないことが多い。彼らが冒険者に加わるのは、大抵遺跡の探索がきっかけだ。
 大学側が遺跡の調査の為に冒険者を雇い、お目付け役として魔術師をつける場合と、遺跡の探索をしたい冒険者側が、逆に大学側に掛け合って、魔術師を雇う場合がある。
 時代にもよるが、古代の遺跡には魔術の仕掛けがあることが多い。魔術師無しで乗り込んでいくのは無謀にすぎる。そもそも素人だけでは、古代語すら読めないし、遺跡そのものに関する情報は、大学が持つそれを上回るものはない。
 逆に大学側としては、貴重な遺跡に墓泥棒のごとく冒険者が入り込んで荒らしまわるのは望ましくない。冒険者たちに魔術師をつけることで、貴重な宝などはまず大学に持ち込ませて買い取るようにしている。
 そうして一度パーティーに加わった魔術師の内、そのまま冒険者になってしまう者も少なくはなかった。
 その貴重な魔術師を、シーマスのたちは二人抱えている。危険で報酬も安い護衛などより、一攫千金を狙って遺跡探索を行う方が、安全で効率がいいのは疑うべくもない。
    

 彼らが向かっているガレンとは、古代の地下都市だ。王都より一日ほど離れた林の中にある。
 この時代の古代人は、地上より地下に建物を掘り下げる方を好んだらしい。目立たない地下にあるおかげで無謀な冒険者や盗賊たちにも荒らされず、大学の調査員以外はほとんど中には入っていないという。かなり正確な文献や資料が残るのもその為だ。
 リーダーのルークが遺跡を探索することを決めた時、二人の魔術師は揃ってここを薦めた。資料によれば、危険な生き物などがいたという記述は無いということだった。
 いたという記述がないだけで、実際にいないとは限らないのが怖いところではあるが、そこまで慎重になっていたら何もできない。
 林を歩きながら耳にした、エミリーの薀蓄によれば、当時の都市としては中規模だが、裕福な領主と幾人かの貴族が町を治めていたらしい。
 古代人たちの生活は現在に比べて遥かに豊かだ。貴族の館ともなれば、宝飾品なども見つかる可能性が高い。うまくいけば、しばらくは財宝を売った金で、のんびり暮らせるかもしれない。



 丸一日歩いて、翌日の午前中に、エミリーたちは目的の遺跡の入り口を見つけた。林の一角に小高くなった丘のような部分があり、小さな洞穴が口を開けている。
 その中に小岩や木切れが積み重なった場所があった。それをどけると、地下の暗闇に続く古びた石造りの階段が現れた。資料の記述通りだ。
 明かりを手に、身軽なシーマスが先にたって階段を下りていく。順に他の仲間たちも続いた。
 階段は思ったより長かった。ガレンはかなり深くまで潜っている都市のようだ。
 長く続く石段を下るうち、エミリーは不意に段差につまづきそうになった。咄嗟に壁に手をついたが、爪先の指がねじれるような嫌な感触を覚えた。
「どうしたの?」
 背後を歩いているミクエルが声をかけてくれる。
「あ、平気。ちょっとつまづきそうになっただけ」
 エミリーは軽く振り返って微笑んだが、さらに階段を下ると、足首に小さな痛みが走った。軽く捻ったのだろうか。
 でもこんなところで騒いで、文字通り皆の足を引っ張るわけにはいかない。
(その内直りそうだし……)
 足首の痛みは実際大したことなかった。エミリーは平然を装って、階段を下り続けた。

 下まで下りると、巨大な扉があった。元々は魔法によって封じられていたが、かつての大学の調査員がそれを解呪することができていた。
 エミリーがその合言葉を古代の単語で呟く。燃える松明の音にすらかき消されそうなか細い声だったが、扉──いや、門は音を立てて自ら内側に開いた。
 用心しながらそこをくぐる。そこは炎の明かりも端まで届かない、広い部屋だった。天井も高いようだ。
 だが門の内側であるここは既にガレンの中だ。古代人たちは、暗闇に包まれて暮らしていたわけでも、煤が出る炎を明かりにしていたわけでもない。
 エミリーが資料にあった別の合言葉を呟くと、夕方のような柔らかい光が空間に満ち溢れた。天井、壁、床が全てうっすらと温かい光を放っている。古代人たちが施したガレンの魔法が、住人が滅びた今も生きていた。
「すっごい……本当に魔法都市なんだ」
 呟いたプリシラを始め、エミリーの叔父の手伝いで何度か遺跡に潜った魔術師のセルヴィスを除いては、全員古代の魔法遺跡に入るのは初めてだ。
 エミリーも何度となく話を聞き、本も読んだが、実際に自分の足で踏みしめると、深い余韻のような衝動がこみあげた。胸が詰まる。
 生きていく為には金が必要だから、宝に興味が無いでもないが、それよりやはり彼女をときめかせているのは、祖先たちが積み上げた歴史に対する、純然たる好奇心だった。
 淡い光を発している床や壁の不思議な石も、千年以上の歴史を刻んでいる。そこに自分が立っているというだけで、眩暈がするような感銘を覚え、エミリーは軽く目を閉じてそれに酔った。
「ここは入り口の広場ですね」
 持っていたランタンの火を吹き消しながら、セルヴィスが言った。
 半分古き森の民の血を引いた彼は、見た目は二十歳前後に見えるが、既に三十五歳になる。エミリーの叔父だけでなく、他の遺跡の調査隊にも何度か助手として参加しているらしいが、ガレンに入るのはやはり初めてだと言っていた。
「この明かりは少なくとも一日はついたままです。時間が経てば消えますが、また合言葉を唱えればつきますから」
 まだ松明を持ったままのシーマスに向かってセルヴィスが言うと、シーマスは軽く肩を竦めた。
「便利なもんだな。燃料もいらない。煤も出ないし、明かりを手に持つ必要もないわけだ」
「この時代の地下遺跡は大抵そうです」
 シーマスは松明を放り投げ、足で炎を踏み消した。
 いつまでも感慨に耽っていられない。エミリーは背中の小さな背嚢から資料を取り出した。ガレンについての記述だ。
 入り口広場からは大きな通廊が伸びている。さしずめ地上では大通りと言える。広場に面していくつか別の入り口が開いているが、それらは倉庫や警備隊の宿舎、貯水槽と水道管理人の宿舎、奴隷たちの居室など、およそ実務的な機能に必要な施設が集まっているようだ。
 目指す貴族や町の領主の館は遺跡の奥の方にある。
 エミリーたちは通廊を進んだ。 

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