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王都の冒険者たち」
第二話 地下都市

第二話: 地下都市 4

2010.01.18  *Edit 

 大通廊沿いに並んだ入り口は、ほとんどが商店のものらしかった。食堂や、肉やパンなどの食品を売っていた店跡がある。入り口の上には古代語で『命の水を楽しみましょう』『森の恵みのお求めはこちらで』など、回りくどい文字が刻んである。
「しかし、食べ物とかはどうやって調達していたんだろうな」
 物珍しそうに呟いたルークの声が、天井の高い空間に反響した。セルヴィスが口を開く様子が無いので、エミリーが答える。心持ち鼓動が早くなった。
「古代人たちは奴隷を使っていたから。食べ物や水は全て奴隷に世話させていたみたい。古代の市民一人あたりに、平均四人くらいの奴隷がついていたそうよ。貴族ともなると、何十人と持っていたんでしょうね」
「へえ。それで贅沢な暮らしができたわけだ」
 振り向いたルークと目が合い、エミリーは微笑み返すこともできずに、また視線をそらしてしまった。
 ルークがまた前を向いて歩き出すと、エミリーはやっと彼の後姿を見つめることができる。
 上背のある長身。癖のある黒い髪は、動く邪魔にならないように短く整えられている。騎士の家の生まれだという、ルークの髭の無い若々しい顔は、なるほどどこか品があった。 
 こうして見つめているだけでいい。それだけで十分幸せだ。胸の奥に小さな草花が芽吹いたような気持ちになった。

 仕立て屋や宝飾品屋を探して、通廊を歩いていたエミリーたちは、ひときわ大きな入り口を見つけた。入り口には刻み文字ではなく、金属細工の看板がかけられている。他よりも高級な店なのだろう。
「『忘れえぬ夢をあなたに』。……何の店でしょうね」
 セルヴィスが看板を読み上げて、首を傾げた。
「ったくさー、はっきりしないよね。服なら服、酒なら酒売ってるって書いときゃいいのに。何が命の水だか。しゃらくさいのよ」
 せっかちなプリシラが苛々と呟いた。
「昔の人は気が長くて頭が良かったんでしょうね」
「……何ソレ。あたしは気が短くて、アタマが悪いって言いたいの?」
「違いますよ! そういう意味じゃありません。比喩を楽しむ余裕と機転があったという意味で……」
 プリシラに詰め寄られてたじろぐセルヴィスを無視して、シーマスがさっさと中に入り込む。エミリーたちも順に続いた。
 中は石造りの長テーブルが並んだ、居酒屋風の造りだ。奥には地上に続く煙突を備えた厨房らしき施設もある。今まで見てきた他の居酒屋風の店と違うことは、店の奥に一段高くなった部分があったからだ。
「なんだここ。舞台か? 出し物でもやってたのかな」
 シーマスは興味深そうに床に屈み込むと、奥へと進んでいった。
 エミリーがぐるりと店内を見渡すと、壁の一部に絵が描いてある。色とりどりの衣装を纏った女が三人並んで舞を舞っているようだ。陽光も風雪も無い地下で、千年の時を経た壁画はまだ鮮やかな色彩を保っていた。
 この絵が店内の様子を描いたものだとすれば、シーマスの言う通り、あの高い部分は舞台で、ここはそれを見ながら飲食を楽しむ店だったのだろう。
「おーい、ちょっと」
 奥からシーマスの声が聞こえた。
 エミリーたちが舞台の奥に駆け寄ると、そこには彼女が壁画の中で見たような、色とりどりの布地が、石造りの棚に押し込められている。
 シーマスは棚の上にあった木の小箱を開けて、声をあげた。
「すげー、おい。見つけた~」
 彼が一行に見せた小箱の中には、エミリーの親指の爪ほどの大きさの宝石を装飾に使ったブローチがいくつか入っていた。
「これも絹だね」
 棚の衣装をつまみあげたミクエルが呟く。彼が広げた絹の衣装は、赤や橙色などに染めてあったが、透けるように薄く、肩や腰を結びあわせる紐があるだけだった。これを素肌の上に着たとしたら、腕や脚はほぼむき出しだ。
「なんかいかがわしい店だったんじゃないの?」
 心持ち顔を赤らめたミクエルを見下ろし、興味無さそうにプリシラが呟く。
「古代の人は今より奔放でしたからね。ガレンの領主がどういう治世をしていたかは分かりませんが、必ずしも違法な店とは限りませんけど」
「おい、セルヴィス」
 薀蓄を垂れていたセルヴィスを、床を探っていたシーマスが呼び止めた。彼が指差した石造りの床は、丁度人が立つ幅くらいに、正方形に切り込みが入っている。
「落とし戸みたいだけど、開かねえ」
 シーマスが一度その場から体をどけた。入れ替わりにセルヴィスが屈み込む。扉には魔術によって封印がされているようだった。セルヴィスは粉薬を取り出し、解呪を試みていた。それを見下ろしながら、エミリーは何となく入り口の看板の言葉を古代語で呟いた。
『忘れえぬ夢をあなたに』
 途端、音を立てて落とし戸が下に開いた。セルヴィスが小さな声をあげる。
「……よく合言葉が分かりましたね」
「たまたま思いついたの」
 はにかむエミリーの肩をプリシラが軽く叩いた。
 偶然とはいえ、こうして少しでも皆の役に立てたことがエミリーの小さな誇りだった。


 落とし戸からは細い階段が続いていた。
 そこにも魔法の明かりは灯っていたので、足元が危ないようなことは無かったが、少々段差がある。先ほど痛めた右の足首には少々きつかった。
 すぐに直ると思っていたが、今度の階段を底まで下りると、じんじんとする痛みが沸いてきた。
(ミクエルに湿布薬をもらおうかな)
 エミリーがそんなことを考える頃には、一行は広い空間のあちこちに散っていた。
 舞台から続く階段を下りた場所は、入り口広場の半分ほどの広い空間になっていた。
 魔法の明かりは階上のものより薄暗く感じる。壁にはいくつかの木造の扉があり、別の部屋に通じているようだった。
 空間の一角には、寝台ぐらいの大きさの木造の台がいくつか置かれ、柔らかそうな布がいくつも敷いてある。別の一角には、ルークの背よりも高い位置の壁に巨大な鉤が何本か設置されていた。その隣には、人間が入れるくらいの鳥篭のような鉄の檻が、天井からぶら下がっている。
 反対側には階上にあったような、長いカウンターと木造の椅子も数脚あった。
 階上の洗練された都市とは変わって、異様な風景だった。エミリーは拷問部屋のような印象を受けた。部屋やそれらの装置は汚れていなかったが、どこか人間に嫌悪感を催させるものがある。
「なんだ、この部屋」
 受ける印象は同じらしい。ルークもいささか顔を顰めながら、不気味な器具を見回している。
 エミリーはカウンターの裏側に回ってみた。
 小さな酒の樽がいくつか並んでいる。取り上げて振ってみたが、残念ながら中は空っぽのようだった。
 その下には鶏卵と同じような大きさの宝石細工があった。エミリーは宝石には詳しくないが、それはエメラルドでできているように見えた。手で取り上げると、その上の部分が開いた。ただの飾りではなく、小さな物入れになっているらしい。エミリーはそれを自分のリュックに放り込み、次の棚を探った。
 紐で綴じられた本が二冊出てきた。保存状態もよさそうなので、ぱらぱらとめくってみる。読み進む内、エミリーの顔は次第に赤らんだ。
 人物の名前と金額が連ねてある。一見すると売上げ台帳のようだが、品物として記載されているのは、『少年』『少女』という品名であった。
 もう一冊を取ってみる。そちらには挿絵があったが、ひと目見て、エミリーの顔がさらに熱くなるような絵であった。尻を向けた全裸の少年を、やはり全裸の男が何かで打ち据えている図である。ちらりと見えた他の頁には、全裸の女の絵があった。それ以上じっくり見るのが憚られる。
「何それ」
 いつの間にか仲間たちが集まってきている。プリシラの問いに、エミリーはしどろもどろになった。彼女の後ろから本を覗き込んだセルヴィスは、やや眉を寄せて古代の文字を読んでいるようだ。
「はあ……どうも、市民から金をもらって、奴隷の少年少女とここで遊ばせていたみたいですね」
 しばらくして、セルヴィスが彼女に代わって答えた。別の本にはもっと露骨なことも書いてあったが、エミリーは当然それを言い足さなかった。
 おそらく、階上の店では、見目麗しい奴隷たちを舞台で踊らせ、市民が気に入った奴隷がいれば、さらに金をもらって階下のこの部屋で遊ばせる。この店は実質は娼館のようなものだ。
 広間に並んだ怪しげな器具の側の壁には、壁の鉤から吊るされる全裸の少女や、やはり全裸のまま舞いを舞う幾人もの少年、少女の姿が描かれている。階上の壁画よりも遥かに淫靡だった。
「男も女も手当たり次第か。奔放だったんだねえ~」
 シーマスは首を振った。その声は呆れたようにも感心しているようにも聞こえる。そのまま彼は近くの壁にあった扉を無造作に開けた。
「あれ、これ奥に続いている」 
 いかがわしい広間の雰囲気に、少々うんざりしていた一行は、シーマスの方に歩み寄った。エミリーも貴重な資料となる本を二冊とも荷物に詰めて続いた。
 シーマスが開けた扉は、ごく細い通路で、奥へと続いた後、再び下り階段になっているようだった。
 また階段を下るのかと思ったエミリーは、仲間たちに続いて扉をくぐる直前に、右の足首の具合を見ようと屈んだ。
 瞬間、激痛が走った。 
「いっ……」
 思わず小さな声を漏らしたエミリーの後ろから、最後尾を守っていたルークが声をかけてくれる。
「どうした?」
「足が……」
 声も満足に出せないほどの痛みが右足全体を駆け巡っていた。思っていた以上に無理をしていたらしい。最初に痛めた時に、かなりひねっていたのかもしれない。
「捻挫したの?」
「分からない……」
 苦しげな声を出すエミリーを見て、ルークも屈んで彼女の足に触れた。足首から下は、痛み以外の感覚はもはや無く、ルークの手の感触も分からなかった。
「立てる?」
 ルークの問いにエミリーは首を振った。痛みがひどくて、無理をしても今はとても立ち上がれない。
「おい、ミクエル」
 ルークは立ち上がりながら仲間たちが既に入った通路に呼びかけた。開いたドアはばね仕掛けで自動的に閉まるようになっているらしい。エミリーが屈んでいる内に既に閉じてしまっていた。
 ルークは扉の取っ手に手をかけて引いた。だが、それはぴたりと閉じて動かなかった。

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