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王都の冒険者たち」
第二話 地下都市

第二話: 地下都市 5

2010.01.22  *Edit 

 扉を叩く拳の音が虚しく空間に響いた。
「おーい、まだ残ってるんだ。開けてくれ! プリシラ! シーマス!」
 ルークが低い声を張り上げたが、仲間たちが消え、閉じた扉が開く気配は無かった。彼は再び取っ手を捻り、肩を扉につけて体重をかけて押した。しかしドアはびくともしないようだった。
 徐々に焦りを見せながら、扉を押したり引いたりしているルークを見ているうち、足首の痛みが少しずつ引いていくと共に、エミリーは苦い後悔が沸いてくるのを覚えた。
 閉じ込められてしまった。
 つい今しがたシーマスが簡単に開けたように見えた扉は、他の四人の仲間が通り過ぎた後にぴたりと閉じて、どうやっても開かなかった。そして向こう側から仲間たちが扉を開けてくれる様子も無い。
(どうしよう……私のせいだ)
 みぞおちの辺りがぐっと詰まる気がして、目の奥が熱くなった。
 自分が扉をくぐる前に急にしゃがみこんだりしている間に、扉が閉じてしまった。エミリー一人ならまだしも、心配して残ってくれたルークまで巻き添えにしてしまった。
(私のせいなんだから、泣いちゃだめだ)
 ここで泣いても、ルークを困らせるだけだ。
 エミリーはこぼれそうになる涙をそっと拭って、立ち上がろうとした。だが、足首の痛みは先ほどよりはかなり軽くなったとはいえ、体重をかけようとすると激痛が走った。
 仕方なく彼女は床を這うように、膝と手をついて扉に近寄った。 
 扉に辿り着く。そこに手を押し当てた。ルークが足元にいるエミリーを怪訝そうに見下ろしているが、構わず意識を集中する。扉に触れた手から、むず痒いような違和感が伝わってきた。
「魔法で閉じられているみたい」
 顔を上げてルークに告げると、彼は拳を押し当てていた扉から体を離して、大きく息をついた。
 そういう仕草を見ると、きっとルークにはそんなつもりはないと分かっていても、まるで自分が責められているような気がする。
「ごめんなさい」
 彼から目をそらし、項垂れて謝ると、こらえていた涙が溢れそうになった。
「私がもたもたしてたから、閉じ込められちゃった……」
「違うよ、エミリー」
 ルークが膝をついて屈んだ。顔を覗き込まれる気配があったが、泣き出しそうな顔を見られたくなくて、エミリーはひたすら床を見つめた。
「ドアの向こうの階段がどこに通じているのかは分からないけど、あそこが行き止まりだったら、閉じ込められたのはプリシラたちだ。俺たちが取り残されてよかったんだよ。こっちは出口に通じているから、最悪の場合、助けを呼びにいける」
 確かに彼の言う通りだ。先に進んだプリシラたちも、さすがにエミリーとルークが続いてないことには気づいただろう。それでも、向こうから扉が開く様子が無いということは、彼らのいる側からも扉は開かないに違いない。

 こうしてはいられない。
 エミリーは床で体勢を立て直し、扉の前に落ち着いて座ると、腰につけている小袋から粉薬を取り出した。ルークがどんなに頼もしくても、魔法で閉ざされた扉を開けることができるのは自分しかいない。セルヴィスも扉の向こう側で解呪を試みているかもしれないが、様子の分からない彼らの行動を待っていても仕方ない。
 今までの護衛や荷運びの仕事では、身の回りの雑事や迫る危険から、皆に助けてもらうばかりだった。やっと実現できた、この遺跡の探索でこそ、長い修行を活かして、逆にエミリーが仲間たちを助けることができる。
 泣いてばかりいてはだめだ。
 エミリーは気持ちを落ち着かせ、粉薬を扉の周囲に撒き、自分もそれを鼻に軽く吸い込んだ。意識を集中する為に、軽く目を閉じる。
 扉は今、霊的な力で閉じていて、どんなに膂力を込めようと決して開かない。開くにはその霊的な縛めをエミリーが解かなければならない。
 呪文を唱えながらさらに意識を収束させると、足首の痛みも、隣で覗き込んでいるルークの視線も、脳裏から剥がれ落ちていった。
 閉じられた扉に施された術は、エミリーには頑丈に結び合わされた光の糸に見えた。複雑に絡み合うそれを解いていくのは、かなり手間がかかりそうだ。
 エミリーは一度集中を解いた。ルークの方を向くと、思いがけず目が合う。立っていた彼はいつの間にか、エミリーと視線を合わせるように屈んでいた。
「解けた?」
 ルークの問いに、エミリーは力なく首を振る。
「駄目。かなり時間がかかりそう……」
「落ち着いてやればいいよ。多分、セルヴィスも向こうで同じことをやっているだろうし」
 ルークは焦りも落胆も見せずに、柔らかく微笑んだ。
 彼が強いと思うのはこんな時だ。もちろんルークは力もあるが、それ以上に精神が強いと思う。
 今までもそれなりに危険な目に合ってきたが、大体の場合において彼は冷静だった。豪胆なプリシラでさえパニックになるような場面でも、常に泰然とし、最善の方策を必要な人物に仰いでいた。
 自分がどんなに取り乱していても、リーダーのルークが落ち着いていると、恐慌が収まる気がした。それは多分他の仲間たちも同じだろうと思う。
 今もそうだ。仲間たちとはぐれ、緊張して激しく打ち始めた鼓動が、少しだけ静かになる気がする。もし一人だけ取り残されていたら、きっとエミリーもこんなに冷静でいられなかったに違いない。
 もう一度、術を解く為に集中しようとすると、ルークに声をかけられた。
「待って。時間がかかりそうなら、先に足を手当てしよう。……立ち上がれる?」
 エミリーは頷いて、両手を床について、体を持ち上げようとした。大分痛みは引いた。ゆっくりと腰を上げる。
 しかし、左足は問題無いものの、右足に体重をかけると、先ほどと同じような骨を締め付ける激痛が襲う。左足に体重をかける、不自然な体勢でないと立てない。この分では右足を引き摺って歩くのがやっとだろう。
「まだ痛い?」
 屈んだまま、エミリーを見上げてルークが訊ねる。重荷に思われたくない一心で、つい首を振ったが、すぐに思い直して付け足した。
「座っていれば平気だけど……ちゃんと歩けない」
「骨が折れてないといいけど。手当てするから、もう一度座って」
 腰を浮かせたルークが、エミリーに向かって手を伸ばした。それは、恐らく痛む足を庇って、片足だけで屈まなければならない彼女を支える為に、差し伸べられたのだろう。
 そうと知っていても、エミリーはその手につかまることもできず、どころかルークと目も合わせられなかった。
 エミリーの態度を見て、彼女に触れることを遠慮したのか、彼はその手をゆっくりと引いた。ルークの戸惑ったような動きに、エミリーは後悔と罪悪感を感じる。
 特別な意図もない、ただの親切で差し出してくれた手なのに、どうして素直に礼を言って彼の手を取らなかったのだろう。ルークの優しさを払いのけたようなものだ。
 見知らぬ同士ではない。寝食をともにしてきた仲間なのだ。何の感情もなく触れ合うことを意識しすぎては、まるで自分がルークを信用していないように見えてしまうかもしれない。
 本当はいつも、その大きな手に触れることを夢みてさえいるのに。

 閉ざされた扉に手をついて、再びどうにか床に腰を下ろしたエミリーの前で、荷物を肩から下ろしたルークも膝をついた。
 手当てをしてくれるとルークに言われたものの、彼の目の前に足を差し出すのが傲慢に見えないかと、エミリーが躊躇していると、ルークが口を開いた。
「足、ちょっといい?」
 先ほどより心持ち固い声だった。
 痛めた足を遠慮がちにルークの前に出しながら、エミリーは彼を傷つけてしまったのかと不安になる。要領の悪い自分に苛ついているのかもしれない。先ほど彼の手を取らなかったから、怒っているのかもしれない。
 ルークがエミリーの、足首までの短い靴の紐を解き始める。頬が上気した。三日前にシーマスが彼女の服の胸元の紐をほどいたことを何故か思い出す。
 胸の奥からざわつきながら何かがせり上がってくる。その得体の知れない感覚を押さえ込む為に、エミリーはこっそり唇を噛んだ。
 ルークは彼女の細い足首に軽く手を触れた。体が震えそうになり、エミリーは床に着いた両手に力を込めた。
「今、普通にしてても痛い?」
「ううん」
 エミリーが平静を装い、短い返事を返すと、ルークは自分の荷物から清潔そうな布と水筒を取り出した。
「じゃあ捻挫かな。腫れてるから冷やすよ」
 ルークは布を水で湿らせ、エミリーの足首に巻きつけた。熱を持っている足首に、ひんやりとした感触が心地よい。
 その手つきはミクエルに比べれば、手馴れていない不器用さを見せていて、それまで何もかもほぼ完璧に見えていたルークが、ふと近しい存在になった錯覚を覚えた。
 ルークは膝をついて、エミリーの足首に視線を落としながら作業を続けている。そうしていると、小柄な彼女が普段目にすることのない、ルークの頭の天辺が見えた。癖の少ない艶やかな黒髪に、手を伸ばして触れたくなった。
 突然、エミリーはそれまでにないほどに不安を感じた。
 今自分が見つめている、彼のこの美しい頭の先を、誰か他の女の人が違う時間に見つめ、そして触れたことがあったのだろうか。そして、無事にここから出て街に戻った後、誰か触れる人がいるのだろうか。
 それまでにも、ルークに恋人がいるかどうかということは、エミリーの一番の関心事であり、心配だった。
 彼女自身が問うまでもなく、酔っ払うと、しきりにプリシラがルークに恋人はできたかどうか尋ねていた。しかし、ルークはいつも首を振っていたし、実際、街にいる間も、女性に会いに行った様子もなく、外泊することもなかった。
 だからエミリーはルークを見つめるだけで満足していた。いつか、彼の側に寄り添うのが自分であればいいと望んではいたが、それは今すぐでなくてもよかった。現実よりも、近い未来の夢想の方が、彼女には心地よかった。
 でもそうしてエミリーが夢ばかり見ている内に、自分ではない女性がこうしてルークを見つめて、寄り添うようになるかもしれない。急激に迫ってくる焦燥は、ほとんど恐怖に似ていた。 
 布を巻き終えて、ルークは彼女の足から手を離すと、腰を引いてエミリーを見た。まだ心臓を弾ませたまま、彼女は伏し目がちに礼を言った。
「捻挫にしても骨折にしても、動かない方がいいんだけど……」
「大丈夫。座ったままでも解呪はできるから。時間がかかるから、ルークは先に助けを呼びにいって」
 エミリーは無理矢理今ある危機に目を向けようとした。ほんの少しの間、全く頭の中から締め出してしまった、閉じ込められた仲間たちに申し訳なく思った。
「いや、魔術に集中しているエミリーを置いて、俺が離れるのは危険だよ。助けを呼びに行くのは最後の手段だ」
 首を振るルークに、エミリーはさらに言葉を重ねた。他人の決断に従うことが多い彼女には珍しいことだった。
「でも、時間をかけても私が解けるかどうか分からないし、街まで一日かかるよ。往復で二日じゃ、助けが間に合わないかもしれない。ここには危険な生き物はいないと思うし、私なら大丈夫」
 尚も渋い顔のルークに構わず、エミリーは首から下げているネックレスを外した。先端に銀製の小さなメダルがついている。複雑な文字が掘り込まれたメダルは装飾用ではなく、魔術師が持つ身分証のようなものだった。
「これを持っていけば、大学が助けを出してくれるはずだから。私の叔父を訪ねて」
 突き出されたネックレスを、気圧される様にルークは受け取った。表情からして、納得はしていないようだった。恐らくエミリーの決意を尊重してくれたのだろう。
「……分かった。でもせめて、この広間の他の部屋を調べてから出るよ。他にも何か仕掛けがあるといけないし。先に解呪を始めてて」
 彼はエミリーから受け取ったネックレスを、丁寧にベルトに通した貴重品袋にしまい込み、立ち上がった。すぐに隣の扉の方へ歩き出す。
 エミリーはその後姿を見て、涙が出そうになった。
(そばにいてくれるんだ)
 言ったことは、間違っていないと思う。でも一人でこの妖しげで広大な広間に取り残されるのは、本当を言えば彼女は恐ろしかった。
 本来なら、危険な生物がいる可能性が低い部屋を探るより、ルークは一刻も早く助けを呼びにいくべきだ。だが、今度こそ彼の優しさを素直に受け止めようと思った。ルークが広間を見て回る前に、術を解けばいいだけの話だ。
 エミリーは柔らかく沸く気持ちを落ち着かせ、扉に向き直った。集中する。

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