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ココナッツ図書館 夜間書庫

王都の冒険者たち」
第三話 女の聖地

第三話: 女の聖地 3

2010.04.12  *Edit 

 三日ほど前のことである。
 地下都市ガレンの再調査を目標に、エミリーたちは各々準備を整えていた。
 金を貯め、遺跡の下調べをして、己の技術と腕を磨く。
 前回も万端の準備を整えて調査に出たつもりだが、内部で思わぬ災難に遭い、ルークとエミリーは負傷してしまった。危険な生き物がいるはずもない遺跡であったが、何が起こるか分からないものだ。同じことは繰り返したくない。 
 エミリーは自分で自分が情けなかった。
 ルークの怪我は、遺跡にいた異形の生物──正確には擬似生物らしいが──に襲われた時に負ったものだが、エミリーが足を挫いたのは、普通に階段を下りていた時の話である。それでルークの足手まといになってしまったのだから、彼の怪我も半分は彼女の責任だと言える。
 かつて師である叔父に、冒険者として、遺跡の調査などを行うなら、知識や魔術の技術を高めるだけでなく、肉体も鍛えた方がいいと言われたことがある。
 全くその通りで、階段を下りていて足を挫いていたのでは、学んだ知識を生かす以前の問題である。叔父も決して頑強な体格ではないが、人並みの体力はありそうだ。
 魔術師だから、女だからといって、甘えていいことではない。生来体が弱いなら、努力して、せめて人並みにはならなければ。
(でも、どうやったらいいのかしら)
 ガレンに関する書物を広げながら、エミリーはまたぼんやりもの思いに耽った。
 彼女がいるのは、大学の図書館である。地階には市民も入れるが、上層階には大学の学生、そして魔術師ギルドの会員しか立ち入れない。
 質素な楢の木の椅子に腰掛け、読むともなく本に視線を落としていると、肩を軽くつつかれた。
「エミリー」
 振り向けば、シャムリーナの姿があった。師は異なるが、エミリーと同じく、冒険者稼業に従事している魔術師で、彼女の数少ない友人である。
 シャムリーナはにこりと優しく微笑むと、小声で断って、エミリーの隣の椅子に腰掛けた。
 幸い、すぐ近くには学生や魔術師の姿はない。天井が低く、本を傷めない為に窓も作られていない、狭苦しい書庫には、今のところ二人の少女しかいなかった。
「何の本読んでるの?」
「……ガレンの」
 興味深そうにエミリーの手元を覗くシャムリーナに、幾分顔を赤らめて答えた。
 彼女には、地下都市ガレンから持ち帰った品物の解読や調査を手伝ってもらった。だがその際、エミリーが誤って古代の媚薬に冒されてしまったために、そばにいたシャムリーナにも、とんでもないことをしてしまった気がする。ガレンは調査が行き届いていない、興味深い都市ではあるし、エミリーたちの当面の目標は、その探索であったが、どうしても当時のことを思い出してしまうと恥ずかしい。
 しかしシャムリーナは気にした様子もなく、相槌を打っただけであった。
「またガレンに行くの?」
「そのうちね。もう少し、下調べをして、お金を貯めてから……。古代遺跡の調査は、私たち初めてだったんだけど、少し甘く見ていたみたい」
 考えながらゆっくり喋るエミリーの言葉を、シャムリーナは黙って聞いている。
 冒険者の中には、それこそ魔術師も雇わず、身ひとつで遺跡に乗り込む命知らずもいるが、大抵は碌な目に合わない。生きていれば運がいい。
 エミリーたちのような、真っ当な──そこそこ慎重な冒険者たちは、魔術師を雇い、準備を整えてから遺跡に入るが、この準備に時間と金がかかる。旅のための食糧や備品、調査のための道具は勿論、最も費用がかさむのが、エミリーたち魔術師が、術を行使するために必要な触媒と、ミクエルが使う薬である。しかしこれらが揃えられるかどうかで、生き残れる確率も格段に違ってくる。
「じゃあ、今はまだ出かける予定ないんだ?」
「うん」
 問いかけるシャムリーナの声に、何か言いたそうな気配を感じ、頷いたエミリーは顔を上げて彼女の目を見た。シャムリーナは顔を輝かせる。
「じゃあさ、他に仕事の予定とかないんだったら、一緒に近くの遺跡に行ってみない? ガレンより近くて、安全で、ちょっと面白そうなところを聞いたんだ」
 近くて安全で面白い古代遺跡というのが想像がつかず、エミリーは友人の顔を見つめながら、彼女の説明を待った。

 シャムリーナの話によれば、王都から一日歩いた小さな村に、古代神殿跡地があるという。古代王国時代に、巫女たちが住まい、遠方から人々がその預言を聞きにきたという聖地だ。
 魔術が隆盛を極めた古代では、神々への信仰は薄かったとされるが、信仰が無かったわけではない。今日の教会とは全く違った信仰を持っていただけだ。神は間違いなく存在する。賢明な魔術師たちと古代人たちは、無論それを知っていた。
 王都から程近いその神殿遺跡は、広い建物でもなく、大学による調査は既に終わっている。エミリーたちが求めているような宝物は勿論遺されていないだろうが、代々の巫女頭の名前が壁一面に彫られ、当時の美しい浮き彫りと壁画が建物に施されているという。純粋に学術的に興味深い。
 シャムリーナは知り合いからその話を聞き、兼ねてから行ってみたいと思っていたようだが、冒険者が目指す宝などは全く期待できないことから、パーティーの仲間たちが同行したがらなかったらしい。もっともな話と言える。
 しかし最近、彼女の仲間の一人が、足を骨折する重傷を負い、しばらく彼らはパーティー単位で仕事を受けることができなくなった。かといって働かなければ、金は無くなるだけなので、今はそれぞれが日雇いの仕事などをして、糊口を凌いでいるらしい。
 シャムリーナも代筆の仕事などをしていたが、少々小金が貯まったので、この機会に件の神殿遺跡を単独で見学に行きたいと考えているようだ。
 
「でもさすがに一人じゃ不安だし、もしエミリーも仕事の予定とかないんだったら、一緒にどうかなと思って」
 話を聞いたエミリーは、目を輝かせた。
 古代の神殿遺跡の中には、現在の信仰を重んじるあまり、教会や信仰厚い権力者によって、破壊されてしまった場所も多い。王都からそんなに近い場所に、遺跡が残っていたとは知らなかった。
 現在では、祈りの場を仕切るのは男性だが、古代では、女性が巫女として、神々への対話や神事を執り行うことが多かったと聞く。シャムリーナの話では、例の遺跡は、この地方にある神殿の総本山と目されているらしい。
 そんな由緒ある場所を訪れることができるというだけでも嬉しいが、シャムリーナが旅の供にと誘ってくれたこともまた、嬉しかった。
 内気なエミリーは、他人に声を掛けるのが苦手だ。郊外で叔父と修行をしている頃は、その性格は何の妨げにもならなかったが、師である叔父と共に大学に移ってからは、それだけでは済まない。黙っていても、誰かがエミリーを助けてくれるとは限らないのだ。
 人付き合いを学ぶためにも、自分から話をし、動かなければいけないと分かっていても、実行するにはとても勇気が必要だった。
 シャムリーナはそんなエミリーの性格を分かってくれて、何かと気を使ってくれている。彼女に旅に誘われたということは、それだけエミリーに親しみと信頼を感じてくれているのだ。
 それに応えたい。
 エミリーたちも、目下大きな仕事はない。遺跡がある村までは徒歩で一日だというし、見学に一日費やしたとしても、早ければ三日で戻ってくることができる。それくらいの日数なら、王都を空けても、仲間の迷惑にはならないだろう。
 エミリーは仲間に相談してみると言いつつ、早速詳しい話を聞きたがった。シャムリーナは笑顔で、持っていた本を開いて、説明を始めた。


 仕事が無い間は、生活を共にする理由もないが、エミリーたちは何となく同じ宿の同じ部屋で寝泊まりしている。誰も家族を王都の中に持たないので、自然といえば自然である。若い冒険者たちは、そうして生活を共にしながら、信頼と協調性を築いていくことが多い。
 互いの生活時間もばらばらだが、彼らは夕食だけは大抵一緒に取ることにしていた。新しい仕事の話などが入れば、そこでできる。
 全員揃った夕餉の場で、話が途切れたところを見計らって、エミリーが神殿遺跡へ出かけたいと言い出すと、一同は目を剥いた。
「友達と二人で?」
 最初に口を開いたのは、リーダーのルークだった。
 口下手のエミリーは、相手の感情を読むのが巧みだ。この時も、ルークがそれを決して好意的に考えていないことを、表情からすぐに察した。
「うん……あの、お金になるような物がある場所でもないし、魔術師ギルドから依頼された調査でもないから……。私と彼女が個人的に見学してみたいだけなの」
 意志の強そうな、彼の黒い瞳に目を据えていられず、喉元に視線を逸らしながら、エミリーはとつとつと話した。ルークの眉が僅かに寄る。
「それにしても、友達って、君と同い年くらいの女の子なんだろ? 二人じゃ、いくらなんでも危ないよ」
 彼はどうやら、エミリーが一時的に王都を空けることで、仕事を受ける機会を逃すかもしれないと考えているわけではなく、ただ年端もいかない、世間知らずの少女が、短距離とはいえ旅に出ることを心配しているようだ。
「どうせ、俺たちもブラブラしてるんだし、二、三日、エミリーに付き合って、その村に行ってみないか?」
 ルークは腕組みをして、他の仲間たちの顔を見渡す。
 エミリーが口を開く前に、彼女の兄弟子であるセルヴィスが、やや気まずそうな表情で言った。
「うーん、それがですねえ……。私、いい機会だと思って、丁度時間がかかる実験の手伝いに入っているんですよ。あくまで手伝いなんで、無理を言えば抜けられないこともないのですが……」
 彼の事情は、エミリーも既に師に聞いて知っている。セルヴィスは今、別の導師の元で、錬金術の実験に参加しているのだ。
 無論、彼らが共に来てくれるなら、こんなに心強いことはないが、今回の旅に、パーティの面々に同行してもらうという考えは、最初からエミリーには無かった。
 エミリーが理由を話そうと、例によってゆっくり口を開こうとすると、再び別の声が間に入った。
「実は僕も、田舎の修道院長が今日からこっちに来てるから、明日から二、三日、彼が滞在している間、ついていなきゃいけないんだ」
 修行中の修道士であるミクエルは、上目遣いにルークに向かって言った後、エミリーの方を見た。
「……でも、僕の方は何とか別の修道士に代わってもらえると思うよ」
「ううん、いいの。大丈夫」
 ミクエルの優しい、緑がかった瞳を見つめ返して、エミリーは首を振った。
「今度行く村までは、整備されている北の街道を一日歩けばいいから、そんなに危険はないと思うの」
 再び一同の顔を見渡し、エミリーは話し始めた。
 王都から北は、南に比べれば、比較的治安が良い。特に豊かな王都の近辺の街道は、王都の兵士たちが見回りに出ることも多く、盗賊が出没する頻度も低い。気候は南の方が緩いはずだが、豊かな街は北の方に多くある。有力貴族が住むのも北だ。
 土地の豊かさの違いもあるだろうが、王都と北方の人間は、性質の違いだと言っている。北の人間は真面目で努力家、南の人間は、気まぐれな怠け者とされた。
 エミリーには、あまりに大ざっぱな括り方だと思われるが、ルークが北、シーマスが南の生まれだと聞くと、世間の言うことにも一理あるかもしれないなどと思ってしまう。
「それに、私の友達が、導師から、村の領主様への紹介状ももらってくれたの。だから、村に着けば安全だし、その……あくまで、私の友達の紹介状だから、あまり大勢で行くわけにもいかなくて」
 再びゆっくり話し始めたエミリーの言葉を、ルークは渋い表情を崩さずに聞いている。
 他ならぬ彼が心配してくれるのは、とても嬉しい。
 しかしそれは、大人が子供を気遣うような、非常に義務的で生ぬるい思いやりである。彼の性格からもたらされるものであって、決してエミリー自身を、彼女が望むような特別な意味で気遣っているわけではない。
 聡いエミリーは、ルークの態度について、恋をしている人間が陥りがちな誤解をすることはなかったが、それでも心はかき乱される。ある意味では虚しかった。
 年下の非力な少女ではなく、それらを取り払ったエミリー自身を、見て、慈しんで欲しい。
 贅沢で、いっそ卑しいような望みだった。
 それが簡単に叶うとは思っていない。だが今のまま、彼に支えて、心配してもらっているままでは、きっとエミリー自身を女性として見つめてもらうこともままならないだろう。 
 だからせめてもう少し、ルークの義務的な思いやりを、優しく弾き返せるくらい、しっかりしなければいけない。彼に目にも留めてもらえない。
 以前は、同じパーティーにいて、ルークを見つめているだけで満足だった。だが今は、もっと彼に近づきたい。彼にも近づいて欲しい。そんな焦燥に似た感情を抱くようになっていた。

「それにね」
 一瞬、ルークの漆黒の瞳に呑みこまれたエミリーだが、すぐに気を取り直して話を続けた。
「神殿は、今でも村人のお祈りの場に使われていて、男の人は入ることができないの」
「えっ」
 それまで興味が薄そうに、エミリーの話を聞いていたシーマスが、突然身を乗り出した。
「教会代わりに使ってるってことじゃないの? 女だけしか入れないのか?」
 無口なエミリーが、一同に向かって話をする機会は、そう多くはない。彼女の口下手を知る仲間たちは、エミリーが喋っている間、彼女に注視してくれていたが、シーマスだけは、機嫌が悪い時には、彼女の顔を見もしないこともあった。
 それはエミリーに悪意があるわけではなく、彼が単に礼儀知らずなだけだと、プリシラが言っていたし、その通りだとエミリーも思うが、彼女の繊細な心は小さく傷ついた。
 今日のところは、シーマスは特に機嫌が悪いわけでもないらしく、先ほどから無表情ながらも、エミリーの話を聞いている素振りは見せていた。
「ううん。教会は教会であるの。伝統ある神殿の遺跡の中では、昔から男子禁制で、巫女頭に認められた人しか、入ることができないらしいわ。村の女の人たちは、教会のお祈りとは別に、そこで祈っているみたい」
 シーマスに正面から見つめられ、気後れしないように、声を張ってエミリーは答えた。
「へえ。女だけで何を祈るんだろうねえ」
 シーマスの呟きは独り言とも取れたので、エミリーは答えなかった。
 神殿遺跡で女たちが祈るのは、女特有の祈りと悩みだ。初潮の迎え、男性との良縁、妊娠と出産、子の結婚。
 現在の教会と違い、古代では神は複数いるとされた。件の神殿では、女性の婚姻と出産を司る大地の女神が祀られていたらしい。
 昼間にシャムリーナから教えてもらっていたが、何故だかこの場では言いにくかった。シーマスはそんなエミリーの様子を気に留めた様子もなく、続けて問いかけてくる。
「今でも、巫女頭とか巫女が神殿にいるの? 巫女って何やってんの?」
「伝統と形式として、巫女頭はいるらしいわ。権力を持っているわけじゃないみたいだけど」
 好奇心を刺激されたらしく、質問を続けるシーマスに、エミリーはどもりがちに答えた。巫女は現在ではいないらしいが、古代には神事を執り行う他、重要な役目があったのだが、ここではとても話せない。
「ちょっと、あんた。何いきなり目ぇギラギラさせてんのよ」
 言葉に詰まり始めたエミリーが、怯えていると見たのか、プリシラの声が割って入った。
「してねーよ」
 シーマスはエミリーから目を逸らし、煩わしそうにプリシラを見やる。
「女だらけの神殿とか聞いて、想像力たくましくさせてんじゃないの?」
 決めつけるような言葉に、シーマスが反論しかけたが、プリシラは相手にもせずにエミリーを振り向いた。
「つまりさ、皆でぞろぞろ行っても領主に胡散臭がられるし、男どもは肝心の神殿には入れないわけね?」
 エミリーは頷いた。彼女が元からシャムリーナと二人で出かけるつもりだったのは、そういった理由からだった。それに、儲けにもならない外出に、仕事仲間である彼らを付き合わせるのは気が引けた。
「じゃあ、あたしが一緒に行く。それでどう?」
 プリシラはエミリーに微笑みかけた後、ルークに顔を向けた。彼は腕組みを緩めて、目を見張る。
「え……プリシラだけが、エミリーについていくってことか?」
「そうよ。北の街道なら、野盗なんか出ないと思うけど、やっぱり若い女の子二人じゃ心配だもの。あたしなら神殿にも入れるし、女だけなら領主に怪しまれたりしないでしょ」
「……女に見えればね」
「なんか言った、シーマス?」
 先ほどの仕返しのように軽口を叩いた、シーマスが座っている椅子を軽く蹴り飛ばし、プリシラはエミリーに向かって続けた。   
「どう? それならあんたも友達も安心でしょ?」
 戸惑いながらも、エミリーは頷いた
 正直なところ、シャムリーナと気の置けない二人旅が楽しめると考えていた。ついでに彼女に、旅や夜営の際の準備や手順などを教えてもらおうと思っていたのだ。
 今の仲間たちと旅をしている時は、当然ながら仕事の最中であるので、忙しい夜営の準備の間、エミリーに教えてくれるような暇は誰もない。不器用なエミリーに一から教えるより、自分でやった方が早いと誰もが思うからだ。
 プリシラが同行するとなると、シャムリーナとののんびりした二人旅も、やや勝手が違ってくる。
 それでもやはり、彼女のお節介めいた気遣いは嬉しかったし、旅がより安心になるのも事実だ。シャムリーナも決して剣技に長けているわけではないし、北の街道が安全と言っても、盗賊が全く出ないわけではない。
「じゃー、決まり。そんなわけで、あたしたちは出かけてくるから、あんたたちは街でのんびりしててね」
 男たちに笑顔を向けるプリシラに対し、ルークはまだ何か言いたそうだったが、結局肩を竦めて頷いた。


 **


 そうしてエミリーとプリシラは、他の男性陣を置いて、シャムリーナと共に、王都の北西にある小さな村へと出発した。
 プリシラが同行すると告げると、シャムリーナは喜んでそれを受け入れてくれた。彼女もやはり、女二人の旅では少々不安だったのだろう。
 プリシラとシャムリーナは、お互いのパーティの人間を交えた酒の席で、二度ほど顔を合わせているが、ほとんど交流はない。
 もし二人が険悪になるようなことがあればと、エミリーはそれだけを心配していたが、彼女たちはそれなりに打ち解けていた。勝手なもので、自分の友人が互いに親しくなると、安心する一方で、エミリーは少し淋しくもあった。自分だけが置いていかれるような錯覚を覚えてしまう。

「ねえ、ゆうべの話の続きなんだけど、これから行く遺跡って、なんで男子禁制なの?」
 簡素な朝食をいち早く食べ終えたプリシラは、一人で水筒の果実酒をあおりながら、まだのんびりと固いパンを頬張っているシャムリーナに尋ねた。
 昨夜、夕食を食べながら、プリシラは同じ質問をシャムリーナにしたが、どこをどう捻じ曲がったのか、気がつくとプリシラの男性遍歴を聞く会になっていた。エミリーは何度も聞いているが、シャムリーナは当然初めてのことで、大変興味深そうに聞き入っていた。例によって非常にあけすけな語りっぷりであったので、シャムリーナとプリシラの距離が近づくきっかけに、一役買っていると思われる。
「そこの遺跡にかかわらず、大地母神を祀った神殿は、古代ではほとんど男子禁制だったみたい。やっぱり女の人を司る神様だから、男が入り込んでたら、都合が悪かったんじゃないかな」
「まー、そうよね。無神経な奴らに引っ掻き回されない、聖域が欲しいもんね」
「うん。生理の時とか妊娠中なんかもね、女の人は神殿で過ごしていたんだって。大地の女神は、女性の生殖も司っているから」
 シャムリーナのような、若く可憐な少女から、生殖などという単語が飛び出したことに、エミリーは僅かな気恥ずかしさと違和感を覚えた。プリシラの方は、気に留めた風もなく答える。
「そりゃ、確かに男は神殿に来ない方が安心だよね。当時の貴族や領主も入れなかったの?」
「多分。でも当時、実際には、巫女頭が認めた権力者なら、お金を払って巫女と交わって、神託を得ることができたらしいよ」
 今度のシャムリーナの答えには、さすがのプリシラも軽く目を見張った。エミリーはとても顔を上げていられないが、シャムリーナの声は淡々としている。
「え、何それ。巫女と交わるって……ヤるってこと?」
「うん、そう」
 あっさりと頷いたシャムリーナに、プリシラは大袈裟な声を返した。
「ええ~、嘘。神殿で売春してたの?」
「売春ってわけじゃないけど……。女神の声は女性しか聞けないから、男性がその預言を得るには、女神の巫女と交わる必要があったんだって。巫女が恍惚とした状態は、神に触れ合って同化している瞬間で、その時だけは、繋がっている男性も、母神の力を分け与えてもらえるんだそうよ。……まあ、実際には神殿の大事な資金源でもあったんだろうけど」
「へえ~」プリシラは、感心したように、しきりに頷いている。「男が女神の力を与えてもらうには、お金払って巫女を抱いた上で、イカせてやらなきゃいけないわけね。大変だわねえ」
 他人事のように言ったプリシラは、もう一口酒を含むと、続けた。
「でも、分かる気がするな。男と女じゃ、エッチした時の気持ちよさって、全然違うらしいし。男ってこう……女に縋ってパワー分けてもらわないとダメ、みたいなとこあるしさ」
 恋愛経験のないエミリーは、プリシラの言葉に曖昧に相槌を打っただけだが、シャムリーナは考え込むような仕草を見せながら、頷いた。
「そうかもねえ」
「あらー、何? シャミー、思い当たるところがあるみたいねえ」
 エミリーたちの食事もほぼ終わったのを見計らい、プリシラは酒の入った水筒を背嚢にしまいながら、シャムリーナをいたずらっぽく見遣った。
「ゆうべはあたしばっかり話しちゃったけど、今夜はシャミーの話を聞かせてもらおうかしら。ね、エミリー?」
 他人の色恋話にも興味深々のプリシラは、満面の笑みでエミリーに視線を送る。頷くのもどうかと、エミリーが戸惑っていると、シャムリーナはやや顔を赤くして答えた。
「そんな、改めて話するようなことはないよ」
「またまた~。女だけで旅ができるせっかくの機会なんだから、ぶっちゃけちゃいなさいよ。あー、今晩も楽しみ」
 酒が入ったせいもあるのか、プリシラは引き続き上機嫌で、夜営の後片付けを始めた。エミリーも慌てて立ち上がる。
 続いて立ち上がったシャムリーナに、片付けの手順を教えてもらいながら、躊躇もせずに面識の少ない人間の懐に飛び込んでいけるプリシラを羨ましく思った。
 エミリーがシャムリーナと知り合ったのは、大学に移ってきてすぐの頃だが、距離を詰めるまで随分時間がかかったものだ。彼女を愛称で呼べるようになったのも、最近のことだ。
 生まれ持った性格というものがある。エミリーがプリシラと同じことをしても、同じ結果は出ないだろう。自分にできることを、自分なりの方法でやるしかない。
 プリシラに対する羨望を静かに慰めながら、エミリーはシャムリーナに倣って、片付けを始めた。

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~ Comment ~

RE: 拍手お返事 >Kさん 

拍手、ありがとうございます!

友達を友達に紹介したら、仲良くなったは嬉しいけど自分が蚊帳の外…みたいなこと、ありますねー。
人間、相性ってものがありますから、友達同士の方が仲良くなることもあると思いますが^^;

エミリーさんは内気なので、尚更疎外感を感じちゃうみたいです。
4人だとまた違いますが、3人の人間関係って、ちょっと複雑ですねー。
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