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魔女とコヨーテ」
第二話 遠吠え

第二話: 遠吠え 2

2009.04.10  *Edit 

 王都を出発して二日ほどは、街道沿いの宿場町に泊まることができた。同行している隊商も多かったので、ある意味安心できたのだが、街道の分かれ道がある度に、隊商たちは一つ、また一つと離れていき、ついにはこの商隊だけになってしまった。
 今日は小さな村に泊まる予定だったが、訪れてみれば、住む者もいない廃村になっていた。
 この辺りは王家の領内でも、かなり辺境にあたる。もう少し進んで、伯爵領に入ることができれば、まずは安全だが、それまでには馬車でもあと二、三日かかるそうだ。

 夕暮れ時にたどり着いた、人気の無い不気味な廃村で、仕方なく一行は野宿することになった。
 まだ春の初めだ。王領内は海に近く、比較的温暖とはいっても、夜になればかなり冷える。廃村とはいえ、夜風を凌げる建物があるのはありがたかった。
「建物の中で休んでもらうのは、主人と副伯夫婦だけだ」
 だが、隊長は容赦無く言い放った。
「何で? この寒いのに、わざわざ外で休むんですか?」
 スタンリーが声をあげると、隊長はじろりと彼に陰険な一瞥をくれた。
「寒くはないだろう。真冬ではない。これくらいで根をあげているようで、貴人の護衛が務まるか。大体、俺たちが中で寝ていたら、荷物の番は誰がする」
「それはあなた方の仕事だろう。俺たちは、副伯をお守りする為に……」
「護衛に関しては、俺の指示に従ってもらうと言ったはずだ。お前ら新入りが建物の中でぬくぬく眠っていて、俺たちが戸外で震えてなきゃならんのか」
 新入りだとかそういう話ではないはずだ。仕事の種類も雇い主も違う。
 シェリルは何とかこの居丈高な隊長をやり込めてやりたかったが、スタンリーは面倒事を起こすことを嫌ったらしい。溜め息をついて、諦めたように言った。
「……分かりましたよ。じゃあ、女たちだけでも、護衛も兼ねて中で休ませてやってください」
「ふざけるな」無愛想だった隊長の声に、嘲りが混じった。「護衛の仕事をなめてるのか? 女連れは貴様らの勝手だ。我々がお前らの女を特別扱いする理由はない。女たちの護衛代を別に払うなら、話は別だがな。寒くて可哀相なら、貴様らが抱いて寝てやれ」
 隊長の侮蔑に、温厚なスタンリーも、さすがに顔を顰めた。彼が口を開く前に、シェリルは立ち上がって、割って入った。
「いいよ、スタン。隊長の言う通りだから。あたしもマライアも、元々野宿には慣れてるから、大丈夫」
 スタンリーは彼女の顔を少しの間見下ろすと、感謝を込めて軽く頷いた。シェリルも頷き返す。その様子を見て、隊長は面白くもなさそうに言った。
「健気な女たちで羨ましい話だ。そんな女なら、俺たちだって連れて歩きたいくらいだ」
 隊長の言葉に、他の護衛たちも小さな笑い声をあげた。隊長本人は全くの無表情だ。冗談を言ったつもりはないのだろう。
 どこまでも護衛の一員ではなく、スタンリーたちの付属品として扱おうとする隊長に、シェリルははらわたが煮えくり返る思いだった。
 王都ではこんな男は随分減ったと思っていたが、まだまだいるらしい。女というだけで、ここまで侮辱されたのは久しぶりだ。ウォルターに「ああいった人間だから気にするな」と言われた通り、腹を立てるだけ損だと分かってはいるが、軽く受け流せる程器用ではない。
 隊長はそこでこの話を打ち切り、護衛とシェリルたちに、荷馬車を繋ぎ、商人と副伯夫婦を最も警護しやすい廃屋に案内して、火を起こして夜営の準備をするように、てきぱきと指示を出した。この指示は全く的確で、悔しいが彼が有能なのは間違い無いようだった。

「申し訳ございません。私たちも、ぜひあなた方も中で休んでいただくように、主人に掛け合ってみたのですが、あの護衛隊長の方法は絶対だとおっしゃっていて……」
 副伯夫婦はシェリルたちと共に、乾いたパンと干し肉という粗末な夕食を食べながら、しきりに恐縮していた。
「気になさらないでください。仕事ですので」
 スタンリーは副伯に苦笑いしてみせる。
 食事の際は、商人と助手たち、隊長と護衛たち、そしてシェリルたちと副伯夫婦と、一行は三つに大まかに分かれて食べていた。お互いに気を使わずに済む。
 スタンリーと談笑している若い副伯と、その隣で寄り添って静かに微笑んでいる可憐な新妻を、シェリルは未練がましく盗み見た。
 やはりあの手の貴族男を捕まえるには、小柄で華奢な金髪少女でないといけないのだろうか。髪を脱色して、少し痩せて、言葉遣いも改めてみようかなどと、彼女はなかなか呑気なことを考えていた。  
 日暮れの最後の光を受けて、青紫に染まった空を切り裂くように、獣の遠吠えが響いた。
 副伯夫婦は話を止めて口を噤んだ。夫人が夫にそっと身を寄せる。彼は妻を安心させるように肩を抱きかかえてやった。
 羨ましい。たとえシェリルが同じ仕草をスタンリーや他の仲間の男たちにしたとしても、「重いよ」と言われて押し退けられるだけだろう。優しい恋人が欲しいと思った。
「狼でしょうか?」
「この辺りはコヨーテが多いようですよ。狼より利口ですが、こうして隊商を組んでいる人間に襲い掛かることはありません。ご心配なく」
 不安げに問いかける副伯に、よどみなくスタンリーが答える。
 コヨーテの遠吠えが近くで聞こえるということは、この村が廃村となってから、かなり経つのだろう。 
「そういえばさ」
 副伯夫婦の相手をスタンリーに任せ、仲間の一人が声を潜めるようにして、話し始めた。
「昨日、別れる前に別の隊商の奴らから聞いたんだけど、最近王都でコヨーテって傭兵が名前あげてるんだって」
「コヨーテ? それ、本名?」
 半分吹き出しながらマライアが訊くと、仲間もにやつきながら首を傾げた。
「違うんじゃね? 群れないからそう呼ばれてるって聞いたけど……。特定の依頼主につかないで、金次第でとにかくどんな仕事でも引き受けるんだと。最近は専ら暗殺を引き受けて恐れられているみたいだから、これからも気をつけろって言われた」
 コヨーテは狼や犬と近いが、群れを作るものもいれば、小家族単位で生活しているものも、一匹で動くものもいる。スタンリーが言ったように、利口で環境適応力も高い。相手によっては、自分より大きな動物にも襲い掛かってくる、狡猾な獣だ。
 パーティー単位で移動していれば安全だが、一人二人旅の巡礼者など、コヨーテに襲われれば、ひとたまりもないだろう。
「気をつけろって、どんな奴なの?」 
 ちょっとした興味にかられて尋ねたが、仲間の男は再び首を傾げただけだった。
「いや、分かんね。年とか見た目とかも、誰も知らないんだって」
「じゃあ気をつけようがないじゃない。不死の騎士とか伝説の女勇者とかと一緒で、よくあるデマじゃないの?」
「かもね」あっさりと彼も頷いた。「いずれはオレたちもデマになるくらい名前あげたいもんだねえ」
 冗談めかした仲間の言葉に、シェリルも声をあげて笑った。

 護衛と言えども、夜じゅう不寝でいるわけにはいかない。交替で睡眠を取るのが普通だ。
 商人と副伯夫婦が眠っている建物の前に三台の荷馬車を止め、御者と商人の下男はその中で眠っている。
 護衛たちは外で建物と馬車を見張るのだが、その順番も隊長が率先して決めてしまった。
 仲間たちだけで野宿をする時は、寝起きが悪く朝に弱いシェリルは、一番最初の見張り当番につき、後は途中で起こされることもなく、出発までぐっすり眠ることができた。
 しかしこの隊長にそのような理屈が通じるはずもなく、彼女は五交代の三番目の当番にされてしまった。真夜中深い未明という一番嫌な時間帯だ。
 しかもせめて同じパーティーの人間と組ませてくれればいいものを、嫌がらせか、他の意図があるのか、隊長はパーティーとその他の護衛を敢えてばらして、見張りに組ませた。
「さすがに寒いねえ」
 シェリルと同じ当番についたウォルターは、毛布にくるまって焚き火に手をかざしながら、しきりに小声で話しかけてくる。
 うんざりだが、それでもあの隊長やジャクリーンと組まされるよりましなのかもしれないと、前向きに考えようとした。
「寒いですね」
 同じく毛布にくるまりながら、素っ気無く答えると、ウォルターはわざとらしく溜め息をついてみせた。
「あのさあ、長い旅なんだから、もう少し和やかにならない? つんけんしてると、ジャクリーンみたいな女になっちゃうよ」
 余計なお世話だ。
 無視したかったが、その実、護衛たちの中で、少々歪んだ形であれ、愛想を向けてくれるのはこの男だけだ。同じ馬車に道中同乗していることを考えると、あまり冷淡に扱って彼の不興を買うのも、正直なところ残念だった。仕方なく口を開く。
「私たちは和やかにしたいんですけどね。そちらの方々にあまり歓迎されていないようですから」
「気難しいんだよ、奴らは。女連れをひがんでる、モテない男の集まりだと思って、許してやって」 
 その言葉にまたかちんと来た。
「女連れっていうけど、別にあたしももう一人の女の子も、ただ彼らにくっついて歩いているわけじゃないんだけど」
「へーそう」からかうようにウォルターは笑った。「立派な護衛の一人ってこと? さぞかし腕が立つんだろうな。頼もしいよ」
 シェリルとマライアは、あの女戦士のジャクリーンのように、鍛え抜かれた体格をしているわけではない。確かに肉弾戦ではほとんど役に立たないが、マライアは治癒術で、シェリルは魔術を使うことで、パーティーの戦力の一員として働いている。
 だがそれをわざわざこの男や他の護衛に、面目の為だけに告げる必要はない。特に魔術に関しては、王都に大きな魔術師ギルド──大学があるにもかかわらず、いまだに偏見を持つものも多い。魔術師であることを隠せるものなら隠しておくにこしたことはない。
 魔術は万能だと思われて、頼りにされすぎるのも困る。実際は術の行使に手間もかかるし、制約も多く、代償も大きい。
 隊商と同行できれば安心だと思ったが、これなら自分たちだけで副伯夫婦を護衛した方が、よほどやりやすい。
「そういやさ、あんたたちが護衛してるあの伯爵、いい男だよなあ。奥さんもすっげえ美人だし。ああやって貴族が綺麗どころをかっさらっていくから、連中には美男美女が多いんだろうな」
 皮肉が過ぎたと思ったのか、ウォルターは話題を変えた。
「伯爵じゃなくて、副伯よ」
「似たようなもんだろ。貴族の護衛に引き立てられるなんて、冗談抜きで羨ましいよ。それだけあんたたちが信頼される仕事をしてきたんだな」
 不意にウォルターの低い声が深い響きを伴って聞こえた。
 音を立てて爆ぜる炎から目をそらして、彼にちらりと視線を走らせると、丁度首を向けてこちらを見ていた彼と目が合った。思いのほか柔らかく微笑まれる。傭兵らしくどこか凄みのある顔が、ひどく優しげに見えた。
 焚き火を囲み、少し離れたところに座っていたウォルターは、毛布にくるまったまま、シェリルの隣ににじり寄ってきた。
 彼女は我に返り、慌てて距離を取ろうとする。しかし、それより早く伸びた彼の手に、毛布を掴まれた。
「何よ」
 その手を振り払っても、ウォルターはまだ含み笑いを浮かべている。彼はさらにシェリルの腕を取って、体を引き寄せた。
「やだ、やめてよ」
 慌ててシェリルはウォルターの体を押し返そうとしたが、彼の腕の力は全く緩まなかった。何故か彼を咎める声は小さくなった。
「寒いからちょっとくっつくだけだよ」ウォルターも囁き声でそう言った。「こうしていればあったかいだろ」
 彼は自分のくるまっていた毛布を広げ、シェリルの体ごと包んで抱き寄せた。
 がっしりした肩と腕に包まれ、鼓動が早まり、体が強張った。額にウォルターの剃り残した短い顎髭がちくちくと当たる。葡萄酒と鎧の皮の温かい匂いに包まれた。
 心のどこかが緩むのを感じる。そうして彼の胸に頭をもたせかけているのは、激しい動悸を伴う緊張があったが、もはや不愉快ではないことに驚いた。
 焚き火の向こうには馬車が止まり、すぐ後ろでは隊長を含めた仲間たちが、建物の軒下に毛布を敷いて横たわっている。この場でこれ以上のことは起こるまい。そう思って、シェリルは体の力を抜かないまま、その姿勢に甘んじた。
 再び獣の遠吠えが聞こえた。

「コヨーテだ」
 皮鎧越しに、胸板を通してウォルターの声が響いた。
 離れるなら今しかない。シェリルは顔をあげた。
 今何も起こらないとしても、あまり長い間身を寄せていては、今後の旅に良くない影響があるかもしれない。素性も分からない男に行きずりで身を任せるのは、もう二度と嫌だ。
「油断ならないね」
 さりげなく肩を振って、男の腕を振り払う。
「なんだよ、そりゃ。ちょっとくっついてあっためあおうとしただけだろ」
「あなたじゃなくて、コヨーテだってば。もう少し火を大きくしないと、集団で襲ってくるかも」
 不満げなウォルターに、シェリルは首を振って言い足した。自分でもやや顔が熱くなっているのが分かる。
「大丈夫だよ。利口だけど、慎重な奴らだから、火を焚いている人間に襲ってくるほどバカじゃない」
 薪をくべようとしていると、もう一度彼に腕を掴まれ、少々乱暴に後ろに引かれた。
 尻餅をついたシェリルの体に、男の腕が巻きつく。そのまま引き寄せられて、胡座をかいた膝の上に乗せられた。すっぽりとその上から毛布でくるまれる。
「いい加減に放してよ」
「こうしてれば暖かいでしょうが」
 睨み付けても、ウォルターは気にした風もなく、にやつきながら言い放った。
 確かに毛布の下に二人分の体温を閉じ込めていると暖かいが、非常に居心地は悪かった。身じろぎする度に、尻が彼の脚に当たる。
 胴体に回されていたウォルターの手も、毛布の下で、微妙に胸元へと滑り上がってきているような気がする。もう片方の腕は逆に下におりて、いつの間にか脇腹から腰へと回されていた。
(やっぱ離れろ、この痴漢)
 胸の奥に小さく湧き出してきた甘い衝動をこらえて、シェリルがウォルターに肘鉄でも食らわそうとした時、彼の手が離れた。
「何かいる。他の奴を起こせ」
 言うなり、ウォルターはシェリルを押し退け、荷馬車の向こうの暗がりに目を据えたまま、傍らに置いてあった剣を抜いた。
 一瞬前とは全く異なる、その張り詰めた声を聞き、シェリルは一番近くで鼾をかいていたスタンリーの毛布をはいで、大声をあげた。
「起きて!」
「えっ?」
 ばね仕掛けのようにスタンリーが飛び起きる。
 呼応するように夜空を裂いて村の入り口辺りから複数の怒声が聞こえた。

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~ Comment ~

緊張します~ 

なんか、いよいよってところで惜しいですが、また来ます。
人物がものすごく綺麗に生きていて、読み応えがあります!

コヨーテってどんなやつでしょうかね。
今だったらセクハラまがいの言動に憤るシェリルの気持ちが、よ~く分かります(^^;

Re: fateさん 

コメント、ありがとうございます。
2話まで読んでくださって嬉しいです!

セクハラ・パワハラにさらされている主人公の試練はしばらく続きます(笑)
また、お時間がある時にでもおつきあいいただければ光栄です。

ありがとうございました!
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