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王都の冒険者たち」
第三話 女の聖地

第三話: 女の聖地 7

2010.04.26  *Edit 

 差し込まれたままの鍵が触れ合う小さな音で、エミリーは目覚めた。
 小窓から差し込む残照の欠片は弱々しい。室内は薄闇に包まれていた。
 寝台から身を起こし、素早く立ち上がる。その間にごとりと重い音を立てて錠が外れ、黒光りする分厚い樫の扉が内側に開いた。
 淡い灯火が差し込んだ。明かりを持った二十歳前後の若い男が静かな足取りで室内に入ってくる。拍車のついた重い長靴を受け止めた、古びた板張りの床が軋んだ。
 無意識に体を強張らせ、息を詰めるエミリーの前で、イーノックと名乗った若き領主は相好を崩した。相変わらずその笑みには少しの害意も無い。
「エミリー」
 彼女の名前を呼ぶ声も、親しみに満ちて穏やかだった。
「どうだろう。そろそろ考えを変えてくれただろうか?」
「いいえ」
 これまでと同じく、エミリーは彼を睨みながら首を横に振った。イーノックの顔が僅かに悲しそうに歪む。
「エミリー。もう決断して欲しい。このままでは君は満足に食事も取れないし、外にも出られない。そして君の友人たちもだ」
「こんなところに私や私の友人を閉じ込めておいて、何を考えることができますか。あなた方のおっしゃることは考えます。ですが、私にはこれまで過ごしてきた人生もあるんです。一度、王都に帰してください」  
 賢いエミリーは、イーノックの申し出を頭から拒絶することはしなかった。しかし偽りを吐くことを嫌う彼女は、狡猾に虚言を使って彼を弄することもまたできずにいた。イーノックは子供にそうするように、ゆっくりと何度も首を横に振る。
「それほど私も愚かではないよ。そんなことをすれば、君がここに戻るわけがない」
 エミリーは答えに詰まって沈黙した。肯定することは愚かだし、否定することは偽りだ。こんなときに、自分の口下手が恨めしい。
 視線を外して俯くエミリーに、若者が一歩近づいた。
 彼が腕を伸ばす。下がろうとしたエミリーの膝の裏に、寝台がぶつかった。後退できない。
 彼女の白い柔らかな頬に、イーノックの掌が触れる。その手は硬直する少女の顔を静かに撫で、亜麻色の髪を軽く梳くと、すぐに引っ込められた。
「エミリー」快活だった青年の声が熱く濁る。「こんなことをした私を誤解しているだろう。それが私には悲しいのだ。託宣ゆえにではない。私は君を愛している」
 一瞬も目を逸らさないイーノックの眼差しに縫いとめられ、エミリーもまた彼から目を逸らせなかった。見つめられ、少女の頬は淡い薔薇色に染まる。
 幼い頃から愛らしかった少女は、しかし両親と叔父に大切に守られて育てられた。ルークと出会うまで恋を知らなかったエミリーは、また男性に愛を直接に告げられたこともなかった。
「申し出を了承してもらえないだろうか。君を愛し、敬い、大切にする。掟を破るわけにはいかないが、できる限り君の希望に沿えるようにする。君の友人たちも無事に丁重に王都に帰そう」
 エミリーの心は小さく震えたが、やはり彼女は首を振った。言葉は出なかった。 
 イーノックは目を伏せて溜め息を吐くと、エミリーから目を逸らして呟いた。
「残念だ。もう一晩、考えて欲しい。君の心が変わるまで、私はいくらでも待てるが、君の友人たちもその間、この村に留めおかれるのだ。できる限り丁寧に扱うように兵たちには伝えているが……」
 沈鬱な表情の裏で、男が告げたのは脅しだった。エミリーの胸の中に再び怒りが沸く。
「彼女たちにひどいことをしないで。私は残ってもいいです。でも彼女たちはすぐに帰してあげてください。用があるのは私一人なのでしょう?」
 表情を一変させ、目尻を吊り上げたエミリーの表情は、彼女にしては珍しく怒りを露わにしていた。だがそれもイーノックには、愛らしいとしか映らなかった。追い詰められた小動物が、必死に相手を威嚇している様子さながらだ。
「そうだ。しかし、ことは私一人の問題ではない。村全体に関わってくることなのだよ。しくじるわけにはいかないのだ」
 イーノックはもう一度溜め息を落とすと、痛ましそうにエミリーを見た。
「食事を運んできた。簡素なものだが、許して欲しい。──君が承知してくれれば、すぐにでも食卓で温かい食事を共にできるのだが」
 エミリーは無言で首を振った。
 イーノックは背を向けると、扉を開き、外で待機していたらしい女を招き入れた。彼女は、牛乳とパン、いくつかの木苺を盛った盆を持って、しずしずとエミリーの前に進み出ると、寝台脇の丸椅子の上に盆を置いた。
 エミリーは助けを求めるように女の顔を見たが、終始伏し目がちの彼女は、エミリーを一顧だにしなかった。
「それではエミリー。また明日来よう。ゆっくり休んでくれ」
 イーノックはそう言うと、エミリーの返事も待たずに女を伴って退出した。
 彼の姿と彼が持つ明かりが消えると、外から再び鍵がかかる音がする。
 領主が訪れる前より、室内の闇は深くなっていた。長い日も沈み、もう夜が近い。
 食事を取らずにいれば、衰弱したエミリーを見て、イーノックが哀れみをかけてくれるかもしれない。
 軟禁された当初はそう思ったが、それこそ相手の思う壺だ。体が弱って動けなくなれば、側にいる人間にいいようにされてしまう。
 逃げ出さなければ。恐らく、違う場所に監禁されているプリシラとシャムリーナよりは、エミリーの方が動きやすいはずだ。
 考え直してからは、エミリーは与えられた食事をしっかり取るようにしていた。
 小窓から差し込むのは、淡い星明りだけだ。エミリーはほとんど手探りで探し当てた牛乳の入ったカップを取り、香りを嗅いだ。薬などが混入されている様子はない。
 慎重に舌で味を確かめながら、彼女は虚しい食事をゆっくりと始めた。


 **


 四日前、神殿遺跡に入るまで──正確には、大地母神の像を目にするまでは、今回の旅は順調だった。神殿遺跡の見学を終え、領主に一晩の歓待を受け、興味深く楽しい経験を土産に、無事に帰途につくはずだった。
 あの日、神殿地下の最奥にある秘密めいた小部屋に、巫女頭に先導されてエミリーたちは入っていった。
 大地母神の像とは、もっと巨大なものを想像していたが、エミリーたちの目の前で、燭台の明かりに浮かび上がったのは、彼女たちの背丈とさほど変わらない女性像だった。
 丸いふっくらした顔は、瞳を閉ざし、柔和な笑みをうっすらと浮かべている。全体的に肉付きのいい体は一糸纏わぬ全裸であった。張りのある豊かな乳房、絞ったようにくびれた腰、張り出した桃の実のような臀部は、女性の美をあますところなく湛えている。なだらかに膨らんだ腹は、中年以降の女性の特徴を表しているのかと思ったが、両の手でそこを守るように押さえているところを見ると、子を宿しているのかもしれない。
 誰の手によるものか、非常に造作の細かい彫像だった。緩やかに閉ざされた瞼。肉感的な唇。腰まで覆うような、波打つ長い髪。乳首、爪の先、恥丘に茂る繊毛まで、まるで命を与えられたかのように生々しく刻まれている。
 素晴らしい彫刻だ。だが透明度の低い、赤黒い柘榴石に刻まれたせいか、生々しすぎてどこか不吉な印象すらもたらした。
 私語は禁じられていたので、エミリーは像に向かってただ感嘆の息を吐いた。
 彼女たちは間近で満足いくまで像を見つめた後、部屋を出ようとして巫女頭を振り返った。
 しかし彼女は答えずに、魂を抜かれたように呆然と娘たちを見つめている。その焦点はエミリーに当たっているような気がした。
 何か失礼なことがあっただろうか。
 エミリーは微かに眉を寄せたが、その表情に気づいたように、巫女頭は再び穏やかに微笑むと、無言で退出を促した。


 見学を終えた後、エミリーたちは領主の館に戻った。
 簡素ながら寝台が据えつけられた小部屋を一人ずつ与えられ、プリシラなどは大いにご満悦であった。
 防衛のためか、穿たれたような小さな窓しかない小部屋が暗くなる前に、彼女たちは夕餉の席に招かれた。
 昼間領主と面会した部屋の長テーブルには、ところせましと料理が並べ立てられている。燻製にした豚肉の切り身、新鮮な葉野菜と木の実、香草の香りを放つ煮込み料理、腸詰めと豆類の盛り合わせ。桃と葡萄。驚いたことに、こんな内陸の村では手に入りにくいだろう、魚の燻製まで饗されていた。
 食堂に入るなり、色とりどりの豪華な晩餐を見つめて、エミリーたちは立ち尽くした。
「おいしそう」
 思わず漏らしたのだろう、プリシラの呟きを聞きとめた領主は、温かく微笑んでエミリーたちに席を勧めた。
 テーブルには若い領主とエミリーたちの他、巫女頭と十二、三歳の少女が同席していた。領主のイーノックは、彼女を妹だと紹介した。丸顔の少女は愛らしい顔立ちだが、あまりイーノックとは似ていない。エミリーはてっきり幼い彼の妻かと思っていた。
 エミリーたちはあえて誰も尋ねなかったが、この二十歳ほどにしか見えない若者が領主だということは、彼の両親は既に亡いのだろう。  
 給仕が注いだ葡萄酒も美味であった。エミリーはあまり酒に強い方ではないが、注がれたカップの内側から漂う甘い香りは心地良く、遠慮がちに口に含むと、とても甘かった。
「おいしい」
 エミリー同様、酒に弱いシャムリーナも思わずそう漏らし、彼女たちは珍しくカップの中の葡萄酒を飲み干した。
 プリシラには甘すぎたようだが、彼女には麦酒も提供された。
 一口飲んで、顔を輝かせるプリシラに、イーノックは笑顔で語った。
「北方から取り寄せた、蒸留酒です」
「やっぱり。私、北にいた頃には、お祝いの席で何度か飲んだことがあるのですが、こちらに来てからはなかなか高価で飲めなくて……もう一杯もらっていいですか?」
「もちろん、どうぞ」
 丁寧とは言えない口調で、ちゃっかりしたことを頼むプリシラに、イーノックは気を悪くした様子もなく鷹揚に答え、給仕に酒を注がせた。苦味のある、しかし甘いような濃厚な匂いが、エミリーの鼻腔にも漂ってきた。
 豪華な料理のいくつかは、王都や別の都市から取り寄せた物であるらしい。領主は料理について話し、エミリーたちは王都の最近の動向や流行り廃りなどについて語った。領主の幼い妹や、巫女頭は微笑みながら話を聞いている。賑やかで楽しい夕食であった。
 しかし魔術師であるとはいえ、一介の旅人たちを領主がここまで遇する理由を、三人の娘たちは、誰も考えようとはしなかった。


 食事を終えると、酒壷と杯を残し、全ての皿が下げられた。食べきれないと思われた料理であるが、彼女たちは──特にプリシラが──旺盛な食欲を見せて、全て平らげられた。
 給仕たちが退出すると共に、領主もエミリーたちに一言断り、巫女頭と妹姫を連れて席を外した。
 酔いもほどよく回り、いい気分でちびちびと甘い酒を舐めていたエミリーの隣で、プリシラが囁いた。
「ねえねえ、あの領主、独身かな。ちょっと感じいいじゃない? いい男だし、優しそうだし。ここもビンボウ村でもないみたいだし」
「そうだよね~」
 頬を赤く染めたシャムリーナも、大きく頷く。
 エミリーにはよく分からなかった。好印象の男性であることは間違いないが、今のところはそれだけだ。
 思えばルークも、出会った時は同じような印象しかなかったのに、いつの間にそれが変質していったのだろう。
 プリシラとシャムリーナが、彼について小声で話している内、再び扉が開き、領主と巫女頭が入ってきた。
 彼ら二人は座につかず、顔を上げた娘たちを立ったまま見下ろした。つい先ほどまで親しみやすく、柔らかかった巫女頭の表情が変じている。口元は穏やかに微笑んでいたが、どこかそこには厳しさが漂い、目はまったく笑っていなかった。
 そんな面差しをどこかで見たような気がするとエミリーは思った。
「エミリー様」
 彼女がまっすぐにエミリーを見つめ、凛とした声音で呼ばわった時、巫女頭が誰に似ているか思い当たった。赤い、柘榴石でできた大地母神の像だ。   
「どうぞお聞き届け下さい。神託が下りました」
 神託。その言葉は食事中の会話にも出てこず、意味はさっぱり分からなかったが、ほろ酔い気分の女たちは、巫女頭の端然とした雰囲気に呑まれたように、黙って続きを待った。
「あなた様こそが、我らが主の花嫁にして、母神の家の新たなる長、そして新たなる守人の産み手であると、大地母神は仰せになったのです」

 ちんぷんかんぷんとはこのことだろう。エミリーにも、他の二人の娘たちにも、巫女頭の言っていることは、同じ言語を使っていながら全く理解不能だった。
「エミリー殿」巫女頭の言葉を補足するように、イーノックが口を開いた。「俄かには受け入れがたいだろうが、君は大地母神に選ばれたのだ。この村の次代の主、あの古き神殿の守護者の母、つまり私の妻としてだ」
 三人娘たちはまだぽかんとしていた。
「何のお話でしょう?」
 最初に答えたのは、シャムリーナだった。いい加減に酒が回っているプリシラは、まだ眉を顰めて、しきりに首を傾げている。
「この聖なる村では、主であるご領主様の伴侶は、大地母神の神託によって代々決まるのです」
 シャムリーナに答えた巫女頭の表情は、再び昼間のように、穏やかなものに戻っていた。
「昼間、女神様の像にご拝謁した際、私に確かな託宣が下りました。大地母神はあなた様を次代の母であるとおっしゃいました」
 徐々にエミリーも酔いから冷めた。イーノックと巫女頭の表情は真剣そのものだ。冗談や余興ではなさそうである。
 しかしエミリー自身は、像の前に立った際にも、何も感じなかった。ただ彫像の造りについて感嘆を覚えただけだ。本人が全く分からないところで、神のお告げがあったと言われても、簡単には信じられない。
「ちょっと待ってください」
 同じく、いささか酔いから冷めたらしいプリシラが口を開く。
「このエミリーが、ご領主様と結婚するってことですか?」
「左様でございます」
 巫女頭は重々しく頷いた。
 プリシラとシャムリーナがエミリーの顔を見る。
 そうだ。問題にされているのはエミリーなのだ。彼女たちが自分の気持ちを代弁してくれるのを待っていてはいけない。自ら答えなければ。
 しかしエミリーを見つめる巫女頭の視線は、妙な威圧感を持っていた。それは母が子に注ぐ視線に似ている。それをはねのけるように、エミリーは腹に力を入れて口を開いた。
「急におっしゃられても、すぐにはお答えできません。明日は予定通り、王都に戻りますので、日を改めて使いを送っていただけませんか」
「これは神託です」小太りの巫女頭の声が冴え冴えと響いた。「あなた様に選ぶことは許されていません。たった今より、婚儀の準備に入っていただきます」
「ちょっと」
 彼女の高圧的な物言いに、プリシラが口を挟んだ。
「神託だから、いきなり初対面の男と結婚しろなんて言われて、引き受けられると思う?」
「申し上げましたように、エミリー様にお断りすることはできません。遥か昔、この王国が誕生するより前から、この地で行われてきたことなのです。村の主は神託が下った娘を娶らなければなりません」
 巫女頭はプリシラに対しては、表情をやや緩めて答える。しかし女戦士はさらに険しい眼差しを返した。
「昔から行われてきたことだからって言われても、あたしたちには納得できないんだけど。そうしないとどうなるのよ」
「村、ひいては王都を含めたこの近辺の地は、大地母神の加護を失うでしょう」
「だからって、女神様に選ばれた女が犠牲にならなけりゃいけないわけ?」
「誤解しないでください。決してエミリー様にご不便な思いはさせません。領主の妻として村人に敬われ、大切にされ、飢えることも、身を粉にして働くこともありません。跡継ぎとなる御子をお産みになった後は、私の跡を継ぎ、村の主の母、神殿の主として引き続き大切にされることでしょう」
 エミリーは彼女の言葉を聞いて初めて、巫女頭である女がイーノックの母であると知った。道理で教養も礼儀も備えているはずだ。先代の領主夫人なのだ。
「でも、当然ずっとここにいなければならないんでしょ」
「左様です」
 プリシラの問いに、巫女頭は鹿爪らしく頷いたが、隣に佇むイーノックは首を横に振った。
「この村に幽閉するわけではない。あくまで私の妻という地位だ。望むのなら、王都なりどこへでも、私の連れ合いとして出かけることはできる」
 領主の声は理知的だった。狂気や妄想に取り付かれているわけではないようだ。
 エミリーは一旦、彼らの申し出を考えてみた。
 いや、やはりありえない。
 イーノックには良い印象を持っているが、それ以上でもそれ以下でもない。生涯の伴侶とするほどの好意も魅力も感じない。
 働かずに、飢えることもない。村人から大切にされ、敬われる。
 今までのように、仕事仲間に気を遣い、シーマスに役立たずと怒鳴られ、時には痛みや苦しみと戦いながら、金を稼ぐ必要がない。
 だがそれでも、イーノックの妻となることなど、まだこの世界の広さのごくごく一部しか垣間見ていない身で、小さな村の母の座に納まる気になどなれなかった。
 何より、どんな安逸な将来が約束されていたところで、そこにルークが全く介在しないことは、今のエミリーには考えることができない。自分の手で、明日からの人生から彼を切り離してしまうことなど、できはしない。
「考えることができないなら、お断りします」
 エミリーはイーノックを見つめ返し、きっぱりと告げた。
 彼はいくらか張り詰めていた顔を緩ませ、僅かに悲しみを覗かせたが、若者より先に巫女頭が声を上げた。
「私の娘。断ることはできないと言ったはずですよ。──お入りなさい!」
 鋭く跳ね上がった彼女の声に応えるように、食堂の扉が開いて体格のいい男たちが数人踏み込んできた。全員革の鎧を身につけ、帯剣している。村の衛兵のようだ。小さな村では、農民たちが番兵も兼ねることが多いが、体つきや装備からして、彼らは王都にいる職業兵士と同様、訓練を積んだ兵に見えた。
 プリシラが椅子を蹴るようにして立ち上がる。シャムリーナとエミリーも続いて立ち上がり、身構えた。
 だが近づく男に対して、エミリーは身を守る術がない。護身用の短剣は、部屋に置いてきてしまった。まさか食事に危険が伴うなどと、考えてもいなかった。
「シャミー、エミリー、下がんな」
 傭兵であったプリシラは、長剣こそ持ち込んでいなかったものの、腰にはしっかりと短剣を佩いていた。右手でそれを抜きながら、彼女は左手一本で椅子を掴み、一番最初に近づいてきた兵に投げつけた。
 椅子が除けようとした兵の右腕にぶつかり、男は呻きを上げる。
 しかし椅子を投げたプリシラの方も、大きく体をぐらつかせた。楡でできた椅子が重すぎて、体の均衡を崩したのだろうか。あるいは酔いが回っているのかもしれない。
「やめたまえ。短剣をしまうのだ。我々も君たちを傷つけたくはない」
 イーノックの冷静な声が響く。
「うるせーよ。あたしたちに命令すんな」
 強気に言い返したプリシラの語尾が崩れる。彼女は後ろに踏鞴を踏んだ。
 プリシラ。
 酔いがひどいらしい彼女を支えようと、踏み出そうとしたエミリーは、自分の膝ががくりと崩れるのに気づいた。
(嘘……私、そんなに飲んでいないのに)
「やだ、エミリー」
 シャムリーナの悲鳴に近い声が遠くで聞こえる。床に両手をついたエミリーの目の前で、同じく膝をついたプリシラの腕を男たちが捉えるのが見えた。
「くそ……さわんな……!」
 プリシラの罵声も弱々しい。そして彼女の後姿が暗く翳り始めた。
(薬だ……)
 いくらなんでも、葡萄酒を少量しか飲んでいないエミリーに、こんな酔いが回ることはないはずだ。食事か酒に薬が混ぜてあったのだ。最初から有無を言わせず、エミリーたちを捕える気だったのだ。
 ほとんど効かない視界の中、床を蹴立てるようにして、男たちの足音が近づく。イーノックが何ごとか、声高に男たちに命じている。シャムリーナの悲鳴が聞こえた気がしたが、それも壁を隔てたように遠い。
 倒れてはだめだ。帰らなければ。王都にいる仲間たちが心配する。私が帰るべきところ。ルークたちが待っている場所に。
 だがエミリーの意識は、下りてきた赤黒い幕に覆われて閉ざされた。柘榴の実のような不吉で生々しい、なのに何故か安らぐような闇に。

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