FC2ブログ

ココナッツ図書館 夜間書庫

スポンサー広告

スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



登録させていただいているサイト様
「山間の城の物語」に投票
 ↑現在連載中の「山間の城の物語」が気に入ったら、クリックして投票してください。
「乙女の裏路地」へ 「にほんブログ村 小説ブログ」へ
fc2ブログランキングへ投票 「十八禁恋愛私花集」へ
*Edit TB(-) | CO(-) 

王都の冒険者たち」
第三話 女の聖地

第三話: 女の聖地 9

2010.05.03  *Edit 

 エミリーが閉じ込められている部屋は、館の隅に築かれた塔の小部屋だ。元は誰のための部屋なのか、天井近くの高い位置にごく小さな窓がひとつあるきり、家具も寝台と小さな脇机、粗末な丸い椅子だけだ。寝起きするだけの部屋という気がした。
 窓からどうにか外に出られないかと、寝台の上に脇机と椅子を積み上げたりしたが、とても窓の高さには届かなかった。
 短剣と、触媒や薬が入った荷物も取り上げられているので、魔術を満足に使うこともできない。石壁に囲まれた狭い部屋では、精霊の力を借りることも難しかった。
 おまけに部屋の外には、屈強な兵士が一人、見張りについているらしい。
 五日前、夕食の後に意識を失ったエミリーが目を覚ますと、この部屋の寝台の上だった。プリシラとシャムリーナの姿は無かった。
 事態を把握できないでいるうちに、イーノックが兵士と侍女を連れて訪れた。
『私の妻になって欲しい』
 彼は五日前の夕食時と同じことを告げた。
 エミリーは彼の頼みに答える前に、友人二人の行方を尋ねた。イーノックはプリシラたちの無事を保証したが、エミリーが彼の求婚を受け入れるまで、彼女たちに会わせることはできないと、悲しげに言った。
 プリシラたちは心配だ。だが、おいそれとイーノックの求婚を受け入れることなどできない。
 会ったばかりの人間であるということも無論ある。
 だが何より、エミリーに結婚を承諾させる為に、プリシラたちを捕えるなど、そんな手段を使う人間を夫とすることなどできはしない。
 その日以降、イーノックは同じ要求をエミリーに告げ、彼女は同じ回数だけ断ってきた。
 昨夜イーノックに愛していると告げられたのは、少なからずエミリーの胸の内をかき乱したが、それによって急速に若い領主に心が傾くことはなかった。
 元々、エミリーは結婚に興味は無い。貴族の称号は無いが、優秀な学者や魔術師を輩出する、裕福な家に生まれた彼女は、幼い頃から金銭面で不安を覚えたことはないし、両親や叔父にもそのように育てられた。
 男性と婚姻を結び、生活を支えてもらわなければならないという、庶民の女性の感覚も無ければ、少しでも良い条件の男性を夫とし、家の役に立ち、名誉を汚さないようにしなければならないという、貴族の娘が持つような焦燥も無かったのだ。
 だがプリシラたちの行方は分からないままだ。このまま、エミリーが彼の申し出を拒否し続ければ、その間、彼女たちもここへ閉じ込められたままとなる。
 もう五日だ。
 食事は与えられていると聞いていたが、そうだとしてもかなり衰弱している頃だろう。
 今日こそ、どうにかイーノックと交渉して、せめてプリシラたちと会わせてもらわなければ。
 そして、もし他に手段が無いのなら、彼の要求を受け入れることも必要なのかもしれない。結婚など御免だが、プリシラたちの命が掛かっているなら、考えなければならないだろう。

 扉が外から叩かれる。
 いつも通り、エミリーの応えもない内に、鍵が回る音がして、扉が静かに開いた。
 忍ぶような密やかな足音と共に、扉の向こうから巫女頭の姿が覗く。てっきりイーノックだと思っていたエミリーは、さらに緊張を漲らせた。
 巫女頭は振り返って扉を静かに閉める。日は昇っていたが、小さな窓から差し込む光は頼りない。室内は薄暗かった。
「エミリー」
 寝台の側で立ち尽くすエミリーに向かって、彼女は重々しく口を開いた。
「気持ちは定まりましたか。もう十分な時間を与えたはずです」
「いいえ」
 彼女は首を横に振った。
 巫女頭のなだらかな眉がぎゅっと寄る。しかし彼女はすぐに表情を緩めた。ふくよかな丸い顔は優しげで、頬や顎の輪郭は下垂していたが、それは下品な倦怠ではなく、豊かな加齢を感じさせている。年齢の割に肌が色白で美しいからだろうか。しみひとつない。
 食べることに労することもなく、村人から崇められ、結婚し、子供を産んだ、幸せな年配の女の姿だった。
「エミリー、よくお聞きなさい。あなたは大地母神に選ばれた、この地の代弁者なのです。王都を含めたこの辺りは、古来より大地の女神に守られているのです」
 巫女頭の声は厳かであった。躊躇いもせずに、まっすぐにエミリーを見つめる彼女の黒い瞳は、やはり狂信や狂気の匂いはなく、理知的である。
「私はこの地の人間と、大地母神を繋ぐ役割を演じてきました。代々、この村の領主の妻となる女の役目です。非常に名誉なことなのですよ」
「それは分かります」エミリーは彼女の言葉を否定せず、頷いた。「でも、いきなりそんなことを仰られても、私にとっては初めての話ですし……」
「戸惑うのは分かります」
 目を伏せて、巫女頭は頷いた。
「私たちも戸惑っているのですよ。代々、次代の領主の妻となる女は、村の中から選ばれてきました。領主の跡継ぎとなる男児は、成人する前、十二、三歳の頃に、既に大地母神に定められた村の娘と結婚します。
 しかし私の息子、イーノックには、十八になる今年まで、妻となる娘のお告げはありませんでした」
 粛々と話していた巫女頭の声が僅かに揺れた。教会の聖職者のように端然としていた女が、母親としての姿を覗かせる。
「跡継ぎの結婚が決まる前に、イーノックの父──つまり、私の夫が病死しました。これも初めてのことです。村人は不安に襲われているのですよ。イーノックにもしものことがあれば、この村は跡継ぎを失ってしまいます。村の滅びは、すなわちこの地の滅びなのです」
 巫女頭は再び厳粛な声で語ったが、やはりエミリーにはその危機感は伝わらなかった。この小さな村に跡継ぎがいないせいで、繁栄を極め、今のところは平和な王都が滅びると言われても、俄かには信じがたい。
「跡継ぎが必要なのでしたら、どなたか村の方を奥方様となさればいいのではないですか? 母神のお告げが無くとも……」
「無論、試しました」エミリーの話を巫女頭は素っ気なく遮った。「私が大地母神のご神託を聞き逃していただけだとも考えられますからね。しかしやはり託宣の娘でなければ駄目なのですよ。村の娘とひと通り同衾しましたが、男児を産んだ娘はおりません。産まれた子供は全て女子でした」
 エミリーは目を見開いた。生まれた子供の性別などではなく、領主であるイーノックが、村の──恐らく全ての──独身の娘と関係をもったということが、彼女にとっては信じられなかった。
 だが閉鎖的な、中央から離れた、領主の権力が強い土地では、そんなことも多いと聞いたことがある。結婚前、新婦となる娘を領主自ら抱き、純潔を散らす風習がある土地も、主に南の方に多い。村の全ての娘は、領主の子供を身ごもる可能性を秘めているということだ。それが夫となる男との間に諍いを招くことはなく、寧ろそうすることで、村全体が領主を中心とした血族としてまとまる一体感を得ることができるという。
 南は教会の影響力が弱い。一夫一婦制の教えが広まる前の、古代王国時代の奔放な性文化がまだ残っているのだろう。
 この村も同じなのかもしれない。
 しかし到底、彼らの考えにエミリーは共感できなかった。
「事情は分かりました。でも、やはり私は承諾できません。女神の神託と言われても、私自身は何も感じていないのです」
 エミリーはできるだけ丁寧に、しかし毅然と言ったつもりだが、巫女頭は動じなかった。
「それはあなたが外から来た娘で、まだ神託を捉える修練を積んでいないからです」
 それ以上、口下手のエミリーには反論する材料が無かった。
 とにかく嫌なのだ。お断りだ。せっかく叔父から独立し、兄弟子に導かれて冒険者などになり、仲間に助けられ、時には叱られながらも、どうにかやってきた。友人もいる。これまで彼女なりに頑張って築いてきたささやかな物全てを捨てて、この小さな村のための礎となることなど、やはりできはしない。
 エミリーは巫女頭を見つめながら、僅かに唇を噛んだ。顔がうっすらと熱くなり、緊張で心臓の鼓動が早くなる。
 イーノックの求婚を断る、切り札にもなりえる理由が、エミリーにはもうひとつある。それは自分の恥を晒すことにもなるが、この際仕方がない。
 つい巫女頭の目から視線を逸らしながら、エミリーは意を決して口を開いた。
「あの……女神様の神託があったとしても、私には、イーノック様とご結婚する資格は無いと思います」
「それを決めるのはあなたではありませんよ」
 巫女頭の言い草は、女神に対して信仰を持たない身にしてみれば傲慢にも聞こえたが、これから告げる話に気を取られていたエミリーは、それに気づくどころではなかった。
「ですが……あの……私には……」
 動悸がますます激しくなる。無意識に着ている服をぎゅっと握った。ここから離れた王都にいるルークの面影が脳裏に浮かんだ。
「愛する人がいるのです。それに……」
 巫女頭は驚きを見せることもなく、黙ってエミリーの続きを待っている。エミリーは俯いて、巫女頭の柔らかそうな革のサンダルを見つめながら、やっと次の言葉を放った。
「私はもう、純潔の身ではありません」
 言った。
 王都の一部では貞操観念も薄れつつあるが、貴族の中や王都から離れた地方では、花嫁は生娘であることが常識だ。領地を預かる、れっきとした子爵であるイーノックが、傷物を妻に娶るわけにはいかないだろう。
 若く独身の自分が既に男性を知っていることを告白することは、エミリーには勇気がいったが、イーノックと巫女頭が彼女を諦める唯一にして最大の事由だろう。放蕩と罵られても、ここでイーノックと結婚するよりははるかにましだ。
 しかしそれを聞いた巫女頭は、柔らかい声で言った。
「まあ、結構なことです」
 エミリーは顔を上げる。皮肉を言われているのかと思ったが、彼女はにこやかに微笑んでいた。
「若い処女が大好きな、自分の自信のない、教会のおじいさまたちのような考えは、私たちは持っていませんよ。ご安心なさい。女神様は、肉体の成熟に伴う、異性への関心や愛を喜ばしいものだとされています。あなたぐらいの年齢の方が、男性と交わる悦びを知っているのは、不自然なことではありませんし、素敵なことですよ」
 顔にさらに血が上った。頬を薔薇色に染めるエミリーを、巫女頭は穏やかに見つめている。
 男性と交わる悦び。
 普段、記憶の底に押し込めている、ふた月前の宿での出来事が、生々しく蘇る。初めて男に素肌を撫でられ、心臓が爆発しそうになりながら、体を這い回る疼くような感覚を味わった。体の芯が熱く、切なくなり、受け入れてはいけないと思いながらも、シーマスに屈したあの瞬間。普段エミリーを叱りつけている彼もまた、エミリーに屈服したように見えた。
 そしてガレンから帰還した後、叔父の部屋で起こったことは、さらにエミリーを羞恥と混乱へと追いやった。
 媚薬を塗ってしまった彼女は、飢餓にも似た、体と心の飢えに苛まれた。誰かに触れて欲しくて、優しくして欲しくて、身もだえするほど寂しかった。シャムリーナが去った後、彼女にしてしまったことへの罪悪感に怯えながら、自分の体を自分で慰めていたあの場に、あろうことかシーマスが現れたのは、一体何の偶然だろう。
 生涯で最もと言っていいほど恥ずかしい場面を見られ、それすら気に留めることができないほど乱れて、シーマスに縋ったエミリーを、彼は邪険に振り払って、いつもの如く怒鳴りつけた。それまでにもないほどの剣幕で怒っていたシーマスは、後で結局エミリーに詫びる為に部屋に戻ってきた。彼を腹立たしく思ったのは、あの時が初めてだった。
 あんなに男性に優しくされたことはない。実父も叔父も優しかったし、ルークもミクエルもエミリーには親切だ。しかしあの時、エミリーの髪や肌を撫で、彼女の顔を赤らめるようなことを囁き続けた男が匂わせた優しさは、まったく別の種類のものだった。そして切なさに涙ぐみ、交接の予感に怯えるエミリーを宥めながら、彼女に覆いかぶさったシーマスが、あんなに頼もしく見えたのも初めてだった。
 男性とはなんて優しくて、頼もしくて、そして愛しいのだろう。エミリーはそう感じた。
 しかしそれは誰にも話せなかった。シャムリーナには出来事そのものは打ち明けたが、それによって自分自身が感じたことを語ることはしなかった。彼女なら理解してくれるとは思うが、それでも恥ずかしかったのだ。
 シーマスと関係を持ったことそのものよりも、彼女がルークを愛しながら、シーマスに抱かれ、その最中に快楽のみならず、喜びを覚えたこと。そのことこそが、エミリーの困惑と恥じらいの最大の要因だった。
 そんな、どこか後ろ暗いと思っていたことを、巫女頭はあっさりと喜ばしいものだと話している。自分の存在をまるごと許されたような、ある種の安らぎを覚えた。突然、巫女頭が頼もしく、慈悲深く見えてくる。
 それでもイーノックとの結婚は別の話だ。巫女頭の台詞と大地母神の教えには共感したいところもあるが、領主の求婚は受け入れられない。
 しかしこれ以上、反駁する材料もなく、欺瞞を好まない彼女は、俯いたまま押し黙った。
 エミリーの表情から、彼女の胸中を読んだのだろう。巫女頭は大きく溜め息をつく。
「仕方がありません。──お入り」
 扉に首を向けた彼女が声を張り上げると、再び樫の扉が外から開いた。 
 その向こうから姿を見せたのは、固い表情のイーノック。そして彼の後ろから、大柄な若い兵士に捕まえられて、シャムリーナの顔が見えた。

「シャミー!」
 数日ぶりに友人の無事な姿を見つけ、エミリーは思わず甲高い声を上げた。反射的に瞳が潤む。目が合った瞬間、それまで強張っていたシャムリーナの顔も、安堵に緩んだ。
 しかしそれも一瞬で、彼女の顔は元通り、イーノックのように無表情に近くなる。それもそのはずだ。小柄な魔術師は、両腕を背中で縛められているらしい。
 まるで囚人か罪人だ。あまりの扱いに、エミリーは非難を込めてイーノックを睨んだ。昨夜、エミリーに愛を告げた青年から、別人のような冷えた眼差しが返ってくる。エミリーは思わず怯んだ。
「エミリー」
 視線同様、冷ややかな声でイーノックは言った。
「この通り、君の友人は無事だが、君が私の話を受けてくれないのなら、もう少しここにいてもらうことになる。君も本意ではないだろう。大地の女神の神託を受け入れ、ここに留まってはくれないか」
 毎晩のように同じことを告げられ、その都度エミリーは拒絶してきた。
 だが衰弱を見せ、後ろ手に縛られた友人を目の前にして、はっきりと断ることはためらわれる。どうやらシャムリーナたちは、エミリーが考えていたより、相当粗末に扱われていたらしい。涙が滲んできた。
「こんなことして、ただで済むと思ってるの?」
 エミリーが何も言えずにいると、縛られたままのシャムリーナが口を開いた。掠れた声を張り上げ、兵士に腕を取られたまま、イーノックを睨みつける彼女の姿には迫力はなく、ただ痛々しいばかりだ。
「あたしだって、そこのエミリーだって、れっきとした魔術師なのよ。ギルドが黙ってないわよ」
「……思い違いをしているようだな。私の村は代々、王都の大学と交流があるが、彼らとてこの遺跡の重要性は知っている。一介の魔術師と、遺跡の村の主である私、どちらの意見を汲むかは、彼ら次第だ。脅しに使えると思うな」
 初めて村を訪れた時や、夕食をもてなしてくれた時の、快活で礼儀正しい領主とはまるで別人だ。重く冷えた男の眼差しが、シャムリーナを凍りつかせた。
 だが彼は突然表情を一変させ、微笑んだ。
「シャムリーナ殿と言ったな。どうだろう。君もエミリーと共にこの村に残らないか。彼女も突然ここへ住むことになれば、戸惑いもあるだろう。だが君が侍女として一緒にいるなら、淋しくはない。無論、君の生活も保証しよう」
 気の強いところもあるシャムリーナだが、数日もの間閉じ込められた身では、気力も弱っているだろう。イーノックの笑みに飲み込まれたように、彼女の強張った表情が緩むのが、エミリーにも見えた。
「シャムリーナ、考えてくれないか」
 微笑を崩さないまま、イーノックはもう一度言った。我に返ったようにシャムリーナの眦が吊り上がる。
「嫌だって言ったらどうなるの」
「そんなことは言わせない」
 イーノックの笑みが深くなった。シャムリーナは体を引こうとしたが、兵士に腕を押さえられているため、動けなかった。そこに一歩イーノックが近づく。
 若い領主は腕を伸ばすと、乱れたシャムリーナの黒い髪を軽く梳き、彼女の頭を引き寄せた。左腕でシャムリーナを抱え、目を閉じて唇を重ねた。 

 シャムリーナは身を竦ませたが、イーノックに抱えられ、両手を縛られていては、動くこともできない。唖然とするエミリーが見ている前で、イーノックはシャムリーナの小柄な体躯をさらに抱き寄せた。
 濡れた音が響く。イーノックが、くちづけした娘の口内に、舌を差し入れたのだ。
 薄暗い小部屋で、実の母親を含めた三人もの人間に見守られながら、イーノックは悠然とくちづけを続けた。それは異様な光景だった。
 シャムリーナは顔を引き、歯を食いしばってイーノックを拒絶しようとした。それに気づいたイーノックは、一度唇だけを離し、鼻が触れ合うほどの間近から、シャムリーナを見つめる。
「シャムリーナ」
 名前を囁きながら、イーノックは右手でそっと彼女の前髪を額からどけた。先ほどまでの高圧的な態度が嘘のような、慈しみに満ちた優しい仕草だった。
「私を受け入れて、助けて欲しい。君の力が必要なのだ。この村に留まり、私の妻となるエミリーを支えて、神殿の巫女として、私に仕えて欲しい」
 透き通った穏やかな声が、厳かなほどの響きをもって狭い部屋に満ちる。元々イーノックは快活な美声だが、今シャムリーナに言い聞かせている声は、心の奥をくすぐるような、甘く気だるい音楽のようだ。
 巫女頭は口を開かず、ただ目を伏せていた。エミリーも領主の動作に見入り、声を上げることもできなかった。
 彼女の目の前で、シャムリーナの瞳の光が緩む。それを見て取ったイーノックは、再び唇を重ねた。今度はシャムリーナは抵抗しない。身じろぎもせず、目を閉じてイーノックの唇を受け入れている。
 再び唾液が擦れる音が聞こえた。微かな熱い吐息の主は、男か女か、エミリーには分からなかった。すぐ目の前で、自分に求婚している男と友人である女が、異様な姿勢で情熱的なくちづけを交わしている。エミリーの顔も熱くなった。
 イーノックの舌が、絡めとったシャムリーナの舌を、引きずるように引っ張る。彼女の唇から、掠れた悩ましい溜め息が聞こえたが、シャムリーナは唇を離そうとしない。
 やがて若い領主は、少女の頬を支えていた手をゆっくり滑らせる。乱れた髪が絡みつく首筋を撫で、鎖骨を撫でると、服の上からシャムリーナの胸の膨らみを押さえた。
(……止めなきゃ)
 ここに至って、エミリーはようやく我を取り戻した。だが辺りは異様な雰囲気に呑まれたままだ。声を上げることが何故かためらわれた。
 イーノックの手が蠢き、少女の乳房を優しく揉み始める。
「んっ……」
 吐息と共に吐き出された微かなシャムリーナの喘ぎは、決して不快そうではなかった。男の掌は柔らかい膨らみを玩び、指先はその中心の突起を時折撫でさすって優しく引っ掻く。服の上からも、彼女のそこが尖って固くなっているのが分かる。
 ますますエミリーの顔に血が上った。
 イーノックはまるで、この場に彼とシャムリーナしかいないかのように、娘を慈しんでいるが、許していいことではない。
「何してるんですか。やめて!」
 エミリーはやっと思い切って、大声を上げた。
 しかし二人とも、エミリーの方を振り向きもしない。
 イーノックの手はシャムリーナの胸を弄り続け、少女の背中を抱き寄せていた反対の手は、尻へと滑っていく。濡れた舌が絡まり合い、互いの唇を吸う淫靡な音が続いている。
「やめてください! ……シャミー!」
 エミリーはもう一度声を上げ、なすがままになっている友人に悲痛に呼びかけた。
 しかし彼女は何かに憑かれたかのように、焦点の合わない目でイーノックを見つめ続けるだけだ。その大きな瞳は潤み、頬はうっすらと紅潮している。
 イーノックはやがて、シャムリーナのベルトに手をかけると、それを外し始めた。革のベルトが音を立てて床に落ちると、彼の手は、服の裾からその下へと入り込む。それでもシャムリーナは恍惚としたまま、男の唇を求めるように舌を伸ばしていた。
 服の下に入り込んだイーノックの手が、シャムリーナの腹から胸へと這い上がる。男は再び、彼女の乳房を今度は直に押さえた。
「あ……あっ」
 シャムリーナが眉を悩ましげに寄せて、小さな嬌声を上げた。エミリーがどう聞いても、拒絶や嫌悪の響きはない。
 イーノックの手が娘の乳房をさらに撫で回す。服の上から眺める動きは、さらに淫猥だった。
 これ以上、見ていられない。
「やめて!」
 非力な自分に何ができるかわからないが、エミリーはつかつかとイーノックに近づいた。明らかにシャムリーナは普通の状態ではない。イーノックを止めさせなければならない。
 彼女が近づくと、待ち受けていたようにイーノックが振り返った。褐色の瞳と眼差しがぶつかる。小さく怯んだエミリーを愛でるように、彼は瞳を細めた。
「エミリー、邪魔をしないでくれ。彼女にはこれから村を支える巫女になることを承諾してもらわなければならない。君の侍女として、ここで君を支えるためにね」
「勝手なことをしないで」
「しかしこうでもしなければ、君は結婚を承諾してはくれないだろう」
 イーノックは、駄々っ子でも眺めるように、苦笑してエミリーを見下ろした。
 エミリーはシャムリーナに目を移す。腕を縛められたままの彼女は、まだぼんやりとイーノックを目で追っていた。エミリーのことなど、まるで視界に入っていないようだ。
「シャムリーナに何をしたの」
 詰問しながら、彼女が哀れで、悔しくて、涙が零れそうになった。
「何もしていない。私は彼女に頼みごとをしただけだ」
 イーノックは穏やかに答え、もう一度手を伸ばしてシャムリーナを抱き寄せた。彼女は惚けたような表情で、抗いもせずに男の肩に体を預ける。
「神殿の守護者、村の主は、大地母神の加護を厚く受けています」それまで黙って息子の所業を見ていた巫女頭が口を開いた。「どんな娘も、女たちの守護者の魅了の瞳には抗うことはかないません」
 そんなことがあるだろうか。
 エミリーは思わずイーノックの瞳を見た。アーモンドのような、形の美しい瞳であるが、それだけだ。
 魔眼の伝説がある。相手を意のままに操ったり、呪いを植えつけたりする魔的な力を持つ瞳だ。
 まさかイーノックが、そんな特殊な力を持った人間なのだろうか。
 しかしエミリーがイーノックから目を逸らすより早く、彼の方が顔を背けた。
「さあ、シャムリーナ、君の答えを聞かせて欲しい。私のために、ここに残ってくれるか?」
「はい」
 イーノックの問いに、シャムリーナは間髪入れずに頷いた。心臓を握りつぶされたように、エミリーの胸に失望が広がる。
「シャミー。ねえ……」
 エミリーは踏み出して、友人の手を握った。しかしだらりとしたその腕からは、何の応えも返ってこない。振り払うことすら、彼女はしなかった。
 エミリーに構わず、イーノックはシャムリーナを片手で抱いたまま、囁き続ける。
「私には跡継ぎがいない。弟がいない私には、男の子が必要なのだ。分かるな」
 シャムリーナの頭がこくりと縦に動いた。
「そこにいるエミリーは、神託を受けた娘でありながら、まだ私の求婚を受けてはくれない。それまで君が、私を受け入れ、男児を産んでくれないか」
「はい、喜んで」
 呟きのような返事がシャムリーナの唇から漏れた。エミリーの手の中から、彼女の手がするりと滑り落ちる。

BackNext


ネット小説ランキング>【R18部門】>王都の冒険者たち

 ↑ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。


登録させていただいているサイト様
「山間の城の物語」に投票
 ↑現在連載中の「山間の城の物語」が気に入ったら、クリックして投票してください。
「乙女の裏路地」へ 「にほんブログ村 小説ブログ」へ
fc2ブログランキングへ投票 「十八禁恋愛私花集」へ
*Edit TB(-) | CO(1)

~ Comment ~

RE:拍手お返事 >Kさん 

拍手、ありがとうございます♪

いくら金持ち・イケメンだろうと、人の立場に立って物事を考えられない人はいやですねえ。
貴族にはこういう人は多そうですが…^^;

村娘全員が兄弟…いや、姉妹…。
日本を含めたアジア・アフリカなどでは、共同体意識が強かった時代には、こんなことありそうですね。
ヨーロッパでも初夜権が有名ですねえ。

歴史が深い村=独特の風習が続く奇妙な村、という構図で村の文化を練ってみました。
いまでもこういう風習が残る村…ありそうですね。

目玉が飛び出すような、外国の不思議な風習を見たり聞いたりすると、つい小説のネタにしたくなります(笑)
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。