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魔女とコヨーテ」
第二話 遠吠え

第二話: 遠吠え 3

2009.04.12  *Edit 

 荷馬車の向こう、怒声が聞こえるあたりに目を凝らそうとしていると、スタンリーに頭を押さえられた。
「顔出すな、伏せてろ!」
 そうしておいて、彼自身は素早く立ち上がって屈みながら、剣を抜く。いつの間にか、他の仲間たちも起き上がって身構えていた。こんなことには慣れっこだが、皆いつもより随分と寝起きがいいような気がする。
 やがてシェリルの目にも、村の入り口からぽつぽつと見える松明の明かりが映った。
「夜盗か」
 後ろから隊長が進み出て、焚き火の側で弩に矢を番えて構えるウォルターに並んだ。騒ぎに気づいた御者と助手たちが、荷馬車から這い出てくる。
「恐らくそうだと思います」
「警告はいらん。近寄ったら撃て」
 ウォルターにそう言い、隊長自らも腰に下げた弓に矢を番えた。他の護衛やシェリルの仲間たちも弓を使えるものは、矢を番えて、荷馬車を盾に、こちらに向かってくる松明の群れに狙いをつける。
 シェリルも小さな弓を持っているが、このように味方が入り組んだ場所で使いこなせるほどの腕はない。今彼女が矢を放っても、せいぜい前方にいる隊長かウォルターの尻にでも当たるのがおちだ。
 松明の一団が近寄るにつれ、その正体は明らかになった。粗末な服を着込み、手に手に棍棒やら槍やらを握った、ごろつきの集まりだ。隊長の言う通り、夜盗だろう。
 しかし存外、人数は多かった。シェリルたちの倍くらいはいそうだ。後ずさり、術の準備をしようかと逡巡していると、振り返った隊長が彼女に言った。
「お前はそこで戸口を死守しろ」
 振り返り、閉ざされた廃屋の扉を見てから、隊長に向かって頷いたが、隊長はそれを確かめもせずに号令を放った。
「撃て!」
 狙いをつけていた護衛たちは、一斉に矢を放った。

 松明を手に持っている相手は狙いをつけやすい。夜盗たちは胸に矢を受けて次々に倒れた。だが、一斉射撃の洗礼をかいくぐった連中が、雄たけびをあげながら走り寄ってくる。
 護衛たちは弓を投げ捨て、白兵戦の武器を手に、荷馬車の前に飛び出して、盗賊たちを迎え撃つ。
 弓矢での射撃が効を奏して、夜盗たちの数は半数近くに減っていた。これなら護衛と仲間たちで何とかなるだろう。
 それでも念の為、シェリルは短剣を抜いて構えながら、小さな声で呪文を唱え始めた。仲間たちはもちろん、あのいけすかない護衛たちも、味方は味方だ。誰一人こんな廃村で死なせたくはない。
 その時、後ろで扉が開く音がした。
 ぎょっとして振り返ると、緊張した顔の副伯が顔を出している。
「夜盗の襲撃です。中にいてください!」
 鋭く叫んだが、副伯は外に出て、剣を抜いた。
「ご婦人を戦わせておいて、私だけ中にいるわけにはまいりません。ここは代わって私が……」
 その構えは、シェリルの目から見て、そこそこ堂に入っていた。全くの素人というわけではなさそうだが、護衛の対象である彼にこの場を代わってもらうわけにはいかない。
「私なら大丈夫です。中に入っていてください。危険です」
「しかし、あなたのような小さな少女が……」
 どいつもこいつも小さいだ、女だとうるさい。
 相手が副伯で無ければ食ってかかったところだが、シェリルは辛うじて苛立ちを飲み込んだ。
「戦い慣れているので、大丈夫です。あなたに怪我をされれば、私どもの方が伯爵に合わせる顔がありません。どうぞ中へ……」
「危ない!」
 青年貴族の腕に手をかけ、扉の中へと強引に押し戻そうとした時、彼が鋭い声をあげて、彼女の肩越しに剣を突き出した。 
 振り返る。小さな斧を手にした男が、副伯の剣に胸元を貫かれていた。

 いつの間に。
 荷馬車の前に防衛線を展開する仲間たちをかいくぐったのか。それとも、回り込んでいた別働隊がいたのか。
 副伯の剣に貫かれ、くぐもった呻きをあげている男の心臓に、短剣でとどめの一撃を埋め込む。男の体がくず折れるにまかせながら、シェリルはその向こうにありがたくない夜盗の姿を二、三人見つけた。鎌や棍棒を振り回して、こちらに駈け寄ってくる。
 どうやら後者の想像が当たっていたらしい。夜盗は回り込んだ数人と、自分たちを挟み撃ちにする気だったのだ。
 副伯と問答している内に呪文は中断してしまった。もう術は間に合わない。
「助けて! こっちにも来てる!!」
 この場のシェリルにできる、最も有効な手立ては助けを呼ぶことだった。果たして荷馬車の前で戦っている仲間たちの耳に届いたかどうか。
 副伯は無言で夜盗に向かって剣を構えなおした。今は彼の存在がありがたい。彼無しでシェリル一人では、ごろつき三人にはとても勝てまい。逃げるにしても、廃屋にいる夫人と商人を置いていくわけにもいかない。踏みとどまって戦うしかない。
 降参するか。
 一瞬、そんな考えが頭を掠めたが、無駄だろうと思った。相手は頭の回転のすこぶる悪い夜盗だ。血が上った相手に降参したところで、無抵抗のまま陵辱された挙句に切り殺されるだけだろう。あるいは荷馬車で戦っている仲間たちに対する人質にされるかもしれない。
 しかしあの護衛隊長が、シェリルと副伯の命を荷物より優先してくれるとは思えなかった。末路は同じだ。
「女だ! 女がいるぞ!」
 近づいてきた夜盗は、下品な声をあげた。女がそんなに珍しいかよと思う。
 相手は三人だ。せめて二人だったら、一対一に持ち込めるものを。極めて不利な状況に、心臓が早鐘のように打ち始める。
 隣の副伯が動いた。
 先ほどのように狙いすませた突きを先頭の太った男に放つ。見かけによらず素早い動きだった。男が持っていた棍棒を振り上げる間もなく、その切っ先は男の胸に吸い込まれた。
 青年は素早く剣を男の胸から引き抜いた。鮮血が溢れる胸を押さえ、恨めしげに掴みかかろうとする男を容赦なく蹴り倒す。
 副伯はなかなか戦慣れしているようだ。王都まで妻を連れて長い旅をしてきたのも伊達ではないらしい。
 他の二人が怒りの声をあげて襲い掛かってくる。大きな鎌を持った相手と副伯が剣を合わせている間、もう一人が短いお粗末な槍を手に、シェリルの方を見た。
「やめろ! 女性に手を出すな!」
 鎌と苦闘しながらも副伯は声をあげたが、槍を持った男がそれに従うはずもない。
 短いといえど、相手は槍を持っている。シェリルの武器は短剣だ。間合いだけでも圧倒的に不利だった。だが、副伯が相手を片付けるまで、せめてこの男をひきつけておかなければならない。
「女かよ。おとなしく降参しろ」
 やせぎすの、槍を持った男は乱杭歯を覗かせながら、下品に顔を歪めた。
 シェリルは無言で首を振る。間合いを取り、後ずさると、男は一歩詰め寄った。
「こいつで串刺しにされてえのか? お前が死んだら、男も悲しむぞ」
 槍を手に、男は副伯の方を振り向いた。
 その一瞬の隙をついて大地を蹴る。槍をかいくぐって、一気に間合いを詰めた。
 だが、短剣の切っ先が男の脇腹に届く寸前、右の頭に激しい衝撃を受けて、シェリルは地面に転がった。

 男が咄嗟に振り回した槍の柄で殴られたらしい。転がって地面に打ちつけられた衝撃とあいまって、頭を押さえて呻いていると、倒れた彼女の腹に男の爪先が食い込んだ。
「うっ」
 強烈な蹴りに、悲鳴をあげる。瞬間的に吐き気がこみあげた。
「おとなしくしてろ、あばずれ。てめえの相手は後だ」
 シェリルは咳き込みながら、どうにか顔をあげた。男は体ごと副伯に向き直る。彼は今鎌を持っている男と戦っている最中だ。後ろから襲われれば、ひとたまりもない。
「やめて!」
 絶叫しながら、シェリルは立ち上がって、男につかみかかろうとした。
 その時、彼女よりも早く、横手から走りこんできた影が、男の首に剣を叩きつけた。
 一撃で男の首は胴体から離れた。凄まじい力と技量だ。
 続いて駆け込んできた人間は、副伯と剣戟を演じている鎌を持った男の横手から、その胴体を薙ぎ切った。
 悲鳴をあげ、腹を押さえて倒れこむ男の首に、躊躇せずに剣を突き立ててとどめを刺す。
 返り血を浴びて振り返るウォルターに向かって、副伯は丁寧に頭を下げた。
「ありがとう。助かった」
「あんたはついでだ」素っ気無く副伯に言い、彼はシェリルに向き直った。「──さすが腕利きだな、シェリル。俺が助けに入るまでもなかったな」
 いちいち癇に障る物言いだ。
 それでも命の危機を救ってくれたことには変わりはない。シェリルはいやいやながら、礼を述べた。
「……ありがとう」
 今度は彼は何も言わず、シェリルの手を取って、立ち上がらせてくれた。


 幸い廃村での襲撃では、軽い怪我人が出ただけで済んだ。傭兵とシェリルの仲間たちはよく戦い、夜盗たちを手際よく撃退したと言えるだろう。
 副伯にも怪我が無かったのは幸運だったが、間一髪のところであった。ウォルターがあの時助けに入らなければ、どうなっていたか。あまり想像したくない。
 スタンリーもシェリルと副伯の危機に気づいていたが、手が離せなかったという。シェリルたち一同揃って彼に改めて礼を述べたが、傭兵は肩を竦め、「困った時はお互い様だ」と、妙にまともなことを言った。
 危機を救ってもらったこともあり、義理堅いシェリルは馬車の中でも、それまでのようにウォルターを無視するのは気が引けた。彼は相変わらず彼女に失礼とも言える不躾な質問をしては、彼女を怒らせていたが、苛立つ様な不愉快は薄くなっていた。同じ馬車のジャクリーンはそれを時折面白そうに、そして時には不機嫌そうに聞いていた。

 伯爵領に入るまで、野宿が続いた。
 廃村での襲撃の翌々日、一行は小川で水浴びをすることになった。まだ汗の少ない春先とはいえ、いい加減下着や服も洗濯したい。
 そう申し出た時は隊長に断られるかと思ったが、意外にも彼も賛成した。不潔は病気の元だということぐらいは、彼も知っているらしい。
 真っ先に副伯夫人に水浴びをしてもらった後で、シェリルとマライアが浸かった。ジャクリーンは洗濯に時間がかかっているようだった。
 時間は正午過ぎで、最も暖かい時間だったが、それでも初春の季節に水に浸かるのは冷たい。水浴びと言っても、軽く髪と体を流して、冷えない内に水から上がらなければならない。温かい湯にゆっくりと浸かりたいと思った。
「あなた、副伯が駄目だからって、次は傭兵? どうしてそう惚れっぽいの」
 髪を清涼な水ですすいだマライアがため息と共に言った。寒さに強く、水浴びのついでに呑気に川で泳いでいたシェリルの動きが止まる。
「……傭兵って、ウォルターのこと? 惚れてないよ」
「そ~お? 随分仲がいいみたいじゃない」
「そんなことないって」
 同じ馬車に乗っている、あの無口な仲間が喋ったのだろうか。道中は全く助けてくれないくせに、余計なことばかり話すとは許しがたい。
 だがマライアは珍しく薄笑いなど浮かべてこう言った。
「あらー? だってこの前、あの村で一緒に見張りをしていた時も、仲良さそうだったじゃない。あなた、普段はよそよそしいのに、一旦親しくなって油断すると隙だらけになるから、気をつけなきゃだめよ。あんなにくっついてたら、何されるか……」
「見てたの!?」
 シェリルが振り返ると、マライアは一瞬口を噤んだ後、取り繕うように笑った。
「え、見てたわけじゃないわよ」
「……でもあの時、起きてたのね」
「あ、それは……私もスタンにつっつかれて起こされて……」
「何? スタンも起きてたの?」
 額を押えたくなった。
 そうだ。あの時、道理で皆の反応が早いと思った。全員目を覚ましていて、こっそりシェリルとウォルターの動きを伺っていたのだ。スタンリーの鼾も、いつもより大きすぎると思ったが、あれも演技だったのだ。なんてありがたい仲間たちだろう。
「あのね、シェリル、違うのよ。皆、あなたを心配しているのよ。あなた、本当に頭はいいのに、変な男に引っかからないか、それだけが心配で……」
「……面白がってるんでしょ」
「違うったら。……あ、私、そろそろ上がろうかな。冷えてきたしねー」
 とぼけた調子で言い残し、マライアは素早く服を着てその場を去った。
 何が心配だか。半分は道中の退屈凌ぎで面白がっているに違いない。
 そう思うが、それでもシェリルの口元には微笑みに近い苦笑いが浮かんだ。
 仲間たちとも長い付き合いになる。初めの頃はお互いに距離を置いていたが、随分と打ち解けてきた。今やシェリルにとって、かけがえのない存在だ。リーダーのスタンリーを始め、皆基本的には真面目で善良な、信頼できる人間たちだ。
 実のところその善良なスタンリーは、当のシェリルと生真面目なマライアに内緒で、シェリルの今回の恋がうまくいくかどうか、他の三人の男仲間たちと賭けをしていたりするのだが、シェリルがそれを知らなかったのは誰に取っても幸いであった。
 いい気分で少し泳いで体をほぐし、髪をすすいでいると、水辺に裸足の足が見えた。
 視線を上げると、遅れていたジャクリーンがいつの間にかそこにいた。
 目が合うと、彼女は軽く微笑んだ。馬車に乗っている間は無愛想で、時折挑発的な言葉を投げつけてくる女戦士は、微笑むと優しい顔つきになり、不思議と親しみやすい印象を残した。
 シェリルが思わず微笑み返すと、彼女は持っていた長靴と靴下をその場に置き、着ていた服を脱ぎ始める。あまり知らない人間なので照れくさく、シェリルは目をそらしつつ、好奇心にかられてつい彼女の方を盗み見た。
 剣と短剣が下がったベルトを外し、旅装用のズボンと上着を脱ぐ。下着姿になった彼女は、躊躇なくそれらも脱ぎ捨てた。
 服の上からも想像できる、筋肉質の引き締まった体つきだった。少年のようでもあったが、鍛えられた胸には僅かに膨らみがあり、腹筋が浮いた腹の下には、黒い茂みを蓄えた滑らかな恥丘が見えた。贅肉が少なく、野生の狐や山猫を思わせる見事な肢体だ。
 目をそらしながら、純粋に羨ましいとシェリルは思った。彼女はよくからかわれる自分の豊満な肉体があまり好きではなかった。娼婦として食べていくなら有利かもしれないが、この稼業なら、ジャクリーンのようなしなやかな体つきの方がよほど向いている。
 ジャクリーンはそのままシェリルのすぐ側で水に浸かった。
「ちょっと聞こえたんだけど」
 何か話そうかと考えていると、ジャクリーンの方から口を開いた。掠れたような低い声は独特の響きを持っている。
 シェリルが振り向くと、彼女はいつも馬車の中で浮かべるような、意地の悪い笑みを浮かべていた。
「あんた、ウォルターに気があるんだって?」
 先ほどまでのマライアとの会話を側で聞いていたのだ。舌打ちをしたくなった。
「そんなんじゃないよ。あれは彼女がそう思っているだけ」
 つっけんどんに答えると、ジャクリーンは再び低く笑う。
「ま、やめておいた方がいいよ。見りゃ分かると思うけど、ろくなもんじゃないから、あの男」
 何故かその言葉が胸の奥を突いて、苦いものを湧き出させた。再度彼女の言葉を否定するのはやめて、話の矛先を緩やかに変えた。
「……ウォルターとは付き合いは長いの?」
 ジャクリーンは眉をあげると、首を振った。
「ううん。私もこの仕事で初めて会ったんだよ」
「じゃあ、ろくでなしかどうかなんて分からないじゃない」
 できるだけ感情を表さないように、無理に苦笑いを作りながら言うと、彼女はまたからかうように答える。
「あいつの言動見てれば分かるでしょ。……あんたみたいなお嬢さんは、あの手の男の押せ押せ攻撃には弱いからね~」
 『お嬢さん』という呼びかけにむっとした。 
 最前線で戦ってきたであろうジャクリーンと比べれば、仲間たちに守られている自分は確かに苦労知らずかもしれないが、それなりに辛酸は舐めている。お嬢さん呼ばわりされる筋合いはない。
 しかしシェリルの心中など推し量ることもなく、ずけずけと彼女は続けた。
「あんた、恋人はいないの?」
「いない」
 答えたくもなかったが、無視しているのも子供っぽいと思い、首を振る。
「じゃ、男と寝たことはある?」
「あるけど……」
「へえ、あるんだ。何人くらい?」
「どうだっていいじゃない」
 不愉快が徐々にうっすらとした怒りに変わり、語尾が尖った。
 十七歳のシェリルが男性と関係したのは一度だけだが、その時のことはもう思い出したくなかったし、マライアにも話していない。ジャクリーンに説明する必要などない。
 小川の緩やかな流れに逆らって、波が寄った。ジャクリーンが近づいて、シェリルの腕を取る。
「じゃあさ、女と寝たことは?」
 彼女は薄い唇を吊り上げて笑っていた。それはいつもの親しみやすい微笑みと違った、蠱惑的な笑みだった。一見すると男にしか見えないジャクリーンだが、意外と顔立ちは整っていて、美人と呼んでも差し支えない。
「無いよ」何故かシェリルはうろたえた。「女に興味無いもん」
「食わず嫌いなんて勿体無い」
 ジャクリーンはさらに体を近づけた。シェリルの豊かな胸が彼女の同じ部分に僅かに触れる。
 やにわにジャクリーンはシェリルの乳房を握り、柔らかく揉んだ。
「何するの!」
 仰天したシェリルは、彼女から離れようとしたが、さらに腕を掴んで引き寄せられた。背中に腕を回されて、上半身を抱き寄せられたと思うと、ジャクリーンの顔が近づく。顔をそむける間も無く、彼女の濡れた唇がシェリルの唇を覆った。
 ジャクリーンはまるでシェリルの唇を貪るように、激しく唇を動かす。あまりに予想を越えた出来事に、シェリルの頭は呆然としてしまった。
 女と女。
 シェリルはそこに恋愛感情や快楽を覚えたことはない。
 しかし、押し付けられた唇と体に、生理的嫌悪は感じなかった。むしろ姉妹に抱擁されているような、奇妙な安心感すら覚える。
 捩れるように押し広げられた唇の間から熱い舌が滑り込んできて、シェリルはようやく我に返った。
「ちょっと待って。待って!」
 渾身の力を込めて彼女の肩を押し、顔を離す。
 ジャクリーンはまるで子供や動物の反応を伺うような好奇心を宿して、穏やかにシェリルを見つめていた。その視線に縫いとめられたように、動けなくなる。
 ジャクリーンが再び顔を寄せた。
「どうしたの?」
 その時、木立ちの向こうからマライアが姿を現した。先ほどのシェリルの声を聞きつけたらしい。
 ジャクリーンの体は不自然でない動きで、シェリルから離れる。
「ちょっと、込み入った話をしてたんだ」
 マライアにそう答えたジャクリーンは、再びシェリルの方を振り向いた。
「じゃあね、シェリル。気が向いたら、いつでもおいで。ウォルターなんかと寝るより、ずっといいよ」
 謎めいた微笑みを残し、彼女は小川から上がった。事態を呑み込めずにいるマライアの側で悠々と服を着込み、靴を履いた。彼女がその場を立ち去るまで、シェリルは目も合わせずに、硬直したまま小川に浸かっていた。
 ジャクリーンが去ったのを確認し、マライアは膝をついてシェリルの顔を覗き込んだ。
「気をつけてよ。傭兵の次は今度は女?」
 答える気力も無かった。


 以降の馬車の旅は奇妙な心持ちで過ごすことになった。
 マライアやスタンリーに頼み込んで、馬車を変ってもらうことも考えたが、それだとまるでウォルターやジャクリーンに怯えているように見えるかもしれない。妙なところで負けず嫌いのシェリルはそれを嫌って、結局彼らと同じ馬車に同乗していた。
 道中、相変わらず彼らはシェリルをからかうようなことを言っては、彼女を渋面にさせていたが、それでも旅を始めたばかりの頃のように、腹の底が熱くなるような怒りを覚えることはほとんど無くなった。隣でずっと目を閉じていた無口な仲間も、時々目を開けて、彼らと一緒になって笑うようになった。
 ウォルターやジャクリーンにされたことは、決して愉快ではないのに、こうも警戒心が解けてしまうのが、不思議でならない。
 それは彼ら二人が、シェリルに挑発的な言動をしてくるものの、特に嫌ったり憎んだりしている訳ではないと知ったからだ。そして彼らに多少よこしまな目で見られているとしても許せる程、シェリルもまた彼らに多少の好意を抱いていたからなのだが、まだ若い彼女は自分の心の底の動きに気づいていなかった。
 国境を越え、伯爵領に差し掛かる頃には、笑顔を見せるようになった四人は、互いの罪の無い思い出話などを語り合うほどに、打ち解けるようになった。
 しかし野宿の際は、マライアの隣で眠るようにし、二人──特にジャクリーンに近づかないようには気をつけることにしていた。
 廃村での戦い以降、盗賊の襲撃なども無い。春先のどんよりした曇り空の下、時折雨がぱらつくこともあったが、旅はまず順調と言えた。
 伯爵領に入ってすぐの、国境を守る騎士の館に逗留した後には、またしばらく荒地の旅が続く。

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~ Comment ~

密度が増しましたね。 

描かれている人物同士の絡みとか、人となりのようなものが明確にくっきりしてきましたね。
世界が一層深くなってきました。
また、寄らせていただきます(^^)

Re: fateさん 

お返事が大変遅くなりまして申し訳ございません!

諸々の事情により、更新はおろかログインもできない状態が続いておりました…。
コメントをいただき、ありがとうございました。

シェリルの仲間たちも徐々に特徴を明らかにしていっています。
この手法で良かったのか、今はちょっと考えているところなのですが…^^;

人物を含めた世界を、奥行きをもって書いていきたいと思っていましたので、お言葉がとてもうれしいです。
今もって成功しているとは言い難いのですが…精進します。

引き続き、更新ができない状態が続きますが、このお話の続きをちまちま読んでいただけたらさらに嬉しいです。

本当にありがとうございました。
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