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王都の冒険者たち」
第三話 女の聖地

第三話: 女の聖地 19

2010.06.06  *Edit 

 領主の部屋には誰もいなかった。
「これで城館の中は隅々まで探したと思うんですけどね」
 魔術の光を淡く灯らせた指輪をかざし、セルヴィスはもう一度寝室をざっと照らした。寝台と衣装棚、暖炉、物入れ。浮かび上がる丁度や家具は少なめだ。どこにもエミリーや領主の姿は無かった。
「ルークは?」
 ミクエルが言った通り、この場にルークの姿も無い。
 プリシラを助け出したシーマスたちは、その後二階をくまなく探した。客室が並ぶ二階では、絡んでいる男女が二組ほどいたが、いずれも領主やエミリーではない。放っておいた。
 その後最上階に上がり、シャムリーナを救出したセルヴィスと合流した。
 シャムリーナが捕えられていた部屋は、領主付の侍女の小部屋らしい。隣にもう一つ、召使い用の部屋があったが、そこには誰もいなかった。残る廊下の最奥にある続き部屋は、領主の私室と思われたが、やはり人の気配は無かった。
「ルークは私より先にここに来ているはずなんですけど……」
 首を傾げるセルヴィスの話によれば、彼がシャムリーナを助けようとしている間、ルークは廊下の奥に向かったらしい。いくら彼が明かりを持っていなかったとはいえ、よほどの阿呆でなければこの部屋の存在には気づくだろう。ということはルークはここに来ているはずだ。
「誰もいないから、さっさと別の建物を探しに行ったんじゃないの?」
 気の短いプリシラは、探索し尽くした城館を出て、別棟や風呂場などを探そうと言った。
「そうとしか考えられませんねえ。ただ、別の建物へ行くなら、私に一声かけていくと思うんですけど……」
 やや釈然としない様子ながら、セルヴィスは息を吐いて、この部屋の調査を諦めたらしかった。
「焦ってたのよ、きっと。エミリーが心配だったんでしょ。ほら、さっさとあたしたちも動こう」
 そう答えるプリシラ自身も焦っているようだ。セルヴィスの肩を押しながら彼女は続けた。
「早く助け出さないと、エミリーがあのヘンタイ領主にやられちゃうよ。あんなのが初めての男じゃ、残りの人生真っ暗よ」
「そんな大げさな……」
「何が大げさなのよ。あんたみたいな中年男と違って、エミリーはまだ多感な時期なのよ」
「時間がない。手分けしよう」
 セルヴィスを押して部屋から出ようとしているプリシラの背中に向かい、シーマスは声をかけた。
「オレはもう少し部屋を探してみる。ルークがセルヴィスに黙って出て行ったとも思えないし、どこかに隠し部屋でもあるかもしれない」
 振り向いたセルヴィスは一瞬、考え込むような表情を見せたが、すぐに頷いた。
「それがいいでしょうね。危険ですが、時間がありませんし。ほかに厩と風呂場、牢など、探すところがいくらでもありますから、分かれましょう。夜明け前には村を出なければなりませんから、頃合いを見て、離れにもう一度集まりましょう」
 反対する者もなく、シーマス以外の人間は、彼に軽く手を振るとすぐに部屋を出て行った。

 シーマスもすぐに作業にとりかかる。
 城主の居室には、隠し部屋や隠し通路があることが少なくない。古い戦乱時代の建物なら、さらに可能性は高いだろう。
 明かりがあると、万一外から他人が入ってきた時にシーマスの存在が分かってしまうが、鎧戸の隙間からの光だけでは、夜目に慣れた彼でも物が見分けづらい。
 仕方なくシーマスは火掻き棒を手に窓に近寄ると、高い位置にある鎧戸の取っ手に棒の先を引っ掛けて、内側へと開いた。
 思いがけず、眩しいほどの光が降り注ぐ。月明かりだった。上弦の月が穿たれた窓の向こうに見える。青白い光が斜めに差し込み、古びた暖炉を照らし出していた。
 シーマスは棒を元の位置に戻し、家具の隙間から検め始めた。
 外壁に面した壁には何もないだろうが、床、居室と反対側の壁、天井など、確認する場所は多い。
 黒々とした木材の衣装棚は、寝台と同じく樫でできているらしい。扉の無い棚には、領主のものらしい衣服が丁寧に畳んで納めてあった。
 その横にシーマスの腰くらいまでの高さがある物入れが置いてある。家具の後ろに隠し通路や隠し部屋への入り口があるのは常套だ。
 彼は物入れをどけようと手をかけた。かなり重い。
 蓋を開けてみると、中には布やベルト、短剣などの装身具と長靴が詰め込んである。腕力がないシーマスには、この巨大な物入れを壁からどけるのは大儀だ。
 その時、ふと彼は考えた。
 ルークが隠し部屋を見つけて、そのまま入っていったのだとしたら、入り口が塞がっているはずはない。彼が入った後、別の人間がここに来て、後から隠し部屋への入り口を塞いだのでない限り、そのままになっているはずだ。
 屈んでいたシーマスは物入れから手を離し、立ち上がった。蓋を閉める前に、中に入っていた上等の短剣を一本失敬するのも忘れなかった。エミリーたちを探しに来るために、手間だけでなく金もかけているのだ。あまり大量に調度などを盗むと、領主から追っ手をかけられるかもしれないが、少しくらい費用を回収したいところである。
 彼は再び部屋を見回した。素人のルークでも見つけられた場所。隠し部屋があるとすれば、そこだ。シーマスのように専門の技術も知識も無いルークが、複雑な仕掛けや巧妙な隠蔽を見抜いたとは考えにくい。
 ぐるりと部屋を見渡すシーマスの視線は、月明かりに導かれるように一点で止まった。鎧戸から差し込む光は、まっすぐに暖炉を照らしている。
 セルヴィスの魔法の明かりが灯っていた時には、これほど目立たなかったのだ。
 彼は膝をついて暖炉の前に屈み、中を覗き込んだ。灰と炭の欠片が暖炉の前の石を敷いた床に散らばっている。この季節に暖炉を使うはずもないので、掃除が行き届いていないのでなければ、おかしな話だ。不審は確信に変わった。
 シーマスは再び火掻き棒を拾い上げ、暖炉の底を軽く叩いた。灰と煤が舞う。吸い込まないように袖で鼻と口を覆いながら、彼は次に暖炉の壁を突いた。
 手応えの違う部分があった。棒で壁を突いた時の感触が軽い。
 シーマスは棒を床に置き、今度は手を伸ばして直接壁に触れた。月明かりに大分慣れたシーマスの目は、壁に煤がほとんど付着していないことに気づいた。
 やはり暖炉としては使われていないのだ。居室と寝室、両方に暖炉が設えてあるなど、贅沢な造りだと思ったが、寝室の暖炉は別の用途があるに違いない。彼は暖炉の内側に入り込み、両手で壁に触れた。膝や脛が灰に埋まり、服や靴が汚れたが、今は構ってはいられない。
 壁に慎重に触れていたシーマスの手が、手触りの異なる部分を探り出した。積み上げた石と石の隙間が、縦に直線になっている箇所があった。力を込めて押してみるが、動かない。彼はそのまま指先を下へと滑らせ、手がかりを探った。
 壁と暖炉の底部に、紐のような物がある。シーマスは思い切ってそれを引いた。蝶番が軋む音がして、暖炉の壁の一部が前に傾く。やはり隠し通路があったのだ。
 引いていた紐をシーマスが離すと、音を立てて扉は閉じた。ばね仕掛けになっていて、扉から手を離すと勝手に閉まるらしい。
 恐らくルークはここから中に入っていったのだ。その後扉は自動的に閉じてしまったに違いない。
(こんなとこから中に入るんなら、なんか合図でも残しておきゃいいのに……)
 気の回らないルークに溜め息をつきたかったが、彼も焦っていたのだろう。
 他の連中は既に別の場所に散ってしまった。今から呼び戻すには時間がかかる。
 仕方がない。
 彼は一旦立ち上がり、物入れから拍車のついた重い長靴を取り出した。暖炉の奥の隠し扉が閉じないように、楔代わりに長靴で押さえておくと、シーマスは四つん這いになって暖炉の奥へと踏み入った。狭い通路だが、小柄なシーマスの体がつかえるほどではない。大柄なルークでも通り抜けることはできただろう。
 四つん這いという非常に無防備な状態で、明かりも無い狭い通路を進むのは、こういったことに慣れたシーマスでも不安を煽られる。開け放してきた通路の入り口から、室内に差し込んでいる薄明かりの破片が申し訳程度に入り込んでくるが、やがてそれも途絶えると無明の闇だ。手探りで進むしかない。
 しかし通路はほどなく行きどまった。手を伸ばして辺りを探った彼は、右手に空間が開けているのに気づいた。
 壁伝いに手を這わせると、ざらついた壁に取り付けられた金属の棒が掴めた。
(梯子だ……)
 咄嗟に閃いた考えは、金属製の棒を触って確かめたところ、間違いないようだ。ルークもここを下りていったに違いない。
 梯子の下を覗き込んでみれば、うっすらと明るい。思ったより長い梯子だが、底部ではどこからか明かりが灯っているらしい。
 梯子が据えつけられているあたりは、天井がくり抜かれてやや高くなっていた。シーマスはさほど不自由なく身を起こして体勢を整え、下の様子を伺いながら慎重に梯子を下った。

 徐々に手元が明るくなる。シーマスは梯子を下る速度を上げ、身軽に底部に降り立った。
 床はむき出しの湿った土だ。両脇は板で塞がれた壁となっている。大人一人通るだけの横幅しかない。坑道を思わせる狭い通路であったが、暖炉の入り口に比べれば、立って歩けるだけ遥かにましだ。
 明かりは通路の向こう側から漏れていた。通路はそれほどの長さはなく、奥は壁か扉になっているらしい。
 シーマスは短剣を抜き、足音を殺して慎重に歩き出した。
 壁へと近づくに従って、彼の耳は微かな物音を捉えた。人の話し声、それから何かがぶつかるような音がする。
 もし本当にルークがこの奥に先行しているなら、村の人間か領主と争いになっている可能性もある。
 シーマスは心もち足を速め、行き止まりの壁に手をついた。固い感触が跳ね返ってくる。触った限りではただの壁のようだが、どこかに外への出口があるはずだ。
 少しの間壁を探っていた彼は、やがて下部に蝶番を発見した。やはり壁の一部が扉になっているのだ。
 暖炉の入り口のように、床に這わなければならないような小さな扉を押して、シーマスはやっと通路の外へと出た。
 そこはだだっぴろい空間だった。高い天井は闇へと吸い込まれて見えない。
 円形の部屋には規則的に壁龕が並んでいた。その一部からうっすらと明かりが漏れている。
 周囲の気配を探りながら、短剣を手にしたままシーマスは慎重にそこへ近づいた。光は床に近い部分から細く伸びていたが、近づくにつれ、扉などではなく、壁龕に濃い色の布が掛けられているのが分かる。
 布越しに、激しく言い争うような声がややくぐもって聞こえた。布が分厚くできているのだろう。その向こうは壁龕の一部がくり抜かれ、別の部屋に繋がっているようだ。
 シーマスは足を速めた。広い空間に響き渡る声に聞き覚えがあったからだ。床を踏み鳴らす、争うような物音も聞こえる。
 壁龕の前に辿り着くと、彼は布をそっとどけて中の様子を伺った。
 内部は明るかった。右手に蝋燭の炎が灯っている。その側で半身を起こして座り込んでいる少女はエミリーだ。
 そして彼女の視線の先には、床に倒れた男とそれを引き起こそうとしている男がいた。
 シーマスはぎょっと目を見張った。引き起こした男を殴りつけたのは、他ならぬルークだったからだ。殴られた方の男は歯でも折れたか、鼻血を出しているのか、顔を血に濡らしている。

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RE:拍手お返事 >Kさん 

拍手、ありがとうございます!

またもや朝から読んでいただいたのに、盛り上がりのないウラ話的な回ですみません^^;

エミリーさんはまだガーターベルトいっちょうです(笑) パンツなし。
ううう、この格好スキなので、折に触れてあちこちのお話に顔を出しそうです><//

エミリー、変態領主とシーマスと、どっちが相手の方が良かったんでしょうね~。
流されやすい人なので、領主にやられちゃったらやられちゃったで、意外とのんびり巫女頭に納まってそうですが(笑)
彼女は本当にドMなので、主導権取りたいシーマスとは、Hの時は相性はいいんでしょうねー。
でも普段のシーマスは、人を引っ張っていくのがメンドくさい人なので(多分本質的にはM…)、エミリーにはイライラするようです。

エミリーさんはお嬢様育ちなので、ルークみたいなデカイ男が大声上げているだけで、身が竦んじゃうんじゃないでしょーか。
この商売続けていくなら、先が思いやられますねえ。(他人事?)
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