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山間の城の物語」
第一章 山間の城

5.醒める (2)

2010.07.21  *Edit 

 時刻は既に正午を回り、士官たちも召使いたちも、食事は済ませてしまったらしい。
 執事は既にレジーナとグレンの為に、昨日二人が会談をもった、応接間兼私用の食堂に昼食を用意してくれていた。しかし揃って寝室に引っ込み、翌朝やはり揃って盛大に寝坊して起きてきたのはあまりに露骨で、レジーナは顔から火が出そうだった。
 無論、召使いたちは、彼女が好き好んでそうした訳ではないことは承知しているだろう。年かさの女中には、侵略者に身を任せざるをえなかった女主人を思い、涙ぐんでいるものもいた。確かに不本意ではあったものの、肌を合わせて快楽を貪ってしまったことで、彼らを裏切っているような気もした。
 

「立場をはっきりさせておきたいんだけど」
 食事の用意を整えた給仕が退出するなり、レジーナは口を開いた。
 用意された葡萄酒を一口煽り、グレンは軽く眉を寄せた。
「立場って、何の? 俺の愛人になりたいとかいう話?」
「寝言は寝ながら言ってよ。……あんた、奥さんいるの?」
「いや、いない」グレンは首を振る。「今は面倒なだけだからな」
「じゃあ、愛人じゃないじゃない」
「そうだな。じゃ、旦那と別れて俺と結婚する?」
「別れないわよ! ていうか、万一のことがあってもあんたなんかと結婚するぐらいなら、ゲジゲジと結婚した方がましよ」
「……ぜってーだな、オマエ。もし旦那が死んだら俺が求婚してやるから、そしたら断ってゲジゲジと結婚しろよ」
 どう切り返そうか考えながら、レジーナはふと我に返った。話が完全に逸れている。
 一度大きく息をついて、レジーナも葡萄酒を含んだ。昨日の宴会で振舞われたような超一級品ではないが、見かけによらず甘党の彼女が好んで飲む、香り高く甘い酒だ。
「立場っていうのは、あんたがこの城でどういう位置にいたいかってことよ」
 少し気持ちを落ち着かせ、頭を整理しながら彼女は話し始めた。今度はグレンもおとなしく聞いている。
「昨日は停戦なんて聞こえのいいこと言ってたけど、事実上の占領ってことは、私もこの城の人間も分かってる。で、対外的にも内政的にもどうなの? あんたが領主代行として前に出たり、決定権を振るったりするの?」
 パンにかぶりついていたグレンは口を動かしながら、首を振った。
「昨日も言ったろ。俺たちはここに間道掘る為に駐留しにきただけだ」
「そんなうわべの話じゃなくて、本当のことを聞きたいんだけど」
 グレンの顔に皮肉な笑みが浮かぶ。彼は食事の手を止め、身を乗り出した。
「しつこいね、お前も。……基本的には俺が表舞台に立つ気もないし、実権を握る気もない。安心しな。ただ、入ってきた情報は、せっかくだから逐一教えてもらおうか。あんたの旦那の生死も含めてね」
 グレンの言葉に、レジーナの体が僅かに揺れた。留守を預かりながら、毎日夫の身を心配していたというのに、今日は全く彼のことを思い出さなかったからだ。
 レジーナの様子に構わず、グレンは続けた。
「外から届く手紙は一度こちらで確認させてもらう。出入りする行商人もだ。だが、俺や士官どもが口出しする気は無い」
「つまり、今まで通りに私がやることはそのまま続けていいのね?」
「好きにしろ。領民にも俺たちに占領されたなんて伝える必要はない」
「召使いたちにも今まで通り、私が管理するんでいいのね」
「そうだ。ただ、士官どもの部屋とか、雑魚どもが入る兵舎の手入れとか、細かいところを打ち合わせたいな。召使いたちのまとめ役くらい紹介しろ」
 レジーナは頷きながら、グレンとそして大公の心中をはかりかねていた。妙に丁重に扱われている気がする。それともこれが公国軍のやり方なのか。あるいは、夫に届いた勅書がこの厚遇の一端を担っているのか……。
 冷静になって考えてみれば、勅書が何らかの意味を持つ可能性は極めて低い気がした。例えば仮に、昨夜グレンが示唆した通りに、王位継承に関する指示があったとしても、夫がそれをレジーナに黙っているはずがない。結婚する前の秘密を除き、以後は隠し事はしないと決めたのだ。レジーナは自分の心に、夫は神にそれを誓った。
 それでも自分の身に関わるかもしれないものが、他人の手に黙って渡るのは避けたかった。レジーナは何とか隙をついて一人で寝室に戻り、勅書を取り戻したいと考えていた。


 しかし機会は簡単には訪れなかった。
 昼食後に、侍女頭と執事、厨房長などを呼びつけ、またグレンの方も雑用を引き受ける副官と士官たちのまとめ役──あのニコラスという男だった──を呼び、互いに紹介して、士官たちの部屋や食事、兵舎の改造などについて話し合った。
 食糧については、公都からもある程度補給があるという話を聞き、レジーナの一番の不安は解消された。決して豊かとは言えないこの土地で、二千の軍隊の糧食を賄うのは無理があったからだ。逆にこちらの葡萄酒を大公に定期的に買い上げてもらえることになりそうだった。販路ができれば、多少この山間の小さな領地も潤う。
 だがそうなれば、王家に忠誠を誓う副伯領は、大公にも恩があることになる。征服というのは、常に暴力と恐怖によってやってくるものではない。穏やかに根付いてしまうものもあるのかもしれない。丁重で礼儀正しいグレンたちに、顔を綻ばせている執事たちの顔を見て、レジーナはそう思った。


「意外に広いんだな」 
 具体的でさらに細かな打ち合わせは、執事とグレンの副官同士に任せ、グレンはレジーナを城内の案内に引っ張り出した。彼女は何とかこの暇そうな男の気を引くものがないか、慣れ親しんだ城内を探した。その間に寝室に戻って、勅書を取り出したい。
「元々は古代帝国時代までさかのぼるからね。増築に増築を重ねて複雑な作りになってるのよ」
「へえ。由緒正しい城なわけか。大公家より古いんじゃないか?」
「多分ね。昔の蒸し風呂もあるよ。……沸かしてあげるから、あんた入ってくれば?」
「マジ!? いいねえ、蒸し風呂。入ったことねーよ」
 誘導が成功して、内心レジーナはほっと息をついた。グレンが風呂に入っている間に勅書と着替えを客室に運べる。
 手近な召使いを捕まえて、風呂の支度をするように告げた後、グレンは思い出したように言った。
「あ、そうだ。書き物できる部屋はあるか? 書斎みたいな」
「主人の書斎があるけど。……こっち」
 レジーナは気が進まないながらも断るわけにいかず、書斎のある半地下に歩き出した。山中の城は、平らな廊下が少なく、どこへ移動するにしても常に階段を上り下りする。
 書斎の扉を開けると、紙と皮の、本独特の匂いが溢れた。窓が無いので、ランプに火を灯す。浮かび上がった部屋には、大きな書き物机と椅子があるほかは、天井から床下まで本で埋まっている。
 さすがにグレンもあんぐり口を開けた。
「これ、旦那の書庫か? すげーな。かなりの読書家だな」
 なんとなく誇らしい気持ちでレジーナは頷いた。
 夫は領主として武術にも長けていたが、同じくらい書物を手に取ることも好きだった。夕食の後、よくここで一人読み物をしている夫を訪ね、彼女も別の本を手に取りながら、穏やかに読み物に耽る夫の傍らにいること自体が、安らぎの時間だった。
 夫が読み物をしていた机にも乱雑に本が積み重なっている。書き物をするというグレンの為にそれを本棚に戻しながら、レジーナは聞いた。
「書き物って、何するの? そもそもあんた字なんか書けたっけ?」
「……なめてんのか、テメ。字も書けねーでどうやって司令官までのし上がるんだよ」
「じゃあ、勉強したんだ」
「当たり前だろ。──報告書を書くんだよ」
「結構マメね。自分で書くんだ」
「細かいのは部下に書かせるとしても、任務遂行についての一筆は俺から添えておかないとな。被害無しで無事入城し、奥さんをイカせたと。……蹴るな!」
 本を抱えていて両手が塞がったレジーナの蹴りは寸手のところでよけられてしまった。グレンは机に腰掛け、ペンや紙を探している。今の意趣返しのつもりで、レジーナは紙がある場所を敢えて教えずにいた。 
 机の引き出しを探るグレンを見ていて、全く唐突に、この机の上で彼と睦み合ったらどうだろうという考えが浮かんだ。次の瞬間、慌ててそれを振り払う。夫と二人で過ごした部屋で、あんなにも安らいで過ごした部屋で、あまりな想像だ。
「おい、紙ねーの? 紙」
「待ってて。探してくる」
 羊皮紙は本棚の一角にしまってあったが、このまま窓の無い、息が詰まるような小さな部屋に二人でいたくなかった。レジーナは飛び出すように部屋を出た。

 そのまま階段を上り、寝室に向かう。やっと好機が巡ってきた。
 寝室前にはグレンの部下が二人控えていたが、笑顔で彼女がショールを取りに来たと告げると、丁重に中に通してくれた。
 すかさず物入れに歩み寄って開ける。
 中には装飾品やショール、下着や靴下などこまごましたものが入れてある。お世辞にも整理上手とは言えないレジーナは、ぽいぽい物を放り込むので、中は混沌としていた。詰め込んだものを掻き分け、夫によって封を施された小さな紙束を探す。
 無い。
 いくら下着や靴下の山を掻き分けても見つからない。まさか、熟睡している間に、既にグレンが家捜ししてしまったのではないか。
 重大な秘密を持っている可能性が低いと考えているものでも、万一グレンの手に渡ったかと思うと、不安が膨れ上がる。レジーナはあせり始めた。結局中のものを掻き出して、床にぶちまける。
 ストッキングを取り出した時、ごわごわと異なる感触があった。そうだ。念の為ストッキングの中に丸めて入れ込んだのだ。慌てて靴下の中に手を入れると、羊皮紙の固い手触りに当たった。引き出すと、丸めて蝋封された、目当ての紙束だった。夫が出発する前夜に託していったもの。
 今、開くか。
 一瞬迷ったが、やはり客室にまず安全に運び出そうと考えた。ついでに引っ張り出した着替えも物入れごと運んでしまおう。彼女は床に散らかしたものを再び物入れに放り込んだ。

 後ろから伸びてきた手が、レジーナが放り込んだ紙束を物入れの中から取り上げた。悪寒が走った。
「探し物はあったか?」
 考える前に振り向いた先には、やはりグレンの姿があった。
 言葉も出ない。 
 いくらでもごまかし方はあるはずなのに、動揺のあまりレジーナは沈黙した。そしてそれが男に羊皮紙の正体を確信させた。
 グレンは軽く手の中の蝋封された紙に目を落とすと、無感動にレジーナを見た。
「ここの副伯の紋章か。──勅書の写しだな?」
「…………」
「昨夜、そこに縛り付けた時に、これが歓待に対する礼か、とお前吠えてたよな。全く同じことを聞きたいね。俺はこれでも随分気を使って接しているつもりなんだがな。厚遇に対する礼がこれか」
 詫びるべきだろうか。逡巡したが、言葉が出てこない。
 まさか疑われて後をつけられていると思わなかった。物入れを探っている時間があれば、とっとと物入れごと持ち出してしまえばよかった。あるいは昨日の内に素直に話しておけばよかった。読みの甘さと後悔に苛まれ、レジーナはただ顔を覆って嘆きたかった。何も考えられない。
「まあ、いい。借りができたと思え。──とりあえずここから消えろ」
 男の声が重い。ついに怒らせてしまったようだ。
 レジーナは黙って部屋を出るしかなかった。体が震えないように、背筋を伸ばすのが精一杯だった。

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