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山間の城の物語」
第一章 山間の城

7.恐慌 (1)

2010.08.01  *Edit 

orlean tower rvsd

7.恐慌

 張り詰めて痙攣していた体が、ゆっくりと弛緩していく。歓びに満ちて高ぶっていた体が、徐々に重く冷えていき、煩わしく感じられた。
 いつまでもしがみついて余韻を味わってはいられない。欲望や体液とは違うものまで交わってしまいそうな気がして、さらに快楽の残滓に未練を残す体をもぎ取るように、グレンの体に絡みつかせた脚をほどき、腰を浮かせて男から離れようとする。
 床に足をついた途端、膝が崩れてレジーナは情けなく尻餅をついた。立ち上がろうとしても、足に力が入らず、ふらふらとめまいまでする。
 服の前を閉じながら、椅子に座ったまま、グレンは嘲笑を浮かべて、床でもがく彼女を見下ろしていた。
 悔しい。グレンの方は交わり合いの余熱など全く残していないように、動作も表情も冷めている。自分だけ過ぎ去った欲望に取りすがっているようではないか。
 レジーナは体を隠しながら、何とかテーブルに手を突いて立ち上がろうとする。
 その姿を見ながら、グレンはやはり面白い女だと思った。
 彼は情事の後に、冷めやらぬ体を押し付け、まとわりついて甘えてくるような女はあまり好きではなかった。残念ながら、そういう女の方が多いような気がする。
 抱いている最中は、自分の方が心遣いをしているつもりなのだ。一度満足したなら、後は放っておいて欲しかった。  
 その点については、レジーナは全く面倒が無い。
 昨日この小食堂で触れてやった時も、会食に移った後は皮肉を飛ばした挙句に、テーブルの下で人の手を蹴り上げてくれた。庭で抱いた後もけろりとしていたし、ゆうべの寝室では随分時間と手間をかけたつもりだが、ことが終わればとっとと別室に逃げ出そうとしていた。切り替えが早いのだろうが、あまりにあっさりし過ぎていると、不思議なもので逆にこちらが構いたくなる。
 今もレジーナは、数瞬前に嬌声をあげて自分に縋りついていた姿が嘘のように、硬い表情でさっさと脱ぎ捨てた服を拾いにいっている。引き結んだ口元は、痴態を晒した彼女自身を恥じているのか、そうさせているグレンを憎んでいるのかは図りかねた。
 足元もおぼつかないほど、交わり合いに夢中になったのだ。素直に情交の余韻に浸りながら、澱んだ瞳で自分を見つめるくらいの可愛げがあればいいものを。それなら生暖かい軽蔑と共に、もう少し優しく接してやってもいいが。
 グレンは立ち上がり、服を拾い上げるレジーナに背後から近づくと腕を取った。

「……なに?」
 後ろから腕を掴まれたレジーナの体が軽く傾いだ。眉を寄せて振り返る。
「メシは終わったけど、まだ話は終わってない。部屋に戻るぞ」
 とにかく自分を抱いて満足はしたのか、グレンの表情は柔らかかった。微笑んでいるようにも見える。
 部屋というのは、当然寝室のことだろう。ため息が漏れた。昨日から何度体を重ねたのだろう。まだそんな元気があるのか……。
「もう話なんか無いでしょ」
 言っても無駄だろうと思いながら、レジーナは軽く彼の腕を払って服を拾おうとしたが、また腕を掴まれた。
 グレンは無言で彼女を見ている。
 目の端に薄笑いを湛えた表情から、レジーナは彼の心中を読み取ろうと目を凝らした。
 次の瞬間、体を翻され、後ろから胴体に男の腕が巻きつく。持ち上げられて、軽く体が浮いた。
「ちょっと、何なのよ」
 腕を振り払って床に下りようとするが、グレンはまるで荷物を運ぶように、片腕で彼女を抱えたままその場から離れる。もがいた足が時折床に触れたが、彼を留まらせるには至らなかった。
 食堂を出て寝室に向かう気なのだ。
 気づいてレジーナは慌てた。まだ全裸のままだ。
「ちょっと、待って。分かったから、服! せめて服を着させてよ」
 今度こそ本気で男の腕を振り払おうと、両手に渾身の力を込める。その瞬間だけ僅かにグレンの腕が緩んだが、振り払うことができない。力を抜くとまた締め付けられる。
 グレンは無言のまま、レジーナを半ば引きずるように食堂の出口まで抱えていこうとしている。血の気が引いた。この食堂から三階にある主寝室に行くには、当然廊下や階段を通らなければならない。廊下にはまだ召使いたちや、ことによれば士官たちも行き来しているはずだ。
「待ってってば! 部屋には行くから。服着る間だけ待っててよ」
 体に回されたグレンの腕に爪を立て、引きずられる足で彼の足を蹴りつけると、頭上から舌打ちが聞こえた。
「うるせえな。暴れるんじゃねーよ。また縛り上げられたいのか」
 グレンは左手で布の飾り帯を解くと、右手を彼女の体から一度離して、両手首を掴んだ。掴まれていた胴に支えが無くなり、腰が落ちた。床にしたたかに両膝を打ちつける。その間に両手に布帯が巻きつけられた。
 膝を打った痛みに動けずにいるレジーナを、グレンが再び片手で抱える。
 レジーナは細身に見えるが、長身の上に筋肉質なので、体重は並みの女より重い。その自分を軽々とは言わないまでも、片手で抱えてしまう。グレンも筋肉が盛り上がっているほどの屈強な体格をしているわけではないのに、どこにこんな力があるのだろう。
 丸腰ではとても敵わない。そう悟ったレジーナは恐慌した。
「や……やめてよ! ほんとにやめて! この……放せ!」
 縛られた両手と足を振り回して暴れるが、相変わらずグレンにはほとんど効いていないようだった。彼はレジーナを抱えて引きずったまま、小食堂の扉に手をかけた。
「大声出すな。駆けつけてくる人間が増えるだけだぞ」
 扉を開ける寸前、グレンは両手で彼女を抱え直し、威圧するようにレジーナの顔を覗き込んだ。
「人が来たらあんただって困るでしょ」
「全然。俺の部下が来たところで、俺を取り押さえると思ってんのか? お前の部下が来ても同じことだ。せいぜい俺につかみかかるようなバカがいないように祈ってろ。叩き斬るだけだ」
 言葉を失う。扉が開かれた。

 小食堂が面している廊下は、やや狭い。ところどころに燭台がしつらえられ、火が灯されているが、薄暗かった。
 誰の姿も無い。
 ほんの少し安堵したレジーナだが、隣の配膳部屋の扉が開き、十四、五歳の給仕の青年が姿を現すのを見て絶句した。彼も驚愕したまま、全裸の女主人と彼女を抱えている駐留軍の将軍を見ている。
「どうもごちそうさま」
 人を食った挨拶を給仕に残し、グレンはレジーナを抱えたまま歩き出した。
 さすがに片手で長身の彼女を完全に持ち上げるには至らないらしい。足が僅かに床に触れるが、踏みとどまることはできず、ただ虚しくもがいたまま、引きずられるだけだった。
「し……信じらんない」
 召使いに裸体を見られた恥ずかしさに、レジーナの声は震えた。明日どんな顔で彼と会えばいいのだろう。
「まーいいじゃん。奴の今晩のオカズは領主夫人だな」
「ふざけないでよ!」
 縛られた両手を固めてグレンの腕に叩きつける。
「いってーな。大声だしても損するのはお前だって言っただろ」
 グレンは全く頓着した様子が無い。
 情けない。今度こそ本当の苦い恥辱が湧いて、悔し涙がにじんだ。なんて無力なんだろう。自分の家に押し入ってきた人間をどうにもできないなんて。
 尚もレジーナは肩や腕を振り、足を踏ん張らせて、グレンの腕を振り解こうとするが、果たせなかった。
 召使い部屋が見えてくる。その開いた扉の前で、侍女が二人話しこんでいた。こちらに顔を向けた一人が目を見開く。振り向いたもう一人の侍女はイブだった。レジーナの様子に気づき、蒼白になっている。
 レジーナは彼女たちと目を合わせられず、ただ、首を振って訴えた。狼狽のあまりこちらに駆け寄ろうとするイブを、もう一人の侍女が押さえるのが、揺れ動く視界の端に映った。
 グレンは侍女を無視して、大股で廊下を通り過ぎる。
「なんてこと……」
 誰かが呟いたのが聞こえた。自分が守るべき侍女たちから哀れまれるのは耐えがたかった。

 寝室に来るまで、廊下で何事か話していた士官三人ともすれ違った。一人は苦笑いを浮かべ、一人は無表情のまま目を逸らし、もう一人は好色そうに表情を崩してレジーナを見た。体を丸め、拘束された腕で少しでも隠そうとしたが、一糸纏わぬ素肌を全て覆えるわけもない。
 にじんだ涙をせめてこぼすまいと、レジーナは結び合わされた拳で乱暴に瞳を拭った。
 寝室前には士官二人が歩哨に立っていた。やはりレジーナとグレンの姿を見て目を剥いたが、無言で姿勢は崩さないままだ。
 グレンも彼らに構わずに、ただ入り口の壁に設置してある燭台を手に取り、鍵のついていない扉を開ける。その間、士官たちに肌を晒すのが耐え切れず、レジーナはグレンにしがみつくように体をねじった。
「あー重かった。お前、意外と重いな」
 部屋に入って扉を閉めた途端、グレンはレジーナを床に放した。
 立ち上がったレジーナは振り返り、縛められたままの両拳を握り合わせて、思い切りグレンの胸に叩きつけた。激高のあまりに全身が小刻みに震えている。
「なんてことしてくれんのよ! 本当に信じらんない! どれだけ人に恥をかかせれば済むの!!」
「いていて。悪かったって。もう他の男には見せないから」
 何度も殴られながらグレンは言葉だけで詫びたが、全く反省したような表情ではない。レジーナの怒りはさらに煽られた。
「そうじゃないでしょ!? あたしの立場はどうなるのよ! 明日召使いたちにも、あんたの部下にもどんな顔して会えばいいのよ!」
「何言ってんの」せせら笑ったグレンがレジーナの拳を捕らえた。「お前の立場なんか無いんだよ。ようやく分かったか。俺にどんなことされても、助けてくれる奴なんかいないよ」
 いる。
 懐かしい夫の姿が浮かぶ。もしも夫がいれば、何を捨ててもレジーナを助け出してくれただろう。彼女を愛し崇拝し、グレンに劣らず鍛えた夫なら。
 だが両手を捕まえられた状態で、冷笑を浮かべているグレンと目を合わせていると、何故かとてつもなく虚しい気持ちになった。レジーナの心を読んだように、グレンは言った。
「この世のどこかにいたとしても、今この場にいないなら、存在しないのと同じだ」
 そんなことはない。そう言い返せば、張り詰めていた心が夫へと流れ出し、感情が崩れ去ってしまいそうだった。レジーナは言葉を飲み込んだ。
 異国の地で戦う夫の代わりは、伴侶であるレジーナしかいない。だから今いない夫を頼ってはいけない。
 グレンと睨み合いながら、必死で自分に言い聞かせる。

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