FC2ブログ

ココナッツ図書館 夜間書庫

スポンサー広告

スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



登録させていただいているサイト様
「山間の城の物語」に投票
 ↑現在連載中の「山間の城の物語」が気に入ったら、クリックして投票してください。
「乙女の裏路地」へ 「にほんブログ村 小説ブログ」へ
fc2ブログランキングへ投票 「十八禁恋愛私花集」へ
*Edit TB(-) | CO(-) 

山間の城の物語」
第一章 山間の城

9.動き出す (1)

2010.08.19  *Edit 

cnf_sky_ev

9.動き出す

 体の中心を割って、グレンが突き込んでくる時、いつも彼女は声をあげてしまう。
 歓喜と快楽に溢れた深い声は聞き苦しくて、まるで獣のようなのに、行為の最中は、自らの声すら自分を煽り立てる。
 額を寝台に押し付け、両手で掛け布を握り締めて、レジーナは指先にまで満ちてくる悦楽に耐えた。味わった。
 辛うじて残っている理性が気にしているのは、背後から彼女を貫くグレンに、見苦しく見えないか。それだけだ。こんな時でも、醜いとは思われたくない。そんなことでグレンに冷めてほしくない。
「気持ちよさそうだな、レジーナ」
 背中の上から降りかかる声に、夢中で頷く。微かに歯が震える。
「満足した? じゃあ抜いていい?」
「まって……まって。やだ」
 波のように押し寄せる快楽に揺らぐ声をあげ、レジーナは首を振った。言葉もおぼつかぬ、泣いている子供のようだ。自分でそう思った。
「じゃ、どうすんの」
 脳髄まで痺れ、歯の根も合わないレジーナと比べ、グレンの声はひどく落ち着いている。悔しいし、憎たらしいのに、何故か安堵も感じる。
「もっと……」
「もっと何?」
 言えない。言えるわけがない。レジーナは首を振って恥辱を堪える。でも這いつくばって、他人に後から貫かれながら、これ以上恥ずかしいことなどあるのだろうか。
「もっと……奥まで……入れて」
「こう?」
 さらに彼自身を深くねじ込まれて、レジーナはまた快楽に鳴いた。そこが彼女にとって最も愉悦が溢れる場所であることに最近やっと気づいた。恐らくグレンも気づいているだろう。
「お前もほんと好きだね。もっと昔からこうして悦ばしてやりゃよかったな」
 呟くグレンの声が耳を撫でる。彼は言うなり、腰を動かし始めた。さらに切ない声がレジーナの喉からこぼれ出す。体が揺れ、髪も乳房も尻も揺さぶられる。
「ああああっ! あっ、あっ、ああう……!」
「こら、はしたないよ、奥方様。廊下に聞こえちゃうって言ってんだろ」
 レジーナは顔を寝台に押し付け、声を殺す。でもできない。どうしても喘ぎが漏れる。わななく唇の間から唾液も漏れた。顔を下げると、持ち上げた尻が反る。陰茎が打ち付けられる場所が微妙に変わった。グレンの動きも激しさを増す。
 許しを請うように寝台に突っ伏して、体内で甘く狂おしく燃え盛る炎に呑まれた。


 貯水槽での一件から、三日ほど経った。あれ以来、例の男の姿を見かけたことはなく、同じような日々が続いていた。
 レジーナは一日かけて領地の僻地を訪れ、様子見と公国軍の駐留を告げる。グレンはグレンで、午前中は兵舎で兵士の訓練を行い、午後は城内を探索するか、書庫で読み物をしているらしい。
 夕食は二人で取り、その後にはグレンに腕を引かれて寝室に誘われる。抱き合った後に、レジーナは自分の客室へ戻り、朝まで寝た。
 悔しいのか悲しいのか、グレンとの交わりは快楽に満ちていて、それが日課にすらなりそうで、彼女はある意味恐ろしかった。
 だが、あの夜以来、グレンは寝室にレジーナを誘う時に、彼女の意志を確かめたことはない。いつも当然のことのように彼女の腕を取り、寝室へと導いた。そして心の渇き、魂の飢えがわずかでも満たされるような交合もあの時だけだった。この先も無いだろうと思った。それでいいし、そうでなければならない。


 空気が澄み、晴れ渡る山地の太陽は鋭い。日差しが突き刺さるように肌を焼く。空気は冷え冷えとしていても、日光に当たる部分だけ熱くなった。
「暑いですねえ」
 レジーナが連れているやや太めの侍女は、汗を拭って呟いた。
 歩き始めてそろそろ半刻経つ。一度休憩を入れた方がいいだろう。
 レジーナは林を出る前に休憩を取ることを告げると、手近な木陰の下に腰を下ろした。
 今日は東にある酪農家とその一族を訪ねる。城下から離れた牧草地では、公国軍が滞在しても生活にさしたる違いは無いだろうが、しばらく訪れていないことだし、様子も見たかった。今くらいの時期なら、丁度子牛が産まれているころだろうか。
 レジーナが連れているのは、侍女の一人と年老いた役人、子供と言ってもいいような年の若い助手だった。心もとないが、領地の中だ。さしたる危険も無いだろう。
 貯水槽での一件の翌日に、グレンは護衛をつけようかと申し出てくれたが、断った。領民に事情を説明するのに、当の大公の兵士が側にいては、印象はあまり良くはならないだろう。 
 季節は春の盛りだ。
 林の木々の緑は濃密に生い茂り、そこから漏れる日差しも生命力に満ち溢れているように見える。
 そこから少し離れた場所に、例の廃墟となった修道院が見える。乾いて明るい陽光に照らされた廃墟は、古い時代を偲ばせる遺跡でしかなかった。その側に広がる荒地もかつては葡萄畑だった。あの神の血と称えられる葡萄酒も、元々はこの修道院で作られていたものだ。
 明日は葡萄酒農家を回ろうか。
 そんなことを考えていると、侍女がレジーナに水筒を差し出してくれた。
「あの修道院、最近また幽霊が出るっていう話をよく聞きます」
 人一倍怖がりのぽっちゃりとした侍女は、レジーナに身を寄せるようにした。視線は落ち着かずに、廃墟のあたりをさまよっている。
「昔っからじゃないの」
 彼女の臆病をからかうように笑うと、侍女は首を振る。
「でも、本当に多いんですよ。酒屋の息子が夜ここで亡霊がちらちらと動くのを見たって……」
 侍女が言葉を切った。
 他ならぬその修道院から黒い人影が揺らめくように現れた。

 侍女が息を呑む。レジーナは水筒を置いて立ち上がった。
 人影はこちらを向き、近づいてきた。
 修道士の亡霊か。いや、自分がかつて殺した盗賊の亡霊かもしれない。
 それに続くように別の人影が修道院から出てきた。もう一つ。さらに一つ。
 離れた場所で休んでいた老役人と助手もレジーナの元に身を寄せた。
 人間だ。恐らく。
 近づいてくる足取りは重みがある。陽光が作る影を引いているし、亡霊には見えない。その歩き方は無造作ではあったが、ゆったりとしていて、どこか優雅ですらあった。明らかに身構えるこちらを気にした風もない。
 やがてそれが黒い外套を纏った小柄な人間であることが分かる。女かと思ったが、二十歳に達してないような少年だった。
 少年は人間の身長二人分位の距離を置いて、レジーナと向き合った。金色がかった明るい茶色の髪を頭の後ろで束ねた、色白の少年だ。敵意が無いことを示すように穏やかに細められた目は青灰色。品のある顔立ちは美少年と言ってもいい。
 少年はそれ以上彼女に近づかずに、膝をついた。
 後から現れた人間は五人。同じように黒い外套を着込んでいた。いずれも青年や壮年の男たちで、少年の背後で、彼にならって同じように膝をついた。
「どちら様?」
 油断無くいつでも剣に手をかけられるように構えながら、レジーナは誰何した。
「初めてお目にかかります。副伯夫人とお見受けしますが……」
 少年は顔をあげてそう言ったが、レジーナは答えなかった。彼はまだ彼女の質問に答えていない。
「……私は前副伯の弟の末子であり、一族の生き残りであるエドワードと申します」
 突然の少年の言葉に、頭の中を整理する。前副伯ということは、彼女の義理の父だ。その弟の子供ということは……。
「あなた様が副伯夫人であれば、私の従姉妹殿ということになります」
 少年は丁寧に答えた。
 夫から親戚の話はあまり聞かなかった。というのも元々親戚の数は多くなく、各地に散らばっている上に、盗賊団が乗り込んできた時にさっさと領地を離れてしまった者も多かったからだ。
 彼女にとっての義理の叔父となる、この少年の父親の話も聞いたことが無かった気がする。
「おかしいわね」レジーナは身構えたまま告げた。「義理の叔父と息子たちは死んだと聞いたわ」
 無論、嘘だ。かまをかけて少年たちの反応を見た。
 城主が留守の間に親戚を名乗って上がりこみ、夫人と子供を追い出して──あるいはともどもに──城を乗っ取ってしまう盗賊の話など、昔からいくらでもある。
 しかし少年は激高するでもなく、顔色を失うでもなく、静かに首を振った。
「いいえ、父と兄二人は確かに既に亡き人です。家も人手に渡りました。ですが私はこうして少数の供の者と各地を放浪してまいりました。さらにお疑いでしたら、父の元から奉公に出した、女官のマイラにお尋ねください」
 マイラは彼女が嫁ぐずっと前からここに仕えていた侍女だ。まだ二十歳ほどの若い侍女だが、親戚筋から預かり、八、九歳の頃から勤めていると夫から聞いた。勤めが長いだけに、若いが夫や侍女頭からの信頼も厚い。レジーナも嫁ぐ前から随分と世話になった。
 なるほど、マイラの名前を出すからには、このエドワードという少年は、本当に従兄弟なのかもしれない。だが問題は血筋の正否ではない。彼の目的だ。
「分かりました。そうします。それで、従兄弟殿がどんな用事でしょう?」
 レジーナはやや口調を和らげたが、警戒は解かなかった。少年もそれが分かるのか、屈んだままの姿勢で受け答えた。
「付近の領民より、現在の城下の状況を聞きました。……公国軍の占領下におられるとか。さぞおつらいことでしょう」
 レジーナは少しの間黙った。おつらいことは確かだ。だが略奪は回避できたわけだし、自分より十歳近くも年下の少年に、悲痛な顔で同情されるほどの、惨めな状況というほどでもない。
「そうですね。ですが、領民たちの協力を得て、どうにかうまくやってます。城下も今のところ平穏ですわ」
「レジーナ様」
 素っ気無く言ったレジーナに対し、エドワードは首を激しく振って訴えた。
「公国軍を受け入れる為に、苦しいご決断があったことはお察しします。ですが、このまま彼らを駐留させてよいものでしょうか。大公は野心ある方です。このままではこの副伯領も戦乱に巻き込まれないとも限りません。差し出がましいようですが、まずは若輩の私の忠言をどうぞお聞き下さい」
 まだ十六、七の少年だというのに、しっかりした言葉遣いだ。妙なところにレジーナは感心した。この少年が本当に夫の従兄弟かどうかは分からないが、それなりの教育を受けて育ったのは間違いなさそうだ。
「……どうぞ。お話しください」
 少年の口調に押されるように、レジーナは頷いた。ありがとうございますと頭を垂れ、彼は話し始めた。
「このままでは、いずれ災難が降りかかります。大公は利用できるものは利用しようと考えるでしょう。あなた様も含めてです」
 エドワードの言葉に、レジーナは僅かに苦笑いを返した。自分自身が大公に取って価値があるとは思えない。どころか、もしかすると邪魔者の一人かもしれないのだ。
「でも、私たちにどうしろとおっしゃるんですか? 公国軍は二千の兵を連れています。城を盾にしたところで、私たちが勝てる数ではありません」
「できます。あの城を使えば、不可能ではありません」
 エドワードは自信ありげに断言した。レジーナが黙っていると、少年は熱っぽく話し続ける。
「夫人は既にご存知だと思いますが、あの城は上下水道が整備された、古代帝国時代のものです。上水道のうち一つ、兵舎に通じる部分に薬を流し込めば、軍を一網打尽にできます」
 何かが頭に引っかかった。めまぐるしく思考を回転させながら、レジーナは答えた。
「でも士官たちは城に滞在しています。それはどうするのですか?」
「食事に薬を混ぜることもできるはずです。私がわずかばかりの供の者を連れていますし、事情を話して領民たちに協力を仰げば、薬で仕留めそこなった数人くらいは始末できるはずです」
 確かに少年の話は荒唐無稽というほどではない。だが、士官たちはいずれも手練れに見える。この少年の供の者で仕留められるのだろうか。
 第一、あの油断ならない司令官は誰が始末するのだ。うまく薬でどうにかできればいいが、それができなかったら? 先日の話ではないが、いくら素人が大勢で襲いかかっても、彼の残忍な戦いぶりを見れば、相当に訓練された兵士でなければ足が竦むだろう。生半可な士気では楽には勝てまい。
 正直なところ、城内の人間も領民も──そしてレジーナ自身も公国軍を受け入れつつある。舞い上がった塵が落ち着こうとしているのに、さらに掻き回すのは億劫だった。これからなすべきことを一から考え直さなければならない上に、危険が高い。
「エドワード様、おっしゃることは分かりました。確かに彼らを撃退するのは不可能ではないと思います。ですが、その後は? 公国軍の兵力は圧倒的です。すぐに次の兵を送り込んでくるでしょう」
 エドワードはレジーナを見上げながら、微かに笑みを浮かべた。誠実な少年に見えるが、なかなか食えないところもあるらしい。
「決して伝令を外に出さないようにし、公都に軍が全滅したという情報が伝わるのを防げば、かなり時間は稼げるはずです。その間に援軍を呼べるでしょう」
「援軍?」
 レジーナの顔にも嘲笑が浮かんだ。そんなあてがあれば全面降伏などするものか。この小さな、何の価値も無い領地にわざわざ援軍を出してくれるような酔狂な人間がいるわけがない。第一、周辺の諸侯は遠征に出ていて、それどころではないはずだ。
「そうです」レジーナの表情に気づいていないのか、少年は続けた。「まずはこの先の伯爵領です。伯爵は遠征に出かけてお留守ですが、奥方様と守備隊がいらっしゃいます。この城が落ちれば、大公は次は伯爵領に攻め込むはずだと訴えれば、奥方様も兵を出してくれるでしょう。誰だって、自分の領地が戦場になるのは好まないはずです」
 思わず黙り込んだ。
 公国軍の目的が伯爵領であることは、レジーナは直接には誰にも告げてない。多少頭の回る人間なら気づくかもしれないし、特にグレンに口止めもされていなかったが、すすんで語るのはあまり彼の望むところではないだろうと思っていた。占領軍の司令官に愚かな女と思われるのは得策ではない。
 無論、部外者であるこの少年が、正確に大公の目的を知る由も無い。先手を打って、伯爵家と結ぶという手を考えたのが本当に彼なら、相当に頭が切れる。
 だが果たしてそれでこの領地を救えるのかは疑問だ。伯爵もそこそこ力を持っているだろうが、大公に並ぶまではいかないだろう。加えて伯爵軍の大半は遠征に出ているはずだ。
「でもエドワード様、私たちとお留守番の伯爵家の軍だけで、公国軍をそう何年も凌げるとは思えません」
「時間を稼げます。その間に王都と戦地に使いを出します。傍流とはいえ、私の伯母上は王家に縁のある方ですし、大公が国王陛下の遠征中に侵略を始めたと知れば、見ぬふりはできないでしょう」
 エドワードにとっての伯母とは、レジーナの夫の母にあたる。彼女の血を引いているが故に、夫には王位継承権がある。レジーナが知っているのはそれくらいで、彼女が嫁ぐ少し前に亡くなった義母の家系の詳細や、現在王家ではどの程度の力を持つのか、全く知らなかった。知ろうともしなかった。
 伯爵家にしても同じことだ。詳細が分からないから、公国軍の正確な目的も分からない。援軍を求めるにしても、彼らが擁する守備隊の規模を推し量るどころか、伯爵夫人の名前すらすぐには判然としない。
 本当に甘かった。世界はこの小さな領地で完結されていると思い込んでいた。
 レジーナが結婚したのは夫であり、領主という地位ではない。
 だが、ひとたび伴侶として夫人となったなら、その義務は十全に果たさなければならない。だというのに、領地の中しか見ていなかった。いかに平和で、周囲から取り残されたような山間の城であっても、外のことは知らなければならなかったのだ。
 自らの怠慢を悔やみ、少し先で膝をつく少年と供の者を眺めているうち、ふとレジーナは鍵が錠にはまるような感覚を覚えた。

 あの男だ。
 エドワードと名乗る少年のすぐ後ろで屈み、伏し目がちにこちらを見ている、三十代半ばくらいの黒髪の男。髭は綺麗に剃っていたが、太い眉と膨らんだような小鼻は、間違いない。貯水槽に出没し、彼女と取っ組み合いを演じた男だ。
「エドワード様」
 氷のような冷ややかなレジーナの声に、顔をあげた少年は微かに表情を引き締めた。
「あなたの後ろにいらっしゃる方、お怪我を負っていらっしゃいませんか?」
 少年は目を見開き、背後の男を振り返った。男の顔にも動揺が見える。
 黒髪の男が例の侵入者であることは間違いなさそうだ。少年の指図なのかはまだ分からない。
 だが、問い詰め方を間違えてはいけない。
 少年を含め、相手は六人。こちらは四人で、全員帯剣しているし、一通り武器の扱いを教えているとはいえ、一人は子供、一人は老人、もう一人は決して俊敏とは言えない女だ。まともに戦えるのは自分一人。万一戦いになれば、犠牲無しに逃げ切る自信はない。
「申し訳ございません」
 エドワード少年は、間をおかず、深く頭を下げた。
「おっしゃる通り、私が城内の様子見の為に、この男を侵入させました。実際に水道を使って、駐留軍を撃退できるかどうか、確かめたかったのです」
「城内で会った目撃者を始末するようにというのも、あなたのご指示ですか?」
「まさか!」
 レジーナの皮肉に、エドワードは弾かれたように顔をあげ、大きく振った。動作が大仰なので、演技にも見える。後ろの男は、黙ってただ頭を垂れていた。
 侍女や老役人たちは、話の経緯が分からず、おどおどとレジーナと少年たちを見回している。構わず、レジーナは話し続けた。
「ですが、実際に彼は私の口を封じようと、つかみかかってこられましたよ。私も死にたくはありませんので、抵抗させていただきましたが、その時、お尻に怪我を負われたはず」
 エドワードは再び振り返って、唸るような声をあげた。
「貴様……なんてことを。本来の目的を忘れたのか」
「申し訳ございません」
 男が口を開いた。がらがらとした、胴間声。確かにあの日レジーナに向かって「ネエちゃん」と呼びかけた男のものだ。
「副伯夫人とは存じませんでした。女官かと思いましたので、少々脅かして自分を見たことを口止めしようと考えてしまいました」
 どこが少々だ。あれが脅しだけで済んだかどうか、怪しいものだ。レジーナは男の言い訳を鼻で笑ってやりたかった。あの時通りかかったのがレジーナでなく、例えばこのぽっちゃりした侍女のような無力な女であれば、どうにかしようとしていたのではないか。
「配下の者が不届きな真似をしでかしたようで、誠に申し訳ございません。なんとお詫びしてよいか……」
 エドワードは再び深く、地に触れようとするほどに頭を下げた。それを冷ややかに見下ろしながら、レジーナは言い募る。
「全くですわね。それに私にも何も告げず、いきなりお使いの方を城内に忍び込ませるというのも、あまり感心できた方法ではないと思いますが」
「おっしゃる通りです。ですが、城内の状況が分からなかった為、突然書簡を送っても、またマイラに接触を試みても、公国軍に嗅ぎつけられるのではないかと……」
 エドワードの話には一理ある。確かに自分あての書簡を届けたところで、手紙の類は一度全て公国軍に届けられる。見つかれば少年たちは一巻の終わりだ。
 しかしやはりいきなり女に襲い掛かるような男とそれを配下に加えている人間を、一度会っただけでは信用できない。確かにこの少年は礼儀正しいし、頭もいいようだが、それだけにその目的もはっきりと読めない。
 本当に会ったこともない、従兄弟の妻である自分の身を案じてくれているのか。それよりは、夫が遠征に出ている内に、混乱している城に入り込んで公国軍を追い出し、うまいこと城主の地位に納まろうとしているのではないか。そう考える方が自然だ。
 それにしても余計なことをしてくれたものだ。おかげで不用意に公国の兵士たちを疑う羽目になり、先日の兵舎での茶番を招いた挙句に、またグレンに借りを作ってしまったではないか。無実のまま尻の検査をされた兵士たちも、したニコラスも哀れだ。さすがに申し訳なく思った。
 レジーナはひとつ息をつき、腹から声をあげた。
「エドワード様、お申し出には感謝します。ですが、私たちにとっては決断が難しいことはご理解いだけますわね? 公国軍が駐留するのは愉快ではありませんが、今のところ彼らは問題を起こしていませんし、司令官は私の旧知の人間です。軍の主力が遠征中に無理をするよりも、彼らを受け入れるのも一つの選択だと……」
「分かっております」エドワードはそれまでにない激しい語調で、レジーナの言葉を遮った。「しかしそれでは、私の従兄弟殿は帰る場所が無くなってしまうではありませんか」
 顔に血が上る。
 この少年は何も分かっていない。夫が帰る場所を守る為に、屈辱的な条件を呑み、公国軍を滞在させているのだ。その為に、毎晩司令官に抱かれているのだ。それを全てひっくり返して、敢えて戦いを挑むことこそ、夫の帰る場所を瓦礫に埋もれた廃墟に変えてしまうことだ。
「今日のところはお引取りください」
 お前のような子供に何が分かる。そう罵る代わりに、レジーナは抑えた声で告げ、礼を取った。
 エドワードもレジーナの強固な意志を感じたのか、体を起こして立ち上がった。
「かしこまりました。──夫人、どうかよくお考えください。確かに私の申し上げることは無謀かもしれません。ですが、公国軍を駐留させておくというのは、大公が作り出す流れに甘んじて巻き込まれるということです。そうなれば、もうご自分の手で運命を変えることはできません。逆らうなら、今しかないのです」
「もとより自分の手で変えられるような脆弱なものは、運命などとは呼べないでしょう」
 若者らしい希望に溢れた台詞にレジーナは皮肉を返した。少年は力の無い、疲れた年寄りを哀れむように顔を歪めると、礼を取った。
「今日はこれで失礼します。我々はあちこちを転々としていますが、お気が変わりましたら、この修道院に手紙を届けてください。いつでもお力になります。この山を抜けて伯爵領に通じる道も、我々なら知っています」
「ありがとうございます。お心遣いには感謝しますわ」
 十歳近くも年下だろう少年に、むきになって言い返してしまった自分が恥ずかしく、レジーナはやや落ち着いた声で返す。少年はそれを聞き、男たちをつれて踵を返すと、出てきた修道院を避け、林の向こうへと歩いていった。

 少年たちの姿が声も届かないほどに遠くなると、侍女は大きな溜め息をついて、レジーナにすがりついた。役人と助手も肩の力を抜く。
 ひとまず危機は回避した。
 だが、今後どうするか……。不穏分子が領地内をうろついているのはありがたくない。だが、公国軍に始末させるのも迷うところだ。それにエドワードの言い分にも、全く考えるべきところがないではない。
 だが、そもそもあの少年が本当に夫の従兄弟なのか。それもマイラに確認しなければ。少年が長く領地を離れていたにしては、妙に事情通なのも怪しいといえば怪しい。会ったことがないはずだが、彼は自分の名を知っていた。
「でも、今の領主様の従兄弟の方、素敵でしたね」
 のんきなことを言っている侍女を見て、まずはこの娘の口止めから考えなければと、頭痛が起こりそうになりながら、レジーナは思った。

BackNext


ネット小説ランキング>【R18部門】>山間の城の物語

 ↑ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。


登録させていただいているサイト様
「山間の城の物語」に投票
 ↑現在連載中の「山間の城の物語」が気に入ったら、クリックして投票してください。
「乙女の裏路地」へ 「にほんブログ村 小説ブログ」へ
fc2ブログランキングへ投票 「十八禁恋愛私花集」へ
*Edit TB(-) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。