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山間の城の物語」
第一章 山間の城

9.動き出す (2)

2010.08.23  *Edit 

 晩秋から早春にかけて、この辺りは雪に包まれる。
 降り積もった雨雪を溜め、ろ過して清らかな水に変える。それは厨房、厠、風呂にあまねく行き渡る。その水が枯渇しても、降り積もった雪は地下に沁みて水脈を作っているので、いくつも掘られた井戸からくみ上げることもできる。さらに、すぐ近くには麓で大河となる川の源流がある。
 とにかくこの城は水に恵まれている。本気で戦う羽目に陥っていれば、こちらもそれなりの被害は出ただろう。
 兵士たちも水洗の清潔な厠と、兵舎に備え付けられた巨大な風呂に驚き、そして喜んだ。公都で風呂を持つのは大公と一部の貴族だけだ。遠征先の兵舎にそんな豪華な設備があるとは、彼らは想像もしなかったに違いない。
 その豊かな水の主たる水源である、貯水槽とろ過装置は城の地下深くに広がるが、蓋はそう大きくない。それを閉じている頑丈な鎖と鍵に手を伸ばすと、背後から声がかかった。
「触らない方がいいですよ」
 グレンが振り返ると、いつの間にか側近の一人、彼の副官が背後に立っていた。
「別に開けてやろうってわけじゃない。どんなもんか、ちょっと見るだけだ」
「触ると、誰がいつどこでどう触れたのか、術者に分かります」
 術者という言葉に、グレンは僅かに目を見張った。
「……魔術か?」
「恐らく」
「誰がかけたんだ? 夫人ではないだろうな」
「違うと思います」
 彼の答えを聞き、グレンも馬鹿な問いをしたと思った。あの単純で無神経なレジーナが魔術など使いこなせる訳がない。使えるなら、まず自分をどうにかしようとするだろう。
「解けないのか?」
 魔術の知識が深い、色白の副官に尋ねると、彼は首を振った。
「やってできないことはないですが……やはり誰がどうやって解いたかは分かってしまうでしょうね」
「ならいい。無理にすることはない」思わず舌打ちが出る。「しかし小賢しい真似を。あのジジイかな。それとも侍女の中か。心当たりはあるか?」
 グレンの言うジジイとは、執事のことである。副官はまたかぶりを振った。
「よく分かりませんね。執事殿ではないと思います」
「じゃあ、侍女か厨房のババアか。……誰が術をかけたか、お前では分からないのか」
「調べることはできますが、時間はかかります。私も城内の人間全てを知っているわけではないので、すぐというわけには……」
「役立たずめ」
 グレンは懐刀とも言える男に向かって毒づく。副官の方はいつものことだと承知しているので、表情すら変えなかった。    
「あ、でもいいこと思いついた。夕飯の前に時間作っとけ」
 不機嫌に何事か考えていたグレンは、急に顔を輝かせた。ころころと機嫌が変わるのもいつものことなので、副官は無感動に頷いた。
「はあ……分かりました」
「それから夫人が戻ったら知らせろ」
「先ほどお帰りになったそうですよ。今日はお早いですね」
 彼の言う通り、今日はまだ夕方前だ。日はまだ高い。いつもレジーナが戻るのは空が赤く染まり始める頃だった。
「そりゃいい。好都合だ」
 グレンは独り言のように呟くと、その場を離れた。ついてくるなと無言で告げる背中を見ながら、副官は上官と反対方向、城館の方へ歩き始めた。
 あの司令官が顔を輝かせるようなことは、大抵ろくでもない、くだらないことだ。散々付き合わされた彼は、大きな溜め息をついた。


 とにかくマイラと話し、そして無駄だとは思うが、夫にもう一度手紙を出そう。執事や役人たちに伯爵の話も聞いてみなければ。
 高い位置にある窓から差し込む、遅い午後の日差しをぼんやりと見つめ、レジーナはそう結論づけた。あまり考えすぎると頭が煮詰まりそうだ。彼女は考えるより、行動したい人間だった。
 よくそのことで夫と喧嘩もした。思考を重ねて、できる限りの事態の想定をしなければ、備えはできない。自分ひとりならいいが、領民を巻き込むのだから、慎重になるに越したことはない。それが彼の言い分だった。
 黙ってひたすら考えるのは、レジーナが最も苦手なことだ。修道院の瞑想の時もそれで何度怒られたか。小さい頃からそうなのだから、育ちというより、生まれつきの性格だろう。
 それでも不安があれば、つい思考はそちらへ飛ぶ。
 薄明るい風呂場で、湯に浸かったまま、レジーナは目を閉じた。頭を休めなければならない。久しぶりに修道院で行ったような瞑想に入ってみる。
 目を閉じ、ひたすら呼吸だけを意識すると、やがて頭の動きが静まる気がする。物音を捕らえる耳やその他の感覚も鈍く落ち着いてくる。
 遠征に出ている夫のことも、図々しく滞在している公国軍のことも、今日会った従兄弟と名乗る少年のことも、全ての不安としがらみをこの数瞬だけ忘れてしまいたかった。

 風呂場の扉ががたがたと音を立てた。
 安全やその他の理由から入り口に鍵はついていないが、人が入っている時は一目で分かるように、外の扉に大きな布をかけてある。
 まさか入ってはこないだろう。そう思った瞬間に扉が開いた。
「おー、いたいた」
 グレンだ。
 頓着もせずに風呂場に入り込んできた男の姿を見て、文字通り、レジーナは開いた口が塞がらなかった。
「なに入ってきてんのよ! 出て行ってよ」
 一瞬の後、我に返ったレジーナは、浴槽で身を縮めて怒鳴り声をあげた。毎度のことだが、耳を突き破るようなレジーナの怒声もグレンには効いていない。
「いや、話があるんだよ。ちょっと聞け」  
 呑気な愛想笑いを浮かべたまま、グレンは自分も服を脱ぎ始めた。レジーナは慌てて浴槽からあがって風呂場を出ようと思ったが、手ぬぐいも服も、グレンの足元にある、入り口近くの籠に入れてある。いくら彼から逃れる為だと言っても、全裸で風呂場から出るわけにはいかない。
「話なら外で聞くわよ。出てって。何するつもりなのよ」
「昼間っから何もしねーよ。せっかくだから一緒に風呂入るだけ」
「何がどうせっかくなの。ちょっと……やだ」
 言い合う内にもグレンは上着も下着も脱ぎ捨てる。風呂場にはまだ色のついていない昼間の明かりが、小さな窓から入り込んでいた。視界は十分に効く。レジーナはグレンから目を逸らした。
「だって俺まだここの湯の張った風呂には入ったことねーもん」
「来ないでってば!」
 レジーナの様子に構わず、グレンはずかずかと歩み寄り、浴槽に体を沈めた。レジーナは後ずさり、閉じた手足で、縮めた体を隠した。グレンは彼女を見て苦笑する。
「今さらそんな嫌がらなくたって……」
「嫌よ! 風呂なんて二人で入るもんじゃないでしょ!」
「知らないの? この風呂は元々二人で入るように建造されたんだぞ。昔は夫婦とかで入ってたんだろうな。お前はその様子だと、ダンナと使ったことはないんだろうな」
「無いわよ」
 目のやり場に困り、落ち着きなく視線をさまよわせるレジーナとは対照的に、グレンはじろじろと遠慮無くレジーナを見つめた。 
 湛えられた湯の中に、体を丸めたレジーナの肢体が揺らめくのが見える。腕で胸元を隠し、折り曲げた脚で秘部を隠そうとしているらしいが、筋肉がついて引き締まった二本の脚の隙間から、たゆたう長めの金色の陰毛と、黒い陰になっている陰裂が覗ける。
 股間に血が流れ込むのを感じた。だが、今の目的はレジーナではない。グレンは衝動を押さえ込んで、口を開いた。
「ま、どうでもいいや。実はお前に頼みがあるんだ」
 レジーナは黙っている。早く出て行けということなのだろう。彼はそのまま続けた。
「夕食の前に、侍女を全員紹介して欲しいんだな」
 グレンの言葉に、レジーナは大きく顔をしかめた。ついに来たか、と思った。
「どういうこと?」
 穏やかならぬ声でレジーナが尋ねると、彼は満面の笑みを浮かべた。こんなに楽しそうなグレンの顔は見たことがない。安心するというよりも、正直言って不気味だった。
「しばらく城に滞在するってのに、そこで働く方々のことを俺が知らないってわけにもいかないだろ。経歴とか年も含めて色々頭に叩き込んでおきたいんでね」
「私が知ってる。あんたには必要無いでしょ」
 レジーナの声は増々冷える。だがグレンは相変わらずへらへらと喋り続けた。
「俺が隅々まで知りたいの。……意図を汲み取れよ。この前言ってたじゃん。女官たちの一覧を作って、毎晩一人ずつ夜伽をさせる。夢なんだよ、俺の」
 死んでしまえ。そのくだらない夢ごと。
 あまりの馬鹿々々しさに、レジーナは声も出ずに、ただ腹の中で罵倒するのが精一杯だった。
「知ってる? 今お前の旦那が遠征に出ている先の異教では、王族は何十人、何百人って単位の女を後宮に入れて、好きなだけやれるんだって。いや~、いいね~、俺もそっちに生まれたかったよ」
「ふざけんな、アホ」
 衝動的に飛び出した口汚い悪態にレジーナは自分で驚いた。まるで傭兵時代の言葉使いではないか。グレンは面白そうに彼女を見ているだけで、気に留めた風もないが、さすがに口調を改めた。
「そんなことできるわけないでしょ。うちの侍女は異教の後宮の女じゃないのよ」
「嫌ならいい」あっさりとグレンは言ったが、僅かに視線が尖った。「必要なものがあれば、お前が徴収するから、略奪はするな。お前、そう言ったよな? だから筋を通してお前に話を出しただけだ。断るなら、俺が勝手にやるだけだ。気に入った女を適当に寝室に引っ張り込んでも文句言うな」

 体を隠しながらグレンを睨みつけ、歯噛みした。確かにそう言った。そして自分が引き受けなければ、この男なら手当たり次第に女たちを犯すかもしれない。
 だが、到底引き受けられる話ではない。侍女たちは領主の親戚筋の人間で、長くこの家に仕えていたり、レジーナを慕って城に上がったりしている者たちで、いずれも彼女にとってはかけがえのない、大切な部下だ。まだ幼い少女もいるし、そうではない女たちも、レジーナのように戦地に行った夫や恋人を待ちながら、不安な日々を送っている。そんな彼女たちに、占領軍の大将の寝室に行けなどと、命じられるはずがない。
「お願い、勘弁してよ」
 表情を緩め、レジーナはなんとかグレンを説得しようと試みた。
「皆、恋人が戦地に行ってるのよ。それに、まだ十五、六の女の子もいる。男を知らない子もいるのよ。そんな子供に、あんたと寝ろだなんて残酷だと思わない……」
 語尾から力が抜けたのは、グレンの目が輝くのを見たからだ。レジーナは話の持っていき方を誤ったのを知った。
 そうだ、この男は若い女、それも処女の方が好きだった。昔からそうだった。情に訴えるつもりが、却って好奇心をかき立ててしまったに違いない。
 自分の失敗に、沈鬱に顔を曇らせるレジーナに対し、意気揚々とグレンは言い放った。
「心配すんな。俺が素晴らしい体験にさせてやるから」
「そういう問題じゃないでしょ」
「いや、それが侍女たちの為なんだって。いいか、ここでお前が渋って処女たちを差し出さなかったとする。で、来年、間道が通った後に、うっかり俺たちが負けてみろ。仕返しに攻めてきた伯爵領のむさ苦しい兵士どもに、いたいけな少女たちがガシガシ犯されて、彼女たちは、ああこんな薄汚い男に処女を散らされちゃうくらいなら、もっと前に公国のあの素敵な司令官様に捧げておけばよかったわーとか思うわけだよ。恨まれるぞ、お前」
「バッカじゃないの。そんなことあるわけないでしょ」
 勝手に想像力を膨らませていくグレンに冷や水のような声を叩きつけるが、彼は怒りも鼻白みもしなかった。相変わらずにやついているだけだ。
 そして内心レジーナは軽い戦慄を覚えた。やはり間道が完成すれば、グレンたちの軍がそのまま伯爵領に攻め込むことになり、ここをこのまま砦として使うつもりなのだろう。いずれ災難が降りかかると言った、エドワードの言葉が蘇る。そうなれば否が応でも、この山間の城も戦乱に巻き込まれることになるのだ。
 しかし、今は目の前のことだ。やはりどう考えても、大切な侍女をこの男に差し出すわけにはいかない。侍女たちは彼女の部下であるというだけでなく、副伯である夫の召使いでもある。レジーナには彼女たちを守る義務がある。自分の身はどうなっても仕方ない。
「……ねえ、お願いよ。侍女たちのことは諦めて」屈辱をこらえて、レジーナは次の言葉を続けた。「私のことなら好きにしていいから」
「えー、いいよ。お前のカラダなんかもう飽きたよ」
 あまりに無礼なグレンの答えに、レジーナは呼吸も忘れた。
 今まで生きてきて、色々と屈辱的な罵倒は受けてきたが、これほど自分の誇りを粉々にする言葉は無かった。
 体が震える。だめだ。何か言わなければ、あまりにも惨めだ。そう思うと真っ白になっていた頭に、怒りが湧いてきた。
「……なんて、失礼な男なの。人の奥さん捕まえて、好き放題しておいて、飽きた!? 馬鹿にするのもいい加減にしてよ」
 押し殺したレジーナの声に、もはや殺意にも近いどす黒い感情が混じった。さすがにグレンも若干表情を引き締める。
「馬鹿にしてないって。男と女なんていずれ飽きるもんなんだから、仕方ないだろ。お前と旦那だってそうだろうが」
「あたしたちは違うわよ」
 咄嗟に反論したが、根拠は無かった。いや、言い放った一瞬後には、グレンの言う通りかもしれないと思った。レジーナと夫は互いの肉体に飽きた。だが、それでも絆を繋いでいるのが愛だ。この男との間には無いものだ。
「はあ、そりゃめでたいね。幸せで結構なことだ」
 からかうようなグレンの声は、口調とは裏腹に冷ややかだった。だがすぐにまた声音を変え、彼は続けた。
「まあ何にしても、侍女たちと寝るのは、司令官として大事なことなんですよ。体の隅々まで調べられるし、お前も知らないような話を聞けるかもしれないし」
「じゃあせめて、あんたんとこに出す女は私に選ばせてよ。まだ若い子に傷を負わせるような真似したくないの。分かって」
 食い下がるレジーナに、グレンはぶらぶらと手を振った。
「だめだ。どうせ、お前、二十五も過ぎたババアばっか出してくる気だろ」
 レジーナの頬が再び怒りで痙攣した。
「……あたし、二十六なんだけど。喧嘩売ってんの?」
「そりゃご愁傷様。年食ったな~」
「お互い様でしょ! 三十も越えたジジイにババア呼ばわりされたくないわよ」
「おい、まだ越えてねえよ。俺は三十ぴったりだ。……いや、二十九だったかな? 八?」
 不真面目な態度のグレンを見ていると、怒りと苛立ちのあまりに、むしろ力が抜けそうになる。レジーナは己を奮い立たせた。 
「バカじゃないの。自分こそ年忘れるほど、耄碌してんじゃない。大体、あんたみたいな男は忘れてるでしょうけど、男と女が寝れば、子供ができるのよ。それはどうしてくれんの? 責任取って育てる気あんの?」
 怒りが収まらないまま、レジーナは強い語調で言い募る。それを聞くと、グレンの目から笑みが消えた。口元は相変わらず吊りあがっているのが却って不気味だった。
「そんなん、しらねーよ。女が子供産むようにできてるのは、俺のせいじゃないし。お前が侍女たちを大切にしてるなら、せいぜいできた子供の面倒を見てやるか、堕胎の手伝いでもしてやれ」
 女や子供を何だと思っているのだろう。レジーナは何か言ってやりたかった。できるなら殴りつけてやりたかったが、どうしても体も唇も動かなかった。
「だからさ、それも大勢の女とやれば、一人当たりの命中率は減るわけで、お互いいいことだと思うんだけどね。お前だって助かるだろ」
 グレンは再び表情を緩めた。
 確かに、このまま毎晩のようにグレンと体を重ねていれば、いくら避妊薬を飲み続けていても、いつかは子供ができてしまうかもしれない。だがその危険を侍女に振り分けるのは、同じことだ。夫とてそれを喜びはしまい。
 だが、自分がここで頷こうと、首を横に振ろうと、結果は同じだ。グレンの思う通りになるしかないのだ。レジーナは押し黙ったまま、無力感に苛まれた。 
「それにね」グレンは皮肉っぽく言った。「お前は侍女を大事に思ってるらしいけど、俺に言わせりゃ、奴らにそんな価値ないね。俺に、主人の妻であるお前を差し出して、毎晩抱かせておいて、自分たちは安全なところでのうのうとしてるんだぜ。お前の代わりに自分を抱けと言ってきた侍女は一人もいない。大した忠誠心だ」
 侍女のことというより、グレンと比べて、指揮官としての自分の統率力を嘲られているようで、レジーナは返す言葉が無かった。
 ただ、イブのことを思い出した。彼女は自分を身代わりにしてもいいと、そう言ってくれた。確かに誰もがレジーナを哀れみ、身を案じてくれていたが、身代わりになろうとまで言ったのは、イブだけだった。
「本来守るべき主人をほったらかして、自分は安全な場所から主人を哀れんでいるなんて、何様のつもりだか。お前の情けない部下どもに、俺からちょっと指導してやるよ」
 レジーナはうなだれそうになる首を必死で支えながら、無言のまま眉を寄せた。
 先日垣間見た、グレンの統率力。あの力に、レジーナは純粋に嫉妬した。自分にはできない。
 レジーナが領民や侍女に慕われているのは、彼らの為に必死に何かしているから。彼らを守っているからだ。グレンのように、自分の為に危険に飛び込ませるような求心力は持たない。
 かつて軽蔑していた人間と、指導者としての器の違いがかけ離れてしまったことを知り、レジーナは自分をみすぼらしく思った。

 レジーナの沈黙をどう取ったのか、グレンはなだめるように柔らかに言った。
「そんながっかりすんな。また気が向いたら、お前も寝室に呼んでやるから、それまで一人エッチにでも勤しんでろ」
「アホじゃないの?」  
 顔を赤らめながら言い返すと、沈んでいた心に少し血が通った気がする。グレンの気遣いでもないだろうが、肩から力が抜けた。
「そう怒るな」
 グレンが手を伸ばした。
 体を隠していて手を動かせないレジーナは、身を捩って逃れようとした。
「やめてよ、さわんないで」
 目を逸らそうとしたが、却って意識してグレンに視線が飛んでしまう。揺らぐ湯の中に鍛えた筋肉がついた体が見える。彼女とは反対に、グレンは下半身すら隠す素振りもない。ついそこに目がいきそうになり、レジーナは視線をあげた。
 グレンと目が合う。
 同時に肩を掴まれた。湯に温められたグレンの手はいつもより熱い。
 狭い浴槽の中で、湯を波立たせてグレンが体を寄せる。その肉体で窓からの明かりが遮られ、一瞬グレンの顔も分からなくなる。そう感じた時に、レジーナの唇にグレンの唇が触れた。それもやはり熱かった。

 今夜は一番気に入った侍女を抱くつもりなので、正直なところ、体力は温存しておきたかった。
 だが、古代帝国時代の、どことなく淫靡な浴槽の中で、恥らって体を隠す全裸のレジーナは煽情的だ。必死に体を覆う手足からはみ出した白い肌と、時折隙間から覗く陰部が艶かしい。
 侍女たちを差し出さざるをえない無力感に落ち込んでいるらしく、今は珍しいほどにしおらしい。追い込んだのは自分であることは棚にあげて、慰めてやりたくなった。
 口づけるとレジーナは一瞬驚いたようだが、すぐに瞳から力を抜いて潤ませた。この四、五日で何度も抱いたのだ。もう彼が触れれば、ほぼ反射的に体が緩むに違いない。
 唇を押し開き、舌を差し入れてもさしたる抵抗もない。湯に浸かって体が温まっているのか、彼女の口の中も熱っぽい。これなら、体内もいつもより温かいのかもしれない。考えると、急速に下半身が膨張した。
 レジーナの舌を吸いながら、グレンは体を隠す彼女の手を掴む。当然レジーナは力を込めて抵抗するが、意外にたやすくどかせた。豊かな白い乳房が湯の下で揺れているのは、また普段と違って悩ましい眺めだ。手を沈めて湯の中でそれに触れて揉むと、いつもより摩擦が少なく、滑らかに動く。
「や……」
 唇を首筋に滑らせると、レジーナはか細い声をあげた。息が乱れ始めている。さっきまでこちらを恫喝していたというのに、可愛いものだ。
「いい子にしてろ」
 耳たぶを舐めながら囁くと、レジーナはあだっぽい溜め息をついた。彼女は普段言われれば激高するような言葉を、情交の時に囁かれるのが好きらしい。
 下から持ち上げるように、豊満な乳房を握りながら押し上げると、水面から乳首が顔を出した。自分の体の卑猥な光景に、レジーナは息を弾ませて目を逸らす。そこを尖らせた舌で舐めると、彼女は目を閉じて快楽を訴えた。
 グレンは空いている手と足を使って、折りたたんで閉じたレジーナの脚を開かせた。やはり抵抗は少ない。もう待ち望んでいるのだろう。右手を湯の中に沈めて、レジーナの脚の間に触れる。湯の中でも、そこが密度の違うねばついた液に覆われているのが分かる。
「ちょっと触っただけで、すぐ濡れちゃうんだよな。かわいいな、お前」
「そんなんじゃない」
 掠れたレジーナの声はしっとりとした熱を帯びている。
「そうじゃん。最初に会った日だって、キスしただけで、濡らしてただろ? いいの、いいの。その方が可愛いから」
 グレンの言葉を聞き、レジーナの顔にさらに血が上った。
 そうだ、そもそもあの会談を持った日に、だらしなくこの男に身を任せてしまった。そうせざるをえない状況だとは言っても、もっと毅然としていなければならなかったはずだ。こんな男に可愛いと言われたところで、得るものはない。
 秘唇を撫でていたグレンの指が、一度動きを止めて体内への入り口を探している。
 それを受け入れてはだめだ。
 レジーナは情熱を凍らせようとした。両手をそっと組んで持ち上げると、自分の胸元にあるグレンの頭に振り下ろした。ぶわ、という声があがって、彼の頭は湯の中に沈んだ。すかさずそれを湯の中で、膝で蹴り上げる。
 そうしておいて、体を振りほどくと、さっさと浴槽から出て、入り口の籠に歩み寄り、手ぬぐいを取った。
「いってーな、おい。見事な連続攻撃だな……。マジで効いたよ」
 湯から顔をあげたグレンがこちらを睨んだが、レジーナは無視した。かなり加減はしたのだ。本当に効いているわけがない。グレンも本気で怒っているようには見えない。
「話は終わったからね。侍女たちを広間に集めればいいんでしょ」
 背を向けて下着を身につけながら、無愛想にレジーナは言い放った。脚の間がまだぬめっているのが癪だ。
「いや、話は終わったけどね、まだあっちは途中だし……。お前だってまだ濡れてるし……」
「うるさいわね! 飽きた女の体に気安く触らないでよ」
「そんなことで拗ねてんの? 冗談だって。飽きてないから、こっち来い」
「誰が! 一生そこに浸かってて、ふやけ死ねばいいのよ」
 悪びれもせず手招きするグレンを尻目に、服を身につけたレジーナは捨て台詞を吐いて、浴室を出た。

 レジーナの後ろ姿を見送り、グレンは一人で肩を竦めた。
 激高しているレジーナを無理矢理押さえつけて抱いてしまうのも楽しそうだが、今日はやはり無駄な体力を使うのはやめておこう。あの状態のレジーナに思い知らせてやるのは、もう少し先の楽しみに取っておく方がいい。
 それにしても扱いにくい女だ。


 先日宴会を開いた広間には、侍女・女中が全員集められていた。総勢で士官と同じくらいの人数はいる。小さな子供から年老いた厨房の料理人までも集めたのは、ほんのささやかな嫌味だった。
 グレンは居並ぶ女たちに実に嬉しそうに笑いかけながら、一人ずつ話を聞いて回っている。レジーナは少し離れて彼についていたが、年齢や結婚歴、この城に来た経歴などを聞いているらしい。グレンのすぐ後ろには、彼の副官が控え、羊皮紙にグレンの言ったことを何やら書き込んでいた。彼も疲れたような顔をしているのは、気のせいではないだろう。
 レジーナが女たちを集め、沈痛な表情で司令官への夜伽の話を切り出した時、侍女たちは押し黙った。幾人かは何故自分が、という顔でレジーナを責めるように見た。
 大切な臣下や召使いを恨みたくないが、グレンの話を思い起こす。レジーナひとりをグレンに差し出し、侍女たちは安穏としている。主人であるレジーナが至らないせいもあるだろうが、客観的に見れば、やはり不忠義ではないだろうか。
 だが、そうは彼女たちに言えなかった。反感を買うのが怖かったからだ。グレンと比べてなんと器が小さいのか。再び自己嫌悪に陥る。
 ふってわいたような災難に、侍女たちは色めき立ったが、結局は侍女頭やレジーナの腹心の侍女たち、イブのように彼女を慕う若い侍女や女中たちが、すすんでレジーナの苦悩を語り、申し出を受けてくれたことで、表向きは全員納得してくれた。

 一通り女たちへの質問を終えると、グレンは副官に何事か告げ、並ばせた女たちに向き直った。
「ご婦人方、ご協力ありがとうございました。今後お世話になるのですから、できる限りお互いの親睦を深めようと考えました次第です。副伯に代わりまして、お留守の間は我々が皆様を保護しますので、ご心配なく。万一部下が不埒な真似をしでかせば、遠慮なく私にご相談ください」
 何を抜かす。お前が一番不埒だろうが。
 にこやかに演説を始めたグレンの取り澄ました顔に、飛び蹴りでもくれてやりたかった。
 よく分からない美辞麗句を並べ立てた後、女たちは一度それぞれの仕事に戻るように伝えられた。呼び出す女には各々声をかけるらしい。
「いや~、いいねー。ほんとにここは美人揃いだな」
 女たちが退出し、レジーナとグレン、副官の三人だけになると、グレンは表情をだらしなく緩ませた。
「お褒めにあずかりまして……」
 他人がいるので、レジーナは苦々しくそれだけ言った。
 グレンは副官に近寄り、彼がひたすら書き込んでいた一覧を眺めた。レジーナもちらりと覗いたが、侍女たちの名前や年齢、容姿などが書き込んであるようだ。どんなことが書かれているのか好奇心は湧いたが、読んでも楽しい気分にはならないだろう。
「よし、じゃあ今日はこのマイラって女にしよう。お前、丁重に呼んでこい。それから厨房に行って、メシの準備もさせておけ」
 副官は恭しく頭を下げて、広間を退出した。
 侍女を呼び出す役目を押し付けられるかと思っていたレジーナは、少しだけ安心した。本来なら自分がすべきことかもしれないが、やはり自ら部下を毎夜呼び出し、グレンの寝所に送るのはつらすぎる。
「そういうわけで、お前は今日から一人でメシ食って一人でエッチしろ」
「乱暴なことしないでよ」
 グレンの冗談に取り合わず、硬い声でレジーナが言うと、彼は軽くレジーナの肩を叩いて、自分も広間を出て行った。
 泣きたい。疲れてしまった。
 何に対して疲れているのか分からないほど、今日は色々なことがあった。
 こんな時に夫がいれば、思いのたけをぶちまけて、泣いて怒る彼女を優しく慰めてくれるだろう。会いたい。優しい声を聞きたい。
(裏切ったくせに……)
 心の深いところから、自分で自分を苛む声が聞こえる。三日前、夫を裏切って、本来心を預けてはいけない男と、望んで抱き合った。もう同じことは起こるまい。だが、そう決意したところで、また夫を頼って涙するのは、都合が良すぎないか。
 束の間、レジーナは他にに誰一人いない、だだっぴろい部屋で、顔を伏せて逆巻く様々な感情に身を浸した。

「失礼します」
 突然の声に顔をあげると、グレンの側近の男が戻ってきていた。最も司令官の側にいることが多い副官である。
 慌ててレジーナは姿勢を正す。軍人にしては小柄な副官は、レジーナの正面に歩み寄ると、彼女の目の前に小さな袋を差し出した。
「これは?」
「避妊薬です。よろしければご婦人方に使わせてください。成分に不安があるなら、そちらで薬に詳しい方に確認していただいて結構です」
 袋を受け取って開けると、この前レジーナが侍女の一人からもらったのと似たような丸薬が詰まっていた。
「司令官様のご指示ですか?」
 レジーナが尋ねると、彼は首を振った。
「いいえ、私の一存です。グレン様はこういったことには無頓着ですので。非常に有能な方ですが、女性には野心は無いと思っていらっしゃるふしがあります。ですが私は無用な混乱を招きたくはないのです」
 レジーナのように、グレンに抱かれる女たちの体を心配してのことではないらしい。青年の意図が分からず、レジーナは眉を寄せた。その仕草に応えるように副官は言葉を続ける。
「せっかくあなたの元でまとまっている婦人たちの幾人かを、グレン様が無用に重用したりすれば、あなたを侮って追い落としたり、グレン様の正妻に納まろうという人間も出てくるかもしれません。女性の中には、ご自分で何もしなくても、力ある人間に気に入られているだけで、権力があると思い込む方が多いですので」
 副官の言葉にレジーナは苦笑いを浮かべた。それは女に限った話ではないが、確かにそうだ。夫の権力をかさにきて、好き放題をする無能な女たちを、レジーナは数多く見てきた。そして何人かはその安穏とした地位から追い落としてやった。様々な方法で。
 侍女たちの中にも、特にグレンに気に入られれば、舞い上がって野心を持つ人間が出てこないとは限らない。
「ありがとうございます。使わせていただきます」レジーナは丁寧に頭を下げた。「そうですね。野心ある女が、力のある男に近づく時には、子供は最大の武器ですからね」
 普段無表情な副官は、やや目元を和ませた。
「グレン様はくだらないことほどむきになってやりたがるので、今止めても無駄だと思います。いずれ飽きるでしょう。──それまで、奥方様も、どうかご婦人たちに目を行き届かせてください」
 レジーナも微笑んで頷いた。
「ええ。できることはします。私のとこの女たちが司令官殿に取り入ったせいで、そちらの本来の仕事に差しさわりが出ても困りますものね」
「いえ、それは多分無いでしょう」彼の返答は素っ気無かった「グレン様は混乱を招いて邪魔になるような人間なら、どんなに可愛がっていた女でも始末します。自分の子供でも同じことです」
 背筋が冷える。そういうことか。副官がくれた避妊薬は、公国軍に混乱をもたらさない為というより、やはり侍女たちの身を守る為のものだったのだ。
 グレンに近づき、子供を使って彼に取り入り、場合によってはレジーナを追い落とそうとするような女は、邪魔になれば即刻グレンに始末される。
 女の順列を簡単に入れ替える、あるいはそう錯覚させるような子供は、侍女の野心に火をつけないためにも、できない方がいい。彼はそう考えたのだろう。

 副官の言葉は、全く抵抗なくレジーナの胸に沈んだ。
 グレンならそうするだろう。邪魔者、役に立たない者はためらいもなく処分するはずだ。
 戦利品としての価値を失ったレジーナも例外ではない。

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