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山間の城の物語」
第二章 千の目

3.女に生まれてこなければよかった (1)

2010.10.04  *Edit 

lima_church_mono.jpg

3.女に生まれてこなければよかった

 室内は明るかった。入り口や寝台、窓際など、随所に据付けられた燭台に火が灯されている。調度の少ない質素な部屋であるが、夜にこうしていくつも明かりを灯し、就寝前に書斎から持ち込んだ本を読むのが、副伯のささやかな贅沢であったらしい。以前に副伯夫人から聞いたことがある。
 衣装棚と物入れくらいしか置いていない部屋であったはずだが、物入れは部屋の隅に積み重ねられ、空いた空間に小さな書き物机と椅子が増えている。見知った部屋が変わっている様子を見て、既にここは副伯夫妻の部屋ではないと、思い知らされた。
 シェリルを待っていた人物は、その新しい机に向かって、何か書き物をしていた。彼女が入ってきても、横目で一瞥しただけで、顔も上げようともせずに言った。
「お呼び立てして申し訳ない。今、手が離せないので、そちらに腰掛けてお待ちいただけますか? よろしかったら、葡萄酒をどうぞ」
 丁寧だが素っ気ない口調だった。
 てっきり明かりも消した寝室で、既に寝台に潜りこんだ男が待っているのではないかと思っていたシェリルは、拍子抜けした気分だ。司令官が顎で差した、寝台脇の外套掛けの下に、これも新しく据えられた小さな丸い卓と丸椅子が二脚あった。真新しい白木造りの卓の上に、小さな酒壷と杯が二つ置いてある。白い陶器でできた高価な酒壷には、甘い芳香を放つ葡萄酒が、なみなみと満たされていた。
 司令官に勧められたものの、シェリルは極度の下戸である。この領地で取れる甘い葡萄酒は、口当たりがいいので、彼女でも飲めることは飲めるのだが、杯の半分も飲んだりすれば、吐き気をもよおして倒れてしまうだろう。
 それに状況が状況である。酒など飲む気分にもなれず、シェリルは黙って丸椅子に腰掛けた。城下の職人が急ごしらえで造った物なのだろう。新しい割には、脚がややぐらつく。
 座ったまますることもなく、落ち着かない気持ちで、部屋を見回した。今まで通り、女中が毎日掃除をしているようだ。散らかった様子は無いが、家具をはじめとして、やはり物が増えている。副伯夫人は、司令官が来てからは客室の一室で寝泊りしていたので、彼女の私物はごっそり消えており、衣装棚、外套掛けに掛かっている服は全て男物だ。その他にも剣や短剣、長靴や靴の飾り紐など細々とした物が並べてあったが、どこか乾いて硬い印象が残った。
 副伯が遠征に出た後、ここは副伯夫人のレジーナが一人で使っていたのだが、その頃は片付け下手の彼女の服や小物が散乱していたらしい。夫人の持ち物が少ないのがせめてもの救いだと、毎日掃除をしていた主寝室付の女中がこぼしていたものだ。

 目の端で、司令官が机から立ち上がるのが見えた。彼は部屋の入り口に向かうと扉を開け、持っていた紙を外の人間に渡した。扉の外の様子はシェリルの位置から見えなかったが、恐らく先ほど見かけたロデリックに手渡したのだろう。
 扉を閉め、こちらを振り向いた司令官と目が合った。
 つい視線を逸らした後で、シェリルは歯噛みをしたかった。まるで怯えているみたいだ。
「失礼しました。急いで書かなければならない手紙がありましたので」
 丁寧な言葉で告げると、彼はシェリルの腕でもひと抱えもない、小さな卓を挟んで、彼女の向かいに腰かけた。真新しい、小さめの椅子が僅かに軋む。
 名前はグレンと言ったはずだ。かつてはレジーナと同じく傭兵であり、二人はそれほど親しくないながらも、お互い面識があった間柄だという。
 遠目では伸びやかに見えた彼の肢体も、近づくと、昨夜の兵士よりもさらに無骨で頑丈そうなのが分かる。小柄なシェリルとでは、まるで大人と子供だ。それだけでも、音の無い威圧感が伝わってくる気がする。
 落ちた沈黙が限りなく重い。
 気まずく鼓動が早まるが、シェリルの方から口を開く必要性は感じなかったし、身分が高い者から口火を切るのが礼儀だ。彼女は黙ったまま、卓の上の酒壷の取っ手を眺めていた。
「どう話し出せばいいのか分かりませんが」
 やがてやっと、司令官の低い声が聞こえた。広間で彼が挨拶をした時にも思ったが、よく響く、骨のある声だ。
 意を決して視線を上げる。
 幸い、彼の目も卓の上あたりを眺めており、シェリルを見てはいなかった。
 情けない。
 安堵した自分を叱咤する。目も合わせられずにいて、どうするのだ。何を言われようと、どんなことをされようと、毅然と、泰然と受け流してやる。
「侍女頭様から伺いましたが、我々の兵があなたに大変失礼なことをしでかしたとか」
 司令官の口調は相変わらず丁寧だが、そこに慚愧や同情の響きはない。
「そうです」
 少し迷った後、シェリルはそれだけ言った。
 すると彼も目線を上げた。再び視線がかち合う。言葉も表情も穏やかだが、眼差しだけは乾いていた。
 それはすぐに鋭さを失い、濃い褐色の瞳が細められる。
「誠に申し訳ない。我々の命令の不行き届きで、ご迷惑をお掛けした」
(迷惑?)
 司令官の放った言葉は、ひどく的外れな気がした。
 昨夜、男に組み伏せられ、確かな熱を持っていた自分の体の、一体何が傷つけられ、何が踏みにじられたのか、まだシェリルにも分かっていない。だが、迷惑という言葉は、彼女が受けた行為のどこにも値しなかった。その安穏とした日常的な響きが、彼女に静かな怒りをもたらした。
「ご迷惑などと……」伏し目がちのまま、無表情にシェリルは言った。「これも、降伏した私どもの務めだと思っておりました。お気遣いいただいて、ありがとうございます」
 彼女の皮肉に、男は沈黙した。シェリルも背筋を伸ばしたまま、微動だにしなかった。どちらにも手もつけられないままの葡萄酒が、甘い香りを漂わせていた。
「シェリルとおっしゃったかな?」やがて司令官は再び口を開いた。「先日も私から申し上げた通り、我々は兵士や士官たちに、決してあなた方や領民に乱暴な真似はしないように通達してある。それは副伯夫人との取り決めであり、決して建前ではない」
「ですが、昨夜私を組み敷いた男は、たとえ誰に訴えようと、あなた方が全て隠滅させてくれると言っておりました」
 落ち着いた声で話し続ける司令官に対し、シェリルの声は硬く、低くなっていく。普段は高めで細い、童女のような声が、抑えた響きを持つと、妙に凄みを帯びた。
「それは事実ではない。狼藉をはたらいた者の脅し文句です。知ったからには厳正に対処します」
 口調が慇懃なせいか、どこか彼の言葉は白々しく聞こえた。答えないシェリルを納得したと思ったのか、司令官は続けた。
「犯人を限定する為に、あなたが被害にあった時の状況を聞きたい。連中の名前などは聞いていますか? それと、覚えている限りの特徴を教えて欲しい」
「連中とは?」
 思わずシェリルは顔を上げ、司令官を凝視した。彼も微かな驚きを込めてシェリルを見る。そこに認識の違いを見出した。
 そうか。司令官は──あるいは副官、そしてもしかしたら侍女頭も──シェリルが複数の兵士に輪姦されたと思っているのだ。
 そうだったなら、気分はもう少し楽だったかもしれない。もっとひどい怪我を負い、ずっと深い傷を負っただろう。だが、陵辱されたにもかかわらず、そう思うことをはばかられるような、にが苦しい後ろめたさは覚えなかったはずだ。被害者として、堂々と己の不幸を嘆いていられただろう。
「聞き方が悪かったな。相手は一人だったのか? それとも複数か?」
「一人でした」
 表情からシェリルの小さな困惑を読んだように尋ねる司令官に、彼女は早口で答えた。
「名前は聞いていないと思うが、顔は覚えているか?」
「……はい。何度か顔を合わせたことがあります」
「知り合いか?」
 グレンが軽く眉を上げた。
 シェリルの顔にさっと赤みがさす。
「知り合いというほどでもありません。何度か夜、顔を合わせたことがあるだけです」
「相手は士官か?」
 司令官は、兵士の城内への立ち入りを今のところ禁止している。城内で過ごすことが許されるのは、各隊を率いる五十人近くの士官たちだけだ。
 シェリルは首を振った。
「いいえ。兵舎にいる兵士です」
「夜中に兵舎に行ったわけか?」
 詰問するようなグレンの語調に、彼女の顔はさらに赤くなった。鳩尾の奥が重く、熱い。
「兵舎の中には入っていません」今度こそたじろぐことなく、司令官を睨み返す。「どういう意味ですか? 夜中に私がふらふら兵舎を訪れたなら、兵士に乱暴されても仕方ないとおっしゃりたいのですか」
 怒ってはだめだ。無駄なのだ。
 言い聞かせても、熱くなる意識は止まらない。
 相手はその気になれば、軍を動員して、この城内、城下をたやすく蹂躙できる。誰も守る者もいない、小さな田舎の村の平穏など、大国の軍隊にとっては、とるに足らない物だ。シェリルが略奪の引き金となるわけにいかない。

 副伯夫人が、女官や執事たちとよく話し合った上で、降伏を決めたのも、領民のささやかな平和を守る為だ。かつて傭兵だったレジーナには、どれほどその決断が屈辱だっただろう。彼女ひとりであれば、最後まで戦いたかったはずだ。
 副伯と結婚する前の、レジーナの苛烈で誇り高い姿を思い出す。流浪の冒険者の身でありながら、レジーナは潔癖で毅然としていた。彼女たちがこの辺境にやってきたのも、貴族の権威や商人の金に媚び、膝を屈するのに嫌気が差したからだという。
 しかし副伯と結婚し、領主の妻となった身では、己の矜持を守る為に、領民たちに苦渋を強いることはできないと、賢明な副伯夫人は理解してもいた。
 だがそのために、無抵抗のまま降伏し、敵の総大将に自分の身を投げ出し、あまつさえ、レジーナが普段から大切にしている侍女たちまでも、司令官の寝室に送り込まなければならない状況に追い込まれたのだ。彼女の懊悩は想像もつかない。
 侍女や女中たちの中には、レジーナがその話を持ち出した時、小声で不満を訴える者もいた。身の安全のために降伏したというのに、何故今になって、司令官の慰み者にならなければならないのかと嘆く者も、特に若い娘には多かった。
 笑わせる。シェリルは同情しながらも、冷めた目で彼女たちを見やった。
 何もせず、ただレジーナを慕っていれば、かつて近隣の盗賊団を壊滅させたように、彼女があらゆる災いから守ってくれるとでも思っているのだろうか。地形と幸運に守られた山間の城では、今まではそうだったかもしれない。
 しかし山を降りれば全く違う。
 諸侯同士の争い、盗賊団の横行、そういったものから、領民を守るべき領主自身が、領民にとっての災いである場合もある。何もせずにただ祈っていれば、平和な暮らしが続くわけではない。
 大切なものを守るためには、別の何かを犠牲にしなければならないこともある。
 貞操の危機を聞いて騒ぐ侍女たちに、それを守る為に別のものを犠牲にする覚悟ができているとは、シェリルには思えなかった。自分たちの女の誇りを守る為、二千の軍隊と一戦交える気はあったのだろうか。平和の中で暮らしてきた彼女たちの、おっとりとした無自覚な傲慢さが、哀れでもあり、苛立たしくもあった。 
 シェリルはこの城に来るまでは、厳しい流浪の生活を送っていた。金、着る物,食べる物も自分ひとりで調達しなければ、誰も何もしてくれない。空腹のまま数日過ごすこともあったし、やむをえず金や食べ物を盗んだこともある。
 占い師としてこの地に辿り着き、盗賊に頭を悩ませる領主の手助けの為に雇われるようになってからは、そんな綱渡りのような生活からは抜け出すことができた。領主から与えられた寝床と食事は、シェリルが彼の為に働いた代価である。
 それはレジーナと副伯の結婚後、引き続き侍女として雇われるようになってからも同じだ。飢饉でもない限りは、当たり前のように食事が与えられ、一日働いたあとは、獣や盗賊の影にも怯えずに、眠ることができる。いつ金が尽きて、寝床を追い出されるかという恐れもない。流浪の生活と比べれば、とても幸せだとシェリルは思う。
 それは自由や誇りと引き換えだ。
 誰かの保護下にいる以上、自分の意志や誇りを折り曲げなければならないこともある。命だって、自分ひとりのものではない。
 シェリルがここで司令官の不興を買ったなら、陵辱され、殺されることもあるだろう。だが、それで終わりではない。城内で暮らすシェリルの同僚、そして城下に住み、税を払って副伯領の生活を支えてくれる、素朴な領民たちも、シェリルの行いの報いを受けることになる。
 それはできない。少なくとも副伯が戻るまでは、彼の帰る場所を壊すことは許されない。彼とレジーナが今まで懸命に守り、統治してきた小さな山間の村に、シェリルもずっと守られてきた。

 怒りに沸き立つ脳を落ち着かせようとした。
 人々のためだ。こらえろ。
 彼女はあまり他人の為にという、自己犠牲的な気持ちで行動するのは、好きではない。自分の言動の責任は自分で取れと、子供の頃から教えられてきた。
 しかし今度ばかりは、他人のためにという言葉が、全ての忍耐の救いになる。
 まるで、夜中に出歩いていたシェリルに非があるといわんばかりの、グレンの言い回しは腹立たしかったが、唇を噛んで感情を押し殺した。領民のため。城内の人々のため。副伯夫妻のため。ことにレジーナは、今シェリルが感じているような、怒りと屈辱には、何度も耐えてきたはずだ。それを考えれば、こんな侮辱は、ものの数ではない。
「そういう意味ではない。あなたが夜中に城下にいようが、兵舎に行こうが、私の命令を兵士たちが破る理由にはならない。状況を聞きたかっただけだ」
 低い声が淡々と語る。挑みかかるような、先ほどのシェリルの発言に対して、苛立ちも動揺も見せないグレンの声は、却って癇に障る。子供の癇癪を受け流す、無関心で冷淡な年長者の態度だ。
 できるだけ静かに呼吸したかったが、シェリルが吐いた息は重く、疲れと苛立ちを伴わせた。
「村の城壁に夜涼みに行ったんです。昔からの習慣です」できるだけ抑揚の無い声で話し始める。「兵舎の歩哨に立っていらっしゃる方と、ここ何日か顔を合わせました……」
 言葉が詰まった。その後のことが出てこない。唇が微かに震え、目の奥が熱く潤んだ。見つめていた陶器の酒壷がぼんやりと霞む。
 泣いてはだめだ。人前で、しかもこんな連中の前で泣くなんて、絶対にいやだ。
「そいつに襲われたのか。兵舎の前で? それとも中に連れて行かれたのか?」 
「……いつも通り、城壁の見張り塔に上った後、彼が後から来ました」
 続けて問いかける司令官に対し、シェリルはやっとそこまで語ると、もう一度言葉を切った。  
 グレンは、顔を俯かせて、健気にも震えをこらえようとする侍女を眺めた。
 かわいい。
 例の一覧表には、年齢は二十三歳と記入してあったが、とてもそうは見えない。どう見てもまだ十代だ。記憶通り、小柄であどけない容姿の、可愛い娘である。
 独身だという話だし、もしかしたら処女だったのではないだろうか。だとすれば、彼女を暴行した兵士は万死に値する。生きたまま土に埋めてやろうか。
 こんなことなら、娘をもっと早く寝室に呼びつけてやればよかった。見張り塔で一兵卒に乱暴されるより、自分がもっと素晴らしい初花の思い出にしてやれたのになどと、勝手なことをグレンは考えていた。

「怪我は無いのか」
 シェリルは項垂れたまま、昨夜、見張り塔で兵士から受けた行為と、自分の体を走りぬけた情熱を思い起こしていた。脳の奥から勝手に溢れてくる記憶を振り払おうとしていると、頭の横に大きな手が触れた。
 来た。
 僅かに体を強張らせ、彼女が顔を上げると、座っていた丸椅子の位置をずらし、こちらに手を伸ばしているグレンと視線がぶつかった。
「顔を殴られたりしてはいないみたいだが、他に怪我は負っていないか?」
 先ほどまでと同じく乾いた表情であったが、シェリルを見つめる視線は柔らかい。
「いいえ。脅されて抵抗しなかったので、怪我は負っていません」
 哀しく司令官を見つめ返しながら呟いた。
 抵抗すればよかった。鼻を折られようと、殴られて内臓を潰されようと、抵抗して怪我でも負えば、それは司令官に対して、そして自分自身に対しての、陵辱の何よりの証拠になっただろう。
 しかし流浪の人生を送っていたシェリルは、暴力の恐ろしさを肌で知っていた。殴られれば痛い。骨が折れ、内臓が傷つけば、後遺症を残すこともある。
 シェリルは慎重である分、自らの矜持と損得を常に天秤にかけてきた。名誉よりも安全を重んじる彼女は、他人には狡猾で卑屈だと思われることも多かった。
 今回、大公国の軍に攻め入られた時も、抵抗と降伏の間で揺れるレジーナに、シェリルは真っ先に降伏を進言した。レジーナにとっては屈辱的な選択であることは承知していたが、女主人の誇りと城の安全は全く別次元の話だ。
 それに対し、眉をひそめる老臣や侍女もいた。しかしいかにレジーナによって訓練を施されたとはいえ、侍女と老人たちで二千の軍を撃退することは、ほぼ不可能に思えた。人数も少ない上、何より組織立って訓練されていない。よほどの奇策を弄し、それが成功したとしても、相当の犠牲は覚悟しなければならない。
 シェリルを始めとする降伏派と、執事たち少数の抗戦派の言い争いの後、結局、副伯夫人が決めた機会は一度きり。一番最初に、司令官と密談を持ち、そこで彼の暗殺に成功すれば、城内の人間総出で士官たちを始末するということだった。無血入城した後に司令官を殺害できれば、不意討ちに持ち込めるが、それですら、シェリルには無謀だと思われた。
 結果的に──そしてシェリルの予想通り──司令官の暗殺には失敗し、こうして城内の人間は占領下の、偽りの平穏な日々を送っている。
 だが考え方が慎重だからといって、安全の為に折り曲げた誇りが傷ついていないわけではない。むしろ生来、自尊心が高いため、屈辱は数倍となって決断したあとのシェリルを苛んだ。
 今も同じだ。
 昨夜、己の女性の誇りを守るために無我夢中になりきれなかった、どころか甘んじて相手の行為を受け入れている間に、快楽すら覚えてしまった自身を深く恥じた。
「怪我は無いか。それはよかった」
 グレンのゆったりした声が聞こえ、頭に触れていた手が頬に滑る。掌の固い皮膚の感触が不快だった。昨夜の兵士と同じだ。固く鍛えられて、相手の傷にも気づかない。
 昨夜の件など口実だ。こうして初対面のシェリルに触れてくる以上、何か下心があるのだろう。勝手にすればいい。
 シェリルは唇を噛み、グレンから目を逸らさないまま、僅かに体を震わせた。
「かわいそうに」
 微かにグレンの眉が寄せられる。頬に触れていた手が、再び頭に触れ、無骨な手に似合わない静かな動きで、そっと撫でた。
「知り合いにそんなことされるなんて、驚いただろう。……つらいなら、もう話さなくていい」
 頭を引き寄せられる。上体を傾けたグレンに軽く抱き締められた。がっしりした胸元に顔が押しつけられる。風呂を使ったのだろうか、彼の服の下から微かに漂ったのは体臭ではなく、意外にも石鹸の香りだった。
「君は何も悪くない。迂闊だった、落ち度があったなんて思っているなら、もう考えなくていい。非があるのは、相手の男だ」
 シェリルを抱き締めたまま彼女の頭の後ろを撫でながら、グレンは落ち着いた声で語った。
「君に乱暴した兵士は俺がきっちり処分する。安心していい。君はあとは、自分の傷を癒すことだけ考えろ」
 頭を撫でる手が止まったと思うと、彼女を抱く腕にさらに力がこもった。頑丈な両腕は、小柄なシェリルの頭と背中を簡単にひと抱えにしてしまう。
 何も悪くない。
 夜中に星などを見に出歩いて、顔見知りの兵士に油断して警戒もせず、挙句に強引に体を触られ、押し入られながら快楽まで覚えてしまった。それなのにシェリルは何も悪くないというのだろうか。
 分からない。でも彼女は自分以外の誰かにそう言って欲しかった。

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