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山間の城の物語」
第二章 千の目

5.静寂は地の底へ (2)

2010.11.01  *Edit 

 西の集落へと出掛ける前、レジーナは久し振りにグレンと夕食を共にした。
 その席で、西の放牧地で不穏な動きがあること、レジーナ自ら様子を確かめに出向くことを語った。
「ウチの兵を何人か連れて行くか?」
 話を聞き終えたグレンは、深い興味も無さそうに、そう言っただけだった。
「別にいいわ。領地を回るだけだし」
 素っ気なく首を振るレジーナに、彼は意味深な笑いを見せた。
「本当に大丈夫か? 行った先で、興奮した愚民どもに、撲殺されるかもしれないぞ」
「ひとの領民を差して愚民って何よ。誤解があるみたいだから、説明しにいくだけ」
 すぐにそう切り返したが、レジーナもグレンの言った可能性を完全に捨てきれてはいない。平静を保ったものの、胸の奥には不安が残る。
 相手が敵であれば、戦うだけだ。
 しかし向こうがいくら敵意を持っていようとも、この地を支えている領民だ。彼らが疑惑を持っているなら、それを上手に晴らしてやらなければならない。レジーナは頭の回転は早いが、気が短いので、交渉や説得などはあまり得意ではない。
「女のお前が理屈こねたところで、ど田舎のさらに僻地に住むような愚民が、話を聞くかねえ。俺んとこの兵を一隊引っ張っていきゃ、すぐに黙ると思うけど」
「それじゃ意味が無いのよ。あんたと内通してたって疑われてるのに、あんたのとこの兵隊を連れて行ったら、それを裏付けるようなものでしょ」
 ちぎったパンを頬張っていたグレンは、皮肉を込めて目を細めた。
「自分の正しさを証明しにいくわけか? 思い込みの激しいバカどもに、後から屁理屈説明しても無駄だと思うけどな。本能に訴えかけてやる方が早いよ」
「さっきから聞いてれば、愚民だ、バカだって、随分じゃないの。うちの領民を、本能だけで生きているあんたと一緒にしないでよ」
 レジーナの言葉を、グレンは薄笑いを浮かべながら聞いていたが、「ま、それで気が済むならいいんじゃないか」などと、尊大に言っただけだった。
 レジーナとて、伊達に何年も傭兵をしてきていない。グレンの言っていることも解る。軍隊を連れて行き、権力を見せつけて領民を鎮めさせた方が早い。そして安全だ。
 彼らだって自分の身は可愛い。彼らのように、日々労働に従事している民たちは、理論より直感で物事を判断する。レジーナが拙い弁明を尽くすより、言葉は悪いが、脅しをかけた方が遥かに効果的だろう。
 だが、夫ならそんな方法は決して取るまい。そしてここは夫の領地である。レジーナはあくまで彼の妻として、ここを守っているのであって、彼女の領地ではない。夫の名を汚すような真似はできない。
 二人はその後、少しの間、無言で食事を続けた。
 あいだには、ひとりの少女の死が、沈黙のまま横たわっている。二人ともその小さな暗がりを常に意識しながら、触れることを避けていた。それは無かったことになっているからだ。


 イブが死んだのは、もう二十日近く前になる。
 あの夜、深手を負ったグレンを前にしながら、結局レジーナは手を下せなかった。張り詰めていたものがすべて崩れ去り、何もかもに疲れ果てて、グレンに頭をもたれかけさせながら、いつしか眠ってしまった。
 目が覚めると夜明け近くで、いつの間にかグレンは一人で毛布を被って眠っており、レジーナはその横で崩れるように倒れていた。グレンも眠る前に、レジーナを起こすなり、または眠ってしまった彼女にも、毛布か掛け布を被せてくれればいいものを、まるっきりのほったらかしである。
 しかしそれがレジーナにはありがたかった。無関心も心遣いのひとつの形かもしれないと、その時思った。
 以来、グレンは負傷で床に臥せり、レジーナはそれまで通り、領地の視察や城内の整備、軍隊の為の改築作業などを進めた。

 一旦、古い礼拝堂に休ませたイブの遺体は、レジーナがその裏手にひっそりと埋葬した。誰の手も借りなかった。
 毎晩、真夜中に部屋を抜け出し、埋葬の為の穴を掘った。小柄な少女一人を埋める穴を掘るのに、何日もかかった。延々と地面を掘り続ける虚しい作業をしながら、彼女は何度も涙を流しては手を止めた。
 穴を掘り終え、礼拝堂にイブの遺体を引き取りに行った時、彼女は戦慄した。若く可憐だった侍女の日焼けした肌は、紫が混じったどす黒い色に変わり始めていたからだ。
 死体など見慣れていたはずなのに、紛れもなく肉の塊となり果てた侍女を目にして、レジーナは吐き気を覚えながら再び泣いた。イブを哀れんでいたのか、グレンを憎んでいたのか、自分を責めていたのか、理由も考えられずに、ただ声を殺して泣いた。
 侍女の遺体を敷布にくるみ、穴の底に座らせるように納める。イブが最期まで握り締め、レジーナが結局グレンを葬ることができなかった短剣を彼女と共に埋葬した。せめてもの手向けのつもりだったが、まるで罪を隠匿し、イブの口を封じる為にそうしているような気がした。
 その後、夜明けまでかかって土をかけ、地面をならした。
 礼拝堂には幽霊が出るという噂があり、近寄る者はほとんど無いが、墓標は立てなかった。


 グレンとはあの夜以来、城内ですれ違ったりしたことはあるが、面と向かって話をするのは、その夕食の席が初めてだった。
 イブの死はレジーナの胸に、変わらず深く小さな影を落としていたが、グレンの顔を見ても彼に対して憎しみや怒りが再燃することはなかった。
 イブの復讐をする機会はあったはずなのに、手を下さなかったのはレジーナ自身なのだ。彼への怒りはその時点で溶けてなくなってしまったのかもしれない。
 夕食を済ませた後、言葉少なに他愛もない話をした後、ふたりは各々の寝室へと引き取った。以前のようにグレンがレジーナを寝室へと誘うことはなかった。
 また彼は、別の侍女を呼びつけたりもしていないようだった。自衛の為に殺した少女のことを、いつまでも気に病むような殊勝な男でないことは知っているが、グレンなりの僅かな悔悟の表れではないかとレジーナは考えた。 
 

 翌日、レジーナは供を連れて、集落からやってきた老人たちを伴い、西へと出発した。
 初夏、山は最も生命に満ち溢れていた。
 真昼には太陽が肌を焼き、汗が吹き出してくるほどだった。野生の慎ましい花が咲き乱れ、短い命を謳歌している。
 初めてこの山地にやってきた時、レジーナはなんて厳しく、美しい土地だろうと思った。冬が長く、春も夏も短い。けれどその夏の短く激しい日差しを頼りに、人も動物も植物も、懸命にしたたかに生きている。
 幼い少女時代を除いて、貴族の家に嫁ぐなど、レジーナは夢見たことがなかった。彼女にとって貴族とは、大抵ただの雇い主であり、軽蔑の対象ではあっても、恋愛はおろか、尊敬の対象になることすら稀だったからだ。
 夫のような人間には、出会ったことがなかった。公正で、善良で、領民を愛し、領民に愛されている。祖先から受け継いだこの土地と、そこに属するものすべてを、何より大切にしていた。
 彼がいない間、せめて彼の帰る場所を守りたい。
 領地を歩きながら、改めてレジーナは思った。そのためなら、どんなことでもする。悲しみも乗り越える。屈辱くらい、耐えてみせる。
 
 したたるような緑の林を抜け、潅木地帯を通り過ぎて、集落に着いたのは夕方だった。
 長老である老人たちが、村人を呼び集めてきた。彼らを前に、レジーナは道中考えてきた演説を始めた。
 今回、城に攻め上ってきた軍の将軍とは、傭兵時代の単なる知り合いであり、友人ですらなかった。降伏を決めたのは、二千人の軍勢を相手に、武装した侍女と老兵、子供だけでは、勝てたとしても大きな被害が出ることが分かりきっていたからだ。
 大公国の目的は、あくまで軍の駐留と間道の建設であり、領地の占領には彼らは興味が無い。司令官とは冷静に話し合い、彼らの駐留を認める代わりに、領地や領民への手出しはさせないという約束を取り付けた。
 以前レジーナがここを訪れた時に話したことと、ほぼ同じだ。
 出発前に侍女のシェリルは、グレンとの関係をもっと詳細に説明した方がいいと言った。例えば、兄の友人である、従姉妹の義兄弟であるなど、血の繋がりと関係のある知り合いであると述べた方が、田舎の人間は受け入れやすいと彼女は語った。
 彼女の言うことは本当だろうが、それでもレジーナは、領民に事態を説明するのに、偽りを混ぜたくなかった。うしろめたさは、態度や口調などに表れてしまうに違いない。それなら、真摯に誠意を見せて、正々堂々と語った方がいい。実際、再会するまでのグレンとの関係に、なんら後ろ暗いところは無いのだ。
 集落の村民たちは、レジーナの話を黙って聞いていた。納得したようにも見えなかったが、野次を飛ばされたり、敵意を向けられることも無かった。
 彼らを説き伏せるには、時間がかかりそうだと思った。 
 レジーナはその日は長老の一人の家に滞在し、翌日は別の集落を訪れた。
 彼らは従順にレジーナの話を聞いていたが、やはり納得させたという手ごたえも無かった。
 領民たちが漠然と不満を持つからには、何か動物たちの様子や、牧草の出来などに、不安があるのかもしれないと、レジーナは彼らと一緒に、羊や牛たちの様子を見て回ったが、取り立てて家畜や作物にも、異変は見られなかった。
 その間の領民たちの態度は、以前に比べれば、どこかよそよそしかった。子供たちは相変わらず、はにかみながらも笑顔で、レジーナについて回ったが、若者や女たちはと言えば、冷淡とまでは言えないものの、確かにぎこちない壁を感じた。
 しかし彼らは、面と向かって、レジーナの言に反論したり、異議を唱えることはしなかった。こうなると、レジーナも対処のしようがない。村民が彼女に対して、全く疑いを解いたわけでもないようだが、彼らが何も語らなければ、レジーナがそれ以上疑惑を解く術がない。
 数日、集落を行き来し、彼らと交流を図ったが、確かな手ごたえは無かった。
 あまり長く城を空けるわけにもいかず、レジーナは薄い霧のような不安を胸に抱えたまま、とりあえず供を連れて帰路についた。
 噂の出所を探ることはあえてしなかったので、原因は分からないが、彼らの信頼を取り戻すには、やはり時間と根気が必要だと感じた。

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