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山間の城の物語」
第二章 千の目

5.静寂は地の底へ (3)

2010.11.04  *Edit 

 レジーナが戻ってきただけで、寄る辺なくさまよっていた船が錨を下ろしたかのように、シェリルの心は落ち着いた。
 レジーナは剣技に長けているだけではなく、身を守る術も知っている。頭もいいし、滅多なことはないと信じていたが、それでも無事な姿を見るまでは不安だった。情に厚い彼女が、万一領民に襲われた時に、躊躇なく彼らを斬れるとも思えなかったからだ。
 レジーナの身にまでもしものことがあれば、この領地は本当に大公国に占領されてしまう。
 そして副伯が戻ってきた時、愛する妻を失って、どれほど悲しむだろう。
 あのふたりは、お互いがお互いを必要としているのだ。どちらが欠けてもだめだ。戦地にいる副伯はどうすることもできない。無事を祈るしかないが、レジーナの身だけは、何としても守りたい。

 小食堂で司令官と副伯夫人の朝食の用意をした後、シェリルは女主人の旅の服を洗濯場に持っていく為に、早足で廊下を移動していた。
 着替えたレジーナとグレンは、食事をしながら旅先での出来事を話しているのだろう。気にはなったが、いずれシェリルにもレジーナから話してくれるはずだ。
 女主人の顔色を見る限り、首尾は良くも悪くもなかったようだ。物事は大概がそんな風に、最悪でもないが最良でもないことが多い。
「うっ」
 考え事をしながら凹凸の激しい廊下をせかせか歩いていると、床のでっぱりにつまずいてしまった。そのまま踏みとどまれず、両手に洗濯物と薬草を抱えていたシェリルは、足をもつれさせて頭から転倒してしまった。
 幸い、洗濯場に通じる廊下に人はいないようだった。誰も駆け寄ってこない。
(……痛い)
 いい年をして、子供のように顔から転ぶなんて情けない。
 ここのところ、飲みつけなかった避妊薬を二日続けて立て続けに飲んだし、寝不足気味でもあったので、朝から頭はぼうっとしていたが、それにしてもこの転び方は無いだろう。体がだるい上に、転んだ自分が無様で、少しの間立ち上がることもできずにいた。
(誰もいなくてよかった)
「よっこらしょ……」
 侍女の中では一番年配のモニカでも使わないような掛け声をかけて、シェリルがどうにか手をつき、重たい体を起こすと、目の前に長靴が見えた。
「大丈夫ですか?」
 長靴の主は脚を折りたたむようにして屈むと、失礼しますと言いながらシェリルの手を取る。
 転んだまま起き上がれずに、しばらく床に寝ていたが、人がいたのだ。
 彼女の手を取ったのは、この城の人間ではない。砂色の金髪の士官だった。彼は優雅にシェリルを立ち上がらせてくれる。
「こちらの廊下は段差が多いですから、私もよく躓きます」
 青年士官は微笑みながらそう言うと、シェリルの手を放して、周囲に散らばった洗濯物を拾おうと再び屈んだ。
「あっ、大丈夫です。私がやります」
 シェリルは慌てて手早く、レジーナの服を拾い上げた。青年は善意でしてくれているのだろうが、洗濯物の中には、レジーナの肌着や下着も混ざっているのだ。
 彼もそれを察したのか、散らばった薬草の方を拾いにいってくれた。よほどの勢いで転んだのだろう、信じられないほど遠くまで転がっていった籠を拾い上げ、そこに拾った草を詰めて、シェリルに渡してくれる。
「ありがとうございます」
「いいえ。お怪我はございませんか?」
 シェリルの礼に対して如才なく返した青年は、時折廊下などですれ違うことがある。特に若い独身の侍女たちの間では有名な士官だ。相手が占領軍であろうとも、魅力的な異性を前にして、若い彼女たちが舞い上がってしまうのは無理ないことだ。およそこの山間の地域ではお目にかかれないような、洗練された青年である。
 既に二十三にもなるシェリルは、十代半ばの侍女たちに混じって、きゃあきゃあ騒ぐわけにいかないが、彼女とてこの青年を見かけるたび、心の中では娘たち以上に騒いでいた。若い頃からのシェリルの悪い癖である。
「よろしければ、お荷物をお持ちしましょうか? 両手に抱えているのは大変でしょう」
 青年士官はそう言ってくれたが、シェリルは慌てて首を振った。
「いいえ、とんでもない」
「私なら大丈夫ですよ。時間もありますし……」
 彼は再び微笑みを見せながら、さりげなくシェリルの手から薬草の入った籠を取ろうとした。
「ニコラス」
 背後から別の声が聞こえたと思うと、何冊もの本と丸めた大型の羊皮紙を抱えた男が、早足で廊下を歩いてくる。今朝がた、庭園で会ったロデリックであった。
「こんなところで油を売っていていいんですか? すぐに軍議が始まりますよ……あっ」
 やや顔を顰めながら歩いていた彼は、シェリルがつまずいたのと同じでっぱりに足を引っ掛けた。シェリルとニコラスが声を上げる間もなく、両手に荷物を抱えていたロデリックも派手に頭から転倒する。彼が持っていた本や紙束が、廊下に散らばった。
「何をしているんだ」
 呆れた声を上げながらも、ニコラスは屈んで本を集めて回っている。シェリルも一度洗濯物を床に置き、足元に転がってきた本を一冊拾い上げた。
 題名に素早く目を走らせる。古代の軍事土木技術について書かれた本であるらしい。領主の持ち物ではない。ということは、ロデリックの本なのだろうか。
「……すみません」
 顔から転んで、よほど痛かったのだろう。鼻と額を押さえながら、ロデリックはようやく上体を起こし、ニコラスが拾い集めて差し出した本を受け取っている。
 シェリルが彼の側に寄り、屈んで拾った本を差し出すと、彼は立ち上がりながら、ひどく恐縮して受け取った。
「あっ……ありがとうございます」
 シェリルから目を逸らし、大袈裟に頭を下げるロデリックを見て、ニコラスは苦笑いを見せながら呟く。
「君がどもるなんて珍しいな」
「何言ってるんですか」再び本を抱え直し、彼はニコラスを軽く睨んだ。「……先に行っていますよ。あなたも早く来てください」
 ロデリックはそのまま、すたすたと廊下を元来た方へ歩いていったが、やがて「あっ、こっちじゃなかった」などという独り言が聞こえ、こちらに引き返してきた。シェリルたちの前を通り過ぎた彼は無言だったが、僅かに顔が赤らんでいた気がする。

「変わった男でしょう? 頭はいいのですけれどね」
 不自然なほどの早足で去っていくロデリックの後姿を目だけで追った後、ニコラスはシェリルに笑いかけた。
「そうですね」
 彼女がつい正直に答えると、彼は小さく笑い声を漏らした。
「浮いた話のひとつも無いし、女性に対しても無愛想なので、私たちとしても心配しているのですよ。公都の貴族連中の中では、彼と司令官殿がおかしな関係ではないかという噂も立っていましてね」
 シェリルも思わず苦笑いを浮かべた。あのグレンが両刀使いとは想像もつかないが、軍隊ではよくある話らしい。
「どうか今の話は内緒にしてください。軍の内部ではご法度です。司令官殿に知られたら、私が殺されます」
「分かりました」
 笑いながら答えるシェリルに対し、ニコラスも目を細めた。
 彼はさりげなくシェリルの手から薬草を詰めた籠を取り上げる。シェリルは用事の途中だったことを思い出し、洗濯物を拾い上げて抱えた。ニコラスに荷物を持ってもらうのは気が引けたが、彼が先に廊下を歩き出してしまったので、その後に続く。
 シェリルが追いついてきたのを横目で確かめ、ニコラスは歩きながら口を開いた。
「それにしても、彼が女性と話しながら、あんなに赤くなるのは初めて見ましたよ。……大変不躾ですが、勿論あなたにはご主人か婚約者がいらっしゃるのでしょうね?」
「いいえ」
 シェリルが小さく首を振ると、彼は大袈裟に目を見開いた。
「なんと。あなたほどの美しい方を前にしながら、誰もその心を捕えていないとは、この地の男性方は余程内気なのでしょうね」
 ニコラスの歯が浮くような台詞を聞きながら、シェリルは内心肩を竦めた。妙齢で独身の彼女に愛を捧げる男は多かったが、誰ひとりシェリルの心に到達していない。それは彼らが魅力に欠けているということではなく、彼らが彼女を選んだ理由が、シェリルにはしっくりこなかったからだ。
 ニコラスは微笑みながら続けた。
「……実は、私たち士官仲間の間での退屈しのぎが、今のロデリックに、いつ素敵な恋人ができるかという賭けでしてね。彼は公都にいるような貴婦人より、優しくて気立てのいい女性が好みのようですので、こちらへ移ってきてからは、俄然賭けが盛り上がっているのですよ」
 上官からは変態扱いされ、同僚からは賭けの対象にされているロデリックが少々哀れになってきたが、シェリルも思わず笑ってしまった。
 二人は廊下の行き止まりに辿り着いた。正面の木戸を開くと、そこは中庭にある洗濯と物干し場だ。ニコラスは扉を開けた後、行儀よくシェリルを先に通した。女性に優しいのはこの地の男性も一緒だが、彼の動作は遥かに洗練されている。 
「私は五年後にロデリックに恋人ができることに、棒給ひと月分賭けていましたが、もう少し早くしてみてもいいかもしれませんね」
 ニコラスは籠をシェリルに返しながら意味ありげな笑みを残し、略式の礼を取ると、城の門の方へと去っていった。軍議は兵舎で行われるらしい。
 長身の青年の後姿をいっとき見つめた後、シェリルは小さく溜め息をついた。
 独身のシェリルに、暗にロデリックを恋人にどうかと仄めかしているようだが、占領軍の司令官付副官と侍女のシェリルが、そう簡単に結びついてしまうわけにいかない。それに、いかにも貴公子然とした容姿と物腰のニコラスの方が、むしろ彼女には好ましく映った。
 それにもかかわらず、常にロデリックを意識してしまうのは、やはり彼が昔の恋人に似ているからだろう。性格は全く違うのに、見た目だけで、こんなに意識の片隅を引っ張られるのが不思議だった。
 洗濯場には井戸がある。物干し場を兼ねているここは、日当たりがいい。洗濯場付の女中たちは、午前中の仕事とお喋りに精を出していた。
 逞しい腕を規則正しく動かして、城内の人間たちの服や敷布などを手早く洗う洗濯女たちは、城下から通ってくる者がほとんどだ。彼女たちの弾けるような笑い声を聞きながら、やはりそれでも、この城はまだ平和なのだと実感する。
 シェリルが副伯夫人の服だと言って女中たちの一人に頼むと、彼女たちは笑顔でそれを受け取り、「奥方様のお召し物なら、丁寧にやらなくっちゃね」などと言いながら、すぐに手際よく洗い始める。
 見上げた空は相変わらず澄んで晴れ渡っていて、今日は暑くなりそうだった。
 昨夜と一昨日、シェリルを襲った出来事とは関係なく、いつもと同じ時間がそこには流れている。
 一昨日の夜、兵士に襲われたことは確かに屈辱であったはずなのに、それよりもシェリルの胸の奥底で澱んでいるのは、昨夜の乱れた情事だった。
 放浪を続ける間、男に陵辱された女たちをいやというほど見てきた。彼女自身は用心深く旅をしてきたので、幸運も手伝って、そんな目に合ったことはないが、強姦された女たちを介抱したことは何度かある。彼女たちは例外なく恐怖に震え、ごく若い娘の中には、以来男性に近寄れなくなってしまった者もいた。
 人の性質も体質も様々だ。同じことが振りかかっても、受け止め方は違う。
 けれどシェリルは、自分も相手もおぞましく思うような一昨日の出来事を、昨夜の堕落した情熱にまみれた時間があっさりと飲み込んでしまったことに、静かながら重い衝撃を受けていた。
 陵辱されたばかりの身で、別の男に口先ばかり慰められて簡単に体を開き、受け入れてしまった。昨夜の情交は、間違っても陵辱などとは呼べないだろう。一昨日の出来事だって、分からない。
 物干し場の一角に摘んできた草を並べて干し終わると、シェリルはからっぽの籠を手に取り、城の中へと取って返した。仕事はまだ山ほどある。

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