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山間の城の物語」
第二章 千の目

6.届かぬ切っ先 (2)

2010.11.12  *Edit 

 朝食後に仮眠を取った後、レジーナは昼食を食べながら、役人と主だった召使いを集め、集落での出来事を語った。
 話を聞いた彼らは、心なしか安心したように見える。レジーナの胸には、まだ不安がうっすらと残っているのもかかわらずだ。ということは無意識の内に、召使いたちを安堵させるような語り方をしていたのかもしれない。
「留守中、何も無かった?」
 彼らを見渡しながら尋ねると、召使いたちを一瞥した執事が一同を代表して首を横に振った。
「城内では、特に何事もございませんでした」
「そう」
 甘い葡萄酒を啜りながら軽く頷いたレジーナは、侍女頭が顔色を窺うように、シェリルに視線を送ったことに気づかなかった。
「ただ……」役人の一人が低い声をあげた。「恐らく事件というほどではないのですが、実は鍛冶屋の姿が、五日前から見えないのです」
 役人に視線を返しながら、レジーナの心臓は大きく弾んだ。この村の鍛冶屋は、殺された侍女、イブの父である。五日前といえば、レジーナが城を空けて間もなくのことだ。
「どういうわけなの?」
 動揺しすぎてはいけない。声が高くならないように気をつけながら尋ねると、役人は顔を伏せ気味に答えた。
「どうやら娘の後を追って、村を出たようです。弟子や近所の者にも何も告げずに旅立ったようですが、家財道具などは家に置いてありましたので、恐らく連れ戻しにいったのではないでしょうか」
 娘を失った鍛冶屋のことを思うと、胸の奥が苦かった。

 イブが死に、数日かけて彼女を埋葬した後、レジーナは領主お抱えの鍛冶屋であるイブの父の元を訪れ、彼女が姿を消したとだけ語った。
 罪悪感に胸が押し潰されそうだった。
 鍛冶屋は、娘が恐らく城勤めに耐えられず城から逃げ出したと考えたらしく、レジーナに恐縮して詫びた。
「あのバカ娘、だから奥方様にお仕えするなんて、十年早いと言ったのに……。お城に上げられて一年ばかりで逃げ出しやがって、根性なしめ」
 純朴で生真面目な鍛冶屋は、城に奉公に出した愛娘が占領軍の将軍に殺され、他ならぬ女主人の手で地の底に封じられたなどとは、疑ってもいないようだった。 
「どうか、あまり気に病まないでください。大公の軍が駐留しているような状態ですし、イブには恐らく窮屈すぎたのでしょう」
 何も知らない父親に罵られるイブがあまりに哀れで、そして申し訳なく、レジーナは首を振って鍛冶屋を宥めるように言い添えた。
 真実を告げるわけにはいかない。まだ乙女だった娘が、夜伽を命じられた将軍の寝床で、彼の寝首をかこうとして返り討ちにあったなどと聞いて、鍛冶屋が喜ぶはずはない。
 彼女の名誉のためにも、イブはグレンに呼びつけられる前に姿を消したことになっている。あの夜、イブが寝室に呼ばれたことを知っているのは、張本人のグレンと、侍女にそれを告げた副官、そして彼女を寝室に通した見張りの士官たちだけだ。彼らについては、グレンが口止めしていることだろう。
 イブが勝手に司令官の暗殺を試みたことは、許されることはでない。あの夜、うまくグレンを殺せたとしても、駐留している二千人の軍が黙って帰るわけはないだろう。城下も城内も殺戮の舞台と化したはずだ。
 しかし幼い侍女をそんな行動に駆り立てたのは、レジーナの不甲斐なさだ。不安に怯える侍女に、十分な信頼と安心を与えてやれなかった。平穏な時は侍女たちに慕われていたが、ひとたび混乱の種が持ち込まれると、このざまだ。
「ここだけの話ですが、私はイブが城を逃げることができて、よかったと思っています。こんな状態ですから、つらいことも多いですし」
 鉄を打ち続けて固い筋肉がついた小柄な鍛冶屋を見下ろしながら、レジーナは静かに言った。
「しかし奥方様、つらいのは皆同じです。自分だけ逃げようなんて、なんて図々しい。そんな娘に育てた覚えはねえのに」
 そうだ。あなたの娘は、そんな卑劣な娘ではない。ある意味で、ずっと私より純粋で勇気があった。
「いいえ。イブはよくやってくれました」かぶりを振って答えた途端、涙が出そうになった。「慣れない仕事ばかりで、つらかったでしょうに」
 声が震える。嗚咽になりそうで、それ以上は喋れなかった。
「奥方様、そんな勿体ねえ。私んとこの娘が情けないだけですわ」
 自らの手で埋葬した娘の父親の前で、レジーナは溢れてきたものをこらえきれず、顔を伏せたまま唇を噛みしめた。

 恐縮する鍛冶屋に、それこそ合わせる顔が無かった。
 領主も軍も出払っているので、鍛冶屋の仕事は減っていた。その間に娘を探しに麓に下りたのだろうか。もはや地上のどこを探しても、イブはいないというのに。
「他は、至って平穏です。あとは食糧ですが、今年は今のところ、麦の出来も悪くはないです。しかし、駐留軍全ての糧食は、とても……」
 考えに耽っていたレジーナを、老役人の淡々とした声がゆっくり呼び戻す。彼女は役人に向かって、頷いてみせた。
「その件については、司令官様ともう一度確認するわ。公都から補給があると言っていたはずだから」
「よろしくお願い致します」
 彼は心持ち顔を綻ばせた。やはりこの山間の土地での最大の心配は、食糧だ。城下の人口の数倍を超える軍を養う余力は無い。早々に、グレンに補給の時期などを確認しなければならない。
 丁度いい。これからすぐにでも、見学を兼ねて兵舎に行ってみよう。
 葡萄酒を飲み干し、レジーナは立ち上がった。
「午後から兵舎の視察に行ってきます。大工と石工の親方を呼んできてくれる? 改築のために、一緒に見てもらいたいから」
 副伯夫人の命を聞き、すぐに小姓の一人が町への使いのために食堂を出た。レジーナはそのまま話を続ける。
「それからジョージとアルフレッド、シェリルも同行して、改築の打ち合わせに参加して」
 名指しされた執事と老役人は、恭しく頭を垂れた。しかし若い侍女だけはすぐには頷かず、僅かに当惑してレジーナの顔を見ている。
 レジーナがどうしたのかと尋ねる前に、侍女頭が進み出た。
「レジーナ様、シェリルは昨日から体調が優れないようでして……。午後はできれば休ませたいのですが」
 レジーナが見たところ、特にシェリルに変わった様子は無い。元気そうでもないが、それもいつものことだ。普段からあまり溌剌とはしていない、落ち着いた娘である。
 だがモニカが珍しく、シェリルの仕事について口を挟むからには、何か事情があるのだろう。
 あるいは今朝方庭園で、占領軍の司令官にしがみつかれたことが衝撃だったのかもしれない。だとすれば、グレンの頭を一発殴ってやりたい。
 しかしシェリルも十五、六の小娘ではない。放浪の生活をしてきただけあって、あれくらいで兵舎に行くのが怖くなってしまうような、やわな神経の持ち主ではないはずだ。
 既に二十三歳にもなるのに独身を貫いているシェリルは、男嫌いだと思われるが、男性が怖いわけではないようだ。盗賊の討伐隊にいた頃には、荒くれの傭兵や冒険者たちとも臆することなく接していた。恐らくレジーナと同じく、単純に異性としての男性に興味がないのだろうと、彼女は考えていた。
 従って、男だらけの兵舎に行くことをシェリルが恐れているとも思えない。やはりモニカの言う通り、体調が悪いのだろう。月のものかもしれない。
 彼女は取り立てて不審にも思わず、腹心の侍女を労わるように声をかけると、他の侍女を連れて兵舎へと向かうことにした。


 食後の休憩の後、召使いたちと職人を伴い、レジーナは城を出て兵舎へと向かった。
 跳ね橋を渡り、堀に沿って歩くと、頑丈な花崗岩の建物が見えてくる。古代帝国時代に作られた物で、当時の高度な建築技術の賜物か、年に数度、手入れをするだけで往年の形を保っている。それは城も同じだ。現在では、あれほどの硬い石を精巧に加工する技術は、ほとんど失われてしまっている。
 兵舎と訓練場の門の前には、急ごしらえの見張り小屋が建てられ、そこに常時門番がいた。
 グレンが今朝、話を通しておくと言った通り、レジーナが近づくと、門番は手にした槍を構えることなく丁寧に頭を下げた。先日訪れた時にも感じたが、兵たちはなかなか礼儀正しい。
「副伯夫人ですね」
「そうです」
「今、迎えを寄越すので、少しお待ちください」
 言葉遣いもそれなりに丁寧だ。彼は見張り小屋の中に声をかけた。内部にもう一人門番がいたらしい。外へ出てきた門番はレジーナに目礼すると、足早に兵舎の門の内側へと走っていった。応対も早い。
 レジーナがその場で少々感心しながら待っていると、兵舎から近づいてくる若い士官の姿があった。彼は門の前にぞろぞろと立っているレジーナたちを見やり、足を止める。
「何か御用ですか」
 てっきりこの青年が迎えだと思っていたレジーナは、彼の無愛想な問いに些か憮然と答えた。
「兵舎の見学にまいりました。司令官様には既にお話し済みです」
 青年士官はにこりともせず、ただ眉を寄せた。士官は城内に寝泊まりしているので、見覚えのある若者だが、生憎長い会話をした覚えは無かった。
「失礼ですが、今は訓練中です。ご婦人の立ち入りは、ご遠慮いただきたいのですが」
 頭ひとつ下げず、慇懃無礼に青年は言い放った。愛想の欠片も無い彼の態度に、気の短いレジーナは、思わず硬い声で言い返す。
「司令官様からは、いつでも伺っていいと聞いています」
 黒髪の士官の瞳に苛立ちが見えた。彼の声もさらに冷ややかになる。
「お察しください。駐留させていただいている領主夫人には、我らの主も何もかも率直に語るわけには参りません。しかしながら軍隊は本来、女人禁制の場です。せめて訓練が終了するまで、ご配慮いただけないでしょうか」
 司令官の台詞は社交辞令だ。お前が遠慮しろ。
 彼の言葉を要約すれば、そうなる。
 グレンの言ったことが社交辞令かどうかは、レジーナにも分かる。そんなに浅い付き合いではない。
 それはまるでグレンとの親しさを誇っているようで、彼女は声にする直前で、言葉を変えた。
「元は私どもの軍の兵舎ですわ。立ち入りを禁じられるいわれは無いと思いますが」
「無論、承知しております。しかし現在は、我々が駐留させていただいている。部外者で、しかも女性を簡単にお招きするわけには参りません」
 門番の兵と、レジーナが連れている侍女や役人たちは、二人のやりとりをはらはらしながら聞いている。ことにレジーナの召使いたちは、青年士官の言葉が、女主人の神経を逆撫でしていることを知っていた。己の腕だけが物を言う傭兵の世界で、男とほぼ対等に戦ってきた彼女は、女だからという理由で侮られることを嫌う。
「とても厳しい規律がございますのね」声音は冷たいまま、レジーナの口調はひときわ丁寧になる。「先日夜分にお伺いさせていただいた時には、若くてお綺麗な女性が何人も兵舎にいらっしゃったようですわね。訓練中は女人禁制でも、それ以外のお時間を楽しくお過ごしになる為に、わざわざ公都からお連れになっているのですね」
 レジーナの皮肉に対して、士官の眼尻が吊り上がった。侍女と役人は顔色を変えたが、レジーナは増々闘争心をかきたてられる。体を慰めるために娼婦を連れているくせに、訓練中だけ禁欲の聖人気取りで、女だからというだけでレジーナを追い出そうというのが気に食わない。
「娼婦は娼婦です」静かな声ながら、軽蔑を露わにして士官は言った。「彼女たちは役目があって、ここにいます。普通の女性とは違います」
「あら、彼女たちがいらっしゃらないと、ご辛抱もできないのに、随分なおっしゃりようですこと」
 レジーナも娼婦は嫌いだ。肩を持つわけではないが、まるで使用人以下の、役目を与えられた家畜のように彼女たちを差す青年の言い草は、尚更彼女の怒りに火を注いだ。
「私とて、破廉恥な所業だと思っておりますとも」精悍な青年の表情が歪んだ。レジーナはそこに本物の嫌悪を見た。「しかし……」
「ガブリエル、何している」
 青年の言葉を遮って、快活な声が士官の背後から響いた。長身の士官の背後から顔を覗かせたのは、筆頭士官のニコラスであった。
 彼は目が合ったレジーナに一瞬だけ微笑みかけると、すぐに同僚に顔を向けた。
「司令官様が副伯夫人をお招きになったのだ。君がここで問答する必要はない」
「しかし面会や訪問は、訓練の後でもよかろう」
 ニコラスより二、三歳下に見える若い士官は、向き直って彼を睨んだ。
「それを決めるのは君ではない。言ってみれば夫人はグレン様の客人だ。無礼な振る舞いは慎め」
 青年を見据えるニコラスの視線が鋭くなった。レジーナは、常に愛想の良いニコラスの冷ややかな表情を初めて目にした。
 少しの間、その視線を黙って受け止めていた黒髪の青年は、再びレジーナに顔を向け、静かに頭を下げた。優雅ではないが、丁寧な動作だ。
「大変失礼を申し上げました、副伯夫人。無礼はどうぞご容赦ください」
 一方的に喧嘩腰で応対しておいて、容赦してくださいとは調子のいい言い草だが、レジーナも相応の皮肉を返している。貴婦人らしからぬ態度だったと少々反省した彼女は、伏し目がちに短く言った。
「いいえ。どうぞお気になさらず」
「申し訳ございません。ご案内いたします。こちらへどうぞ」
 青年が顔を上げる前に、ニコラスがレジーナを笑顔で促して歩き出す。迎えとはニコラスのことだったらしい。
 ひと悶着あるかと焦った役人と侍女たちも、息をついて女主人の後を追った。

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