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魔女とコヨーテ」
第二話 遠吠え

第二話: 遠吠え 8

2009.04.20  *Edit 

 高ぶっていた情熱のままに動かし続けた腰に力が入らない。叫び、喘ぎ続けていたせいで喉が嗄れて痛んだ。
 しかし男の方は何度か深い呼吸を繰り返すと、欲望を吐き出した性器を服の中にしまい込み、紐を結んだ。
「早くしないと、連中が帰ってくる。急いで出よう」
 その変わり身の早さに、シェリルは鼻白む気がしたが、彼の言うことはもっともだ。引き裂かれた服の前を合わせて、気だるいからだを引き起こすと、寝台の下に落ちていた長靴を履く。
 コヨーテは寝室を見回し、外套掛けに無造作に引っ掛けてあった外套を手に取ると、彼女に投げてよこした。シェリルはそれを体に巻きつける。
 彼はベルトを拾い上げ、剣ごと巻きつけると、鎧はつけずにランプだけ取って立ち上がる。
 寝台から立ち上がると、その下に倒れているウォルターの体が見えた。幸い顔はこちらを向いていなかったが、倒れた喉元には血溜りが広がっていた。
 今しがた人間を殺した男と、その死体が足元にいる状態で交わっていたのだ。恐ろしいほどの罪悪感に襲われた。
 そんな彼女に構わず、男はさっさと扉を開けて部屋の外に出る。何となく彼の後に続くのはためらわれたが、今は他に頼る人間もない。一瞬の躊躇の後、シェリルは彼の後姿を追った。
 主寝室から廊下に出ると、タペストリの無い石壁を通じて、夜の冷気が伝わってきた。まだわずかに息が弾み、ほてっている体が冷える。
 廊下にいくつか並ぶ部屋が客室だろうと思った。
 商人や隊長の様子を見ようと、シェリルがそちらに踏み出すと、背後からコヨーテが声をかけた。
「早く。逃げないの?」
「でも、一応商人たちの様子を見ておかないと……。もしかしたらまだ息があるかも」
「無駄だよ。皆死んでる」
 数日間行動を共にした彼らに対して、何の感情も見せない声で言い放つ彼に苛立ちを覚えた。彼に構わず客室へ歩き出すと、腕を掴まれる。
「僕が確かめたんだよ。間違い無い。それに万一息のある人間がいるとして、君に何かできる? 今すぐに解毒薬でも作れるの?」
「そういう問題?」
 哀れみの欠片も無い言葉に、男を睨みつけ、反射的に腕を振り払おうとしたが、思ってもみない強い力で掴み直された。
「じゃあ、どんな問題? 君の気持ちだけの問題でしょ。せっかく助けたんだから、時間を無駄にしないで欲しいね」
 口調は穏やかだったが、彼は彼女の腕を放す気が無いようだった。無理に振りほどいて客室に向かえば、どうなるか分からない、害意にも似た剣呑な眼差しだ。
「分かった」
 脅しに屈したのが悔しくて、ぶっきらぼうにそう言い、シェリルは階下へと足早に歩いた。
 客室を余程彼女に見せたくないのだろう。
 ウォルターたちが副伯と自分たちの始末に向かっている間、ジャクリーンとして彼は、商人一行の始末を引き受けたのかもしれない。食事の毒で死に切れなかった人間に確実にとどめを刺すのが彼の仕事だったとしたら。
 夜半、食事に混ぜられた毒で、のたうち回る商人たちの喉に、次々と無慈悲に刃を走らせるコヨーテの姿が脳裏に浮かんだ。
 考えすぎかもしれない。でも客室はやはり覗かない方がいい。
 心の中で商人と護衛たちに黙祷だけを小さく捧げた。


 屋敷の外に出る。もう夜明けが近いらしく、東の空は薄明るくなっていた。
「仲間と落ち合うとこは決まってるの?」
 彼の問いに彼女は頷いたが、用心して場所は告げなかった。
「じゃあ、僕はここで。気をつけてね」
 まるで街中で友人同士が別れを告げるように、彼は軽く手を振る。
「待って。ねえ、やっぱり触媒は返して」
 シェリルの頼みに、彼は僅かに顔を顰めた。
「え~、何で今さら……」
「だって……」シェリルは言いよどんだ。「すぐに薬作りたいし……」
「薬? 何の?」
「……避妊薬」
 小声で告げると、彼は呑気に笑って、シェリルの肩を軽く叩いた。
「なんだ。妊娠の心配ならしなくて大丈夫だよ」
「そりゃ、あなたはそうでしょうけど……」
「いや、平気。僕には子供を残す力は無いから」
 軽い口調の中に、どこか冷え切った、虚無的な響きを聞き取った気がして、彼の顔を凝視した。だが、彼はあの彼女を最も安心させる微笑みを浮かべているだけだった。
「どういうこと?」
「魔術師だろ? 自分で調べなよ。じゃあね」
 再び手を振り、今度こそ彼は歩き去っていく。

 シェリルもすぐに彼に背を向けて、仲間たちとの待ち合わせ場所へと歩き始めた。
 ウォルターという男に、彼女が少なからず心惹かれていたのは本当だ。
 だが彼に「自分と組まないか」と持ちかけられた時、驚きはしたものの、全くそれを受け入れようとは思わなかった。仲間と離れたくなかったからだ。
 しかし、「じゃあね」と一言だけ残して、早足で立ち去る男の後姿を見て、その一瞬、名声も義理も自分の倫理も、仲間たちすら。何もかも捨てて、彼に追いすがりたい衝動にかられた。
 それを飲み下して踵を返したが、その衝動の残り香がいつまでもまとわりついている。
 もし。
 彼も同じように思っているなら。彼も足を止めて、こちらを振り向いているなら。
 
 どうしようもない未練に逆らえず、彼女は振り向いた。
 いつの間にか吹き散らされた雲に隠れていた月が、もはや主のいない屋敷を虚しく照らしているばかりで、そこには人影は無かった。
 シェリルは少しの間、そちらを眺めながら、後ろ足で後ずさっていたが、やがて元通り前を向くと、外套を巻きつけ直して仲間たちの元へ歩き出した。

<第二話 終わり>

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