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山間の城の物語」
第二章 千の目

7.貞女と娼婦 そのあいだ (2)

2010.11.26  *Edit 

 マイラと別れた後、鬱々としながら干した草を持って廊下を歩いていると、小広間の前で、若い侍女と女中が顔をつき合わせているのが見えた。彼女たちは近づくシェリルに気づくと、顔を上げる。
「どうしたの?」
 まだ少女から娘になりきっていない、年若い侍女に尋ねると、彼女は手にした丸めた羊皮紙を差し出してみせた。
「シェリル様、今、この部屋で女中が見つけたのですが、アルフレッド様がお忘れになったみたいなのです」
 手にした籠を肘にかけて、侍女の手から羊皮紙を受け取り、開いてみる。図面だった。兵舎の図面だ。
 改築の相談に行ったはずなのに、肝心の図面を忘れていってしまうとは、老役人も意外にそそっかしい。
 小姓に命じて届けさせることもできたが、シェリルはその図面を丁寧に丸め直した。
「ありがとう。私がアルフレッド様に届けてくるわ」
「お願いします」
 侍女と女中は、可愛らしい声で揃って礼を告げる。頷き返して、シェリルは自分の部屋へ歩き出した。
 傷ついたからと縮こまっていてはだめだ。どんどんか弱く繊細になり、やがては何もできなくなる。休んでいいというモニカの気遣いはありがたかったが、やはりレジーナたちを追って、兵舎に行ってみよう。
 薬草を詰めた籠を部屋に置くと、シェリルは図面を抱え直す。服の下で、脛の横に結びつけた短剣を確かめると、すぐに部屋を出た。


 正午を回ってかなり経ったが、日差しはまだ力強い。石造りの城壁が陽光を跳ね返し、四方から熱されている気がした。空は朝と同じく、澄み切って青い。雲の欠片も見えなかった。
 跳ね橋をくぐると、城下の町並みが目の前に広がる。小さい家がいくつも寄り添った、ささやかな村だ。
「暑いですね」
 兵舎に向かって歩いていると、顔見知りのパン屋の女房が声をかけてきた。ころころと太った彼女は、全身が汗だくだ。
 シェリルは同じように挨拶を返してすれ違う。
 医者が従軍してしまったので、シェリルが体調を崩した城下の領民を診察することもあった。純朴な領民たちは、王都の大学で仕込んだシェリルの医療の知識を褒め称えた。人々にいくつも小さな感謝をもらうと、素直に嬉しい。こうやって平和に静かに暮らしていくことができれば、他には何も望んでいないのに、領主の出征と大公国の侵略は、その均衡を大きく崩そうとしている。
 この地に来てレジーナに出会い、領主に正式に侍女として召抱えられた時には、この山間の小さな村が、安住の地だと思った。やっと辿り着いた、楽園にはほど遠くても彼女を受け入れてくれる場所だと考えた。
 毎日身を粉にして働いて、食事をして眠る。それが死ぬまで繰り返されれば、途方もない幸せのような気がした。シェリルにできることすべてで、領主夫妻とその領地の為に尽くすつもりだった。
 けれど不変のものなんてやはりない。時代の流れから忘れ去られたようなこの村も、外の動きと無縁ではいられなかった。シェリルがここに辿り着き、盗賊団を滅ぼした時に、この村に見出していたものは、少しずつ姿を変えようとしている。
 虚しい気持ちで歩いていた彼女は、兵舎の門が見えてきたところで足を止めた。全身が粟立つ。
 あの兵士だ。
 見張り小屋の前にいるのは、一昨日の夜、城壁でシェリルを押さえ込み、彼女の体に侵入した若い男だった。
 気配を感じたのか、兵士もこちらを向いた。シェリルに気づいた男は僅かに微笑んだ。その笑みは悪意ばかりがこもっているようにも見えなかったが、シェリルの体は凍りついた。
 動けない。
 シェリルが硬直したままでいると、兵士は怪訝そうに表情を崩し、こちらに踏み出そうとした。その時彼女は自分の体を凍らせたものが、恐怖であると知った。

 顔が熱くなり、動悸が激しくなる。
 同時に胸の奥底から溢れかえったのは、悪臭を放つほどの嫌悪だった。体を押さえつける兵士の手、唾液の匂い、欲望に歪む彼の顔。乳房や脚の間に触れた指や、体を引き裂くように入り込んできた熱いものの感触まで、まざまざと思い出す。
 たまらなく嫌だった。知らず知らずのうち、シェリルは歯を食いしばっていた。あの夜、心は望んでいないのに、体が見せた悦びの反応を、あの男が知っている。自身と兵士に対する嫌悪は、深く暗かった。
 近寄らないで。
 そう思いながら、後ずさることもできずにいると、門の内側から早足で小柄な人影が現れた。シェリルに向かって歩み寄ろうとした兵士は、そちらを振り向く。
 兵舎から出てきた人間は、歩哨の兵士に何か告げると、彼に手を振って、こちらへ歩いてきた。
「まあ、シェリル様」
 女である。確かサラといった。軍付の娼婦だ。
 彼女の目を気にしたのか、見張りの兵士はシェリルに近づくことをやめ、元通り直立不動の姿勢に戻った。
「こんにちは」
 救われた思いで、シェリルは挨拶をした。そっと息を吐くと同時に、全身の金縛りが解ける。
「お暑うございますね。どちらへ行かれるのですか?」
 用事があったのは兵舎だが、それ以上進んで、門番を務めるあの兵士に取り次ぎを頼む気になれない。明らかに困惑して黙るシェリルを見て、サラが先に口を開いた。
「私は、これからお城へと伺うところですの」
「私は……」
 言葉を詰まらせ、サラと見張りの兵を交互に見やる。シェリルは思い切って、羊皮紙をサラに差し出した。
「あの、今、副伯夫人と、私どもの役人が、兵舎の内部の視察を行っているはずです。これは兵舎の図面なのですが、役人が忘れていったみたいで……」
 明らかに動揺しているシェリルの様子を、一瞬だけ不審そうに見たサラは、すぐにまた微笑んで頷いた。
「かしこまりましたわ。お役人様にこれをお届けすればよろしいのですね?」
「ええ、お願いできますか?」
「勿論です」
 サラはシェリルから図面を受け取ると、身を翻して小走りに門へと駆け戻った。短く切った赤い髪が陽光を照りかえすように跳ねる。
 彼女は見張りの兵士に地図を差し出して、何かを話している。兵士は頷き、見張り小屋の中に向かって一言二言告げると、門を押して兵舎へと去っていった。
 兵士の姿が視界から消えると、全身から力が抜けた。
 だめだった。怖い。
 あの兵士に組み敷かれた時、屈辱と恐怖と共に、確かに快楽も覚えていたのに、こうして兵士と差し向かいになると、恐ろしくて仕方がない。理屈ではなかった。
 しかし今朝、庭園でグレンと会った時には、煩わしさと羞恥は覚えても、恐怖は微塵も感じなかった。彼女が情交の時に見せた痴態を知っているという点では、グレンもあの兵士も同じなのに、グレンに対しては、嫌悪というほどの感情は覚えない。
 シェリルが再び当惑するうち、サラがこちらに戻ってくる。
「図面は兵士に届けさせましたわ。よろしかったかしら?」
「ええ……ありがとうございます」
 機密文書というわけでもない。問題はないだろうと考え、シェリルは感謝を込めて頷いた。
 目的は果たせなかったが、用事は済んでしまった。
 何となく連れ立って、シェリルはサラと城門へ向かって歩き出す。 
「この暑さの中、風邪を引いてしまった兵が何人かおりまして、熱さましをもらいに行くところですの」
 娼婦であるはずのサラの話し方は極めて優雅だ。シェリルも侍女として城に上がってからは、昔より言葉遣いは丁寧になったが、サラと比べると貴婦人とお転婆娘である。
 サラは服装も慎ましい。裾と袖の長い服を纏い、暑いのに上着まで着込んでいる。短く切った髪を除けば、貞淑な若い主婦そのものだ。この礼儀正しい、機転の利く女性が、娼婦として夜ごと兵士たちと体を繋げているとは、信じられなかった。
「お医者様は、兵舎にいらっしゃらないのですか?」
「そのお医者様も、夏風邪を召してしまったのです」
 シェリルの問いに、サラはいたずらっぽく笑った。シェリルもつられて小さく笑う。
 空堀に沿って歩き、跳ね橋の前に戻ってきた。
 領地の兵が出征してからは、城の門番は少年と老人たち、時には若い侍女たちが交替で行っている。
 その前でサラは足を止めた。 
 中に入らないのかと促すシェリルに、サラは首を振る。
「士官様のお付き添いがない限り、私たちは城内への立ち入りは禁じられています」
「でも、私がついていますから……」
「ありがとうございます。ですが、司令官様のご命令ですので……」
 微笑みながら、サラはやんわりとシェリルの申し出を断った。
 シェリルとサラのやりとりを見守っていた門番役の老人に、体格の割に低く落ち着いた声でサラが話しかける。
「恐れ入ります。お取次ぎをお願いしたいのですが」
 目を細めてサラを見下ろした老人は、のんびりと答えた。
「はいはい、別嬪さん。だが今、相棒が厠へ行っとるんで、ちょっとお待ちいただけますかな」
 門番は大抵二人以上が就く。内部の人間への取り次ぎなども彼らの仕事なので、一人が取次ぎに走る間、もう一人が門に待機していなければならないからだ。この老人の相方が戻ってくるまで、老人も門を空けるわけにいかない。
「私が行きましょうか?」
 炎天下の中でサラを待たせるのも気が引けてシェリルが申し出ると、サラは最初はかぶりを振った。
「いいえ、とんでもないことです。侍女様にお取次ぎをお願いするなんて」
「取次ぎも仕事のひとつです。急ぎの用事もありませんし、遠慮なさらず」
 さらに言い募ると、彼女は顔を綻ばせて頭を下げた。
「左様でございますか。それでは、お願いしてよろしいですか? 司令官様の副官のロデリック様に、熱さましをお持ちいただくよう、お伝えいただけますか?」


 十六歳の頃、シェリルは一人の青年に出会った。
 当時彼女は、流浪の冒険者であった。傭兵であったレジーナと似たような仕事だが、王都の大学で魔術の修行を積んでいたシェリルは魔術師として、仲間と共に荒事を解決しては金を稼ぐ無頼の商売をしていた。
 自由で厳しい生活だった。
 しかし彼女には、仕事と生活を共にする互いの命を預かる友人たちがいた。
 シェリルが出会った青年は、たったひとりだった。ひとりで、彼女たちよりもっと危険で後ろ暗い仕事に手を染め、誰にも魂を預けずに世の荒波を器用に乗り切っているように見えた。
 彼に対する憧憬と妬みは、シェリルの中でかたちを変えて膨らんでいき、愛や恋などという言葉では言い表せないほど、深く複雑な感情を抱くようになった。
 孤独を愛する彼も、ほんの一時期、それを受け止めてくれた。
 だが結局、彼とは離れることになった。運命的な事情など何も無い。一言で言えば性格の不一致という、あまりにもありふれた理由で、ふたりは離れることを選んだ。
 以来、シェリルはひとりで放浪を続けてきた。禁を犯した彼女は大学──魔術師たちのギルドに戻ることができず、自ら高度な魔術は封印した。大学で学んだ知識を活かして天候の予測や占い、医療や薬学などに役立て、占い師として糊口を凌いできた。
 小さな恋は幾度も覚えたが、この城に辿り着くまで、あれほど深く他人に心を寄せたことはない。
 

 主寝室に最も近い客室がロデリックの部屋だ。訪れたことはないが、何かの拍子にレジーナから聞いて知っていた。
 扉を前にして、シェリルの鼓動がうるさいほど高まる。
 サラの話によれば、事務的な雑用が多いロデリックは、軍の訓練中も、城内の私室で雑務を片付けていることが多いという。
 彼女が熱さましを取りに行くと言った時、サラの用事の相手は無意識のうちに、心に浮かんだ。朝、庭園に薬草を摘みに来ていたロデリックは、シェリルと同じく、薬学にも詳しいに違いない。取次ぎを買って出たのも、ロデリックに会う口実だったかもしれない。
 彼に似ているだけの人物だ。恐らく別人だ。
 でも、もしかしたら。
 一度、二人で話してみたい。きちんと確かめたい。
 緊張を飲み下して、シェリルは小刻みに震える手で扉を叩いた。
 返事はない。
 もう一度、強めに叩いてみる。やはり応えは無かった。
 留守なのだろうか。
 大きく息を吐き出し、もう一度だけノックをしてみようかと考えていると、何の前触れもなしに扉が静かに小さく開いた。思わずシェリルは身を竦ませる。
 部屋の内側から、外を覗き込むように顔が見えた。
「はい……」掠れて間延びした声が聞こえる。「あっ」
 扉が大きく開かれ、ロデリックが姿を見せた。髪が乱れ、靴を履いていないところを見ると、寝ていたのだろうか。
「すみません、お休み中でしたか」
 緊張しながら俯きがちにシェリルが告げると、彼は慌てた様子で首を振った。
「いいえ、疲れ気味で少し横になっていただけです」
 さりげない仕草で、副官は口の端を手で拭っている。涎を垂らしていたのだろうか。相当熟睡していたに違いない。起こしてしまって悪いことをしたとシェリルは思った。
 サラから頼まれた用事を一瞬だけ忘れ、シェリルはロデリックを凝視した。
 髪の色、瞳の色、顔の造作、顔を拭う指先のかたち。
 すべて似ていると思ったが、かつての恋人の記憶も悲しいことに曖昧になりつつあった。どんなに強烈に心に刻みつけたつもりでも、毎日心を通り過ぎていく乾いた砂粒のような時間が、知らず知らずのうちに降り積もり、思い出は重要でない部分から風化していく。
 ただ真っ直ぐに無邪気に未来に向かって流れる時間を彼女はこの時も恨んだ。
「あの……何か御用でしょうか」
 幾分、居心地悪そうに身じろぎしながら、ロデリックが上擦った声で呟いた。
 あなたは。
 思い切って真正面から尋ねてみようとしたが、背後から足を掴まれたように踏みとどまる。尋ねようにも、シェリルはかつての恋人の名前を知らなかった。
 それに尋ねるまでもない。一瞬とはいえシェリルはすべてを込めて、ロデリックの瞳を突き刺すように見つめた。けれど彼からは何も返ってこなかった。
「サラ様からお言付けがございまして……。兵舎で夏風邪が発生したそうなので、熱さましをいただきたいとのことでした」
「そうですか」頷いたロデリックの顔が曇った。「実は生憎、熱さましを切らせていまして……。私自身、風邪気味で微熱が下がらないので、熱さましを使ってしまったのですよ」
 どうやらロデリックが寝込んでいたのも、風邪のせいらしい。
「あの、私、熱さましを持っていますので、お分けしましょうか?」
 シェリルが思い切って口に出すと、ロデリックは曖昧な表情を見せた。
「ああ……お気持ちは嬉しいのですが、申し訳ございません、外部の方から薬をいただくことには抵抗がありまして……」
 それはそうか。彼らにしてみれば、薬に何が入っているか分からないのだ。占領下の村の侍女から薬を分けてもらうことは無用心に違いない。
 理屈は分かるが、親切心で申し出たことをすげなく断られ、シェリルの表情は沈んだ。それに気づいて、とりなすようにロデリックが再び口を開く。
「ああ、でも、私が成分を確認させていただいてよろしければ、ありがたく使わせていただきたいのですが……」
 彼は不器用に口の端を吊り上げた。微笑もうとしたのだろう。シェリルと同じく、彼も何故か緊張しているように見える。彼女の鼓動は増々激しく騒ぎ出した。
「では、後ほどお持ちします。……サラ様には、一旦、兵舎にてお待ちいただくよう、伝えればよろしいでしょうか?」
「ええ、薬は後で届けさせると伝えていただけると助かります。すみません」
 抑揚の少ないロデリックの生真面目な声は、男にしては少し高めで澄んでいる。声も彼に似ている気がしたが、思い出の中の恋人の声も既にあやふやだった。
「それでは、失礼致します」
 シェリルは一歩下がり、丁寧に礼を取った。
「ありがとうございます。熱さましは急ぎませんので、お時間の空いた時にでもお持ちください」
 ロデリックの口調は丁寧で、面持ちも穏やかだ。けれど瞳にあまり表情が表れてこない。微笑んだ顔は、彼とは全く違うと思った。
 シェリルは静かに扉を閉め、廊下を歩き出した。

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