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山間の城の物語」
第二章 千の目

9.炸裂 (2)

2010.12.16  *Edit 

 城館出口の扉を開くと、城門前の中庭に、侍女たちと、士官が数名集まっているのが見えた。城門の前には、執事と役人たち、その向こうには集落から来たであろう、領民たちの姿が見える。
 レジーナは背筋を伸ばし、中庭へと踏み出した。侍女たちの何人かが気づき、小さな声を上げる。それはさざなみのように広がった。
 城内の人間のほとんどが、彼女の方を振り返り、安堵の表情を見せた。そのことに、レジーナもまた安堵する。まだ、少なくとも城内の人間からは、信頼を失ってはいないのだ。
 だが次の瞬間、息を呑んだ。
 領民を引き連れている、人目を引く若い男に見覚えがあった。
 エドワード。
 夫の従兄弟と名乗った少年だった。

 レジーナを襲った驚愕と失望は、彼女自身が考えていたよりも、深く強烈だった。
 なるほど、この山に詳しい彼なら、集落を訪ね、領民に噂を流すことなど造作もない。彼の言が真実であれば、エドワードは領主の血を引いているのだ。少年の雰囲気や立ち居振る舞いは、それを信じさせるほどに品がある。素朴な放牧地の領民を言いくるめることは、容易だったはずだ。
 共に組んで大公の軍を追い出そうと、彼はレジーナに語った。このままでは、大公の作り出す流れに巻き込まれるだけだと。
 レジーナはそれを断った。確かに拒絶した。
 しかしエドワードは、いつでも協力すると言い残していた。
 イブが殺された直後は、重傷のグレンを前にして、彼をこのまま葬り、エドワードの力を借りて、大公軍を一網打尽にしようと本気で迷った。結局最大の機会は逸してしまったわけだが、今でも時々迷う。国王と諸侯の遠征中に、侵略行為を始めた大公を止めるべきではないか。それこそが副伯の妻たる自分の役目ではないだろうか。
 だがそれは本当に命がけだ。レジーナはもちろん、城内、城下、そして周辺集落の領民全ての命を危険に晒すことになる。大公が総力を挙げれば、いや、グレンが擁している軍だけでも領民全員を虐殺することなど、わけはない。
 その状況で、起死回生になり得るかもしれない策が伯爵夫人との同盟、そして山を反対側に下りる道を知っているという、エドワードの存在だった。 
 彼は数人の配下を従えていたが、その一人を城に忍び込ませたりしている。夫の従兄弟であるのは、侍女のマイラの話からして間違いないとは思うが、どこか信用できないところがあった。
 しかし他に頼れる人間がいない現在では、年端もいかない少年のことを心の奥底で、思っていたより頼りにしていたと気づいた。こうしてエドワードが敵意をむき出して、レジーナと向かい合っている今、気づかされた。
 いつでも力になる。彼はそう言ったが、それはレジーナ自身の助けになるということではない。大公の軍を追い出すのなら、協力するという話だったのだ。レジーナがグレンたちを追い出すつもりが無いのであれば、彼とは目的が異なることになる。そうなれば夫の従兄弟であろうとも、エドワードは味方ではない。
 分かっていたつもりだったが、彼女の胸にはまるでエドワードに裏切られたかのような、ほろ苦い失望が滲んだ。
 彼は城館から出てきたレジーナとグレンに視線を向け、うっすらと嘲笑を浮かべた。非常に大人びた笑みだった。
「副伯夫人、将軍と朝寝を楽しんでいらっしゃるところ、早朝からお訪ねして申し訳ございません」
 レジーナの顔に血が上る。
 彼女の背後にはグレンが続いている。部屋で着替えて下りてきたレジーナは、支度を終えて寝室を出てきたグレンと丁度廊下で会ったのだ。そのまま連れ立って出てきてしまったが、別々に外に出るべきだった。これみよがしに、寝室から二人で出てきたように見えることだろう。
 レジーナは歩調を速め、城門前に近づく。中庭に散っていた侍女や使用人たちが、慌てて道を空けた。
「エドワード様」跳ね橋の手前でレジーナは足を止め、少年を見据えた。「朝早くから領民を引き連れて、何の騒ぎですの? 御用があるようでしたら、おっしゃっていただければ、いつでもお時間を作りましたのに」
 怒りと動揺で声が震えそうになる。腹と踵に力を込めた。
 レジーナを見つめ返す少年の瞳は、人心を熱く煽るような物言いとは裏腹に沈着に冷め切っている。あの修道院の廃虚前で初めて会った時と同様に、眼差しから彼の真意を読むことはできなかった。
「私一人が正式に謁見の席で再度奏上したところで、この領内の現状を見れば、あなた様のお考えが変わるとも思えませぬ。領民に偽りの平和の下、大公への服従を強い、ご自分の義務も忘れて司令官殿の厚遇に甘えておられる。領地の平和とは、我が身可愛さへの大義名分に他なりません」
 青灰色の瞳で真っ直ぐに副伯夫人を睨みながら、エドワードはよく響く声で糾弾を続ける。
「我らがご領主様がおいでであれば、由緒あるこの地を守る為に正々堂々と戦ったはずだ。戦いもせず膝を屈するのは負け犬同然。無条件に降伏し、大公からの蔑視を自ら招くようなものです」
 無条件降伏ではない。より良い条件を引き出すために、被害の少ない内に降伏したのだ。
 だがエドワードに続いて沸き起こった領民の怒号のため、レジーナはそう弁明することができなかった。
 数日前に訪れたばかりの放牧地の若者、女たちがエドワードの後に続いている。恐れていたことが起こった。思ったより早く。

 かつてレジーナが初めてこの地を訪れた時、傭兵であった彼女たちを、領民たちはやはり胡散臭そうに眺め回していた。しかし当時は盗賊という、共通の敵がいた。レジーナたち傭兵、冒険者が散発的に襲ってくる盗賊を撃退するたび、領民たちは彼女たちを頼るようになり、やがては尊敬の目で見るようになった。それはレジーナが彼らの為に戦ってきたからだ。自分たちの為に、命を賭けて戦うレジーナを、領民たちは崇めた。
 それだけだ。彼らがレジーナを夫である副伯と共に支持する理由は、それだけなのだ。
 戦わない妃に用はない。大公の軍を前に早々と降伏を決める副伯夫人など、もはや崇める理由は無いのだ。彼らは自分たちを助けた救世主としてのレジーナを支持していたのであって、領主の妻として認めていたわけではなかったのだ。
 濃く深い失望が、もう一度胸を焼いた。 
 愕然とするレジーナを前に、エドワードは怒気を露わにして一層声を張り上げる。
「しかも夫人は自らだけではなく、若い侍女まで司令官の寝室に上げているというではないか!」
 何故それをエドワードが知っているのだ。
 レジーナは仮面のように表情を強ばらせたまま、声も出ない。
 侍女が夜伽に呼び出されていたことは、城内の女たちしか知らないはずだ。執事にも告げてはいない。
 だがその話を女官たちにした時、レジーナは口止めをしなかった。
 誰かが、完全に外部の人間であるエドワードに話したのだ。
 城内の人間たちは、一斉に口を噤む。戸惑うような沈黙を突き破って、若者の声が響く。
「娘も同然の侍女たちを、玩具のように司令官に差し出すとは、何たる不届き!」
「そうだ」
「侍女まで売春婦の真似をさせる気か!」
「女の面汚しめ」
 エドワードに続いて、彼に従う領民たちが罵声を上げる。
 眩暈がする。こんな光景、目にしたことはない。『敵』ではない人間、レジーナが守り、愛さなければならない人間たちに、こんな敵意をぶつけられたことは、傭兵時代から数えても一度も無かった。
 彼女は自分を棒立ちにさせる激情の正体が分からなかった。
 蒼白で立ち尽くすレジーナをエドワードが指差す。極めて無礼な仕草であったが、そんなささいなことに対する怒りも、もう沸かなかった。
「もはやあなたのような、ただの浅はかな女性に、この伝統ある土地の指揮を任せてはおけぬ。副伯家の血を正当に継ぐ私が、夫人に成り代わって領地を守らせていただく」
 エドワード率いる領民が喚声を上げた。おおという荒々しく熱い声が、辺りに響き渡る。城門入り口で事態を遠巻きにしていた城下の領民にも、その雄叫びに胸を揺さぶられるように、顔を輝かせる者もいる。
「所詮は結婚という人間の契約によって結び付けられた夫婦。しかし……」
「黙りなさい!」
 口上を続けるエドワードを遮ったのは、レジーナではなかった。
 侍女たちの中から一歩進み出たシェリルが、抑えた低い声で続けた。
「黙って聞いていれば、無礼にもほどがある。奥方様が私どもを司令官へ差し出した? そんな事実があるわけはない。それは奥方様のみならず、この公衆の面前で私たちを侮辱することに他ならない。根も葉もないでっちあげをもって、私たちを罵るような人間が、ご領主様の血を継いでいるとは聞いて呆れる」
 一度も目を逸らさず、大きな瞳で若者を見据えながらシェリルは言い放った。
 無論、グレンの要望に苦渋を飲んで従い、レジーナが侍女たちを夜伽に出すことを決めたことは、シェリルも、他の侍女たちも事実であると知っている。しかしシェリルはひとかけらの動揺も見せず、それをきっぱりと否定した。
 エドワードは眉を顰め、腕を組んだ。
「あなた方を侮辱するつもりはない」
「あるじゃない! こんな大勢の前で、私たちが司令官の寝室に送り込まれているなどと大声で喚きたてるのは、侮辱の他に何て言うの。嫁入り前の娘もいるのよ。不名誉を着せる気? 奥方様を貶めて自分が城の主に納まる為なら、私たち城内で働く人間の名誉など、毛先ほどにも思ってないというわけね」
「そうです!」
「私たちに対する侮辱だわ」
 畳み掛けるようにエドワードに言い募るシェリルの後から、数人の若い侍女たちの声が続く。彼女たちは眼尻を吊り上げ、役人たちを押しのけるようにしてシェリルの隣に並んだ。いずれも特に剣の鍛錬を積んだ侍女たちで、若く血気盛んだ。そしてレジーナをことに慕っている。
「では鍛冶屋の娘はどうなったのだ」
 女たちの喚きが納まる前に、エドワードは再び声を張り上げた。
 応じるようにして、彼の後ろに続いていた領民たちから、小柄な男が進み出る。レジーナ、そして城内の人間たちも息を呑んだ。
 ここしばらく行方不明になっていた、城下の鍛冶屋──イブの父だった。

 鍛冶屋はレジーナには目もくれず、据わった冷たい目で、前方の一点を見つめている。
 何て重たい光だろう。その視線に、何かどす黒い感情が宿っているようにレジーナには見えた。
 事実を知られたのだろうか。彼の愛娘は、城から逃げ出したのではなく、古い礼拝堂の裏手、地中に眠っていることに。グレンに殺され、レジーナの手によって埋葬されたことに。
「副伯夫人」
 自分に呼びかけられた少年の凛とした声を聞き、ようやくレジーナは視線を上げて、エドワードを見た。義憤に紅潮する彼の顔の中で、やはりただ瞳だけが感情に揺れ動く様子もなく、冴え冴えとしている。
「私は娘を探して、麓の町をさまよう彼と会った。イブが城から姿を消したと聞いて、彼は愛する娘を求めて、この広い山野を歩き尽くした。だが山の中でも麓でも、一切彼女の姿を見た者はいない。麓の町に下りずに、他へ逃げ出せる訳がない。
 これはどういうことだ!? イブの父である彼の目の前で、彼女がいつ、どうやって姿を消したのか、語ってもらおう」
 まさか。エドワードは事実を知っているのだろうか。
 本来なら民の疑惑を招かない為にも、レジーナはその場ですぐに口を開かなければならなかった。彼女も頭の隅ではそれを分ってはいたが、グレンとレジーナ、そして副官しか知らないはずのことを、エドワードが知っているのかもしれない。隠匿した罪を暴き立てられている気がして、レジーナは硬直した。硬く強張った体の中で、鼓動を刻む心臓と頭の中だけが熱い。少年の若々しい声は、レジーナの中でずっと燻っていた、イブへの罪悪感に正確に突き刺さった。
 イブのことは誰にも、侍女にも執事にも話していない。いくらなんでも、決してエドワードが知りえない事実だ。
 恐らく麓の町か山の中でイブの父と出会い、娘が消息不明となったことを聞いたに違いない。少年の正確な目的は分からないが、レジーナに代わって、城主の代理に納まろうというつもりなら、行方不明の侍女を利用しようとしたのだろう。
 事実がどうであろうと関係ない。エドワードは領民たちに、レジーナや大公軍の人間が、イブをどうにかしたのかもしれないという疑惑さえ植えつけることができればいいのだ。勝手な憶測を並べ立てているだけだ。真実を知っているわけであるまい。
 だが皮肉なことに、エドワードが領民に刷り込んでいる疑惑は真実なのだ。
 いや、あるいは、グレン──もしくは副官が、エドワードと通じているのだろうか。これも大公が組んだ芝居だとしたら。エドワードという少年を使って、レジーナ、そして夫をも領地から追い出そうとしているのでは。
 疑心暗鬼にかられ始めたレジーナは、極度の混乱の中にいた。何か領民に訴えなければと思いながら、ただ唇が震えるだけだった。

「何が言いたいの」
 レジーナの沈黙が不自然に伸びる前に、シェリルが再び低い声を上げた。
「イブはひと月前から姿が見えないのよ。他になんて説明すればいいの」
 シェリルの方を振り返りもせず、エドワードはレジーナを見つめたまま答える。
「私は副伯夫人に尋ねている。お前には訊いていない、口を慎め」
「あんたこそ、その口を閉じな。いきなり押しかけておいて、質問する人間を選ぶ権利があると思うの?」
 女主人を言下で罵り続ける少年に対し、気の短いシェリルの怒りが爆発した。城に姿を見せた時に、エドワードは副伯の従兄弟などと名乗ったが、血の繋がりがあろうが、年端もいかない少年に命令されるいわれはない。高慢なエドワードの口調は、自尊心の高いシェリルを半ば激昂させた。
 だが彼女の歯に衣着せぬ怒声は、エドワードに従う領民たちの反感を招いた。気性の荒そうな若者達が声を上げる。
「エドワード様に向かって、なんて口をききやがる」
「そうだ。夫人と一緒になって、ぬるま湯に浸かっている売女め!」
「売女ですって!」シェリルの隣に立っていた、若い侍女が顔色を変えた。「取り消しなさい! なんて無礼な」
「無礼は貴様らだ! このエドワード様はな……」
 侍女に向かって、やはり形相を変えた若者が詰め寄ろうとする。エドワードの腕が伸びて、彼の体を軽く押さえた。しかしその仕草に構わず、シェリルが痛烈に切り返す。
「ご領主様の親戚だってんでしょ。さっきも聞いた。だから何だってのよ。盗賊退治にも手を貸さない、遠征にも同行しないで雲隠れしてて、今更のこのこ出てきて、親戚だから城を明け渡せなんて、調子良すぎるんじゃないの? 腰抜けはどっちだよ」
「腰抜けだと!」
 侮辱されたエドワードではなく側にいた若者が逆上し、シェリルに掴みかかろうとした。
 シェリルは半歩下がりながら、隠し持った短剣を探る。彼女の両脇にいた若い侍女たちも、背中や服の下に付けた武器に手をかけた。
「やめたまえ」
 エドワードの指示で、周囲の人間たちが若者を取り押さえる。しかし彼は両腕を取られながら、レジーナと城内の人間への罵倒を繰り返し、血の気が多く誇り高い侍女たちも負けじと応酬した。
 城門前は騒然となった。

 このままではいけない。
 言い争う領民たちと城内の人間を前にして、しかしレジーナは、いまだに声も出なかった。
 いつも考えるより先に体が動く。本来なら侍女たちを止めなければいけない。彼女たちがレジーナを庇ってくれるのは涙が出るほど嬉しいが、相手は敵ではない。同じ領地の民だ。罵っても反感を煽るだけだ。
 だが手も足も動かない。こんなことは初めてだ。この平和な村で、愛する領民たちと侍女たちが争っているところなど、初めて見た。夫がいた頃はこんなことは一度も無かった。
 どうしよう。助けて。あなたならどうする。
 硬直したまま心の中で、レジーナは救いを求めて必死に手を伸ばす。夫がいたはずの場所へ。そこには虚空があるばかりで、応える者はいない。

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