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山間の城の物語」
第二章 千の目

9.炸裂 (4)

2010.12.23  *Edit 

 風は無い。
 日差しは強かったが、朝の空気はまだ冷え冷えとしていた。外気にさらされた膝下がやや冷える。
 剣を右手に握り、レジーナは数歩の間合いを挟んで、エドワードと向かい合った。若者は冷徹とも言える眼差しでレジーナを見つめ返した。
 レジーナの背後には、城館の壁に張り付くように、侍女や召使いたちが並び、女主人を見守っている。
 一方エドワードの後ろ、跳ね橋の辺りには、彼を慕う放牧地の領民と、彼が長い間連れている供だろう、外套を纏った男たちの姿が見える。
 睨み合う彼らに、立会い人であるグレンが近づいて口を開いた。
「さて、勝敗はどうしますか? どちらかの命を取るまで戦う必要は無いと思うが……」
「どちらかが降参するまで」
 レジーナはそう言ったが、エドワードは肩を竦めた。
「それでは殺し合いと同じですよ。夫人も私も、降参を認めるくらいなら、死を選ぶでしょう」
 そんなことはないとレジーナは思ったが、確かに万一、エドワードに負けて降参を告げることは、死に勝る屈辱だろうと想像はできた。
「では、どちらかの両肩が大地に着くまでだ。それでよろしいか」
 厳かに告げたグレンに対し、どちらも異論は挟まなかったが、沈黙の後にエドワードがグレンに向かって言った。
「司令官様、私がこの試合に勝てば、私を領主様の代理と認め、話し合いをもっていただけますか?」
「いいだろう」
 グレンは即答した。続いてエドワードはレジーナの顔を見る。彼女も頷いた。
「結構ですわ」
「ではその時には、あなた様は慎ましく、ご領主様がお戻りになるまで、領地の政に関しては一切の口出しをご遠慮していただく」
 勝手なことを言っている。そんな条件は呑めるはずもないが、決闘のことで頭が一杯になっていたレジーナは、思わず頷いてしまった。
「かしこまりました。ですが私が勝ったあかつきには、あなたもご領主様が戻るまでは、二度と内政への干渉はご遠慮ください」
「無論です」
 微笑みを見せてエドワードは頷いた。
 グレンはその場から数歩後ずさると、静かに戦いの開始を告げた。

 剣を抜いた少年の顔が、瞬時に引き締まる。
 グレンが言った通り、エドワードは貴族育ちの苦労知らずではないようだ。レジーナを見据える瞳に、獰猛な殺気が宿る。
 レジーナはそれを受け流すように、静かに彼を見つめ返した。彼女が若者に勝てるのは経験だけだ。焦りと動揺を誘い、彼の冷静さを削り取る。そこに隙も生まれるはずだ。
 剣を携えての睨み合いは長かった。端で見ている領民たちや召使いの方が、気力を削ぎ取られていくようであった。
 しかしレジーナの心は、剣の手合わせの際と同じく、波ひとつない湖のように静かだ。体力は年齢に従って落ちることはあっても、気力は必ずしもそうではない。
 エドワードがついに地面を蹴って腕を振り上げた。
 待ち受けていたレジーナは、最初の一撃を正確に受け流す。だが少年は隙を見せずに、見た目によらず確かな力で刃を返し、二撃目、三撃目と打ち込んでくる。
 早い。そして重い。小柄で細身の少年に見えるが、腕力はレジーナ以上だ。刃を受け止めた腕が僅かに痺れを訴えてくる。
 レジーナもエドワードの剣をかいくぐり、横手から剣を叩きつけようとしたが、彼は正確で俊敏な足運びでそれをかわした。
 レジーナやグレンのような、傭兵たちの剣術とは違う、歴史深い貴族や騎士の家で伝えられる、正式な剣術の動きだ。夫の剣さばきとよく似ていた。
 敏捷さにはレジーナも自信があったが、若いエドワードはそれを上回る。足を上手に使った彼の動きは捉えづらい。彼女が繰り出した攻撃は、ことどとくエドワードに弾かれ、あるいはかわされた。そのたびにレジーナも消耗する。
 勝負がつけられない。グレンの言った通り、長引けばレジーナの負けだ。

 レジーナは腰をやや低く落とし、右側からの打撃を繰り返した。
 その全てを剣を使って弾いていたエドワードが、反撃に転じる。攻撃に気を取られ、隙が出たレジーナの左肩に向かって、少年の剣が繰り出された。
 無論レジーナはそれを読んでいた。彼女が仕掛けた陽動に、実戦経験の浅いエドワードは難なく引っかかった。
 体を大きく捻り、彼の一撃をかわすと同時に、突き出された剣を上から打ち据える。狙い通りに剣を落とすには至らなかったものの、エドワードの右腕は大きく沈んだ。彼は慌てて体を後方に引く。
 狼狽した動きをレジーナは逃さなかった。翻した刃を今度は逆に、思い切りエドワードの左肩めがけて突きこむ。
 さらに後ろに下がると思っていたエドワードは踏みとどまった。沈んだ右腕を素早く振り上げる。
 レジーナの右腕に激痛が走った。
 袖が裂け、血がしぶく。侍女の悲鳴が聞こえた。

 音を立てて、ささくれた大地に剣が転がる。
 剣を取り落としたレジーナの眼前に、エドワードの剣が突きつけられた。彼も息を弾ませていたが、思わぬ速さで切り返しを食らい、右腕から血を滴らせているレジーナはすっかり呼吸が乱れている。
「申し訳ございません。できれば怪我を負わせたくはなかったのですが……」
 エドワードは勝者の笑みを浮かべながら呟いた。
 呆然とした表情で彼を見つめたレジーナは、がくりと膝を崩した。

 次の瞬間、地面に手をつき、低い回し蹴りをエドワードの足に向かって放つ。不意を突かれた少年はまともに食らい、体勢を崩した。
 逆にレジーナは素早く立ち上がり、両拳で剣を握る彼の右手を思い切り打ち据えた。 
 エドワードはそれでも剣を落とさなかったが、レジーナは彼の利き腕を掴んだまま、体を返してその懐に飛び込んだ。左手でエドワードの右腕を掴んだまま、右手で彼の頭を抱え込むようにして、少年の鳩尾に膝蹴りを繰り出す。
 彼は小さな呻きを上げ、体を二つに折った。その隙にレジーナは左の拳でもう一度エドワードの右手を打つ。今度は少年の剣が大地に転がった。
 すかさずエドワードの頭に手をかけ、体を押さえつけようと力を込めるが、彼はレジーナの手を振り払うように起き上がろうとした。レジーナは素早くその首に腕をかけながら、完全に狼狽して冷静さを欠いている、エドワードの足元を再度払う。均衡を崩した少年は、起き上がろうとする自らの力で後ろに大きく仰け反った。
 その両肩に手をかけ、渾身の力を込めて、レジーナは彼の小柄な体を地面に押さえ込んだ。乾いた土の上に、エドワードの体が仰向けに沈んだ。 

 エドワードは呆然と、真上にいるレジーナの顔を見つめている。
 視界がひっくり返り、気がつけば鈍い痛みと共に大地に寝そべっていることが、彼にはまだ信じられなかった。両肩を押さえた副伯夫人の右腕から滴った鮮血が、彼の左肩をじわりと濡らしていく。
「勝負あった」
 グレンの声が辺りに響き渡っても、見物している人間たちは誰も声を上げなかった。
「坊や、剣のお稽古ばかりで、体の鍛え方が足りなかったんじゃないの。あたしたち傭兵は、剣が無いから戦えませんじゃ済まないのよ。女は特にね。覚えておきな」
 貴婦人としての言葉遣いも忘れ、押し殺した声でレジーナは囁いた。
「卑劣な……勝負はついていたはずだ」
 息を弾ませながら、エドワードが表情を歪める。彼は右手を動かして、そばに転がっている剣を探ろうとした。その動きを押さえながら、レジーナもまた荒い息で答えた。
「勝負がついたのは今よ。立会い人が言ったでしょう。あなたは確かに私に剣を突きつけたけれども、勝敗の条件は、両肩が大地につくことだったはずよ。武器が剣だけとも決めていない。──あたしの勝ちよ」
 エドワードの瞳に激しい怒気が宿った。彼は唇を噛んでレジーナを睨み上げたが、反論はしてこなかった。

「おい、卑劣な女ギツネ! エドワード様から離れろ!」
 突然、野太い男の声が響いた。
 レジーナが声のした方に目を向けると、城門前に固まっているエドワードの供の一人が、彼女に向かって弩を構えているのが目に入った。
「だまし討ちしやがって、何が決闘だ! その場から離れてもう一度やり直せ。さもなきゃ、撃ち殺す」
 腰を浮かせかけたレジーナは、一瞬迷った。弩の狙いは正確だ。このまま留まれば、本当に男に撃ち殺されかねない。
 だがエドワードから離れて男に向き直れば、そばに落ちている剣を拾い上げたエドワードが、起き上がって斬りかかってくるかもしれない。

 次の瞬間、男は弩を放つことなく、横倒しになった。周りにいた領民たちが甲高い悲鳴を上げる。男の額には短剣が突き立てられ、傷口から血を滲ませた彼は、目を見開いたまま小さく痙攣を繰り返していた。
「勝負あったと言っただろう。立会い人を無視して、勝手な言動は許さん」
 男の頭に短剣を投げ放ったグレンは、無表情のまま言い放った。
 城門前にいた領民たちは、倒れた男を介抱することも忘れ──もっとも、いかに介抱したところで、既に助かりようがなかっただろうが──、蒼ざめて浮き足立った。
 弩を構えた男のすぐそばにいた人間たちは、司令官が放った短剣が少しでも逸れれば、自分たちに突き刺さっていたと想像すると戦慄した。そしてこれほど多くの人間が固まっている場所に、躊躇もなく短剣を投げつける司令官の冷徹さに、心底から恐れを抱いた。目の前で人間が簡単に殺され、指導者であるエドワードの敗北を目の当たりにして、彼らの士気は既に大きく挫けていた。

 レジーナは弩を構えていた男が倒れたのを確かめると、エドワードのそばに落ちている剣を拾い上げた。そしてようやく彼の体から手を離して、体を起こす。
「立ちなさい」
 エドワードが続いて、のろのろと起き上がる。義理の従兄弟に向かって刃を突きつけ、冷然とレジーナは告げた。
「約束通り、副伯がお帰りになるまで、内政に口出しすることも、こうして領民に根も葉もない噂を流すことも禁じます。次にあなたが副伯の従兄弟を名乗った際には、反逆者としての対応も考えますので、そのおつもりでいてください」
 彼は悔しそうにレジーナを睨む。承服しかねるのだろう。レジーナは調子を変えずにさらに言い募った。
「私は出征した主人より、この地のことを任されています。私の決断を非難できるのは、副伯だけです」
 エドワードは視線を地面に落とし、しばらく逡巡するように立ち尽くしていたが、やがて無言のまま踵を返した。
「どこへ行く」
 レジーナを遠巻きにしていた老役人が声を上げたが、エドワードは答えなかった。
「奥方様、あのまま逃がしていいのですか」
 走り寄ってきた老役人が、息を弾ませながらレジーナに尋ねたが、首を横に振った。
「いいのよ。ここまで赤恥をかかせれば、もう戻ってはこないでしょう」
 城門あたりに並んでいた、エドワードが以前から連れている男たちは、仲間の遺体を抱えて彼に続く。農具を携えた領民たちは、大きな戸惑いを見せながら互いの顔を眺め回していた。ぱらぱらと、エドワードの背中を追う者もいたが、その場に留まり、許しを乞うようにレジーナを見つめる人間もいた。
 その中で一人、レジーナをじっと見据える小柄な男がいる。イブの父だった。彼は重苦しい視線で数瞬レジーナを睨んだ後、身を翻してエドワードの後を追っていった。
 
「さあ、余興は終わりよ! 朝も遅いわ。皆、自分の仕事に戻りなさい」
 腕利きの鍛冶屋を失った苦みをこらえ、レジーナは領民たち、そして召使いたちに向かって声を張り上げた。
 彼らは互いに顔を見合わせた後、右腕からまだ出血を続ける副伯夫人を感銘をもって眺め、それぞれの家や城館に戻っていく。
「アホか、もう」
 アルフレッドが離れた後、近寄ってくるなりグレンが言った。
「なんであのガキを逃がしちまうんだよ。次は別の手を使ってくるかもしれないだろ。お前をこの場で罵った反逆者だぞ。処分するか、牢にでもぶちこんじまえばいいのに」
「夫の従兄弟よ。そんな真似できないわ。それに、もう懲りたでしょ」
 傷口を押さえながら呟くレジーナに、彼は大袈裟に溜め息を吐いてみせた。
「そう簡単に諦めるガキにも見えないけどな。ヤツに心酔してる領民もいるみたいじゃないか。相手の善意に期待してどうすんだ」
 レジーナが反駁しようとすると、小柄な人影が走り寄ってきた。侍女のシェリルである。彼女の姿を見つけると、グレンはもう一度呆れたような溜め息を残して、その場を離れた。


 腕組みをしたまま、城館に向かって歩き出すグレンに、剣を拾い上げたロデリックが追い縋り、影のように従いながら囁いた。
「いかが致しますか? あの若者が、このままこの領地から離れればいいのですが……」
「どっちにしても目を離したくないな。あんな肝の据わった悪賢いガキ、そうそういないぞ」
「それでは、工事に出たガブリエルに連絡を取りまして、エドワードを見かけたら捕えるように伝えましょうか」
「そうだな。だが、工事を行っている場所も、あいつは知ってるだろう。そこにのこのこ近づくとも思えねえ。山育ちの兵士を何人か組ませて、ここから麓の町までを探させろ」
 ロデリックは頷いた。年端もいかない、落ちぶれた貴族の子供だが、放っておけばまた何をするか分からない。木こりでもしながら森でおとなしく暮らすようなことは、およそ考えそうにない少年に見えた。
「見つけ次第、始末するということですか?」
「できれば捕えろ。ヤツが何を考えているのか、話を聞いてみたい。……ま、手に負えないようだったら殺しちまってもいい」
 有能な人間に常に関心があるグレンは、年齢の割りに聡く、一流の剣技を身につけているエドワードに興味を持ったようだった。ロデリックにはあの少年は狡猾過ぎるように思えたが、それは口には出さず、ただ了承の返事を返した。


「レジーナ様、大丈夫ですか?」 
 駈け寄ってきたシェリルは、右手に小さな布切れを持っている。彼女の服の袖が切り取られているところを見ると、自分の服を切り裂いて調達したのだろう。
 レジーナが何か言う前に、シェリルは彼女の右腕を取り、エドワードに切られた傷を見た。一瞬眉を顰めたシェリルは、折りたたんだ布を傷口に押し当てる。
「深くないようですが、すぐに傷を洗いましょう。こちらへ……」
 シェリルに導かれて、レジーナは井戸へと歩き出した。その姿を見つけた侍女たちが走り寄ってきては、次々とレジーナを案じ、讃えた。
「レジーナ様、ありがとうございます」
「素晴らしかったですわ。あんな男、本当にご領主様の従兄弟かどうか分かりゃしませんもの」
「いい気味です。私たちの苦労も知らないで」
「まあ、ひどいお怪我。早くお薬を……」 
 てんでに勝手なことを騒ぐ侍女たちに囲まれ、レジーナは思わず苦笑いした。彼女を慕う侍女たちに囲まれ、胸が温かくなって涙が滲む。
 だが、胸の底は本当に苦かった。
 誰かが、エドワードに城内の事情を告げたのだ。心当たりは一人しかいなかった。  

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