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山間の城の物語」
第二章 千の目

11.時の砂 記憶の墓標 (2)

2011.01.11  *Edit 

 お召し物を脱いで、寝台にうつ伏せになってください。
 先日、サラが言ったことを、かなり時間をかけて口に出した後、ロデリックはシェリルに背を向けた。
「ご準備ができたら、お声をかけてください」
 シェリルは小さく返事を返しながら、ロデリックの背中を横目で見つつ服の紐を解き始めた。
 ロデリックの様子を見る限り、下心など無いという本人の主張は正しいようだ。それでもシェリルの鼓動は、早鐘を打つように激しくなる。衣擦れの音、唾を飲み下す音がロデリックに聞こえないかと緊張しながら、彼女は静かに長袖の木綿の衣装を脱いだ。
 続いて袖の無い胴着の紐を解く。服を滑らせて素肌が空気に触れると、さらに顔が熱くなった。ロデリックは背を向けているが、彼と同じ空間にいながら下着だけの姿になっている自分が、途方もなく恥ずかしい。
 ロデリックは引き続き行儀よく背中を向けていたが、立っているだけのその後姿から、彼も緊張しているのが伝わってくるようだった。それともシェリルの思い過ごしだろうか。
 脱いだ服と胴着は椅子に背に引っ掛けた。
 彼がこちらを見ていなくても、片腕で胸を隠し、足音を殺してシェリルは寝台へと近づいた。サンダルを脱ぎ捨てて、寝台にうつ伏せになる。綿の敷布が彼女の体を柔らかく受け止めた。ドロワーズも無く、小さな下着に覆われただけの尻を晒すのは、もちろんためらわれた。彼女はうつぶせたまま掛け布で腰から下を覆った。
「あの……よろしくお願いします」
 迷った末に、堅苦しい台詞でシェリルが声をかけると、ロデリックが近づいてくる気配がした。
「はあ、すみません。こちらこそ」
 恐縮した様子のロデリックの返答も、かなり場違いで珍奇に聞こえた。
 シェリルの耳にロデリックが籠から壷を取り出し、蓋を開けている音が聞こえる。伏せたままでロデリックの姿が見えない為、彼女の耳は敏感に物音を聞き取ろうとしているようだった。
「毛……あの、髪の毛を、背中から払っていただいてよろしいでしょうか」
「ああ、はい」
 ロデリックの声を聞き、シェリルは慎重に腕を上げて、背中に垂らしたままだった、長い黒髪を横へとどけた。あまり大きく腕を上げると、横手から乳房が見えてしまいそうだったからだ。
 その間に、もうひとつ壷を開ける音がする。先日のサラもそうだったが、二種類の香油を混ぜて使うようだった。
「あの……シェリル様」
 名前を呼ばれ、彼女の心臓は大きくどくんと跳ねた。ロデリックの声は、男性にしては少し高い。その澄んだ響きも、かつての恋人に似ていた。返事が微かに上擦る。
「はい」 
「少し、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ……」
「先月、我々がこちらを訪れたばかりの頃……あの、司令官様の命で、侍女の方々に広間にお集まりいただいた時のことですが、あの時、あなたが私の方をじっと見ていた気がしたので……。以前にお会いしたことがあったかと思ったのですが……」
 寝台に目を落としたまま押し黙るシェリルの鼻の奥に、柔らかいが濃密な花の香りが届く。ロデリックが開けた壷から漂うライラックの香りだ。この時期、庭園に咲き誇る紫の花の匂いは、気まずい静寂が流れる空間に艶やかに満ちた。
「……知り合いに似ていた気がしたのです」
 ややあって、シェリルは短く答えた。瞬く間にロデリックによく似た人との思い出が溢れ返り、胸の奥が苦しい。
「そうでしたか」
 ロデリックの声が背中の真上へと近づく。心臓が増々激しく脈打ち始めた。
「あの、よっ、よろしいでしょうか。失礼します」
「はっ、はい」
 遠慮がちなロデリックにつられて、シェリルの返事もどもる。顔が紅潮し、高まる動悸に耐え切れないように彼女は目を閉じた。 
 温かな手がシェリルの背中の下部に触れる。意志とは関係なく、僅かに背中がぴくりと動いた。意識していることを悟られてしまう。シェリルは唇を噛み、全身に力を込めた。
 香油を塗っている為か、ロデリックの手は滑らかにシェリルの背骨の上を滑った。しかしその指先は微かなおののきを伝えてくる。ロデリックもシェリル以上に緊張しているのかもしれないと彼女は思った。
 背骨に沿ってゆっくりと滑り上がりながら、彼の手は骨の周りの筋肉を丁寧にほぐしていく。それはとても心地良かったが、とても寛ぐどころではない。シェリルの心臓は、相変わらず激しく鼓動を刻んでいる。
 沈黙していると、動悸につられるように、少し乱れた息遣いや唾を飲み込む音が彼に聞こえないか、ひやひやした。先日グレンと寝た時にも思ったが、無言のままでいると、意識はより敏感に研ぎ澄まされ、感覚も鋭くなるような気がする。全身が、意識するまいという意思とは裏腹に、ロデリックの指先の感触、彼の息遣いを探ろうとしていた。
「あの」自らを落ち着かせようとしたのか、ロデリックは話を続けた。「その方とはどちらでお会いになったのでしょうか? 私は長男なのですが、弟が六人いるのですよ。上の二人の弟は性格は違いますが、見た目はよく似ておりますが……」
 シェリルはうつぶせたまま、一人で苦笑を漏らした。昔の恋人がロデリックの弟とは思えない。彼は山脈の東にある、とある公爵領の出身だったはずだ。
「あなたの弟御ではないと思います。私が彼と会ったのは、東の王都でしたから」
「えっ」
 シェリルの冷めた呟きに、ロデリックは驚いた声を上げた。丁寧に肩周りの筋肉をほぐしていた彼の手の動きが止まる。
「シェリル様は、王都にいらっしゃったことがあるのですか?」
「ええ……」
「私もです。三年前まで、短い期間でしたが、王都の大学に留学していたのですよ」
 思わぬ共通点を見出したせいか、それまでどこか堅苦しかったロデリックの声が、柔らかくほどけた。既に彼の経歴をグレンから聞いていたシェリルは、さほど感慨も覚えなかったが、彼の弾んだような声音は胸の中に浅く沁みた。
「慣れない大都会の生活でしたが、たくさんのことを学びました。特にあの図書館の蔵書は素晴らしい物でした。古今東西の知識の集大成です。大学で学ぶことができたのは、本当に誇りに思っています。援助してくれた両親に深く感謝しております」
 口調は変わらず丁寧だったが、ロデリックは急に饒舌になった。そんな彼に、シェリルが戸惑いとごく僅かな苛立ちを覚えたまま、相槌も挟まずにいると、彼は我に返ったように話を止めた。肩から温かい掌が離れる。
「あの、ではすみません、あっ、脚の方も……よろしいでしょうか……」
「あ、はい。どうぞ」
 いちいちどもらないで欲しい。シェリルまで緊張する。
 ロデリックの体が動く気配がし、下半身を覆っていた掛け布が、膝上まで静かに捲り上げられた。
 再び壷を開ける音がして、もう一度強くライラックの香りが漂う。ロデリックが掌に香油を足しているのだ。油が掌の間で擦れ合う音が、シェリルには淫靡に聞こえた。
 失礼しますという硬い声と共に、足首が掌で包まれる。それは指先で彼女の筋肉をほぐしながら、ゆっくり丁寧にふくらはぎへと滑っていく。
「脚も張ってますね。筋肉が固くなると怪我をしやすいので、たまにこうしてご自分でも脚をさすった方がいいですよ」
 ロデリックの口調はそれまでと比べると、やや寛いでいて、明るく響いた。
「それほど脚を酷使はしていないのですが……」
「このお城で働いていらっしゃるだけで、毎日脚は相当使っていると思います。階段や段差が多いですからね」
 淡々と話すロデリックに、シェリルはもどかしさのような苛立ちを感じた。シェリルのすんなりしたふくらはぎを撫でる彼の声は、すっかり落ち着いていたが、彼女の鼓動はまだ緊張に沸いていたからだ。 
「……シェリル様は、いつ頃王都にいらっしゃったのですか?」
 穏やかな声音でロデリックは再び昔のことを尋ねてきた。
「四、五年ほど前までです」
 大学の中にある、魔術師ギルドに在籍していたことは告げなかった。彼女はギルドから黙って抜けた身である。ロデリックは魔術師ギルドにいたわけではないだろうが──正式な魔術師は、貴族の軍隊に属することは許されていない──、王都と公都の大学で学んでいた彼の口から、万が一にでもシェリルのことが大学側に知られれば、都合が良くない。各地の魔術師ギルドは、大学の中枢とも言える組織だからだ。
「その時期、私も王都におりましたよ。どこかでお会いしていたかもしれませんね」
 ロデリックの弾んだ声は、シェリルの微かな苛立ちをさらに煽った。
 ひとの気も知らずに、かつての恋人と同じ声で、肌を撫でながら能天気な話をしないで欲しい。彼が語る四、五年ほど前、王都でのシェリルは最も幸せな頃だった。彼女の周りには友人がいて、たまに恋人が会いに来てくれていた。当時、王都のどこかや大学でロデリックとすれ違っていようが、シェリルの目にも入らなかったに違いない。
 しかし今は、恋人も、友も、魔術師の資格も失われてしまった。
 彼女は返事もしなかったが、シェリルの不機嫌に気づかないように、彼は変わらぬ調子で続けた。
「その私に似ている方とは、どんな方だったのですか?」
 やはりロデリックは『彼』ではない。小さく苦い息を吐いてシェリルは思った。
 かつての彼女の恋人は、誠実ではなかったが、決して鈍感ではなかった。他人の心に無邪気なまま、土足で踏み込んでくるような真似はしない人間であった。彼自身が繊細だったからだ。
 口調からして、シェリルが語る男がかつて彼女とどういった関係だったのか、誰だって予測はつくだろう。それをずけずけと訊いてくるとは、わざとやっているのだろうか。
「いいえ、今思えば、やはりあなたには全く似ていませんでした」
 硬く冷えた声でシェリルが答えると、ロデリックはそこでやっと、自分が踏み込みすぎたことに気づいたらしかった。ふくらはぎを撫でていた手が、その丁寧な動きを緩める。
 重い沈黙が降りた。
 どちらかが言葉を発するより早く、ロデリックが再び慎重に指先を動かし始める。右足のふくらはぎに香油を塗った後、彼は左足を同じようにさすりはじめた。心地良さが流れてくると共に、それはシェリルの罪悪感をかきたてた。
 悪気の無い質問だったのだ。王都に留学していたことはロデリックの誇りなのだろう。その話題を共有できるシェリルに親しみを感じてくれただけなのだ。
「申し訳ございません。……懐かしくてつい、立ち入ったことを伺ってしまいました」
 やがて彼は、元通り礼儀正しい淡々とした口調で詫びた。
「いいえ……。すみません、私こそ。少し、思い出したくないこともあったので」
「ええ、そうですよね。私が気づくべきでした。司令官様や士官たちからも、よく無神経だと言われます。本当に申し訳ございません」
 自嘲するように告げ、ロデリックは黙って作業を続けた。
 確かに彼は鈍感で無神経かもしれない。
 だけど誠実な人なのだとシェリルは思った。『彼』とは正反対だ。
 だがそれでも、ロデリックはかつての恋人に似過ぎている。肉桂色の髪。はしばみ色の瞳。あまり日に焼けていない色白の肌。
 体格のいい士官たちの中に混ざると、細身のロデリックは全く目を引かない。ニコラスやグレン、彼女がときめきを覚えるような男たちは、他にたくさんいた。
 もし彼が昔の恋人にここまで似ていなかったら、シェリルはロデリックに目を向けることもなかっただろう。

 『でも君は頑張って、もう少し強くなって、誰かと寄り添うことを覚えて、幸せになって』

 かつて恋人が別れ際に彼女に告げた言葉が、耳の奥に蘇る。
 もしもシェリルがロデリックに恋をして、彼もまた彼女に同じ想いを抱いてくれたとしたら。
 不器用で鈍感だが誠実な彼とは、互いに我慢と辛抱を重ね、寄り添って歩いていくことができるかもしれない。かつての恋人が懇願するように、そして祝福するように彼女に囁いたことが、現実に成し遂げられるかもしれない。互いに見つめ合うことができない、それをシェリルも望んでいない人間を愛する彼女が、諦めていた夢。
 もしロデリックとそれを叶えることができるなら、後押ししてくれたのは『彼』だ。『彼』と同じ容姿をしていたからこそ、シェリルは深い関心をもってロデリックの姿を追っていた。
 寄り添う人間などいなくても、たとえ一方的であろうとも、愛することができる人間がいれば、それが幸せだとシェリルは思っていた。そう言い聞かせてきていた。
 けれどそれでは駄目なのだ。他の女は分からないが、少なくともシェリルは、それだけでは体が満たされない。肉体が渇いていると心も渇く。誰かに必要とされたくてたまらない。
 幸せってなんだろう。
 誰かにとっての幸せではなく、私にとっての幸せ。
 かつては、それは星の瞬きのように、ちかちかと光っては消えてしまう、一瞬一瞬の刹那的にしか感じられないものだった。
 あるいは失ってから気づくもの。
 恒久的な幸せなど、きっとどこにもない。時間は立ち止まらず流れていき、全ては移り変わってゆくから。
 だけど、その流れの中で、手を取り合うことができる人がいたら。それは、もしかしたら。

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