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魔女とコヨーテ」
第三話 道連れ

第三話: 道連れ 2

2009.04.23  *Edit 

 シェリルたちが旅芸人の扮装をしているのは、何も冒険者に失業したからではない。
 半月程前、小さな村の領主である騎士から仕事を頼まれた。
 彼は最近村人から、妙な話を聞いたという。
 隣村に嫁に行った娘と、連絡がつかない。
 隣村からやってきた旅芸人が、子供たちを村で亡くしたと言っていた。
 隣村を越えて、その向こうの都まで使いに行った下男が戻らない。
 何か不審なところがあるのかどうか、確認して欲しい。
 村人にそう頼まれた、人の好い騎士は困り果てた。隣の谷の村の領主は、彼の主君である男爵であり、今の彼の小さな村は、男爵から封ぜられたものだからだ。
 しかし愛する領民の頼みを無下に断ることもできず、また、実際に男爵が正義にもとる何かをしているのなら、臣下として止めなければならない。真面目な騎士は悩んだ。
 そしてまず谷の村の様子を内密に確認することにした。
 小さな村の一領主である騎士に、隠密業務を行う程の手駒は無い。彼はこの辺りの貴族の間でも、信用できる冒険者として有名なシェリルたちに声をかけたのだった。
 依頼を受けたシェリルたちは、色々と話し合った末、旅芸人として領主の懐に潜り込んでみることにした。静かな村に旅芸人が訪れれば、領主に会うことはそう難しくはない。
 スタンリーは軍楽隊で習ったフィドルが弾ける。他の二人の男も偶然子供の頃に楽器を習わされたことがあり、笛と竪琴を使うことができた。シェリルも子供の頃に歌を歌う文化の中で育ち、ギルドにいる間も素人合唱隊で何度も歌ったので、それなりに歌うことができる。
 これでマライアに舞いでも踊らせれば、立派な旅芸人に見えるとスタンリーは考えた。
 決定的な問題は、マライアが極度の音痴であったことだ。
 彼女は手足も長い方だし、身のこなしはなかなか軽い。踊り子の扮装をさせれば、かなり見られるはずだ。
 しかし音楽に合わせて踊るということがどうしてもできなかった。何日か彼女に訓練を施したスタンリーだったが、ついに匙を投げた。踊りでもその始末なので、歌や楽器などは論外だった。
「後ろで太鼓でも叩いててよ」
 溜め息と共に言ったスタンリーに向かって、マライアは憮然と頷いてみせていた。
 かくして王都にて数日間の強化訓練を行ったシェリルたちは、旅芸人に扮して問題の谷の村に出発した。
 旅は順調に進み、途中の村々で腕試しに歌を披露したが、それなりに良い反応だった。拍手とともに、幾分かの金がもらえるくらいには、好評をもって迎えられた。
 すっかり歌姫気分に浸ったシェリルは、危険な冒険者稼業などやめて、このまま旅芸人として生きていくのも悪くはないなどと思い始めていた。
 そしていつか、どこかの貴族の息子の目にとまり、めでたく結婚などという妄想じみた夢も捨てていなかった。
 しかし今宵、世の中やはり甘くないということを思い知らされたのだった。上には上がいる。

 その夜、結局夕食も取らず、女性陣は早めに部屋に引き上げた。女性だけで占領した大部屋に酒壷を黙って持ち込み、夜更けまで男という人種についての愚痴を並べ立てた。
 下戸のシェリルはそれにずっと水で付き合い、一人また一人と沈没していく淑女たちに毛布をかけてやっていた。最後まで話していた女戦士が寝る頃には、夜も大分更けていたが、まだ下の酒場からは騒ぎが聞こえてきていた。
 隣の大部屋には、スタンリーたちが部屋を取っているが、戻ってきた様子は無い。普段はあまり馬鹿騒ぎや女遊びもしない、真面目な男たちだ。たまには羽目を外したいだろう。嘆息しつつも、こんな夜があってもいいと思った。


「彼女たちと一緒に行くことにしたから」
 翌朝、寝不足で腫れぼったい顔のスタンリーにそう告げられ、シェリルとマライアは言葉を失った。
 何勝手に決めてんだよ。
 二人の言いたいことを察したのか、スタンリーは幾分慌てて言葉を継ぎ足した。
「いや、行き先は同じなんだよ。彼女たちもあの谷の村に寄って、その先の大きな街道まで出る予定なんだって。どうせならさ、俺たちみたいな素人楽団で行くよりも、彼女みたいなプロと一緒の方が、男爵に会える可能性も高いしさ」
「旅は一緒の方が安全だしさ」
 もう一人の仲間も愛想笑いと共に言い足す。
「楽しいし」
 普段無口な男までもが、朝食の固いパンを食べながら笑顔を見せた。
 空気読めよ。
 シェリルはマライアと視線を交わしながら、舌打ちしたい気分だった。
 彼らの言うことは正しい。
 しかしあれほどまでに男の視線を集めてしまうような美女と一緒に、残り二、三日に渡る旅を続けることが、同性の女に取っていかに複雑なものか、少しは考えて欲しい。
 しかしはっきりと、彼女と同行するのが嫌とは言えないのも、女の自尊心である。嫉妬していると思われたくはない。
「演奏はどうするの?」
 硬い声でシェリルが尋ねると、スタンリーは愛想笑いを張り付けたまま答えた。
「それは、向こうの方が腕が上だし、向こうに合わせるよ。幸い楽器もあまりかぶってないしね」
「……あたし、あんなテンポの速い音楽に合わせて歌えないけど」
「ああそうだねえ。彼らが演奏してるのは、元々歌と合わせるようなもんじゃなくて、踊りの為のものみたいだから……」
 スタンリーの視線が泳いだ。
 さすがにシェリルとマライアの無言の圧迫を感じたのか、他の二人は女性に詰寄られる哀れなリーダーを残して、朝食に専念する振りをした。
「…………じゃあ、あたしの歌は必要無い訳ね」
「あ~、うん、まあ。必要無いっていうか、彼女たちの目玉は、やっぱりマルタの踊りだから」氷のような声のシェリルに、スタンリーは精一杯微笑んでみせた。「えっと……後ろでタンバリンでも叩いててよ」

 マルタという踊り子の一行が朝食を食べに下りてきたのは、シェリルたちのかなり後、正午も近くなってからだった。
 宿に泊まっている女性は、昨夜は全員シェリルたちの部屋に泊まったが、マルタは入ってこなかった。別の部屋に泊まったのだろう。つまりは男性と一緒に寝たということだ。
 シェリルたちも仲間たちとなら、同室で雑魚寝することはあるが、マルタはそこで妙な想像力を働かせたくなる女だった。それは昼間の光の下で見ても変わらない。
 マルタたちが朝食を食べているテーブルで、スタンリーが互いを紹介し始めた。
 昨夜、夜更けに村人たちは、奥方様たちに耳やら腕やらを引っ張られて家に戻ったが、スタンリーたち宿の客は、彼女を囲んで夜明け前まで飲んでいたらしい。
 同じ旅芸人ということで、互いの行き先など話す内、同行しようという話がまとまったようだった。
 一番最初に紹介されたマルタという踊り子は、シェリルたちの方を見て、微笑んだ。深い茶色の大きな瞳がきらきらと輝いている。笑うと意外と若く見え、その微笑みは無邪気な程だった。
 他の三人の大太鼓使い、リュート弾き、笛吹きたちとも軽く自己紹介をしあったが、シェリルの仲間の男性陣が、彼らにほとんど関心を持っていないのは明らかであった。

 正午近くに、やっと彼らは出発した。
 夏の盛りである。最も暑くなる真昼に歩き始めると、あっという間に汗が吹き出てきた。
 一夜にして歌姫から、いてもいなくてもいいタンバリン叩きに格下げされたシェリルは、マライア以上にふてくされていた。
 歩きながらも、スタンリーはじめ、男性三人はしきりにマルタに話しかけている。その光景がさらにシェリルたちの不機嫌を煽った。最後尾を歩きながら、このまま彼らと縁を切って、こっそり消えてやろうかなどど、いじけた子供っぽい考えすら浮かんだ。
 しかし最初の内は、愛想良くスタンリーたちに受け答えしていたマルタだが、やがてそれに飽きたのか、彼女の楽団のリュート弾きに身を寄せ、スタンリーたちを受け流し始めた。
「……恋人なのかしらね」
 マルタを取り巻く様子を見ながら、マライアはそっとシェリルに囁いた。
「そうみたいね」
 シェリルも頷く。
 リュート弾きはスタンリーたちを威嚇したり、不機嫌そうな様子を見せることもなく、むしろ彼らに対しても愛想がいい程であったが、マルタが彼の腕に自分の腕をからませているところを見ると、少なくとも彼女がリュート弾きを頼りにしているのは間違い無いようだ。
「ま、あれだけの美人だもんね。恋人がいないわけないか」呟いたマライアは、シェリルの方を見ていたずらっぽく笑った。「あの赤毛のリュート弾き、ちょっとこの前の吟遊詩人に似てない? あなた、結構好みなんじゃない? 今度も残念ね」
「え~、全然カッコよくないよ、あんなの」
 マライアに向かって、思い切り顔をしかめてみせた。
 どうやら仲間たちは気づいていないらしい。
 マルタが身を寄せている、ユージンと名乗ったリュート弾きは、かつてシェリルたちの旅に二度ほど同行したことがある。
 一度目は貴公子として。二度目は隊商の護衛の女戦士として。
 いずれも今と違う姿だったので、はっきりとは分からないが、まず間違いないだろうとシェリルは確信していた。髪の色や髪型、服装や表情は変えられても、瞳の色や顔の作りまでは変えられない。明るい場所では緑が混じったように見える、榛色の瞳によく見覚えがあった。短い時間の間に、深い想いを込めて見つめたその色が、目に焼きついている。


 翌日泊まった小さな村でも、シェリルたち──正確に言うと、マルタは大歓迎された。 
 男たちの注目を集めて、のびやかな四肢をしならせて踊る彼女の後ろで、シェリルとマライアは虚しく太鼓とタンバリンを叩いていた。この音すら、マルタの楽団の大太鼓の音色に消されてしまうので、本当にいてもいなくても同じであった。
 演奏が終わって、早々に床に就くシェリルたちに構わず、マルタたちは酒場で宿の客たちと夜明けまで飲んでいたらしい。
 一応、部屋は女性三人分同室で取ったのだが、マルタはシェリルたちの部屋には戻ってこなかった。

 旅の間、シェリルは専らマライアと並んで歩き、話し相手もほとんど彼女だけだった。マルタ自身も、そして彼女の楽団の人間も──ついでにスタンリーたちすら──、彼女たちに必要以上のことを話しかけてくることもなかった。
 しかし今日の昼頃から、スタンリーの目が覚めたらしい。愛想も良くなくなったマルタに飽きたのか、彼女から離れ、彼が長いこと密かに想っているマライアに気を遣うようになった。美人は三日で飽きるというのは本当だ。
 しかし他の二人の男は、依然マルタの関心を買おうと、適当にあしらわれてもめげずに、ユージンというリュート弾きと張り合うように、マルタに話しかけていた。
 大太鼓使いと笛吹きは、彼ら二人で話しこんでいる。
 唯一の話し相手であったマライアは、スタンリーが独占しようとしている。ユージンとマルタの様子に触発されたのか、いつもならシェリルにも気を遣ってくれるスタンリーは、マライアと極めて個人的な話をしたがった。
 シェリルは気心知れたはずの仲間たちと旅をしながら、深い孤立感を味わっていた。
 旅芸人の扮装などに賛成するのではなかった。後悔と反省を繰り返す。
 マルタたちと同行するまで、この深い孤立感をマライア一人で味わっていたのかもしれない。たかだかちょっと歌が歌えるくらいで調子に乗って、役に立てることもなく、後ろで太鼓を叩いていたマライアを、内心笑ってはいなかったか。いつも彼女の世話になっているのだ。もっと親身になって彼女にできることを考えてやればよかった。
 他人の身に自分が置かれてみて、自分の仕打ちが初めて分かる。孤独と自己嫌悪に重くなった足取りで、最後尾をとぼとぼ歩くシェリルを時折気遣ってくれるのは、やはりマライアだった。
「疲れたの? もうすぐ谷の村に着いたら仕事が待ってるから。それまでの辛抱じゃない。本業を忘れないでよ」
 どうせ自分なんていなくてもいい。卑屈になりがちなシェリルが一人でいじけていると、スタンリーを振り切ったマライアが数歩戻って、手を引いてくれる。
 一歳しか違わない、世話焼きの彼女の優しさに涙が出そうになった。マライアには敵わない。
 しかしシェリルの心を最も重たくしているのは、先を歩くマルタとユージンの姿であった。
 マルタたちと同行してから、ユージンと名乗った男は一度も目を合わせていない。

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