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山間の城の物語」
第二章 千の目

15.星の道 (1)

2011.03.07  *Edit 

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15.星の道

 お元気でしょうか。
 お怪我などはしていませんか。

 領地のことなら、ご心配なさらないでください。
 瑣末なことはありますが、皆の助けを借りて、どうにかやっています。
 召使いたちも、領民も、一日も早いあなたの帰りを待っています。

 もっともっと、書きたいことはあるのですが、複雑な文を書くのはまだ苦手です。
 いい機会なので、じっくり文章の練習をしようと思っています。

 あなたもお忙しいでしょう。長いお返事はいりません。
 でも、どうか、ご無事でいらっしゃるお便りをください。署名だけで構わないのです。
 毎日心配しています。

 あなたと軍の皆様が無事であることを、心からお祈りしています。


 愛を込めて。


 **


「お願いね」
 細長く、独特の折り方をして封をした手紙を渡すと、シェリルは笑顔で受け取った。
 夫への手紙を書くために、短い文章だというのに、昼食後の午後をまるまる費やしてしまった。
 修道院で教育を受けたレジーナは、文字を読むことはできたが、書くことは苦手だった。結婚後に夫に教えてもらうこともあったが、まだ難解な単語や複雑な文章を書くには至らない。
 シェリルに代筆してもらうことも考えた。しかし、夫への私的な手紙を口述するのは、どうしても恥ずかしくて憚られた。
 大公が軍を差し向けてきたことは以前の手紙に書いたが、今度もそのことを書くと、どうしても愚痴めいた情けない報告になる。戦場にいる夫に、遠く離れた領地のことで、心労をかけるわけにはいかない。結局今回は、エドワードのことも含めて詳細に記さなかった。
 夫は国王の軍に同行している。今回、出陣しなかった大公が、伯爵領目当てに、この副伯領を越えて進軍を始めていると、夫から王に報告があれば、王は大公の行為を謀反とみなし、王都に残している軍を動かしてくれるかもしれない。それが唯一といっていい勝機だ。
 しかし可能性は高くはなかった。所詮、辺境の小さな副伯領など、王にとっても些細な存在だろう。その救援のために、遠く離れた王都の軍を動かすことなど、ありえないことに思える。周辺諸侯にしても同じだろう。山脈のこちら、西の辺境のことなど、東の王領近辺の諸侯にはあまり関係がない。大公が勢力を広げようが、彼らの足元に火がつかなければ、それでいいのだ。
 手を取り合えるとすれば、今まさに標的にされている、谷の向こうの伯爵領を預かる奥方だ。エドワードの協力を得ることはできなくなってしまったが、正式に使者を仕立てて、グレンに内密に旅立たせようかとも考えた。
 だが危険な賭けだった。谷への道は険しく、それ以上に、辺りには間道の工事に出た大公の軍がいるはずだ。彼らに使者が見つかれば最後、レジーナとこの村はどうなるか分からない。
 大公の目的はこの山間の城ではない。一年の間、グレンの軍の駐留を耐えれば、彼らは山を越えて去っていくはずだ。
 伯爵とは特に友好な関係でもないが、ここ何代かは、争ったこともないようだ。彼らが攻め入られるのを傍観していることに、良心の呵責は感じる。
 しかし大切なものがあるなら、自分の力が及ばないのなら、降りかかるものを受け入れることも必要だ。すべて思い通りにことが運ぶほど、世界は生ぬるくない。あの男などに指摘されるまでもなく、レジーナはよく知っていた。

 ゆうべ、衝撃は自分の客室に帰りついたあとに襲ってきた。
 グレンと何度寝たかなど、もう覚えていない。けれど夫を裏切ったのはたった一度だ。
 エドワードの使いの男が城内に忍び込み、通りかかったレジーナを襲った夜。彼女は脅されるでもなく、押さえ込まれるでもなく、領地も領民のことも忘れて、自らの意志でグレンと重なることを望んだ。
 魂の根元にあるつめたい空洞。表には出てこない、汚れたせせらぎのような己への憎悪。グレンとの短い会話からそれを嗅ぎ取ったレジーナは、彼の精神に触れてみたいと思った。彼が自分と同じものを持っているのか、確かめたかった。
 抱き合っても、結局それはよくは分からなかった。だがもう二度と、同じような欲望は覚えてはならないと思った。グレンの男性の肉体に欲情するより、遥かに罪深い。
 ゆうべも、体を繋げている間は、ほとんどいつもと同じだった。欲望に流され、貪っていただけだ。しかし。
 分かる気はする。
 ことのあと、心の内を吐露したレジーナに向かって、グレンは普段よりずっと小さな声で呟いた。
 四方に撒き散らしていたような、レジーナの哀れな泣き言を受け止められたような気がした。それはあの夜にグレンが吐き出した、虚ろで凍てついた言葉をレジーナが受け止めたのと、ちょうど逆だった。
 客室に戻った後も心がざわざわと騒ぎ、レジーナは落ち着かなかった。グレンから借りた上着を脱ぎ捨てると、彼女は裸のまま寝台に滑り込んだ。今夜は夫の夢を見たい。それだけを望んで。

 だがゆうべは夢は見なかった。見たかもしれないが、覚えていない。
「六通目ですね」
 考えに耽っていたレジーナは、シェリルの呟きで我に返った。
 シェリルは受け取った手紙に、机の上に置いてあった小さな壷から取り出した、薄緑色の粉末を降りかけている。彼女の部屋には、そういった薬や魔術の道具などがところ狭しと並べられ、不思議な雰囲気であった。見習いの小さな子供たちは、あまり近寄りたがらない。
 東向きの部屋は、午後になると窓を開けても光が差さず、シェリルは卓上の小さな燭台に明かりを灯して作業をしていた。
 昨夜グレンは彼女の体調が悪く、食事と伽をやめさせたと言っていたが、シェリルは朝からいつも通りに働いているようだった。
「いつもまじないをかけているんですが……距離が離れすぎていて、無事に届いているかどうかまでは分かりません」
 独り言のように穏やかに続けながら、シェリルは小さな針で、左手の薬指の先を突く。傷口から赤い血液がぷくりと膨れ上がった。彼女はその血で粉薬の上から、封をした手紙に、何かレジーナの知らない文字を書き込んでいる。
 夫がいるのは、王領のさらにずっと東、異教の地だ。徒歩で移動するなら、半年近くかかるだろう。手紙とてそう簡単には届く距離ではないし、通常は無事に届く可能性自体低い。
 しかしいつも、シェリルはレジーナが出す手紙に、まじないを施している。彼女によれば、手紙を預かった人間が、それをぞんざいに扱えなくなるような術であるらしい。
 しかし夫からの返事は、一度きりしか届いていない。
 手紙が無事に届いているとすれば、夫からの返事が無い理由は、書簡が途中で紛失したか、彼が手紙を書くゆとりもないほど忙殺されているのか、あるいは。
 考えるだけで、心臓が潰れそうだった。
 早く夫に会いたい。多少の怪我を負っていてもいい。無事な姿を見たい。声を聞きたい。レジーナが何故ここにいるのか、その理由をもう一度思い出させて欲しい。
「手紙は届いているわ。……きっと、お忙しいのよ」
 念じるように呟くレジーナを、腹心の侍女は痛ましそうに見つめた。

 レジーナがシェリルの部屋を訪れたのは、手紙の配達を頼むためだけではない。昨夜グレンが語ったことを、彼女自身の口から聞くためでもあった。
 しかし普段通りの穏やかなシェリルを目の前にすると、なかなか話を切り出せなかった。
 侍女が大公の兵士に陵辱されたのは許せない。しかし、被害を受けたシェリル本人と、兵士を監督するグレンの間で話がついているのが本当なら、グレンの言うとおり、今さらレジーナにできることは無い。彼女の傷を労わってやるのがせいぜいだ。
 レジーナに心配をかけたくないという、シェリルの気持ちは嬉しい。だがそれは裏を返せば、レジーナへの不信の表れではないか。マイラやモニカは既に知っているというのに。何故女主人であり、結婚前からの友人でもあるレジーナに、心の内を打ち明けてくれないのだろう。
 どうしてもっと信頼してくれないの。
 落胆はともすれば、シェリルへの恨みに変わっていきそうだった。レジーナはそれを必死に戒めた。原因を他人に求めてはならない。信頼してくれないシェリルではなく、信頼されないレジーナに問題がある。そう考えなければ、何ひとつ変わらない。
 意を決してレジーナは口を開いた。
「シェリル……。私が放牧地を回っている間、何かあった?」
 これでシェリルが何も語らないのなら、彼女から話を聞くことは諦めるしかないと思った。シェリルが、暴行されたことをレジーナに語る必要は、一切無いと考えているということだ。
 しかし聡い侍女は、女主人の問いから、彼女が既に事情を第三者から聞いたことをすぐに悟った。その上で自分が沈黙を守ることは、レジーナを大きく傷つける結果になることも、即座に理解した。
 机に向かっていたシェリルは、丸椅子に腰掛けたレジーナに向き直る。彼女はやおら口を開いた。
「すみません。お話しする機会がなくて……」
 俯くシェリルに、レジーナは首を振る。
「いいえ。私があなたを旅に連れて行っていたら、こんなことにはならなかったと思うと、申し訳ないわ」
「それは違います。結果的にそうなっただけで、レジーナ様には何の責任もありません」
 シェリルは冷静だった。しかしレジーナのせいだと、的外れに詰られるより、さらに冷たく突き放された気がした。
『あの子は、いつもひとりで戦っているように見える』
 ずっと以前、夫はシェリルを差して、そう言ったことがある。確かに、レジーナ以外の侍女たちと距離を置く彼女は、孤高を保つ一羽の小さな鳥のようだった。強くもなく、大きくもないのに、群れることを望まない、単独で懸命に生きようとしている鳥。
 盗賊団との戦いで、かつての傭兵仲間を失ったレジーナを静かに慰めてくれたのは、そんな彼女だった。シェリルも以前に、東の王領で冒険者仲間を亡くし、この辺境に移ってきたと、その時初めて聞いた。レジーナはシェリルの孤独に、それまでにない深い共感を覚えた。
 できればずっと、彼女の力になりたいと思っていたのに。

「すみません、なんだか情けなくて、みっともなくて……あまり話したくないのですが……」
 淡々としていたシェリルの声が歪んだ。
 眉を寄せて目を瞑るシェリルの手を、レジーナは慌てて握る。動揺する侍女を慰める方法を他に知らなかった。
 以前にもこんなことがあった。あれはマイラが初めてグレンの寝室に呼ばれた後のことだ。
 レジーナに心配をかけまいとする侍女たちも、気を張り詰めているのだ。当たり前のことに気づかなかった。自分が繊細に傷ついている場合ではない。彼女の力になりたいなら、その苦悩を引きずり出すのではなく、ただ気持ちに寄り添ってやらなければ。
 悔しいが、昨夜グレンが言ったことは本当かもしれない。シェリルが兵士に陵辱され、グレンに抱かれた後、彼女がそれをどう考えたのかは、彼女自身にしか分かるまい。同性だから、主人だから、長年の友人だからといって、レジーナがシェリルの気持ちまで全て分かってやれると思うのは傲慢だ。時に誰もが、自分の気持ちすら分からなくて戸惑っているというのに、他人が正確に分かってやれるはずもない。
「シェリル、いいわ。無理に話してくれなくてもいいの」侍女のもう片方の手も握り、レジーナは囁いた。「このことは、司令官に直接話したの?」
「はい」俯いたまま、シェリルは首を縦に振る。「兵士の処罰を司令官様は約束してくださいました」
「あなたは、それでいいの?」
「はい。処罰の方法については、私の意見を汲んで下さると、司令官様がおっしゃっていました。まだ気持ちは決めかねていますが、いずれあの人にお伝えします」
 あの人という、侍女がグレンを呼ぶ言葉の中に、何か特別な響きがあった気がした。しかしそれは気のせいかもしれなかった。
「そう……」穏やかに頷きながら、レジーナは侍女の手を握る両手に力を込めた。「それなら、いいの。でも、覚えておいて。すべて一人で抱え込まないで。私はこんな立場で、今では力になれることも限られているかもしれないけど、あなたたちの支えになりたいとは思っているのよ」
 シェリルの大きな黒い瞳が、蝋燭の炎に揺らめいた。レジーナを見つめ返す彼女が、唾を飲み込む音が聞こえる。
 握っていた手を、シェリルにぎゅっと強く握り返された。  
「レジーナ様、それは同じことです。私も……私たちも、無力ですけれど、あなたの支えになりたいと思っています。どうか、ひとりで抱え込まないでください」
『君も、あの子と同じに見える』
 夫の声が聞こえた気がした。    

「イブはどこへ行ったのですか?」
 シェリルはずばりと核心をついてきた。狼狽したレジーナは唇を噛んで目を見開く。侍女はさらに言い募った。
「イブの父親は、何も知らないのですか? 司令官様は、何故、どこであんな重傷を負われたのですか? あの古い礼拝堂の裏に、何が……」
 シェリルはそこで口を噤んだ。レジーナの心臓の鼓動が高まる。
 彼女は多分、知っている。直感した。
 事実をグレンや副官から知らされたとは考えにくい。しかし礼拝堂の裏手、イブを埋葬した場所のことまでシェリルが気づいているなら、勘の良い彼女はほぼ正確に事態を予測しているだろう。
 打ち明けてしまおうか。夫からの返事が届いた夜の出来事を。
 話すだけでも、レジーナの重荷は減る。地の底に封じた、重く罪深い静寂をシェリルと分かち合うことができる。それを彼女も望んでいると言っているではないか。
 しかしレジーナの唇は動かなかった。
 死者の名誉と生者との友誼。どちらを大切にするべきかは明白であるような気はしたが、イブの死は無かったことになった。それはグレンとの約束でもある。
 二度と同じことを繰り返したくないなら、重苦しい戒めとして、自らの中だけに秘めておくのだ。シェリルは大切な友人であるが、何もかも分かち合うわけにはいかない。イブの死は傭兵仲間たちの死とは、根本的に違うものだ。
「ごめんなさい。私の口からは話せない」
 レジーナの答えを聞いたシェリルの目に、大きな失望が表れた。
 だが彼女は目を伏せた後、レジーナに微笑んで見せた。
「分かりました。ご無理には聞きません」
 女二人は、取り繕ったような、しかし柔らかく短い沈黙の間、椅子に腰掛けて向かい合ったままでいた。
「レジーナ様」
 やがてシェリルが口を開く。何故かその決然とした口調に不安を感じ、レジーナはこっそり息を呑んで先を促した。
「なあに?」
 視線が合った瞬間、シェリルは目を逸らした。
「あの、そろそろ、私、また麓の町へと行ってこようと思っています。代筆ギルドに支払いもしなければいけませんし。──何かついでがあればと思って」
「そう」どっと溢れてきた安堵を飲み込んで、レジーナはあえて素っ気なく頷いた。「何か買い物があるか、侍女頭と執事に確認してみるわ」
「はい」
 憂いを滲ませながら笑顔で頷くシェリルを見て、やはり自分は彼女の力になりたいというより、彼女の支えになることで、彼女に救って欲しいのだと思った。

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