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山間の城の物語」
第二章 千の目

15.星の道 (3)

2011.03.14  *Edit 

 ロデリックの視線は、シェリルの目を逸れて静かにさまよう。その気になれば先ほどのように、目を合わせたままいくらでも嘘をつける男だ。目を逸らすことが、彼のある程度の誠実さの表れであればいい。そう思いながら、シェリルは言った。
「すごく似てるなとは思ったけど、やっぱり違う人なんだろうって思ってた。あのまま黙ってれば、あたしにも誰にも、昔王都近辺で名を馳せた小悪党だなんてばれないのに」
「そーなんだけど……」
 一部の人間には、通り名を聞くだけで恐れられていたのに、『小悪党』はないのではないか。いささか自尊心を傷つけられながら、ロデリックは口ごもる。
 やがて彼は息をついて、口を開いた。
「いや僕もね、べらべらと喋るつもりはなかったんだけど、ちょっとからかうつもりで、『司令官様とのエッチはどうでした?』とか訊いたら、君がしゃあしゃあと『もう最高! あの人、超うまいし』とか言うから、つい、誰の前でそんなことへらへら言ってんのと思って……」
「言ってないよ!」
 シェリルは顔を真っ赤にして、甲高く叫んだ。ロデリックが顔を顰めて、唇に指を当てる。
「しーっ。声が大きいよ」
「だって、言ってないもん、そんなこと。サラがマッサージしてくれた時の話かと思ったに決まってるでしょ」
「そーかなー」
 ロデリックはのんびりと首を傾げている。声を荒げてはいけないと思いつつ、照れと羞恥と苛立ちが混じり、シェリルの答えは声高になった。
「当たり前でしょ。そんな訊き方しなかったじゃん。──それに何? あなたこそしゃあしゃあと、『私に似てた人とはどんな人ですか?』とか訊いちゃって。陰険だよ。性格悪いよ。何が弟が六人いて、上の二人は自分にそっくりなの。何が王都に留学してたなの。図書館の蔵書は素晴らしいですねとか言って、入ったこともないくせに。しかも、もしかしたら王都でお会いしてたかもしれませんね、とか言っちゃって。どこまでとぼけてたの。どうそつき!」
 言い募るうち興奮してきて、拳を握った腕を左右に意味もなく振っているシェリルを、ロデリックは罵倒されながら眺めている。手の甲で口を塞ぎ、微かに肩を震わせているところを見ると、笑っているのだろう。
「あー、ごめん」まだ震えている声で彼は返した。「一度作り話を話し出すと、つい続けちゃうんだよね。僕もさー、そろそろ止まれ俺、とか思いながら話してたんだけど」
「この前廊下ですっこけたのも、ニコラス様の前で、鈍い振りするためなの?」
「そーだよ。演技にカラダ張る方なの。君のコケ方参考にしたら、マジで顔痛かったけど」
「うるさいな」やはり先日、シェリルが廊下で転んだところは、後ろから来たロデリックに見られていたのだ。当時の派手な転び方を思い出し、彼女の頬はさらに赤らんだ。「なんでそんな振りしてるの」
「だって剣が使えるって分かったら、戦場で誰にも庇ってもらえないでしょ。時々ああしてダメなとこ見せておくと、気のいい士官が助けてくれるんだよね~」
 えげつない。図々しい。計算高い。彼が同性だったら、決して友人にはならなかっただろう。苦々しく顔を歪めながら、シェリルは呆れて言った。
「そんなに嘘ばっかりついて、別人の演技してて、疲れない?」
「全然。本当のこと言ってる方がしんどいよ」
 相変わらずロデリックは締まらない笑みを浮かべていた。だが声に混じった、微かに虚ろな響きをシェリルは正確に聞き取った。胸の奥が少しだけ絞られる。
 繊細なひと。自分を守ることで精一杯なんだ。
 涙ぐみそうになった。怒りが急速に萎んでいく。かつてシェリルは、その弱々しくて頼りない彼の心に、少しでも寄り添ってあげたかった。けれどそうするには、彼女の魂も小さくて弱すぎた。

 ふたりは黙り込んだ。風の音も、鳥の鳴き声も聞こえない、しんとした静寂の中で、無数の星だけが音もなく瞬いている。
「そういえば……今さらだけど」
 声音を変えてロデリックが口を開くまで、どのくらいの時間が経ったか、シェリルには分からなかった。
「軍の兵士に乱暴されたことは、大丈夫なの? 怪我はなかったみたいだけど……」
 気遣うような彼の声は、却ってふたりを遠ざけた。漂っていた温かい空気が、冷えて固まっていく。
 本当に今さらだ。そんなことをここで訊くくらいなら、どうして最初に彼女の部屋を訪れた時に、もっと話を聞いてくれなかったのだろう。あの時、侍女頭とサラを追い出して、部屋で正体を明かして同じことを尋ねてくれれば、シェリルの感情は捻じ曲がる前に慰められたに違いない。
 彼への恨みが流れてきて、感情をこらえるために、シェリルはそっと唇を噛んだ。
 それはまったくの筋違いだ。  
 昔、彼と旅をしていた頃、風呂場で痴漢に遭遇したことがあった。彼女は驚いて泣き喚きながら、食堂にいた彼を、どうして痴漢から庇ってくれなかったのかと責めた。
 彼はひどく冷めた顔つきで、何故痴漢を働いた男ではなく、自分を責めるのかと言っただけだった。
 同じことだ。ロデリックには何の責もない。
「大丈夫。なんともないよ、そんなこと」自分でもはすっぱで皮肉な声だと思いながら、シェリルは答えた。「皆に腫れ物に触るように扱われるようなことでもないし。嫌で嫌でたまらなくて、全然気持ちよくなんかなくて、いっそ死にたいような体験ってわけでもなかった。あたしを襲った兵士に聞いたら、もっと率直に話してくれるかもね。彼は強姦したなんて思ってないよ、きっと」
 だってあたし、濡れてたもん。
 彼に甘えてはいけない、仕方ないと思うのに、声が尖っていくのを止められなかった。最後の一言だけ、辛うじて飲み込んだ。惨めさを暴露して、どうするというのだ。今さら。
 口を閉じようとしたが、彼女を見つめるロデリックの顔に哀れみが見えた気がして、心がさらにささくれた。再び衝動的に彼女は吐き捨てた。
「グレン様に抱かれた時だって、ゆうべあなたとした時だって、確かに気持ちよかった。そういう体なんだよ。あなたの言う通り、媚薬なんて塗らなくたって、男の人に触られると、勝手に気持ちよくなっちゃうんだよ」
「媚薬?」
 早口になるシェリルにはつられず、口を挟んだロデリックの問いは、のんびりとしていた。シェリルは苛立たしげに彼を見上げる。
「サラ様とかあなたが塗った香油には、媚薬が入れてあるんでしょ? 昨日言ったじゃない」
「あ……あ~……」
 思い当たったらしく、彼は気まずそうに頷いた後、ゆっくりと答えた。
「えっとね……ただの香油だと思った? ……とは言ったけど」
「ただの香油じゃないんでしょ」
「いや、ただの香油。『ただの香油だと思った?』って訊いただけ」
 ロデリックはばつが悪そうだったが、嘘を語っているようには見えなかった。
 事態が分かるにつれ、シェリルの顔は羞恥と自嘲で、再び赤らんでいく。
 またロデリックに引っかけられた。昨夜、彼がそう訊いたことで、てっきりシェリルは媚薬の類が塗られていたと思ってしまった。だから、ロデリックに脚や背中を揉み解されただけで、脚の間が潤ってしまったのも、数日前にグレンに抱かれた時に激しく乱れてしまったのも、媚薬の効能の為だと思っていた。
「媚薬塗られてたと思ってた? まあ、そういう思い込みが、一種の媚薬だったりするんだけどねー。薬のせいだから仕方ないわ~とか思って、乱れちゃったりして」
 冗談めかしたロデリックに対して、怒る気力もなかった。自分に対する羞恥だけが熱く沸いてくる。
 溜め息を吐いた後、シェリルは暗い苦笑を漏らした。
「ほんと……あなたの言った通り、あたしみたいな女に、媚薬なんて必要ないよ……」
 一瞬の沈黙をはさんで、重みを蓄えたロデリックの呟きが響く。
「そうだねえ。前にも言ったけど、僕はいいことだと思うんだけど」
「そうだよね。娼婦に向いてると思う」
 もう構わないで。昔みたいに、いじけている私を冷たく突き放してよ。そうじゃないと、どんどん甘えて寄りかかってしまう。
 シェリルは必死に念じたが、裏腹に唇は勝手に言葉を紡ぎ続けた。
「ここを出たって、体売ってどうにかやっていけそうだし、ここにいても、あなたたちの軍がいたら、あたしができることなんかないし。……また、旅に出ようかな」
 ロデリックの足元を見つめながら我知らず俯くシェリルを、彼は相変わらず哀れみを込めて見下ろしていた。
「旅って、どこに行くの?」
 穏やかな声が訊く。
 東へ行くのだ。領地に魂の欠片を残して出征していった、副伯のもとへ。せめて彼の生死を確かめて、苦しんでいるレジーナに伝えることができたらいい。
「わかんない」だがシェリルの唇からは、想いとは違う言葉が滑り出た。「多分、どこかに逃げたいだけ。何もかもに、少し疲れちゃった」
 目の前の彼ほどではないが、シェリルも嘘をつくことは苦手ではない。彼と同様に、考えていることと違うことを話していることの方が多いかもしれない。
 だが今は多分、ロデリックの前でぽろりと漏れたことは、考えていたことよりも心に近かった気がする。
 きっと逃げたいだけだ。閉鎖的な田舎。突然入城してきた軍隊。彼女を凌辱した兵士。よそよそしい侍女たち。領主が不在で、内側から揺れる城。不意に現れた、二度と会うことはないと思っていた男。一度目を背けて、この場から消えて、何もかもまっさらにしてしまいたい。
 でも多分、最も大きく重いしこりになっているのは、自分自身なのだ。私のからだ。私の心。どちらも弱くて、ひきずっているのが悲しすぎる。
「どこに逃げても、仕方ないんだけどね……。逃げてもいいことないし」
 溜め息を吐き、自嘲気味にシェリルは続けた。情けなくて、ロデリックの顔を見ていられない。
「それもいいんじゃない」
 先ほどと同じような、静かな声が応じた。視線を上げる。ロデリックはシェリルではなく、彼女の頭の向こうを、恐らくそこに広がる夜空と暗い丘陵を眺めているようだった。
「僕なんかは嫌なことあると、真っ先に逃げたくなっちゃうタチだから、偉そうなこと言えないし、気持ちは分かる気がするよ。……言い訳じゃないけど、毎度毎度、真正面から一切合財に向き合って立ち向かっていたら、疲れて潰れちゃうんじゃない。そういうことができる、頑丈な人もいるんだろうけどさ」
 シェリルと視線を合わせないまま、彼は続けた。
「ごはん食べて呼吸して生きてることを、人間は毎日死に対して戦っているって言ってた奴がいるんだけど、それって、死ぬことから逃げているとも言えると思うんだよね。だからまあ、逃げてるのも戦うのも、そんなに大きな違いはないんじゃないかと思うんだけど……。それより僕が怖いのは、動けなくなることかな。ぼやぼやしているうちに、戦うことも逃げることもできなくなるのが、一番怖い。動けなくなったら、動物は死ぬだけだからね。人間も同じだよ」
 視線が絡んだ。シェリルの真向かいに立ち、緩く腕を組んだ青年の仕草を、ひどく懐かしく思った。
 涙がこみ上げるほどの、かたちの無い大きな衝動が溢れた。彼女は再び視線を下げる。唇を噛み締めた。
 それなら、一緒に。
 一緒に逃げてよ。今度こそ、私を連れ出して、助けてよ。
 そんなことは死んでも言えない。自分を今度こそ、一生軽蔑するだろう。彼の言う通り、逃げたっていいかもしれない。でも彼に逃げ込むことだけはだめだ。
 衝動を噛み潰そうとして、彼女の肩は小さく震えた。

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~ Comment ~

NoTitle 

コンスタントなアップありがとうございます。
相変わらず二人の楽しい会話が聞けて幸せです。
シェリルも成長したみたいだし、愛する人が出来て嬉しかったです。
さて、お尻の穴を閉めていたロデリックも成長したのでしょうか?それとも変わらずケツの穴の小さいままでしょうか!?
絶倫の男たちも気になりますが、女の子も負けないで引っ掻き回してほしいなあ♪
毎日楽しみにしていまーす。

Re: もえっくさん 

コメントをいただき、ありがとうございます!

事情により更新が乱れがちですが、少しずつでもがんばっていこうと思います。

ふたりとも、変わったところもありますが、口調だけは十代の頃からあまり成長してないみたいですね^^;

シェリルは一人で生きてきた間に色々あって、ちょっとスレたところがありますねー。
でも確かに、「自分を愛して欲しい人」ではなく「愛する人」ができたことは、成長なんではないかと…。

ロデリックの方は、意識して尻の穴締めなくても、十分ちーさいでしょうという感じで(笑)
あんまり変わってないみたいですねえ…。

男が圧倒的な権力持っている世界ですが、女性も負けずに強かに生きていって欲しいですね。(他人事?)

お話はもう少し続きますので、またお付き合いいただけると嬉しいです!

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