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山間の城の物語」
第三章 紅蜘蛛の花

1.紅蜘蛛の花 (2)

2011.04.27  *Edit 

 駆け戻った思い出から、一瞬で引き戻される。左手に下げた角灯の炎の揺らぎが、時間の流れを静かに語っていた。
 マイラは心臓を弾ませたまま、再び廊下を歩き始めた。一歩、二歩と近づく。右手の壁が途切れて、目の粗い、細い鉄格子が見えてくる。
 マイラは格子の前に来ると、明かりを肩の高さまで掲げた。
 長年勤めているが、牢に来たことは数えるほどしかない。記憶にあったよりも広かった。
 石の壁に冷ややかに囲まれた空間には囚人を慰めるように、マイラの頭くらいの高さに、人間の頭も通らないほどの小さな窓が開いていた。微かに夜の頼りない明かりが差し込んでくる。
 その光の筋を避けるように、牢屋の奥の暗がりで、湿った床に座り込んでいた人物がいた。膝を抱え込むようにして、背中を丸めている影だけが見える。マイラは、自分がまだ追憶の中にいるような錯覚を覚えた。彼は角灯を持ったマイラに気づいているだろう。こちらを見つめている気配はするものの、身じろぎもせず、声も立てない。
 いや、眠っているのだろうか。薄闇に包まれて、顔はよく見えなかった。
「エドワード様……」
 緊張に沸き立つ鼓動をこらえて、囁くように呼びかける。
 座り込んでいた影がゆっくりと動いた。思ったより確かな動作で立ち上がる。
「マイラ?」
 彼女が持つ、小さな光の輪の中に囚人が踏み込む。明るい茶色の髪、青が混じった灰色の瞳、父親に似て、精悍さには欠けるものの、品良くまとまった顔立ちは、幼い頃のままだ。
 だが背は伸びた。彼女の手を引いてちょこちょこと歩いていた彼は、いつの間にかマイラを見下ろしている。まだ体つきは細身ではあるが、それでも華奢なマイラよりは、ずっと肩幅がある。彼女の小さな主人は少年を通り越し、一人前の男になろうとしていた。
 こんな風に彼が立派な青年となり、妻を迎えて、その血を継いだ子供ができるまで、ずっと側にいてあげたかった。夢は思わぬ形で、そして決して望まないかたちで叶うものだ。
 二年前の夏、初めて成長した彼と再会した時の感銘が、胸に蘇った。
「マイラ、来てくれたの?」
 エドワードは明かりの中で、顔を綻ばせた。緊張と疲れに強張っていた表情が、温かい湯に浸かったように緩んでいる。昔と同じだ。彼が寛いだ表情を見せるのは、マイラの前だけだった。
 二年前に会った時より、また少し背が伸びたように見える。彼の姿から、子供の頃の面影――柔らかなふっくらした頬や、甲高い声、マイラがぎゅっと握りしめていた小さな手などが削り取られていき、彼女の知らない、年若い青年へと変貌しようとしていた。
 宵闇の空のような、青灰色の瞳から目を逸らし、マイラは革帯に括り付けてきた水筒を外した。
「これを……葡萄酒です」
 目の粗い格子の隙間から水筒を持った手を差し入れると、エドワードは僅かに目を輝かせて受け取った。捕えられて半月あまり。一日に一度、粗末な食事が与えられているようだが、酒など口にする機会も無かったに違いない。
「ありがとう」
 声変わりした低い声は、マイラにはまだ違和感がある。彼がこんなにするりと感謝の言葉を述べるのも、幼い頃には無かったことだ。
 微笑んだ顔は穏やかだったが、囚われの生活を続けていて、やや頬がこけていた。この牢は窓もあるし、エドワードが入れられるまでは、それなりに掃除もされて清潔に保たれていた。身体を拘束されているわけでもないので、囚人としては上待遇ではあるが、それでも半月も幽閉されていれば心身ともに衰弱してくるだろう。


 エドワードは、この山間にある副伯領の領主の従兄弟である。彼の父が、先代の領主の弟にあたる。
 彼らの一家は、この城よりも少し下った山地の一画で、かつての古い要塞を改築した屋敷に住んでいた。マイラはそこに仕える侍女を母として生まれ、幼い頃から年の近いエドワードの身の回りの世話と遊び相手を任されてきた。しかし九歳になったばかりの頃、彼女は母と共に領主の居城に移った。
 以降、マイラは名誉ある副伯の居城で、領主や領主の母に侍女として仕えて過ごしてきた。元々、マイラの母はこちらの城で生まれたらしい。親戚も多く、母は活き活きと働いていたが、それでも時折、昔の屋敷のことを思い出すのか、淋しそうだった。
 懐いていたエドワードと離されたマイラも、尚のこと淋しかったが、多忙な日々に埋もれていき、気難しい、小さな子供の姿は、時折思い出と共に温かく蘇るだけとなっていた。

 ところが今から四年ほど前、マイラは自分宛に一通の手紙を受け取った。城内と城下以外に知り合いが少ない彼女は、不思議に思いながらも手紙を開封して驚いた。エドワードからであったのだ。
 領主の居城に来てから、役人たちに読み書きを教えてもらっていたマイラは、美しい字で綴られた長い手紙を、夜明けまでかけて読み込んだ。
 マイラが去った後、エドワードの父、つまり現副伯の叔父と跡継ぎの長男が相次いで病に倒れ、期に乗じて、エドワードの母の生家の人間が、後見の名目で屋敷に入り込んだ。老練な母方の伯父は、瞬く間に召し使いたちを掌握し、寡婦となった実の妹――エドワードの母を修道院へ送り込んだ。
 次代の跡継ぎであった、エドワードのすぐ上の兄が、屋敷近くの森で、獣に食い殺されたのは、それからほどなくのことであった。
 その事件のあと、まだ成人する前のエドワードを、伯父は『安全のために』修道院に入れると告げた。聡い彼は、その修道院こそ、あらゆる意味で彼へ用意された墓場だと察知し、屋敷に残った少数の忠実な召し使いたちだけを連れ、修道院へ送られる途中に姿を消した。
 山の麓の町へと逃れたエドワードは、供の者に助けられて何とか暮らしている。手紙にはそう認められていた。その後、かつての暮らしを懐かしみ、子供の頃の彼の我侭を詫びるような言葉が長く連ねてあった。彼女の手を焼かせた小さな主人の、現在の惨めな境遇と彼の郷愁に思いを馳せ、マイラは手紙を読みながら、何度も涙をこぼした。
 領主である副伯に働きかけて、彼の伯父の行動を戒め、住まいを追い出されたエドワードを本来の家に戻せないだろうか。マイラはそう考えて、麓の町にエドワードに宛てて返事を送った。
 時間はかかったが、返事は届いた。既に寡夫であったエドワードの伯父は、屋敷に残ったエドワードの姉の夫となり──この地方では、伯父と姪の婚姻は禁忌とされていない──、正式に屋敷の主人に納まったという。修道院に送られていたエドワードの母も屋敷へと戻ったらしく、エドワードは現在のところ、争いを起こしてまでそれを覆すことを望んでいない。そうした主旨の返答だった。
 苛烈な気性のエドワードが、むざむざと屋敷を追い出されて、流浪の境遇に甘んじているとは、マイラには信じがたかったが、本人が望まないことを行っても仕方がない。だが、彼がどんな生活をしているのか、物乞いか、傭兵か、芸人か、考えるだけで哀れでならず、時折無事を知らせて欲しいと再び返信した。
 返答が来たのは、季節が移り変わる頃だった。エドワードは町を空けていることも多く、すぐに返事ができなかったことを詫びていた。
 その後も、何度か手紙のやりとりが続いた。お互いに現在のことはさほど語らず、昔の思い出などを短く綴って懐かしんだ。マイラは彼がただ無事であること、そしてまだ幼い頃に側に仕えていた自分を覚えていてくれることが嬉しかった。
 
 しかしそれからほどなく、修道院に棲みついた盗賊団が強大化し、領地は彼らの脅威にさらされることになった。城に出入りする者も減り、鳩小屋の鳩は、近隣の親戚筋などに援軍を頼む緊急用として使われることになった為、エドワードに手紙を届けることも容易ではなくなった。
 エドワードの生家、副伯の義理の叔母とその兄が治める家にも、盗賊団排除の協力を要請したが、彼らは古く頑丈な要塞である屋敷に篭って安全を保ち、主城に手勢を送ってくることは無かった。難攻不落の要塞である山間の城は、孤立無援であった。副伯は仕方なく麓の町に打診して傭兵や冒険者を雇った。副伯夫人であるレジーナは、雇われた傭兵の中の一人だ。
 エドワードたちは時折、この領地内の山地に来ていることもあると聞いていたので、マイラは彼の身が心配でならなかった。
 しかし無事に盗賊たちを壊滅させた後、見計らったようにエドワードから手紙が届いた。彼らはしばらくの間、行商に付いて山脈の東へ行っていたという。麓の町で、副伯領に居座る盗賊団の噂を耳にし、エドワードもマイラを案じて手紙を寄越したのだった。
 マイラが、主城と彼女自身の息災を伝える書簡を届けると、すぐにエドワードから返信が来た。
 無事で良かった。ひと目、会いたい。
 盗賊の脅威に晒されている間、留守にしていたとはいえ、全く加勢できなかったことを、エドワードは恥じているようだった。副伯の元に参じるつもりはなく、ただ密かに、短い時間でいいので、久しぶりにマイラの顔を見たい。そう告げていた。
 マイラは迷った末、盗賊が去った後の、誰も寄り付かない修道院跡に、エドワードを呼び出し、内密にそこへ出かけた。
 約十年ぶりの再会であった。ふたりは互いの成長に驚き、はにかみながらも、離れていた間のことを一晩かけて語り尽くした。


 以降も、エドワードは生家に戻ることもなく、副伯の元に身を寄せることもなく、麓と山地を放浪していたようだ。
 頻度を減らしながらも、手紙のやりとりは季節ごとくらいに続いたが、マイラは彼に会うことはなかった。
 突然の再会は、先月、遅春のことであった。

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