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山間の城の物語」
第三章 紅蜘蛛の花

1.紅蜘蛛の花 (3)

2011.05.02  *Edit 

 エドワードは水筒の口を開け、マイラが差し入れた葡萄酒を含んだ。一口、飲んだ後に息をつく。
「おいしい」
 酒蔵で寝かせておいた、何年も熟成している葡萄酒だ。客人が来た時や、祭りの際にしか振舞われない上等の物である。味も香りも濃く、甘みがある。エドワードは、再び水筒の中味を喉へ流し込んだ。その様子を盗み見しながら、マイラは伏し目がちに呟いた。
「今日は、夏至のお祭りですから……」
 春の到来、秋の収穫祭よりも、山が最も生命力に満ち溢れる夏至の祭りは、とりわけ盛大だった。駐留している大公の軍との関係は微妙だが、この日ばかりは、しがらみを忘れて、共に同朋として最も短い夜を謳歌する。副伯夫人は、そう考えたようだ。
「大公軍の連中も、君たちと一緒に飲み食いして楽しんでいるのか?」
 エドワードが、鉄格子の向こうから、皮肉っぽい声をかけてきた。
 彼は、副伯夫人が大公の軍を受け入れ、駐留させていることを快く思っていない。
 先月、西の集落の若者を連れて、城まで押しかけてきた挙げ句、エドワードは領民の前で、副伯夫人は大公軍の司令官と通じていると糾弾した。
 副伯夫人レジーナは、当然の如く激怒した。根も葉もない虚言である。無血開城して大公軍を受け入れる決断をするまでに、そしてその後も、レジーナがどれだけ懊悩したかは、マイラたちもよく知っている。
 女戦士であったレジーナは、言い分が真っ向からぶつかるエドワードと、決闘をもって決着をつけた。素朴な領民の前で弁を尽くすよりも、効果的で劇的な方法であった。
 敗北したエドワードは、夫人の慈悲により罰を免れ、城下を去った。
 しかし今月の初め、季節が完全に初夏に入った頃、大公の兵に、エドワードとその一党が捕らえられた。
 副伯夫人は、義理の従兄弟であるエドワードの身柄の引き渡しを求めたが、大公軍の司令官は、山内の工事の妨害をした罪人として彼を捕らえたと主張し、この古い牢屋にエドワードを閉じ込めてしまった。彼が連れていた供の者たちは、もっと手入れの悪い地下牢にまとめて押し込められている。
 マイラはエドワードとの面会を、夫人を通して司令官に頼んでいたが、近日中にという返事が返ってきたきり、音沙汰が無かった。しかし何度も夫人に頼み込むのは、マイラも気が引けた。
 領民を連れて城を訪れたエドワードは、城内の様々な事情を知っていた。大公軍の駐留はマイラが知らせたことであるが、夫人や侍女たちが司令官の寝所に上げられていること、そして若い侍女の一人が姿を消していることまでも、エドワードは声高に暴いて、レジーナの臆病と不貞を責めた。
 無論、マイラはそのような詳細な事情までは、エドワードに知らせていない。彼がどうやって知ったのかは、彼女にも謎であった。
 しかしレジーナは、言葉にこそしなかったものの、マイラがエドワードの情報源になっているのではと疑っているようであった。レジーナが正面切って問い詰めてこないので、マイラも弁解のしようがない。二人の間は、エドワードの来訪以降、ややぎこちなくなっていた。
 レジーナがマイラを疑うのも無理はないと思う。マイラ自身、自分の他にエドワードに城内の事情を漏らした人間がいるとは考えられなかった。エドワードの直接の知己は自分だけのはずだ。
 そんな状態で、何度もエドワードへの面会を頼むのは、無用な疑いを深めかねない。だが半月も幽閉されている彼の様子を伺い、祭りの最中に薄暗い牢で座っているしかない、かつての主人に、せめて葡萄酒でも飲ませたい。そう考えて、マイラは薬を扱う侍女のシェリルに頼み込み、危険を冒してこうして忍び込んできたのだった。

 マイラが押し黙っていると、エドワードは、短い溜め息を吐いて続けた。
「すまない。夫人が決めたことだからな。君に皮肉を言っても仕方がない」
「レジーナ様お一人の決定ではありません」気まずく視線を外したまま、マイラは小声で言った。「皆とよく話し合って決まったことです」
 エドワードが鼻白む気配が伝わってくる。一瞬後に、抑えた声が響いた。
「マイラ。君は、大公の軍の駐留を許せるのか?」
 動悸が襲ってくる。先月、領民の前で副伯の名代であるレジーナを批判したエドワードの姿が浮かんできた。マイラは緊張に強張りながら、やはり床に視線を落としたまま答えた。
「許したくはありません。でも、他に方法がありません。大公の軍は強大ですし、この城には、今守り手となる人間が誰もおりませんから」
 異教の地へ出征した領主からは、ここ二月ほど、便りが途切れているらしい。いつ戻るのか、どころか無事なのかさえ分からない。
 二千人もの大人数が駐留する生活は窮屈だ。士官が寝泊りする城内では、馴染みのない彼らに挨拶をし、婦人らしく道を譲らなければならない。
 略奪も乱暴もしないと司令官は告げたが、その約束は一部では守られていない。マイラの同僚の侍女が、兵士に強姦されたことがある。他にも同じような事件はあるかもしれない。
 それに彼らを率いる司令官からして、副伯夫人や侍女たちを寝所に呼び出し、夜伽をさせている。マイラ自身、二度、彼と同衾させられていた。乱暴されることこそ無いものの、マイラにとっては屈辱と苦痛のひとときでしかなかった。
 しかしそれは皆同じだ。軍への食糧を提供させられている領民たち、城内の改築にかり出される男たち、兵舎で兵士たちの世話をしている召使いたち。誰もが苦痛を分け合っている。しかしそれは、二千人の軍を相手に戦う損害と比較すれば、耐えられないことでは決してなかった。
「方法はある。傭兵を雇って時間を稼ぐ間、国王陛下の元に使いを出すなり、反対側の山裾の伯爵夫人に援軍を頼むこともできる」
 エドワードの毅然とした声が耳を打つと同時に、格子の隙間から腕が伸びて、マイラの肩をつかんだ。彼女は僅かに身を震わせて、エドワードを見上げた。翳った青灰色の瞳がまっすぐに彼女を見つめていた。
「マイラ。逡巡するのも分かる。だが、このままでは事態は悪化する一方だ。善き神の信徒として、陛下の忠実な家臣として、私たちにはなすべきことがあるはずだ。大公の横暴を看過していてはいけない」
 肩をつかむ手に力がこもる。大きな掌は、華奢なマイラの肩の骨を簡単にその中に納めてしまう。
 いつの間に、この人はこんなに大きくなって、こんなに勇ましいことを言うようになったのだろう。
 魅入られたようにマイラはエドワードを見つめ返した。彼が見知らぬ青年のように見える。二年前に再会した時も、同じように感じた。あの時の出来事も夢か幻のようであった。いっそ本当に夢幻であれば良かったのに。
 目も逸らせない内に、エドワードの唇が動く。
「マイラ、お願いだ。私をここから出してほしい」

 もしかしたらと予想していたエドワードの訴えを、マイラは即座にかぶりを振って断った。
「できません」
「マイラ」掴まれた肩を引き寄せられる。エドワードの吐息が顔にかかり、葡萄酒の香りを感じた。「君まで、私がただ城主に成り代わるために、夫人を責めていると思っているのか」
「そうではありません。エドワード様のおっしゃることは、正しいと思っております」
 やや眦が吊り上がったエドワードを悲しく見つめながら、マイラは答えた。
「ですが、やはり無謀です。城内や城下に残っているのは、女子供とお年寄りだけなのです。武器を取って、二千人の兵士と戦うなど無理です」
 エドワードはレジーナとの決闘に敗れたが、無論それで夫人の決断に納得したわけではないのだろう。それは分かるが、彼が少しもレジーナの考えを理解しようとしてくれないことが、マイラにはやるせなかった。
「無理などと……。試みてみなければ分からないではないか」エドワードの涼やかな声が苛立ちに跳ねる。「副伯に直接お仕えする君たちが、誇りを忘れてどうするのだ。女性とて戦えないということは無いはずだ。寧ろ貞節を守るためにも、戦わなければならない時であるはずだ」
 貞節の一言がマイラを刺激した。素肌を司令官に撫でられ、体を開かされて彼を受け入れた屈辱がまざまざと蘇る。
 既に踏みにじられた貞節を命を賭けて守れといのだろうか。そのためになら、自分と他の人間たちの血を流すのも当然なのだろうか。
 マイラは領地が盗賊に襲われた時のことを覚えている。自警団に加わっていた男たちや傭兵たちは無論、子供や女も彼らに狙われたものは殺された。城壁の外にいくつもの死体が転がっていた時期もある。
 負傷者の手当てをした時も、鉄の塊で潰れて裂かれた皮膚、砕けた骨、肉を穿って食い込んだ矢尻を目の当たりにして、戦いのすさまじさ、惨さに芯から震える思いだった。そのたびに、傭兵や男たちと共に、自らも生傷をこさえながら戦い続ける同性のレジーナを尊敬したものだ。
「簡単におっしゃらないでください。私たちは女です」
 自分でも驚くほど、芯の強い声が喉から漏れた。エドワードに仕えていた頃には、彼にこんな激しい調子で反論するなど考えられなかったことだった。彼もマイラの剣幕に軽く目を見張る。
「力もありません。毎日毎日体を鍛えている男性の兵隊にどうやって敵うとおっしゃるのですか。それに子供を持つ母親もおります。彼女たちの夫は遠征に出かけています。もし、母親が死ぬようなことがあれば、子供たちはどうすればいいのですか。帰ってきた夫たちも、妻の死を知れば、途方に暮れるでしょう」
「分かっている」一気にまくしたてるマイラを、より強い語調でエドワードが遮った。「だが、母親ばかりではあるまい。未婚の娘たちもいるだろう。彼女たちは結婚前に、見知らぬ軍隊の男たちに汚される危険を冒すより、誇りを持って彼らと戦うことを選ぶ気概は無いのか。未婚のまま貞操を失えば、いずれにしても未来の夫に顔向けもできないではないか」
 彼はそこではっとしたように表情を変えて言葉を切った。瞳を潤ませているマイラを凝視する間、エドワードが何を考えたのか、マイラには分からなかった。
 床に置いた角灯の炎が揺らぎ、石壁に映ったふたりの影が歪に形を変える。

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