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ココナッツ図書館 夜間書庫

魔女とコヨーテ」
第三話 道連れ

第三話: 道連れ 5

2009.05.03  *Edit 

 川沿いの街道が徐々に下り坂になる頃、暮れ始めた橙色の空の中に、ようやく谷の村が見えてきた。
 昼を過ぎてもなかなか辿り着かず、もしかして道を間違えたのかと思っていた頃だったので、シェリルたちは安堵の息をついた。
 街道沿いの緑したたる木立ちの間から覗ける村の家々は、ほとんどが臙脂色のレンガ屋根を持ち、黄昏れ始めた空によく映えた。商人の娘が美しい村だと言っていたが、本当だ。
 村の居住まいに魅かれるように、彼らは荷物を抱え直し、足を速めた。
 歌姫を演じていた頃は、格好を気にしたスタンリーが、シェリルの荷物を持っていてくれたが、タンバリン叩きに降格されてからは、元通り自分の荷物は自分で持つことになった。
 それが当たり前なのだが、マルタの荷物は太鼓叩きと笛吹きが背負っているのを見ると、やはり羨ましい気がする。
 道中、踊り子は相変わらずユージンと並んで歩き、時には腕を組んでいることもあった。
 その様子を見ていると、まだ僅かに胸が詰まる気がする。しかし一方で、逆に何か重いものが取れて、彼女たちを微笑ましく思う気持ちも沸いてきた。昨夜厠で流した涙と一緒に、彼に抱いてきた重苦しい幻想も流れ出してしまったようだった。
 ユージンとは今日も一日、視線を交わすこともなければ、話をすることもなかった。やはり彼はコヨーテによく似た他人かもしれない。コヨーテ本人だったとしても、こうして関わりを持たないのなら、見知らぬ他人と同じことだ。もう気にするのはやめようと思った。
 村では仕事が待っている。


 丁度村の門が閉ざされる寸前に、シェリルたちは村に入ることができた。
 旅芸人というと胡散臭い目で見られ、村や町に入るのに高い税金を取られることも多いが、ここではそんなことはなかった。
「旅人を温かく迎えるのがこの村の慣わしだ」
 門で手続きをした役人は、銀貨一枚という、この辺りではかなり安い税金を取り上げた後、相好を崩した。
 しかしその視線がシェリル、マライア、そしてマルタに順に止まる時、妙な輝きを帯びるのが見て取れた。役人と目が合うと、手馴れたマルタは微笑んでみせたが、彼はそつなく微笑み返しただけだった。
 門をくぐって村の中に入ると、視界が薄い朱色に染まる。
 赤く焼けた太陽の光を白漆喰の壁が照り返らせ、煉瓦屋根と合わせて、まるで村全体が炎に包まれているように見える。不吉な錯覚だと思った。
「綺麗……こんな谷の奥にこんな綺麗な村があったんだね」
 マルタが誰にともなく呟き、男たちは頷いたが、彼らはむしろ夕暮れの光が照らす彼女を美しいと思っているようだった。
 夏と言えど谷の日暮れは早い。太陽は瞬く間に山の端に姿を隠し、空に薄紫の光が残るだけとなった。
 シェリルたちは急ぎ足で宿を探し始めた。役人の話によれば、宿は広場前に二軒しかないという。
 門から続く大通りを進む。通り沿いにはパン屋や食堂の他に商店がいくつも軒を連ねていた。田舎の農村だと思ったが、店も多い。割と交易は盛んなのかもしれない。夕方過ぎの今は人通りも少ないが、昼間はもっと賑やかだろう。
 大通りは曲がりくねり、やがて木造りの橋がかかった川を渡る。その向こうに広場が見えた。
 広場の奥に円筒形の塔を抱いた城が見える。領主の住まいなのだろうが、なかなか立派な建物だ。かつて銀山があり繁栄していたというが、城や村の様子を見る限り、それはそう昔の話ではないようだ。
「すごい、見てみて。噴水がある」
 マルタがはしゃいだ声をあげたかと思うと、広場の中央にある噴水に駆け寄った。
 その無邪気な姿を、シェリルは皮肉ではなく羨望した。
 噴水があることにシェリルも気づいていたが、ああして好奇心をむき出して振舞うことができない。いつも冷めた目で見てしまう。
 だがどちらが他人にとって魅力的に見えるかは、考えるまでもない。警戒心を呼び起こさない外見のシェリルだが、そうした何事にも冷めた態度が、どこか他人を近寄りがたくしている。
 冒険者としてはそれでいいのかもしれないが、マルタを見ていると、他人に美しさを賛美され、可愛がられる彼女が羨ましく思える。
 駆け出したマルタに続いて噴水に近づく。
 石造りの円形の噴水には、中央に水瓶を持つ青年と乙女の彫刻があった。二人の四つの手で包み込むように傾けられた水瓶からは、川から汲み上げたらしい清水が、滔々と溢れ出している。彫刻の男女はしかし水瓶の様子などに構わず、互いに見つめあっていた。
「何の像かな、これ?」
 好奇心旺盛らしいマルタは、噴水の縁から体を乗り出し、二体の彫刻を見ている。
 彫刻ができる建築家や芸術家はこの王都周辺では数が少なく、作らせるにはかなり金がかかる。これも銀山で栄えていた頃の名残りだろう。
 雑学や伝承にも詳しいシェリルだが、この彫刻の題材となった神話や伝説については見当がつかなかった。
「この川の源流に因んでんだよ」
 マルタの後ろからのんびり近寄ってきたユージンが口を開いた。
 シェリルは思わず彼を振り向いたが、彼はこちらを見返さない。気にしないと決めたのに、また小さな傷ができる。
 そんなシェリルの心には当然気づかず、マルタは子供のように瞳を輝かせて訊いた。
「源流って? どんな話?」
「俺たちが下ってきた道をもっとずっと行くと、山を越えて、さらに向こうの山脈のあたりに出るんだ。この川はそこから流れ出してて、伝説がある。水に困っていた山村に住む娘が、麓の町の領主のところに身売りに出されることになったんだけど、彼女には恋人がいてね。嘆いた二人はこの世に別れを告げて、心中しようとしたんだ」
 ユージンに背を向け、シェリルは噴水の水に手を伸ばした。水瓶から溢れ出す水は澄んでいて、うだる暑さに火照った体に心地よかった。川の水を汲み上げているとしても、どうやっているのだろう。ありがちな伝説より、そちらの方に興味がいった。
 後ろではマルタとユージンが話し続けている。
「心中なんて、ひどいね。死んじゃったらそれで終わりなのに。あたしだったら諦めないよ。一緒に逃げる」
「……そうだな。マルタならね」
 背を向けているので表情は分からなかったが、彼が軽く笑う声が聞こえた。彼は続けた。
「ま、彼らはもう駄目だと思ったんだろ。神に心中することの許しを乞い、互いの手首を紐で結んで、山の崖から飛び降りようとした時、宙に恋人たちの守護聖人が現れたんだ。聖人は彼らに瓶を授けると、彼らの手首を結ぶ紐を指の一指しで断ち切って、消えた。二人が一緒に水瓶を覗き込むと、清水が溢れ出して、あっという間に広がったそうだよ。二人が飛び降りようとした崖に向かって、その水を流し込むと、そこはたちまち川になった……」
 ユージンの話は続いていたが、興味を失って噴水から離れた。もとより彼はシェリルに向かって話しているわけではない。
 マライアたちが固まっている方に戻ると、丁度近くの宿からスタンリーが出てきて、手招きをしているのが見えた。どうやら部屋が見つかったようだった。


 その夜も、シェリルたちが泊まった宿の酒場は大いに盛り上がった。
 泊り客の数は彼女たちの他に、隊商と巡礼者が数組いた。彼らだけでなく、やはり通りがかりの村人も賑やかな宿の様子をこぞって見に来た。そして顔を出し、マルタの舞いを一目見た者は、例外なく居座った。
 マルタの踊りばかり目につくが、実は楽団の太鼓と笛の腕もかなりのものだ。特に大太鼓の音が刻む拍子が、彼女の踊りに独特の躍動感を持たせている。多少練習をしたとはいえ、スタンリーたちはついていくのが精一杯といったところに見える。
 盛り上がった客たちは、酒場の中央あたりのテーブルと椅子をどけて、マルタが踊りやすいように場所を作ってくれた。酒と食べ物の油の匂いが満ちる安食堂の真ん中で、踊り子の色とりどりの布が翻る度、観客は歓声をあげた。
 シェリルとマライアは最初、その後ろで太鼓とタンバリンを叩いていたが、男たちの熱気に押されるように、徐々に踊り子と楽団から離れて壁際に後退し、しまいには演奏もやめてしまった。どうせ誰も聞いていない。
「あー、ほんと、あなたが一緒でよかった」
 隅のテーブルに太鼓を置き、近くに置いてあった誰かが頼んだ葡萄酒を勝手に拝借して飲みながら、マライアは呟いた。酒場の主人も彼女の踊りに夢中なので、酒を頼んでも一向に出てくる気配が無いからだ。初めてマルタと会った時と同じ状態だった。
「ほんとにね」
 シェリルも頷く。自分ひとりではあまりに惨めだっただろう。
 男たちの輪の中で、時折鮮やかな布が翻るのが見え、澄んだ飾り輪がこすれる音が聞こえてきた。そちらに半眼で視線を投げながら、マライアは溜め息をついた。
「羨ましいとは思わないけど、悔しいわね」
「そう? あたしはちょっと羨ましいけど。一度はあんな人生を歩いてみたいかな」
 シェリルの答えを聞いて、マライアは眉を寄せた。
「ええ~、そうお? だって、ああして楽器演奏してくれたり、手拍子叩いて囃してくれる男がいなきゃ何もできないじゃない。それも彼女が若いからであって、あと二十年もすれば、誰も見向きもしなくなるんじゃないの? その時にどうするのよ。人に頼りきりなんて、私は嫌だな」
 マライアはやや大柄ながら、色白で楚々とした外見をしている。しかしシェリルなどより余程気が強い。マルタのような生き方には全く共感できないようだった。
 子供の頃から魔術師ギルドで育ったシェリルは、どちらかと言えばマライアの考え方に近い。魔術師には男性優位の思想は無いからだ。
 しかしこうして男たちに囲まれ、彼らに助けられ、注目を浴びるマルタを見ていると、羨ましいという気持ちが湧かないわけはない。マライアにしても、幾分は同じように感じているのではないか。だからこそ気の強い彼女は頑なに、そう思うことを拒んでいるようにも聞こえる。
 悲しいことに男の方が体力があり、力も強いのは事実だ。お陰で女が子供を産めるという才能も、彼らにいいように利用されるだけだ。ギルドを出てそろそろ三年になる。若い頃は鼻息が荒かったシェリルも、とうに現実の厳しさが見にしみて分かってきていた。男に頼らずに生きていくのは楽ではない。
 現にこうしてスタンリーたちと一緒にいるわけだが、彼らが全員女であれば、果たしてこんなにとんとんと成功していけたかどうかは、甚だ疑問だ。
 彼らに助けられている分くらいは、彼らを助けているつもりではある。それは言い換えれば、マライアの治癒術やシェリルの魔術は、彼らの働きに対する報酬とも言える。
 マルタのような美しい女の場合は、その報酬は何らかの力や金ではなく、ただ彼女が側にいて微笑んでいればいいのだ。
 努力して手に入れたものではなく、美貌という生まれ持っての才能で、男たちを喜ばせることができる彼女が、半ば妬ましくも思えた。
 シェリルがまだ憧れているだけの胸を焦がすような恋愛も、年下のマルタは何度も経験しただろう。彼女ほどの美しさをもってすれば、シェリルにとっては夢物語に過ぎない貴族との結婚も、不可能ではないだろう。
 羨望を込めた目で、男たちの輪の中で、鮮やかな色の服を翻して踊るマルタを見つめる。シェリルたちの仕事仲間も、泊まり客も、宿や村の人間も、そしてユージンも。男たちが皆彼女を見つめているのはやはり羨ましい。

 しかしマルタを囲んでいた男たちも、ある時間を境に、一曲終わるごとに数を減らしていった。昨日立ち寄った村と同じで、夜が早いようだ。一方、泊まり客たちは、退屈な田舎の旅の夜の余興を存分に楽しむつもりらしく、客が減っても相変わらず杯を手に、マルタに声援を送っていた。
「……寝る?」
 マライアの疲れたような声に、黙って頷いた。
 スタンリーたちと、明日からどうするか話し合ってもいないが、今夜はこのまま踊って飲んで寝るだけだろう。
 シェリルたちが席を立ち、二階の客室への階段を上り始めると、後ろから笛を吹いていたイーミルが追いかけてきた。
「待ってよ。もう寝る?」
「どうせできることはなさそうだしね」
 マライアが軽く嫌味を込めて答えると、彼は肩を竦めた。
「ま、二人とも楽器も碌に使えないもんね。……俺はちょっと、これから外の様子見てくる」
 彼の口調に、今までとは違う緊張と興奮を聞き取り、シェリルも表情を引き締めた。つい目的を忘れそうになるが、本来の仕事はこれからだ。
「スタンたちは演奏に夢中だから、後で伝えといて。夜明け前には戻る」
 そう言うと、イーミルは階段下にあった鎧戸を開け、そこから身軽に出て行った。宿の出入り口から出て、食堂にいる人間に、出て行くところを見られるのを避けたのだろう。
 マライアと顔を見合わせて微笑み合うと、二人は階段を早足で上った。
 持たないものを渇望して嘆くよりも、できることがあるなら、精一杯するだけだ。今は踊り子を羨むよりも、明日の為に少しでも早く寝て、旅の疲れを取ることだ。

 それでもその夜も、シェリルはなかなか眠れなかった。
 部屋は男女別の、寝台の無い大部屋だ。だが、女性の宿泊客は、彼女たちだけだった。マルタの荷物は、シェリルの寝場所の隣に置いてあったが、いつまで経っても彼女が戻る気配は無かった。
 シェリルが眠る寸前に、廊下への扉を少し開け、階下の物音を探ると、南国の音楽のような、マルタの甘い声と、スタンリー達の笑い声が聞こえた。
 彼女は扉を閉めて、眠りに就いた。


 結局眠れたのはやはり夜中過ぎだった為、翌朝、早起きのマライアが身支度を整え終わっても、まだ目が冴えなかった。
 半ばマライアに引きずられるようにして、階下の食堂で朝食を食べる。やはり眠そうなスタンリーともう一人の男は顔を出していたが、イーミルは明け方近くに戻ってきて、まだ寝ているらしい。
「昨夜は特に何も無かったって言ってた」
 宿の人間や他の客に聞こえないよう、小声でスタンリーは呟いた。
 ちなみにマルタ達もまだ眠っているそうだ。彼女がシェリルたちの部屋に戻った形跡は無かった。やはり昨夜はそのまま男達の部屋に泊まったようだ。好奇心を剥き出しにするのがためらわれて、スタンリーには聞けなかったが、恐らくユージンの隣で寝たのだろう。
 また彼らの鼾を聞きながら、こっそり抱き合ったのだろうか。
 苦笑いする心の中は、かなり波が立たなくなり、傷つきすぎて磨耗しているようだった。どんな傷でも、こうして少しずつ馴染み、心の糧になる。今までもそうだった。
 そうやってひとつの出来事を静かに自分の中に埋葬すると、何かを乗り越えた気がする。

 朝食を食べても、まだ目が覚めなかったシェリルは、もうひと眠りした後、昼前に起きた。同じく遅れて起き出したイーミルと共に広場に向かう。
 宿を出ると、夏の日差しが肌を焼いた。雲一つ無い快晴で、空はどこまでも青く晴れ渡っている。それを背景に佇む赤い屋根の家並みは、健やかに美しく、昨日感じたような不吉な予感など、微塵も見せていなかった。
 マライア達三人は、午前中から村を見て回っている。やはり眠そうなスタンリー達も二度寝したがったが、寝不足は自業自得だと、マライアが許さなかった。
 広場では、昨日のもの寂しさとは打って変わって、いくつもの露店が並び、食べ物や雑貨の市場が立っている。その中には、宿の泊まり客である隊商の姿も見えた。領主は村での商売に寛容だという、前の村で会った商人の娘の話を思い出した。
 彼らと顔見知りになったらしいイーミルが、その内の一人に尋ねると、やはり税金はそう高くは取られなかったという。
「感じのいい男爵様だったよ」
 隊商の男はにこやかに言った。あの商人の娘や女戦士たちから聞いた印象とは少々異なる。
 詳しい話を聞きたかったが、旅芸人があまり根掘り葉掘り尋ねるのも、怪しまれそうだ。夜にでももう一度訊くことにし、イーミルとシェリルは、噴水の側に陣取った。
 何も二人でぶらぶらと散歩に来たわけではない。彼女たちの目的は、領主である男爵にまず会うことだ。マルタの昨夜の人気の程を見れば、噂を聞きつけた領主が、すぐにでも彼女たちを呼びつけることは十分考えられたが、ただそれを待っている手は無い。
 短剣使いのイーミルは、ナイフを使ったジャグリングができる。旅芸人の芸は音楽だけではない。
 シェリルの役目はというと、ここでもタンバリン叩きだった。
(どうせそれしか能が無いよ)
 しつこくいじけながらも、シェリルがばしゃばしゃとやかましくタンバリンを叩くと、露店の人間や買い物をしている村人が目を向けた。
 元々旅芸人一座にいたこともあるイーミルは手馴れたもので、無言のまま彼らに向かって礼を取ると、四本のナイフを掲げて見せた。遠目では見えないが、もちろん刃は潰してある物だ。
 彼が合図を送るのを見て、シェリルはタンバリンを調子を取って叩き始めた。それに合わせてイーミルはナイフを次々宙に投げ上げる。落ちてきた物をまた投げ上げ、四本のナイフは動きを止めることなく、宙を生き物のように舞い始めた。
 ジャグリングに真っ先に駈け寄ってくるのは大抵子供たちだ。刃物を投げ上げているように見える迫力が堪らないのだろう。この時も三、四人の子供たちが集まってきた。やがてその親たちも集まってくる。
 朝から機嫌が悪く、仏頂面でタンバリンを叩いていたシェリルだが、やはりそうして注目が集まると嬉しい。自然と笑顔になる。我ながら単純なものだ。
 イーミルの合図でシェリルが一度タンバリンを止めると、彼は投げ上げていたナイフを全て受け取り、一度観客に向かって大袈裟に頭を下げてみせた。この時点で両手の指の数程集まっていた客たちは、ばらばらと拍手を送る。
 再びイーミルはシェリルに合図を送った。王都で昔からよく歌われる音楽のように、やや速い調子でタンバリンを叩けということだ。彼はさらに懐からナイフを二本取り出した。
 観客が増えるとやりがいがある。
 シェリルもイーミルの後ろで、脇役なりに微笑みを見せ、頭に浮かべた旋律に合わせて、タンバリンを叩き始めた。
 それに合わせてイーミルは六本のナイフを高く投げ上げる。子供たちがわあっという歓声をあげた。
 シェリルのタンバリンに合わせ、イーミルは実に器用にナイフを繰る。六本のナイフが弧を描いて、次々と晴れ渡る空高く跳ね上がり続けた。イーミルはそれでも微笑みを浮かべていたが、内心は相当緊張していることだろう。
「すごい、見て!」
「怖い!」
 子供たちの母親まで、互いに袖をつつきあい、イーミルに注目している。露店の暇そうな商人たちも、店を離れて近くに寄ってくる者もあった。
 この村に出る前、王都でスタンリーの指導の元、演奏と歌の強化練習をしていたが、イーミルはこうしてジャグリングの練習もしていたのだろう。
 自分も歌の練習だけではなく、他にも何かしておけばよかったと思った。歌は本業ではない。マルタたちのような、本当に生業にしている人間に敵う訳がないのだ。いじけている暇があるなら、次の手を用意するべきだった。
 普段お調子者に見えるイーミルの先見に、シェリルは感心した。こうして何事にも前向きな仲間たちの姿を見ていると、劣等感やつまらない自尊心の垢が剥がれ落ちる気がする。本当に自分は友人に恵まれている。
 シェリルはタンバリンを打ち鳴らしながら頭の上に掲げ、それに合わせて足を踏み鳴らし始める。
 子供の頃から音楽に親しみ、音感も良い彼女は、自分の叩くタンバリンに合わせて、体を揺すり、自然に歌が口をついて出た。
 シェリルの足踏みに合わせ、何人かが手拍子を打ち始める。子供たちの中には、シェリルの動きを真似する者もいた。
 自分とイーミルで、観客をつかんだと感じる。
 男たちを虜にするマルタの舞いには遠く及ばないが、比べても仕方ない。こうして昼間の広間に集まった人間を楽しませることができればいい。そして彼らの口を伝って、領主に自分たちの噂が入り、興味を持ってもらえればいい。目的はそこだ。
 刺す様な熱い日差しに焼かれ、汗を滴らせながら、シェリルはイーミルがしくじらないように祈りつつ、タンバリンを叩いて歌い続けた。
 歌が終わる。
 最後の一拍に合わせてイーミルが全てのナイフを両手に落とし込んだ時、再び噴水前に歓声と拍手が響いた。

 しばらく子供たちの質問攻めにあい、その母親たちと世間話をして、幾らかの硬貨をもらった後、シェリルとイーミルは噴水の縁に腰掛けて、やっと一休みした。
 ジャグリングに感動した露店商の一人が、昼食にとパンと腸詰をくれたので、遠慮なくいただく。
「なかなか好評だったな。あと三日ぐらい続けたら、領主のとこに売り込みに行っていいんじゃないか」
 汗を拭いながら、イーミルは破顔した。仕事の為の芸とはいえ、観客に受けると嬉しいのは彼も同じようだ。
「そうだね。でもマルタたちにお呼びがかかる方が早そうだけど。彼女たちは、領主のとこに売り込みに行く気はないの?」
「さあな。知んない」
 素っ気無くイーミルは首を傾げる。村に来るまでは最もマルタに執着しているように見えた彼だが、興味を失ってしまったのだろうか。
「誘ってみればいいのに。一緒に領主のとこに売り込みに行かないかって」
「んー、ああ。そうね。スタンからでも話させるか」
「……マルタと話すチャンスじゃない。あなたが話せば?」
 からかうように言ってやると、彼は渋面になった。
「だってさー、あの子、いつも彼氏と一緒なんだもん。寝る時もくっついてるし」
 大袈裟に溜め息をつくイーミルを見て、苦笑いがこみ上げた。マルタとユージンも随分と罪作りだと、他人事のように思う。
 シェリルの表情を見て、イーミルは苦々しく続けた。
「お前、笑ってるけどね、こっちゃ笑い事じゃないんですよ。ここだけの話だけど、あいつらあの大部屋で今朝こっそりヤってたんだよ。スタンたちが起きた後。信じらんないっしょ?」
「…………」
 何を言えばいいか分からなかったシェリルの沈黙を、イーミルは驚愕の為と取ったらしい。一人で勝手に頷いている。 
「俺が寝てると思ったらしくてさー。もー、聞いてらんねーっつーの。でもまさか、静かにしてくださいとも頼めないし。カンベンして欲しかったよー」
 シェリルは一昨日の夜のことを話して、同じ話題を彼と分かち合い、笑い飛ばしたい衝動にかられた。しかし結局黙っていたのは、同性で年下のマルタに対するちょっとした哀れみの為だった。
「ご愁傷様だね」
 パンにかぶりつきながら、それだけ言った。
「ああ、でも……」イーミルは頭を抱える。「マルタ、超好みなんだけど。諦めきれねー。あんな子もう会えないかも」
「じゃ頑張って略奪すれば」
 シェリルはイーミルの恋路にさして興味は無かった。美しい女と知り合うと、こうして彼が一人で騒ぎ立てることは、よくあることだ。
 シェリルも、他の仲間たちからは同じように思われているのだが。
 イーミルは首を振った。
「いや、正面からムキになるのって、かっこ悪いし……。ね、シェリルがさ、頑張ってあの吟遊詩人を先に落としちゃいなよ。その後、傷ついたマルタを俺が慰めるから。皆幸せじゃん」
「……それじゃ、あたしが悪者じゃないよ。大体、あたしがちょっと頑張ったところで、あんなに綺麗な子を恋人にしている男がなびくわけないじゃん。勝ち目無いよ」
「そりゃそうだよな」
「…………」
「ウソウソ。世の中には色々な好みの奴がいるし、あいつにも変わった趣味があるかもしれないし。脚が太い方がいいとか、顔がデカイ方がいいとか……」
 陰険にイーミルを睨むシェリルに、彼は慌てて取り繕うように言葉を繋いだ。言い足される程不愉快になるのは、彼が狙ってやっているのだろうか。
「それにさ、最終的には見た目がどうだろうと、男なんて料理と寝技で落ちるもんだから。あんた、今度マライアに料理教えてもらいなよ。寝技の方は俺が手ほどきしよっか」
「……いい」
 言い返すのも馬鹿馬鹿しく、シェリルは噴水の水を手で掬い、飲み干した。温いが清らかな水が喉を通って、体の中に落ちていく。
 随分と爽やかな気分だ。ジャグリングを終えて拍手をもらい、イーミルとつまらない話をした後、頭の中から離れなかったマルタに対する対抗意識や劣等感のようなものが薄れていた。悪夢から冷めたようだった。
 同時に背筋が伸び、身が引き締まる。
「こんなとこにいたの」
 女の声に振り向くと、マライアたち三人が近寄ってくるところだった。
 小さな村とはいえ、歩き回ればそれなりに時間はかかるらしい。三人とも汗だくだ。
 三人も近くの露店でパンなど買い込み、五人は噴水で一緒に昼食を取った。このところ、男たちはマルタたちと一緒にいて、シェリルとマライアが固まっている感じだったので、五人揃っているのが久しぶりのような気がする。
「何か変わったことあった?」
 辺りに人がいないのを確かめ、それでもシェリルが小声で尋ねると、マライアは他の二人と目配せを交わした。
「……無いと言えば無いんだけど。でも確かに、農地の方でも、一人でぼーっとしている人が目についたな」
 スタンリーが呟き、マライアが頷く。
「それにね。教会が閉め切ってあったのよ。見たところ、かなり前から。一月とかそんな単位じゃないと思う。一年とか二年とか……」
「教会に用が無いんじゃない?」
 シェリルの言葉に、元修道女は首を振った。
「どこの村でも教会はあるものよ。司祭がいるはずだわ。領主がいながら、教会を放置しておくなんて、教皇庁が知ったら大事よ。領主が破門でもされれば、爵位だって取り上げられかねないのよ」
 教会の組織に詳しくないシェリルは、破門がそれほどの重大事だとは知らなかった。教皇庁はかなり世俗権力との結びつきも強いらしい。その破門の危険を冒しながら、教会を閉め切っておく理由は何なのだろう。
 口には出さなかったが、誰もが領主を怪しんでいるようだった。
 広場を見渡す限り、平和な村に見える。前に会った女戦士と商人の娘は、村にどこか覇気が無いというようなことを言っていたが、それほど寂れた雰囲気も無い。道行く人々も、どこの村でも会うような、素朴な表情だ。
 少なくとも、今行き交っている人々が、腹に一物持っているようには見えなかった。

 遅い昼食を取った後、さらに強さを増す夏の日差しから逃げるように、シェリルたちは一度宿に戻った。
 一階の食堂に入ると、マルタたちが揃って、テーブルの一角に座っていた。シェリルたちに気づくと彼女は笑顔で手を振る。真っ先に振り返したのは、イーミルだった。やはり諦めきれないのか、それとも条件反射のようなものだろうか。
「ねえねえ、見てたよ、ジャグリング。すごいね」
 マルタに満面の笑顔で話しかけられ、イーミルはあっという間に表情を崩した。
 彼女が広場に来ていたのは、シェリルも知らなかった。タンバリンの演奏に夢中だったからだ。
 イーミルは柄にも無く照れている。シェリルはそっとマライアと目を合わせた。だめだ、これは。完全に骨抜きだ。
「いや……大したことないよ、あんなの。ナイフ投げてるだけだし」
「上手だったよ~。ね、さっき、ご領主様の使いが来てね、あたしたちに、明日の夜、ぜひお城で演奏してくれないかって頼まれたの。イーミル、そこでさっきのジャグリングやってみたら?」
 瞬時に体に心地よい緊張が走る。思ったより早く好機は来た。
 最初にスタンリーがマルタたちと同行を決めた時には、マライアもシェリルも不満たらたらだったが、今にして思えばやはり彼の決断は正しかった。シェリルたちだけでは、こうもたやすく領主に招待してもらうことはできなかったかもしれない。
「俺たちも行っていいの?」
「もちろんだよ! 一緒に行こうよ」
 尋ねるイーミルに対し、マルタは微笑みながら、シェリルたちの顔を順に見渡した。彼女の楽団の三人の男たちも、穏やかに頷いている。 
 広場から戻る途中、欠伸を連発していたスタンリーが、一同の顔を見回しながら低い声で言った。 
「そりゃ楽しみだな」

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