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魔女とコヨーテ」
第三話 道連れ

第三話: 道連れ 11

2009.05.18  *Edit 

 違う呼び名を考えている内、妙な匂いが鼻に入り込んできた。洞窟に入った時に嗅いだ、燻すような匂いに混じり、もっと濃厚で甘い香りが漂う。
「ねえ、カバ」
「……次呼んでも返事しないよ。何?」
「何か変な匂いしない?」
「するね」こともなげに彼は言った。「香か薬みたいだけど」
「嗅いでも大丈夫なの?」
 手の甲で鼻を押さえながら訊くと、男は肩を竦める。
「さあねえ。できれば嗅ぎたくないけど、息しないわけにいかないからね。まあ、村人達も吸ってるんだから、毒なんかじゃないと思うよ。多分」
 コヨーテは至って呑気である。何か策でもあるのか、あるいは諦めているのか、シェリルには判断がつかなかった。 再び格子の外に目をやる。
 広間は盆の底のようになっていて、この横穴はその縁の外れにあたる。盛り上がった縁が邪魔になり、牢屋の中から広間の様子を窺うことはできない。
 こみ上げる不安を沸き立たせるように、どんどんという低い拍子が足元から伝わってきた。最近彼女が聞き慣れてきた太鼓の音のようだ。
 宴が始まるのだろうか。
「宴って何だと思う? ただのお祭りじゃないみたいだけど」
 黙っているのが怖くなり、シェリルは格子の外から目を離せないまま呟いた。
「分かんない? 何となく僕は分かった気がする」
 振り向いた先のコヨーテは、薄笑いを浮かべている。危機を感じている様子は全く無く、むしろ楽しそうだ。
 生憎シェリルにはあまり楽しそうな宴の様子は浮かばない。太鼓の音を聞いて咄嗟に想像したのは、謝肉祭だった。それも冬の終わりにあちらこちらの農村で開かれるような、のどかな祭りではなく、南の辺境の蛮族が同胞の肉を食らうような不吉な祭。
「どんなお祭り?」
 自分の想像を振り払おうとしながら、彼女はコヨーテに訊いた。行方不明の旅人が、村人の文字通り餌食になっている想像なんて、当たって欲しくない。
「君を魔女と呼んでいたんだ。それになんで僕たちを同士だと思ったか、考えれば分かると思うけどね」
 シェリルがさらに尋ねようとした時、岩でできた空間に朗々とした男の声が響いた。
「誓いによって結び合わされた我らが聖なる同士たちよ」
 広く高い天井に耳障りのいい声が反響する。やや聞き取りづらいが、声の主は男爵に間違い無いようだった。
 その呼びかけに応えるように、どよめきが沸く。何百人という大群衆が集まっているように聞こえるが、恐らくそれも反響しているだけだろうと願った。
「今宵も我々は主の降臨を待つ為に、我らの歓喜を、渇望を、憤怒を捧げなければならない。約束の日は近いと魔女様もおっしゃっておられる」
 再び響いた群衆の喚声を耳にしながら、シェリルはコヨーテの顔を見た。
「魔女って……あたし?」
「さあね」
 彼は何かに気を取られているのか、妙に素っ気無い返事を返してきた。垂れた前髪が汗で額に張り付くのが気になるのか、しきりに親指で前髪をどけている。
 どよめきが納まるのを待ち、また男の声が代わって洞窟に反響した。
「今宵は新たな力を迎えることもできよう。だがその前に主を喚ぶ為に、存分に飲み、食し、踊り、交われ。この世の幸せは全てここにある!」
 ひときわ大きな歓声が洞窟を揺るがし、太鼓の拍子と甲高い弦楽器の音色がそれに続いた。
 やっと分かった。
 宴とは迷信深い田舎に伝わる『魔女の饗宴』だ。
 元々は教会が異教の祭りを歪に誇張し、悪魔と通じる堕落した儀式だと説き始めたものだ。異教を廃し、教会への改宗を迫る為の欺瞞に過ぎない。唯一神の教えが広まるまでは、どこの地方でも季節の変わり目ごとに、こうした羽目を外すような祭りはあった。
 しかし逆に悪魔と通じたい連中が、その儀式を行えば悪魔を呼び出せると考え、暴力や乱交、時には殺人に及ぶような、狂信的な饗宴を行うことがあると聞いたことがある。元々の祭りはせいぜい飲み食いして馬鹿騒ぎするくらいだったのだから、教会側の教えが逆に本当に邪悪な宴を作り出してしまったとも言える。

 徐々に濃厚に漂ってくる燻した香りが、鼻の奥で密度を持っているように粘ついた。
 手の平で頬の汗を拭い、首周りに張り付いた髪をまとめる。昼間そうしているように紐でひとつに束ねたいが、適当な物が無い。
 帽子の男がシェリルたちを同士と呼び、ここに連れて来た理由もやっと分かった。広場で重なっていたシェリルとコヨーテを、魔女の饗宴と同調して屋外での行為に及んだと思ったのだろう。青年は通りがかりに彼女たちを見つけたと言っていたが、もしかしたら交わっている最中から、どこかで見られていたのかもしれない。
 あの時は夢中だったが、今考えれば魔女の饗宴で行われるような、度を越えた行為と同じことをしていたのだと思うと恥ずかしい。
 あの役人は散々シェリルたちを恥知らずだと罵ったが、悪魔を降臨させる為の祭りと、ただ欲望が高ぶって屋外で交わるような行為を一緒にされたくなかったのだろう。
 宴が始まったが、コヨーテの顔を見られずに、シェリルは何度も髪を手で束ねては離す、意味の無い動きを繰り返していた。
 洞窟の奥からは、激しい楽器の旋律に混ざって、男女の甲高い笑い声と黄色い奇声が聞こえてくる。
「何やってるか分かった?」
 突然背後から声をかけられ、思わず肩が小さく浮いた。
「……分かった。ね、今の内に逃げようよ。今なら皆祭りに夢中だよ」
 何故か視線を合わせることができず、座っている彼の足の先を見つめながら、早口に告げる。
「だから、この扉をこじ開けて出るのは無理だって。宴が終わったら、君を迎えに来るって言ってたでしょ? そこが唯一の機会だよ」
 コヨーテの言う通りだった。その時にどうするか相談しようと言ったところで、話は終わっていたのだった。
「どうするの?」
 恐る恐る彼の顔に目をやると、思いがけず視線が合い、彼女は慌てて目を逸らした。
 彼が見ている。
 それだけで指先まで動きがぎこちなく固まり、心臓が激しく動き出す。
「連れに来た奴をぶっとばせば一番手っ取り早いでしょ」
 対してコヨーテの声はいつもと変わらない調子に聞こえる。
「できるの?」
「僕が? 無理だよ。腕っぷしには自信無いって言ったじゃん。武器も無いし。君が魔術で何とかしてよ」
 報酬を払わせておいて、他人任せな話である。
 シェリルは腰の短剣を抜いて、彼の隣に屈むと柄を彼に手渡そうとした。
「武器ならあるよ。はい」
 コヨーテは顔を顰めた。
「はいって……。こんな短剣一本で、僕にあいつらをぶちのめせっていうの?」
「だって、あたしだってそんな便利な魔術無いよ。触媒も無いし。……何もしてくれないんだったら、指輪返してよ」
「まあまあ、どうにかするから」短剣の刃の方を向けかねない勢いのシェリルに、彼は愛想笑いを見せた。「とりあえず、これは預かっておくね。僕で役に立てられるかどうか分からないけど」
 言いながら彼は彼女の手から短剣を受け取る。
 この状況でシェリルが短剣を有効に使えるはずもないことは承知していたが、それでも彼に手渡すと、最後の頼みの綱が奪われたような不安に急激に襲われた。まるっきりの丸腰になったことに気づく。短剣の扱いにそれほど習熟している訳ではないが、寝る時でさえ枕元から離さないものを、他人に渡すのはやはり心細い。
「……やっぱり返して」
 手を伸ばすと、コヨーテは短剣を持った手を顔の辺りまで差し上げた。反射的にも見える素早い動きである。一度もらった物を返したくないのは、もう彼の本能のようなものなのだろうか。
「待ってよ。何で? 君が持ってるよりは、僕が持ってる方が有効に使えそうだし、このまま持っておくよ」
「だってどうせ使う気無いんでしょ? やっぱり持ってないと不安なの」
 薄暗い炎の明かりに浮かぶシェリルの真剣な顔をいっとき見つめ、彼は渋々といった体で、彼女に短剣を差し出した。
「分かりましたよ。君も結構気分屋だね」
 彼の少々皮肉っぽい呟きに対して、何も考えられない。ただ短剣を受け取る瞬間、触れ合う指先の温かさに意識の全てを釣られていた。彼の指先が、一瞬何かを捕らえるようにぴくりと動いた気がするが、それも気のせいかもしれない。シェリルの手は無事に短剣を受け取り、彼女はそれを元通り、ベルトに括りつけた。
 二人が他愛ないやりとりをしている間にも、宴の騒音は続いている。笑い声、奇声、明らかにそれと分かる肉の快楽に溺れる声。それらが情熱を通り越して狂気にも似た太鼓と笛、弦楽器の激しい旋律に乗って耳に届く。
 早く脱出の為の算段を考えなければいけないのに、集中できない。
「……楽しそうだね」
 言葉とは裏腹に、格子の外を見ながら、あまり面白くもなさそうな表情でコヨーテが呟いた。
「じゃあ、混ざってくれば?」
 再び激しく動き出す鼓動を押さえ込むように、無愛想を装った声で答えると、答える彼の声も幾分硬くなった。
「一度覗いてみたいけど、参加するのは遠慮したいね。……君こそ行ってきたら? 普段からお友達とやり慣れてるでしょ」
 微笑した彼の顔には、別段嫌味や皮肉は混じっていない。冗談のつもりなのだろう。しかし、それはシェリルに取っては、彼女と仲間たち、そして彼らの友情と信頼に対する侮辱だった。
「あなたと一緒にしないでよ。彼らは大事な仲間だよ。性別が違う人間が側にいるからって、それだけでそういう関係になったりしない」
 緩んでいる彼の顔を見据えると、コヨーテは目を細めた。
「いや、僕も誰でもいいわけじゃないけどね。でも君さ、この前一緒だった副伯だの傭兵だのを含めても、男にのぼせやすいみたいだけど……」
「ちょっと素敵だなと思うだけ。そんなの、男の人だってよくあるでしょ。前にも言ったけど、だからってすぐにどうこうなるわけじゃないから。どうして同じことを何度も聞くの」
 一瞬たじろいだ後、顔を赤らめながら猛然と言い返す。彼は真面目に聞いているのかどうか、苦笑いを浮かべている。
「そうだね。誰とでもやるわけじゃないって言ってたよね」彼は不意に笑みを消した。「……なんで、僕となら寝るの?」
 今度こそシェリルは言葉を失った。
 ただ熱くなる心臓の鼓動だけが、頭に響いている。
 コヨーテの顔は無表情とも呼べるほど固く、感情が読めない。からかっているのか、本当に疑問に思っているのか。分からない。
「今のとこ、他の男と寝たことないって、さっき言ってたよね。なんで僕とならいいの?」
 静かな声で彼はさらに続けた。相変わらず宴の騒音は響いているが、それでも彼の声が聞きとれる程、ふたりの距離は近い。
 初めて彼と肌を重ねた時だって、これほど鼓動が激しくなっただろうか。唇を噛んだまま、何も考えられなくなる。
 やっと彼女は小さな声を絞り出した。
「分かんないよ」
 分かってよ。
 分からないなら、もう二度と目の前に現れないで欲しい。顔も見せないで、声も聞かせないで欲しい。
 にがく苦しいものが胸の奥からにじむのに、思いとは反対に、シェリルの手は彼の方に伸びようとしている。しかし浮かせかけた手を、彼女は力なく自分の膝に落とした。
 あの情熱的で美しい踊り子のように、自分の中に抱えているもの、望むこと、思っていること全てを彼にぶつけられたらいいのに。でも彼が望んでいないことをしたくはない。
「分からないなら、いいよ」
 コヨーテの方を見ることができず、項垂れるように膝の上の指先を見つめていると、彼の手が伸びてそこに重なる。その色白の手は温かいというより、もはや熱かった。
 彼はこうしてシェリルの望むことを時々先読みしてくれる。
 それなのに本当に彼女がどうして今まで彼とだけ体を重ねたのか、分からないのだろうか。彼の今の質問の意図を探ろうとしたが、抱き寄せられる腕の熱と、頭の奥に規則的に響く躍動的な旋律に、意識が攪拌されて弛緩していく。

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RE: ことはさん 

こんにちは~!
ご訪問&コメント…そして読了、ありがとうございます~!
あちらの方まで訪れていただいたんですね~。嬉しいです…!

>『考える事すらしない』~

そうなんです、言いたかったのはこの部分で、ここまで考えてくれたというのが、当時のアレには精一杯だったんです。
元々「恋人一番! 恋愛至上主義」な人には、相手のために人生変えることなんて、何でもないんでしょうけど…。
そうじゃない人がここまで考えてくれたというのが、大事な点として伝わっていれば、とっても嬉しいです♪
うう~、ことはさんの中で大ヒットしていただいて、光栄です!
宝くじ当たったら、出版してみたいものです(笑)

番外編はもう少し後になりますが、本筋よりは気軽に読んでいただける話を目指して、中身を練ってます。
またぜひ読んでいただけると嬉しいです。
応援ありがとうございます~。反省点を活かしながら、頑張ります!

それで…

本当にごめんなさい!
とてもステキな感想をいただいたのですが、ラストに言及されているため、一応このブログ上で完結されるまでは、非公開とさせていただきます…m(_ _)m
本当に気に入ってくださった方は、ことはさんのように、あちらまで飛んで読んでいただいていると思うので(それが狙いです…笑)、このブログだけでお話を追っている方は、それほど多くはないと思うのですが…。
うわあん、ごめんなさい~! 「このコメントは承認待ちです」が出続けることになりますが、承認していないわけじゃないので、ご理解ください~。
無事完結したあかつきには、ばーんと公開させていただきます。

長いご感想をいただけて、とても嬉しかったです(^o^) ありがとうございました~!

フクロモモンガ様 

お返事ありがとうございますm(__)m
あぁっそうですよね!
( ̄□ ̄;)!!
私ったらそこまで考え及ばず…失礼いたしました(>_<;)
承認待ち全然OKですよ♪むしろ気を使わせてしまって、すみませんでしたm(__)m
今度からはブログの方にコメさせて頂きますね(o^-^o)
今回は読んだ勢いのままこちらにカキコしてしまいました
(●>д<●)ハズカシー

今後も楽しみにしてます♪
まだ他のお話は読みかけなので…
また読んだらコメにまいります(≧▽≦)ゞ
頑張ってくださいo(^ヮ^)o

RE:ことはさん 

こちらこそ、お返事ありがとうございます~。

いえいえ、こちらこそ、せっかくコメントいただいたのに、申し訳なかったですm(_ _ )m
こちらのブログの方には感想いただくことが少なく、野ざらし的風情ですので、コメントいただけたのは、とっても嬉しかったんです~。
どっかに注意書きしておこうと思ったんですけど、野暮ったいなあと思っているうちに…。す、すみません。

私も感動した時は、結構勢いで感想書いてしまうんですが、そんな気持ちになっていただけて、嬉しいです!
今後も頑張ります。
…他のお話は、あんまり恋愛っぽくない、ちょっと乾いたお話なので、もし、お気に召していただければ…お時間のある時にでも…^^;

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