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魔女とコヨーテ」
第三話 道連れ

第三話: 道連れ 14

2009.05.27  *Edit 

 目を閉じて呪文を唱えながら意識を集中させると瞼の奥に肉眼とは全く別の視界が開ける。
 繋いでいるはずのコヨーテの手の感触も分からなくなり、代わりに彼の心、精神を側に感じた。そのまま海を泳ぐように意識を奥へ進むと、群がって絡み合う狂気じみた思念が見える。宴に興じる村人たちだ。
 その中央にひときわ大きな炎。その周りにもいくつかの篝火が見える。大きな炎の中心に、火の精霊がいた。彼女が契約を交わしている精霊とは比べ物にならない、下位の小さな精霊だ。
『同胞の手により仮初めの肉体を与えられた火妖よ』
 意識を固めて呼びかけると、精霊がこちらに気づく。
『灼熱の英霊の名の元に汝に命ず。肉体を捨て、あるべき場所へ還れ』
 言葉に出して告げながら、さらに意識を具体的に固めて、広間中の篝火をかき消し、入り口の松明の炎だけを残して、精霊が己の元素界に還るように命じる。
 この禍々しい空気を嫌っていたのか、火妖は喜んでシェリルの命に従った。弾けるようにその姿を消し、同時に広間中の明かりも巨大な手で包まれたように消える。
 享楽を極めた宴に沸いていた村人たちが、一瞬静まり返る。
 ほぼ同時にコヨーテに軽く背中を叩かれ、彼女は集中を解いて目を開けた。

 シェリルの目にはほぼ真闇に見える。その手を彼が静かに引く。できるだけ足音を忍ばせながら早足で、彼はシェリルを導いた。
 村人たちがざわめくのが聞こえる。彼らは、シェリルが想像していたような恐慌状態には陥らなかったが、戸惑い、落ち着かない様子で互いに声を掛け合っている。
 シェリルにはその姿すら見えないが、コヨーテは迷いの無い足取りで、まっしぐらに出口に進んでいる。裸足の彼は全くと言っていいほど足音を立てず、シェリルの薄手のサンダルが時折岩を静かに叩く音をさせたが、村人たちのざわめきに紛れているようだ。
「同士たちよ、静かに!」
 暗闇に澄んだ男の声が響き渡った。男爵の声に間違い無い。見た目は小柄で何の変哲も無い貴族男だが、その声は美声と言える。一度聞くと忘れられない印象を残した。
「今宵迎え入れるはずの二人目の魔女殿が、現世に逃げようとしている!」
 ぞっと背筋が冷える。炎が消えただけで、何故そこまで分かるのだろう。あの男爵もただものではない。彼の声は冷酷に続けた。
「邪な者に惑わされているのだ。探して丁重に連れ戻せ!」
 邪はあんたらだろうが。心の中で小さく毒づく。
 コヨーテが速度をあげた。息が弾み始める。村人の輪を避けるように走っているが、向こうからいくつか戸惑いがちな足音が向かってくる。
 やがて目の前に小さな松明の明かりが飛び込んできた。出口だ。
 ここまで来ると、シェリルの目でも手を繋いだまま前を走るコヨーテの影が見える。もはや足音を気にすることもなく、コヨーテはさらに速度を上げて走り出した。
「いたぞ! 出口だ!」
 後方で叫び声が聞こえた。
「くそ」
 珍しく舌打ちとともに悪態などつきながら、コヨーテは狭い出口への通路に体を滑り込ませた。
 シェリルは出口あたりにかかっている松明を指差し、一瞬集中して念を送り込む。まだ炎の精霊との同調が残っている彼女の念で、小さな炎は掻き消えた。広間は全くの暗闇に包まれる。これで少しは時間が稼げるはずだ。
 彼女もコヨーテに引かれながら、人一人がやっと通れる狭い通路に入り込む。岩肌が何度か半袖の服からむき出しになった腕を擦ったが、気にしてはいられない。コヨーテはやはり体を斜めにして屈まなければ通り抜けられないらしく、速度が落ちた。
「早く」
 急かしても仕方ないと分かってはいるが、焦りが彼女の頭を熱くさせた。左手が強く握り直される。彼女の催促に対する応えか、あるいは抗議なのか。

 だしぬけに右腕を強く引かれた。左手がコヨーテから離れる。シェリルは小さな悲鳴をあげた。
 狭い岩壁を容赦無く強い力で広間の方へ引き摺られ、腕だけでなく頭や耳が壁に擦れた。広間の方に明かりが見える。広間に連れ戻されると、燭台を手にした何人かの男たちが彼女を取り囲むように待ち受けていた。全員宴そのままの全裸だ。シェリルは顔を赤らめた。
 シェリルが通路から引きずり出されるのと入れ替わりに、燭台を持ったがっしりした体つきの男が通路の中に飛び込む。コヨーテを連れ戻しに入ったのだろう。無事に逃げてくれることを祈るしかない。彼が逃げ出して宿にいる仲間たちに知らせてくれれば、彼らが然るべき手を打ってくれるはずだ。
 つくづく短剣はコヨーテに渡しておけばよかったと後悔した。
 彼女の腕を掴んでいるのも、中背だが屈強な体つきの男だった。まるで食い込むように毛深くごつい指が腕を握っている。
 やがて人ごみを掻き分けるようにして、男爵と役人が姿を現した。彼らだけは服を着込んでいる。
 薄暗い空間で男爵の灰色の瞳が爛々と輝いているのが異様だった。彼はシェリルの姿を目にすると、唇の端を吊り上げた。
「魔女殿。ご無事で何よりです。現世でのしがらみなどに惑わされてはなりません。あなたは本来我々と共にあるべきなのです」
「私は魔女なんかじゃありません」
 とりあえずとぼけてみた。それに彼女は魔術師ではあるが、彼らが崇めているような、悪魔と通じている魔女などではないのは本当だ。
「ご自分でまだその力に気づいておられないだけです。さあ、こちらへ。入信の儀の前に、我らの魔女様にお会いいただきましょう」
「いやです」
 シェリルは頑強に首を振った。どうも彼らの物腰からして、シェリルにいきなり危害を加えるようなことはなさそうだ。
「まず私の連れを無事に逃がしてください。彼に差し向けた追っ手を呼び戻して。それからあなたのご指示に従います」
 男爵の隣に立っている役人が黙って眉を寄せた。男爵は笑みを消し、溜め息をつく。
「現世の男との恋に迷っておられるのか。……彼には一度口止めさせた上で、村から出しましょう。あなたがこれ以上我々を拒むなら、彼の身も保証しません」
 先の大男と同じことを言われて、シェリルは唇を噛んだ。
 かなり彼女が時間を稼いだはずだ。あの狭い通路を抜けて彼が逃げ切ってくれることを祈り、軽く目を閉じた。
 しかし彼女の祈りも虚しく、出口に通じる通路からざわめきが広がったと思うと、ぐったりしたコヨーテを引き摺るようにして、彼を追いかけに行った男が戻ってきた。シェリルは咄嗟に彼に駈け寄ろうとしたが、右腕をがっちりと押さえられて動けない。
「ちょっと、彼に何したの!」
 腹の底から飛び出したシェリルの怒鳴り声は、傭兵や荒くれ者たちには通用しないが、村人たちを竦ませるくらいには迫力があったようだ。素っ裸の村人たちのざわめきが静まる。
「少し眠ってもらっただけだ。男は無事だ」
 くぐもったような声で、コヨーテをひきずる男は答えた。
「眠ってもらったって、あんたねえ……」
「魔女殿、こちらへ。彼の言う通り、その男は無事です。ですが、それもあなたの今後の態度次第ということをお忘れなく」
 男に詰め寄ろうとするシェリルを、冷や水のような男爵の声が制した。コヨーテの方を見つめるが、彼はがくりと頭を垂れている。だが、彼を捕らえている男がコヨーテの髪を掴んで顔を上げさせると、彼はうっすら目を開けた。
 生きている。安堵のあまり膝が崩れそうになった。
 だがすぐに彼は目を閉じてしまった。どうやら薬か何かを嗅がされたようだ。
 仕方ない。
 シェリルは男爵を睨みながら、彼の導く方へと続いた。

 シェリルが精霊に命じて消した篝火を、四方に散った村人たちが灯しなおしている。宴の狂乱は既に冷めていたが、この広間にいくつも火が焚かれ、全裸の男女が行き交っているのは、また別の異様な雰囲気があった。
 前方を男爵が歩き、後ろから役人がついてきている。役人は帯剣しているし、逃げ出すのは簡単ではないだろう。それにコヨーテを人質に取られている。 
 彼女は広間を出口とは逆に横切り、篝火が四つ焚かれている、ひときわ明るい場所に連れて来られた。先ほど広間の端から覗いた通り、そこには輿が置かれ、その上に小さな人影がある。
 近寄るにつれ、見事な長い金髪を垂らした小柄な女だと分かる。
 だがシェリルは彼女の姿を見つめ、言葉を失った。
 投げ出された手足は土気色に変色して変形し、異臭を放っている。肘から下などはもはや原型を留めていない、皮の塊だった。肩の部分まで紫に変色しつつあり、いくつもの火ぶくれのような湿疹ができている。足も似たような状態だった。布をかけるなり、包帯を巻くなりして隠してやればいいものを、わざと袖や裾の短い服を着て、手足を剥き出しにしているように見える。
 そしてその顔も、全体的に黄色く膨れ、目の辺りはいくつもの疱疹ができ、瞼が開いているのかどうかも分からない。
 ついさっきコヨーテが、自分の妹が手足の先から麻痺して腐り落ちていく奇病に冒されていると言っていたが、それがこの病ではないかと思った。尤も彼の話は手の込んだ大嘘だったわけだが。
「魔女よ。お喜びください。あなたの同胞を連れてまいりました」
 男爵が呆然とするシェリルの背を押して、輿の上の女の前に突き出す。異臭に顔を顰めそうになるのを、唇を噛んでこらえた。
 少女が首を僅かに上げ、シェリルを見たような気がした。膨れ上がった瞼からは、目の動きは見ることができない。
「ふふふふふふ」
 少女は笑い出した。外見からは想像もできない程、澄んだ可憐な笑い声だが、調子を変えず同じ声音でずっと笑い続けているのは、気味が悪い。
「あはははは。違う! 違う! 女はわたしの仲間じゃなあい! こやつも捧げ物にしかならんわ!」
 美しい声を醜く歪ませ、首をがくがく前後に揺らしながら、少女は高笑いを交えて言い放った。
 男爵が驚いたように顔をあげる。
「しかし……確かに魔女の気配が……」
「違う! 違う! そいつも捧げ物じゃ! 捧げ物じゃ!」
 手足は動かないらしいが、金髪を振り乱して首を振り、胴体を捩りながら少女は喚いた。
 彼女が罹患している病気がどんなものかは知らないが、もしかすると脳にまで障害が及ぶようなものかもしれない。まるで狂人だ。
 男爵は大きく息をつくと、シェリルを振り向いて見下ろした。その瞳が哀れみに輝く。
「どうやら私の見込み違いだったようだ、娘よ」
 同時に背後から肩を掴まれ、両手を後ろ手に合わされる。振り向くとあの役人が無表情で彼女の両手首を縛り上げていた。
「見込み違いって……何?」
 全く事情が飲み込めず、シェリルは呆然としたまま問う。男爵は大仰に肩を竦めた。
「お前は魔女ではないな」
「だから、最初っからそう言ってんじゃない!」
 ここまで延々と思い込みで話を勝手に続けてきた男爵に対して、ついに彼女の癇癪が爆発した。しかし男爵は気に留めた様子も無い。彼とまともに意思疎通するのは無理だと思った。
「しかし喜べ。主を降臨させる為の尊い生贄に選ばれたぞ」
「何それ。うれしかないよ、そんなの。とにかくあたしと彼を離してよ!」
 怒鳴り散らす彼女の肩を男爵が掴む、身をもぎはなそうとするが、後ろ手に縛られた状態では難しかった。
 彼女を縛り終えた役人は、篝火の後ろにある、ひときわ大きな岩に歩み寄る。そこはこの広間の端に当たる部分で、岩は中央をくりぬかれ、丁度巨大な竈のようになっていた。岩の上部からは金属製の筒が伸び、天井まで続いている。煙突に見えた。
 近くに薪が束ねてあるのを、役人がほどいてばらしては、竈の中に放り込んでいる。
 不吉な予感にシェリルは黙り込んだ。

 いつの間にか近寄った、服を着た屈強な男二人がシェリルの両腕を掴んだ。
「……何する気? こんなことが続けられると思ってるの?」彼女は男爵を睨み上げる。足が震えた。「この村の異常に気づいている人間もいる。いずれは国王の耳にも入る」
「心配無い。我らには王などよりもっと頼もしく恐るべき味方がいる」
 シェリルの土壇場のはったりも、狂信的な男爵には全く通用しなかった。
「あの子が魔女? どこが! ただの病人じゃない。こんなとこで魔女に祭り上げてる暇があるなら、施療院か聖地にでも連れてってやんなさいよ。あんたの娘でしょ?」
「もはや私の娘ではない。魔女に転生したのだ。この村を救い、再び繁栄をもたらす主を呼ぶ為に」
「あんた頭おかしい」
 もはや男爵は答えず、鼻で軽く笑っただけだった。 
 それを合図にするように、二人の男たちはシェリルを予想通り、役人が待ち受ける巨大な竈へと引き摺っていく。輿の上から狂女が喚いた。
「若い娘! 生贄だ! 尊い捧げ物! 丸焼きだ! 来るぞ、来るぞ、もうすぐ主がやってくる!」
 シェリルは恐怖と焦りに涙ぐみながら、広間を見回した。すぐ近くに、がっしりした全裸の男に抱えられたままのコヨーテの姿が見える。祈りを込めて彼を見つめたが、彼も頭を垂れたままだった。
「いや……やめて。離して」 
 引き摺られながら、震える声で哀願したが、男二人は足取りを全く緩めない。もがく足が虚しく岩を引っ掻き、サンダルが片方脱げ落ちた。
 輿の周りにはいつの間にか村人たちが集まってきている。彼らは相変わらず全裸のまま、惚けているような表情で、竈へと引き摺られていくシェリルを見つめていた。彼女を助けようとする者などいるはずもないが、哀れみも喜びも何も彼らの目には映っていなかった。
 輿の上の男爵令嬢の笑い声が不吉に響いている。

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~ Comment ~

 

最新話、拝読しました。シェリル嬢丸焼けの危機ですね。ヒーローはお休みの模様ですが、果たして魔女殿を救えるのか…シェリルの場合は、自ら脱出の糸口を作りそうですけど(笑
引き続き、此方で次話をお待ちしております!

そして昨日文字化けコメントを残したのは私です、すみません。
書いた内容は、…私もブログ小説活性化の為に、ブログ小説メインにリンクをしていきたいなあ、というようなものでした。あまり大したことは書いていないです(汗
お手数おかけしまして申し訳ございませんでした(平伏

RE: 可芳さん 

あっ、こんばんは!
実は今さっき、そちらのヤフーブログの方にコメントしたとこでしたー。

読んでいただいて、ありがとうございます♪
シェリル、ピンチで、ヒーローはのんびり爆睡(?)ですね…。

昨日のコメントは、可芳さんだったんですか^^
お名前が「イトヒァ」になっていたので、韓国の方が、このブログを見て、コメントしてくれたのかと思いました(笑)
(…そんな韓国名あるのか)

こちらこそ、コメントしてくれたのに、文字化けしちゃってすみません~!
ぜひ、記録があれば、もう一度書いてください♪
ブログ小説は、結構ネット小説系サイトに登録できなかったりするので、埋もれた(?)良作をここでご紹介したいなーと思います。

あ、リンク、ありがとうございました!
可芳さんのサイトから来てくれる方がいらっしゃいます。ありがたいお話です~!
こっちにはアクセス解析つけてるんですけど、結構面白いです。
「後ろから入れる」でグーグル検索して、ここを探してくれた人とかいます。
…ご希望に添えたのかどーか。
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