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ココナッツ図書館 夜間書庫

魔女とコヨーテ」
第三話 道連れ

第三話: 道連れ 16

2009.05.31  *Edit 

「小僧、先程の妖しげな術は何だ」
 シェリルが礼を言う機会を見計らっている内に、役人の方が先に口を開いてしまった。
 コヨーテは面倒臭そうに彼に顔を向ける。
「手品みたいなもんだよ。神かけて悪魔や魔女と関係あるような妖術じゃないから。あんまり突っ込まないで欲しいんだけどさ」
 答えるコヨーテの声に、あまり穏やかではないものを感じ取ったのか、役人は眉間の皺を深めて、老司祭を見た。彼は静かに首を振ってみせる。役人は息をついて、やっと剣の柄から手を離し、シェリルの顔を見た。
「それではここから出よう。お前たちは夜明け前に村を出ろ。宿にいる連れは明日の朝逃がしてやるから、後で合流するといい」
「一緒に今出て行っちゃ駄目なんですか?」
 シェリルの問いに彼は首を振った。
「真夜中に芸人が全員消えていては、誰か逃がした奴がいると怪しまれる。すまないが、明日の朝まで待ってくれ」
 役人のその言葉は保身の為に出たものなのだろうが、それを責める気は起きなかった。
 正面切って領主に立ち向かう方策も無く、こうして司祭をこっそり匿い、犠牲にされかけた人間を逃がして、できる限りのことをしてきたであろう彼に、自分の身を犠牲にしてまで道理を貫けとは言えない。閉鎖的で迷信深い田舎の村で、他の大多数の村人に流されずに、一人でここまでのことをしたのは、素直に立派だと思った。
「……村の人間全員が、もう悪魔崇拝に傾いているのですか?」
 広間の外周に沿って掘られたらしい、狭い通路を、出口に向かって歩きながら、小声で尋ねると、役人が頷くのが見えた。
「元々銀鉱脈の利益は、領主様からもたらされたものだ。村の人間はそのお陰で暮らしてきたのだから、領主様の言うことは何でも信じてしまう」
「銀鉱脈って、どこにあるの? 銀が出そうな地形に見えないけど」
 シェリルの後ろを歩くコヨーテが、役人に訊いた。振り向いた役人は、その言葉遣いにやや顔をしかめながら答える。
「村の中ではない。領主様が採掘権を買い付けてきて、取引をしていたものだ。私もその仕事は任されていないから、詳しくは知らん」
「男爵が自分で銀鉱と取引してたんだ。へえ~」
「主には亡くなった奥方様が行っていたらしい。採掘権も奥方様の持参金の一つだという話だ」
「奥さん、亡くなってたんだ。どんな人だったの?」
 好奇心が湧いたのか、コヨーテは質問を続けたが、役人は唸りながら口ごもる。
 しばらく沈黙が続く。最後尾を歩く老司祭も無言だった。コヨーテは肩を竦めて呟く。
「答えにくそうだね。よっぽどアレだったのかな。顔が魚に似てたとか、体格が猪みたいとか……」
「何を言うか! それはお綺麗な方だったぞ。どこかの市井の方で、名家のご出身などではないそうだが、優雅で儚げな方だった」
 振り向いた役人は足を止め、目の前のシェリルに唾を飛ばす勢いで怒鳴った。
「……ご病気で亡くなったのですか?」
 シェリルが訊くと、彼は俯きがちに頷いた。
「そうだ。あまりお体が丈夫ではなかった。司祭様にも随分手を尽くしていただいたのだが……」
 彼女はコヨーテの後ろを歩いていた老司祭を振り向いたが、彼は顔を伏せ気味にしてただ押し黙っていた。 
「おじさん、もしかして奥方様に惚れてたの?」
 わざとかと思う程、しんみりした空気を破って、コヨーテがずけずけと役人に訊く。
「おじさんとは何だ! 神に祝福された夫婦の片割れに、横恋慕するような真似をするわけがないだろう。貴様らと一緒にするな」
 再びシェリルに唾を飛ばす勢いで言い散らすと、彼は元通り前を向いて歩き出す。貴様ら、とはシェリルも含まれるのだろうか。
「別に僕だって、他人の奥さんに興味は無いけど……」
「そういう問題ではない。道徳に外れたことをしているから、こんなことに巻き込まれる羽目になるのだ」
「巻き込んだのは、あんたらの村の方でしょうが。皆さんのやってることの方が、僕らより遥かに不道徳だと思うけど」 
 牢に入る前に役人に散々罵られた時は、ただ沈黙していただけのコヨーテだったが、仕返しとばかりによく喋る。
「それはまあ……そうだが」
 役人は気まずく呟く。覆い被せるようにさらにコヨーテは言い募った。
「でしょ? 男同士だろうと、三人、四人だろうとお構いなしだったもんねえ。アメフラシの交尾みたいにずらずら繋がってた人たちもいたね。僕らのやってたことなんか可愛いもんじゃない。村の皆さん方、大らかでいいよねえ。心広いっていうか、ケツの穴でかいっていうか……色んな意味で」
「ちょっと、もうやめなよ」
 前を歩く役人の肩が微かに震えているのを見て、シェリルは振り返ってコヨーテを窘めた。宴に不快感を覚えつつ、見守るしかなかっただろう彼に対して、嫌味が過ぎる。
 コヨーテはにやつきながらも口を閉じた。先刻罵られたことの仕返しをしているというより、どうも生真面目な役人をからかって楽しんでいるように見える。
「全くだ。お前たちの言う通りだな」役人は前を向いたまま、自嘲気味に呟いた。「彼らは邪悪ではない。ただ愚かなだけだ。自ら何かをするより、他人が何かをしてくれるのを待つことしか知らない。ああして、酒や美食や肉欲に浸り、その先がどうなるかなんて、考えたこともないのだろうな」
 役人の言葉を聞きながら、古代帝国の君主の話を思い出した。彼らは借金をしてでも、市民に娯楽を与え続けたという。そうしていれば、市民は不満を持つこともなく、楽しい餌を恵んでくれる君主に従順だからだ。
 しかし平和な停滞の裏で衰退は緩慢に進み、やがて栄華を誇った帝国も立ち直る機会を逸して崩壊していくことになった。
 この村も同じだ。
 役人の言った通り、もはや銀山に頼れないのなら、別の道を探さなければならないのに、過去の夢に縋り、馬鹿げた迷信に君主が取り憑かれいては、滅びは時間の問題だろう。貴族達は往々にして高い教育を受け、知識を持っているはずだが、男爵がそれを正しく使えていないのは残念だった。
「私も同じことだ。自分では何もできずに、旅人に全てを託すしかないのだからな」
 独り言のように呟き続ける役人の肩が、妙に寂しげに見える。シェリルは彼には見えないと知りながら、力強く頷いた。
「お任せ下さい。今度こそ、書状は然るべき所にお届けします」
 人の役に立てる。彼女の中でいつも仕事の最中に湧き上がってくる、そんな透明な高揚感に浸っていると、邪魔するように後ろから肩をつつかれた。冷めた顔で青年は小声で囁いた。
「安請け合いしちゃっていいの? 僕は手伝わないよ」
「分かってるよ」
 憮然と答えながら、僅かに胸が絞られるように痛んだ。
 もとより彼を当てにはしていない。役人から預かった告発状を騎士に届けることは、彼女と仲間たちの仕事だ。偶然だが、書面での証拠を手に入れたのだ。これを無事に依頼主の騎士に届けさえすれば、仕事はほぼ完璧に遂行されたと言える。喜んでいいはずだった。
 しかし今の彼の台詞からシェリルが読み取ったのは、この忌々しい洞窟から出て、夜が明けたら、彼とは何の関わりもない他人に戻るということだった。
 具体的に何かを期待していたわけではない。例えば彼がマルタたちと離れ、シェリルたちについてくると言い出しても困る。信頼で繋がっている仲間たちの中に、得体の知れない彼を加えることは、彼女すら望んでいない。他の仲間も受け入れるわけがないだろう。逆に自分が仲間たちと離れて、彼についていくようなことも、現実的には考えられなかった。
 自分は彼とどうなりたいのだろう。初めてそんなことを考えた。
 ぼんやりと浮かんだのは、幸福な結婚、永遠の誓いだった。しかしそれは流れ者の二人としてではない。豪奢ではないが広い館、家族、不自由のない生活、そんなものが断片的に脳裏をさまよった。
 今でも自分が貴族の令嬢であり、彼が公子であるかのような錯覚に捕らわれている。その幻想が無ければ、彼と一緒にいる未来を思い描くこともできないということに、彼女はささやかだが、深い絶望を感じた。
 シェリルが純粋に望むことは、ただ彼のそばにいて、抱き合いたいということだ。
 だがそれはどこまでも点の話でしかない。線になり時間の流れとなって未来に繋がるには、あまりに頼りなく、刹那的で幼い欲求に思えた。
 例えば彼のそばにずっとい続けるには、彼女が仲間から離れるか、彼が彼女の仲間に加わるしかない。
 信頼する仲間たちと離れ、彼女をどう思っているのかも分からない、名前も知らない男に全てを委ねる程、彼女は愚かでも純粋でも強靭でもなかった。
 一人で生きていけたら。
 その強さがあったら、捕らわれるものなどなく、彼についていけるかもしれないのに。弱いから縋るものが多くて、傷つくのが怖くて、今持っているもの、得たものを捨てられない。
 常に自分と仲間の能力を駆使して仕事に向き合い、生計を立ててきたシェリルは、自惚れる余地もない程、自身の力量を弁えてきた。仲間たちと離れて一人で生きていける程、自分が強くも賢くも美しくもないことを彼女は知っていた。
 その冷静な諭さは、今までシェリルと仲間たちの危機を何度となく防いできたが、彼との未来に酔うどこれか、夢にすら描けないのは、ある意味で不幸せなことだった。
 強くなくてもいい。マルタのように、男から崇拝されるような美しさがあれば。そして他に何も持ってないのなら、彼女と同じく、なりふり構わずに彼にぶつかっていけるのだろうに。既に鎮火したはずの、踊り子への嫉妬が再びくすぶり始め、胸が重くなった。
 彼のそばにいたい。その欲求は、食べ物が無い所で何か食べたいと思ったり、眠ってはいけない場で眠りたくなった時と同じで、堪えて抑え込むしかないのだろうか。
 あのまま牢の中で、下らない話や、時には口喧嘩など挟みながら、ずっと抱き合っていられたらよかった。
 また心に浮かんだ現実離れした願いを彼女は自嘲し、せめてこの狭く薄暗い通路がもう少し長く続くことを祈った。


 無論ほどなく通路は途切れた。
 役人が出口に積んである薪を押しのけると、空間がほんの少し広がる。そこは広間からいくつか伸びている横穴の一つで、シェリルたちが閉じこめられていた場所と同じように、奥には木枠で作られた牢があった。
「こんな牢が幾つもあるんですか?」
 役人に続き、通路から出たシェリルが尋ねる。コヨーテと老司祭が出るのを待ち、通路を元通り薪を積み上げて隠しながら、彼は答えた。
「四室ほどある。生贄となる旅人などを閉じ込めておく為だ」
「そんなとこに俺たちを閉じ込めてたの? 最初から逃がしてくれりゃよかったのに」
 非難めいた口調のコヨーテに、役人は眼尻を吊り上げた。
「お前たちこそ、私にしてみれば怪しかったぞ。訳も分からないまま、村の若い衆についてきて、しかも野外で交わっていたというではないか」
 司祭が驚いたようにシェリルを見るのが分かったが、視線を合わせられなかった。抱き合ったことを後悔はしていないが、やはりもう少し場所を選べばよかった。
 役人はさらに続ける。
「てっきり遠方から来た、悪魔崇拝者の仲間かと思ったぞ。しかも領主様は何故かその娘を魔女だと言っていたしな」
「この子はただの太鼓叩きだよ。魔女なんかじゃない」
 タンバリンだって。そう訂正したかったが、コヨーテが彼女を擁護してくれているようなので、とりあえず黙って聞いていた。
「分かっておるわ。だから助けたのだろうが」
 役人は別段シェリルに恩を着せるようなことは言わなかったが、いちいち挑発的な言動のコヨーテは癇に障るらしい。答える口調も刺々しくなる。
「なんで私が魔女じゃないって分かったんですか?」
 一人で薪を積み続けて、通路への入り口を隠している役人を手伝いながらシェリルは尋ねてみた。高齢の司祭はともかく、コヨーテが全く手を貸そうとはしないので、彼女が動くしかない。
「お前らがあの場から逃げようとしてたことと」薪を抱えながら、彼はシェリルの目を見つめた。「お前がそこの男の身を本当に案じていたからだ。魔女は自分の身より他人を案じるような献身は持ち合わせていない」
 シェリルが出口への通路から広間に引き戻され、コヨーテに追っ手がかかった時の彼女の言動を話しているのだろうか。よく覚えていないが、色々と喚いていた気はする。
 心配していたことを知られるのが照れくさく、彼女はコヨーテの方を見もせずに、そうですかと呟いただけだった。故に当の男の方が、そんなシェリルを見て僅かに口元を緩めたことに気づくことはなかった。
「あのご令嬢は、本当に魔女なんでしょうか? そもそも、魔女って何なのですか?」
 話を自分から逸らそうと、シェリルがそう役人に問いかけると、立ち働く彼に代わって司祭が答えた。
「……ご令嬢は単なるご病気だ。魔女というものは害意に満ち、異界にいる悪魔と通じて、人間を堕落させようという存在だ。恐らくご領主は、精神を病んでいるご令嬢に、都合のいいことを言い含め、ああした奇怪な言動を取るように仕向けたのだろう」
「男爵自身が魔女ってことは無いの?」
 腕組みしたまま、薪を積み上げるシェリルと役人を見下ろしていたコヨーテが口を開いた。
 手を貸してくれと言いたかったが、また金をせびられそうで、重い薪を持ち上げて息を切らせながらも、シェリルは黙っていた。
「それは無いとは思うが……」
 言い淀む司祭から目を逸らし、コヨーテはどちらかというと、シェリルに向かって話し続けた。
「おじいさんやシェリルはあの竈の裏にいたから、見てなかったと思うけど、男爵が生贄を丸焼きにした後に行った、悪魔を魔女に降臨させる儀式はさ、かなり正確な文献に則ったもんだったんだよね。もちろん、今回は本当に悪魔が出てこなかった訳だけど」
「悪魔を魔女に降臨?」
 作業の手を止めて問いかけると、彼は頷いた。
「そう。色々な説や伝承があるけど、魔女が、受肉する悪魔への依り代になるっていうのも一つの方法なんだ。……あくまで伝説だけど」
「伝説は伝説だ」役人が呟きながらかぶりを振った。「月に三度もあんな宴を開き、生贄が手に入った日はああして儀式を行っているが、悪魔を降臨させることなどできはしないよ。狂人の妄想だ」
 老司祭が厳かにその後を継ぐように言う。
「悪魔というのは、極めて狡猾で邪悪。我々とは異なる存在だ。その場にいれば、生まれながらにして我々の敵だと、一目で分かるはずだ」
 シェリルも伝承には詳しかったが、生憎悪魔や黒魔術に属する類の知識はあまり持ち合わせていない。彼女の師が毛嫌いしていたからだ。
「それだけ異質な存在ってことだよ」
 そんな彼女に向かって、そう言った後、コヨーテは小声で続けた。
『何故なら僕らが造物主によってそう造られているからね』
 見事な発音の古代語だった。王都のギルドを出た正式な魔術師でもなければ、ここまで正確な発音は身に付けられないだろう。
『どうしてそんなことを知っているの?』
 同じく古代語で問いかけると、彼が答える前に、役人が不機嫌に遮った。
「おい、私たちに分からない方言で話すな。無作法だぞ。内緒話はここを出てから存分にやれ」
 牢に入れられる前、役人に古代語で何か問い掛けられて、てっきり彼も古代語を話せるのかと思ったが、そうではないらしい。あくまで合い言葉として、丸暗記していただけなのだろう。
「はいはい。独身中年男の嫉妬は嫌だね」
 また余計な一言を付け加えながら、コヨーテは話を打ち切った。薪を積み終わり、少々息が上がっている役人の頬が、微かにひきつるのが見えた気がする。
 彼はシェリルに顔を向けた。
「手伝ってくれて助かった。お前たちは、ジョン卿の使いだったな」
「いえ、ジョン卿の使いは私だけです。彼らとは道中たまたま一緒になっただけで……」
 シェリルが馬鹿正直に説明すると、役人は目を剥いて告げた。
「ではお前に頼むしかないな。無事にジョン卿の元に辿り着き、村と領主様を救ってくれるよう、言付けてくれ」
「サー・ジョンは徳高いお方だ。必ず手を打ってくれるだろう」
 聖印を切りながら、司祭が後に続ける。
「手荒な真似をしてすまなかったな」
 相変わらず無愛想ではあったが、役人は目を伏せて詫びた。言ってやりたいことは山ほどあったはずなのに、下手に出られると、シェリルも何も言えなくなる。
「いえ……」
「お前はジョン卿仕えの女官か?」
「そんなとこです」
 金で雇われたと話すと、また空気が微妙に変わりそうだったので、役人の問いに曖昧に頷く。
「よろしく頼むぞ。仲間と共に道中気をつけて行け」彼はそこでコヨーテに一瞥を投げた。「それから、自分の身にも気をつけることだ。男は選んだ方がいい」

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