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魔女とコヨーテ」
第三話 道連れ

第三話: 道連れ 18

2009.06.05  *Edit 

 ひゅっと空気を切る音をすぐ側で感じ、集中に入る寸前に、シェリルは目を開けた。
 役人に近寄っていたもう一人の大男が僅かに仰け反るのが見える。目を凝らすと、その盛り上がった胸板に何か突き刺さっているのが分かった。
「悪魔なんかじゃないじゃない」
 澄んだ女の声が聞こえる。
 同時にシェリルの前に、抜き身の小振りの剣を手にした姿が、彼女を守るように立ち塞がった。長い茶色の巻き毛がふわりと揺れる。
 マライアだ。
 彼女は剣を左手に持ち替えると、腰から外した小さな皮の袋をコヨーテの眼前にいる大男に投げつけた。彼の頭上を越えて大男の胸にぶつかった皮袋は、液体を撒き散らす。
「聖油を浴びてもなんともない。悪魔じゃないわ。あれは……」
 マライアの言葉を遮るように、すぐ横手を別の影が駆け抜ける。
 彼は短剣を手に身構えるコヨーテの前に躍り出て、胸に矢を突き立てた大男の腹に抜いた剣を突き入れた。初めて大男の悲鳴が響く。見慣れたスタンリーの後姿に、戦いの最中だというのに、涙腺が緩むほどの安堵を覚えた。
 振り返ると、足の遅い大柄なサムソンが刃のついた槍を手に、こちらに駆け寄ってくるところだった。無口な彼はすれ違いざまにシェリルに向かって頷き、そのまま役人の手助けの為に、もう一人の大男と彼の間に走り寄って、割って入る。
「男爵は?」
 弓を手に、一番最後にイーミルが走ってきた。
「向こう」
 大男二人の後ろで、突然現れた冒険者たちを見て、初めて狼狽している貴族を指差す。その手にはまだ燃え盛る松明が握られている。
 シェリルの前では、スタンリーとサムソンが敵を防いでくれ、彼女の身を守る為にマライアが傍らに控えていてくれる。
 今度こそ躊躇なく集中した。


 男爵が驚愕の声を上げる。彼の持つ松明の炎が音を立てて弾け、膨れ上がった。炎は小さな塊となり、螺旋を描いて大男二人の頭上から降り注ぐ。
 聖別された油を撒かれても何ともなかった巨人たちも、その上から炎を浴びせられて絶叫した。
 腐肉が焼ける、胸が悪くなる匂いが漂った。
 振り向いた彼は、数歩後ろにいるシェリルが、目を閉じて半ば俯き、顔の前で何度か複雑な印を結んでいるのが見えた。恐らく瞑想状態であろう彼女の前には、仲間の女が庇うように佇み、油断なく剣を構えている。
 触媒も無く、あんな小さな種火から炎の精霊を喚んで操るとは、大した腕だ。
 生きながら烈火に炙られる異形の怪物から、彼はゆっくり後ずさった。彼と大男の間に駆け込んできた、シェリルの仲間の男は、一度巨体から引き抜いた剣を再び振りかぶって叩きつける。火の粉が飛ぶどころか、火傷を負いかねない程の近さだというのに、怪物との白兵戦に全くためらいがない。
 彼らの戦いぶりは、以前目にしたことがあるが、かなり戦い慣れているようだ。
「おじさん、だいじょぶ?」
 大男達は彼らに任せ、地面に屈んで息を切らせている役人の腕を取る。気に食わない男ではあるが、先程岩を投げつけられた時に、彼に命を救われたことは覚えている。
「彼らは誰だ?」
 ふらつきながら役人は立ち上がった。左肩を右腕で押さえ、顔をしかめている。両腕を振り回す大男の一人を剣でさばいていたようだが、何度か強烈な拳を刃で受けていたのが見えた。その際に肩でも痛めたようだ。
「彼らは彼女の仲間だよ。どっから湧いてきたか知らないけど。……肩、平気?」
「いや……脱臼しているようだ」
 彼はやにわに役人の外れた肩と腕を掴むと、無言のまま上腕を持ち上げて、関節をはめてやった。
 突然の激痛に声も上げられずに、顔だけ絶叫するように大きく歪めて仰け反る役人を見て、随分と溜飲が下がった。
 役人の恨めしげな眼差しを無視して再び視線を前に戻すと、炎と自らの体を焼く煙に包まれる怪物の後ろで、男爵が背を向けて駆け去ろうとしているのが見えた。
 危機を助けられた礼に追ってやろうかと思ったが、彼が動くより早く、弓を持った小男が走り出す。
 何も二人で追い掛ける必要は無いだろう。
 振り向いて、集中を続けるシェリルに歩み寄ると、女が顔を上げて目を見張った。
「ユージン。何でこんなところにいるの? 何でこの子と一緒なの?」
 小柄なシェリルより頭一つは大きい彼女は、安堵と不審を同時に瞳に浮かべている。
「寝苦しいから外に涼みに出たら、会ったんだよ。とにかく助かった」
 愛想のいい笑みを浮かべてみせたが、女の顔はまだ警戒を解かなかった。彼がさらに言い募ろうとした時、広間の向こうから小男の声が響く。
「おい、手貸して。逃げられちまう!」
 女は瞑想しているシェリルに呼びかけ、軽く彼女の両頬を叩いた。シェリルが目を開けるのを待たず、彼を見上げて言う。
「ちょっとこの子、見てて」
 言うが早いか、大男達を避けて、洞窟の奥に走り去っていった。
 彼のことを完全に信用したのでもないだろうが、迷う時間を惜しんだのだろう。
 今回の彼らの仕事がどんなものかは、シェリルと役人のやり取りを聞いていてうすうす分かった。男爵を取り逃がす訳にはいかないはずだ。目的の為なら信用し切れない男でも頼る、女の決断力に軽く感心した。シェリル自身も聡明で優秀な魔術師だが、彼女は仲間にも恵まれているようだ。
 彼が見守る内、シェリルは瞑想から覚め、ゆっくり目を開けた。


 頭の奥がまだぼんやりしている気がする。
 目を開けたはずなのに、視界がすっと色を失っていくのが分かった。後頭部が冷え、強烈な吐き気を覚える。
 シェリルは膝に両手をつき、倒れこみそうになる体を支えた。まだ戦いは終わっていない。座り込むわけにはいかない。
 だが触媒無しで、小さな松明一本の炎から精霊を呼び出して使役したのは、少々荷が重かったようだ。精神の負担が体にも出ている。途方もない疲労を覚えた。
 こらえきれず、彼女はその場で嘔吐した。
 胃が引き絞られる感覚に、涙をにじませながら耐えていると、横から伸びた手が左腕を掴み、背中を支えられた。
「大丈夫?」
 嘔吐した直後の歪んだ顔をコヨーテに見られたくなくて、シェリルは口元を拭いながら顔を逸らして頷いた。
「……友達ってのはありがたいねえ」
 どこか皮肉っぽい彼の呟きに、心底彼女は同意したかったが、声を出すとまた吐きそうで、再び頷くだけにとどまった。
 彼女たちの前で、炎に包まれたままの大男の胴体を、スタンリーが斜めに切り払う。隣ではサムソンが槍を突き上げ、大男の首筋を串刺しにした。苦悶の呻きをあげながら、怪物は二体とも膝をつき、くず折れる。スタンリーたちはそれぞれとどめを刺し、すぐに男爵の後を追って広間の向こうに駆けていく。
 しかし向こうから後ろ手に縛り上げた男爵を引きずるようにして、イーミルとマライアが戻ってくるのが見えた。


 出口が一箇所しかない洞窟に、何故いきなりスタンリーたちが現れたのか。
 とりあえず大男二人を屠り、男爵を身動きできないように縛り上げた後、役人やスタンリーたちの傷の手当てをしているマライアに、まずシェリルはそれを問いかけた。
 宵の頃から一人で宿を抜け出して領主の城を見張っていたイーミルは、夜中、村人が城の裏手の崖に次々消えていくのを見た。彼の位置からは洞窟は見えなかったらしいが、不審に思っているところに、領主自身も護衛を連れて城から出て、崖の裏に消えるのが見えたという。こっそり尾行した彼は、そこでやっと洞窟への入り口を見つけた。
 そこで単身領主の後を彼が追わなかったのは賢明だったと言える。イーミルは城に取って返し、警備の人間すらそこに残っていないことを知ると、宿に戻ってスタンリーたちを起こした。
 その時に、マライアはシェリルがいないことに気づいた。厠を含め、宿中や周囲を探し回ったが、シェリルは見つからず、彼らは彼女の身を案じながらも、仕事を遂行するべく、支度を整えて領主の館に調査に向かった。
 ここまで話を聞き、シェリルは内心ほっと息をついた。彼女とコヨーテが噴水前で会うのがもっと遅ければ、抱き合っているところを彼らに見つかったかもしれない。
 彼らは領主の行いを探るより、村で起こっていることの証拠を掴む為、あえて領主の住居を探索した。調査の仕事に慣れた彼らならではの、現実的な判断と言える。
 そして領主の部屋で大量の悪魔学の本を見つけた。修道女であったマライアは、事態のおおよそを飲み込んだ。おりしも半月の夜。満月の夜ほどの盛大なものではないが、魔女たちが集って宴を開くことがあることを、彼女は知識の端で覚えていた。
 宴も気にはなったが、とりあえず行方不明の人間が捕らわれていないかと、城の地下牢を探っていた彼らは、空っぽの牢屋の一つに、隠し階段があるのを見つけたという。
 そこがあの洞窟の横穴にある牢屋の一つに通じていたのだ。男爵が内密に作らせたのだろう。役人も司祭もその通路の存在を知らなかった。
 彼らが隠し通路を通って洞窟の牢屋に出た時には、男爵と役人たちの問答と怪物のうなり声が聞こえた。手間取りながらも、イーミルが牢の鍵を内側からどうにか開け、彼らは声のする方へ走り出した。


「まさかあなたがいるとは思わなかったわよ。今度はそっちの話を説明してよ。どうして彼も一緒にいるの?」
 マライアの話を聞きながら、次に聞かれるだろうその質問の答えをシェリルは考えていた。
 が、あまりいい言い訳は浮かばなかった。
 大嘘つきのコヨーテにこの場を頼るのも一手だが、マライアの目の前で彼に視線を向けるのは、二人の関係を読まれそうな気がする。しかしぼやぼやしていて、役人などが余計なことから話し始めてはまずい。
「あのね、話すと長いんだけど……。あんまり暑くて眠れなかったから散歩に出たら、噴水のとこでユージンに会ったの。で、ちょっと話してたら……」
 シェリルはそこで役人に目を向けた。彼も何か言いたそうにこちらを見ていたが、目で語りかけて黙らせる。
「村の人が馬車で通りかかって、お祭りがあるからよかったら来ないかって言うから、のっけてもらったら……こんなとこに……」
「何それ。のこのこ馬車に乗っちゃったの?」
「だって楽しそうだったから。そしたら実は彼らは私たちを親戚と間違えてたらしくて、今さら帰せないってことで、牢屋に閉じ込められちゃったんだ」
 役人の肩が微かに震えるのが見えた。真っ赤な嘘であることは勿論承知しているのだろうが、あえてこの場で真実を暴露するほど、野暮でも恩知らずでもないようだ。
 後はほぼ起こったことを説明すればよかった。無論、コヨーテが長針を使って牢から脱出したことなど、彼に関する細かいことは伏せておいた。
「じゃあ、これ、あんたの? シェリルを探してた時に、噴水のとこで見つけたんだけど」
 スタンリーが見覚えのある茶色い麻布を取り出して、コヨーテの前に突き出した。彼が風除けに纏っていた、夏物の外套だ。
「ああそう、俺の。ちょっと靴脱いで噴水に入ってた時に馬車に乗せられたから、そのままになってたんだ。ありがとう」
 笑顔でコヨーテがそれを受け取ると、スタンリーは納得したように頷いた。
「あ、そうだったのか。だから靴も残ってたんだ。重いからそっちは持ってこなかったんだけど」
「ああ、いいよ。後で自分で取りにいくよ」
「じゃあ」一度コヨーテに笑顔を返したスタンリーは、ふと表情を消した。「……これは?」
 彼が服のポケットから取り出した物を見て、シェリルは卒倒してしまいたいと思った。噴水で脱ぎ捨てた彼女の下着だった。さすがにコヨーテも一瞬表情を失う。
「……なんで女物の下着が、あんたの外套や靴と一緒に落ちてるんだろうね。これ、誰の?」
 スタンリーたちのやや不穏な表情からして、彼らはコヨーテに対して、女に乱暴でもしたのではないかというような、あらぬ疑いを抱いているようだ。仲間たちがシェリルにも複雑な視線を向けたことからして、コヨーテが乱暴を働いた相手がシェリルであるという可能性も、彼らは考えているようだった。
 コヨーテに濡れ衣を着せるわけにはいかないが、事情を全てありのままに説明する勇気もとてもない。仲間がシェリルを見る目が変わってしまうだろう。彼女の頭の中も真っ白になってしまった。
「それも……俺の」
 やがてコヨーテは目を伏せて溜め息をついた。
「あんたの? どういうこと?」
 イーミルが問いかけると、珍しく歯切れの悪い口調でコヨーテは呟いた。
「話すと長いんだけど……俺の……あ~……趣味……」
「趣味? 女物のパンツ持ってるのが?」
「そう……あの……あちこちで集めてんの」
 コヨーテは深い溜め息をもう一度ついて、肩を落とす。仲間たちはもちろん、シェリルもあんぐり口を開けた。もう少しましな言い訳は無いのか。 
 少しの間誰も何も言わず、ただ輪の向こうで座り込んでいる役人が、唇を噛み締めながら、肩を僅かに震わせているのが見えた。
「……で、えーと、言いにくいんだけど、夜こっそりそれを使ってて……汚しちゃって……人に見られたくないから、噴水に入って洗ってたら、彼女が宿から出てきて……」
 仲間たちの視線がシェリルに向けられた。驚きの表情を引き攣らせないよう必死になる。
「やばいと思って、慌ててそれを放り出して、彼女と世間話してたら、馬車が通りかかって、まあ、つい一緒に乗っちゃったわけ……」 
 何とも言えない沈黙が流れた後、イーミルがコヨーテの背中を軽く叩いた。
「あー、そう。趣味ね。なるほどね~。分かるよ、分かる。綺麗な彼女がいても趣味は趣味だもんな。別の話だよね」
 羞恥の為か、目を伏せて小さく頷くコヨーテに、イーミルは上機嫌で語り続けた。
「実はさ、あんたのことちょっと嫌いだったんだけど、なんか親近感沸いちゃった」
「どういうこと? あなたも女性の下着集めたりしてるの?」
 嫌悪感丸出しのまま、マライアがイーミルに問うと、彼は慌てて首を振った。
「いや、俺だってコレクションまではしないよ。ただやっぱ好きなもんは好きだから。ね?」
「そう……」
 イーミルに顔を見上げられ、コヨーテは情けない顔で呟き、やけっぱちのように何度も頷いた。
「そっかー。やっぱりマルタみたいな恋人がいても、趣味は趣味なんだな~。いや、立派立派。自分の趣味は最後まで折り曲げちゃダメだよ」
「人間、見た目によらないな。あんたみたいな男でもそんな趣味があったんだ。大丈夫、盗んだものでもなければ、誰にも迷惑かけてない趣味だ。楽しんで悪いこたーない。気にすんな」
「気を落とすな。マルタには内緒にしてやるから」 
 マルタの恋人ということで、男たちの嫉妬を一身に買っていたコヨーテは、下着収集の趣味があると知られると、一転してスタンリーたちの妙に歪んだ親しみに囲まれた。彼らは何故か慰めるようにコヨーテの肩を叩いては、口々に勝手なことを言っている。
「バカみたい。ただの変態じゃない」
 男たちを見下げながら、マライアは小さく吐き捨てた。
 下着集めが趣味の変態という烙印を押されてしまったコヨーテに、感謝と罪悪感を覚えながらも、シェリルも笑いをこらえることができなかった。散々からかわれてきたので、仲間たちに囲まれて情けない顔の彼を見ると、胸がすく気もする。
 向こうにいる役人は、座り込んだまま彼らから顔を背けて、肩をさらに大きく震わせている。その手が脇腹を押さえていたが、傷が痛むわけではないのだろうと思った。

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RE:拍手お返事 >M.Nさん 

こちらでも拍手とコメント、ありがとうございますm(_ _)m

このあたり、コヨーテ君もシェリルもアホ丸出しでしたね。
もっとマシな言い訳はなかったんでしょーか…。

お話はもう少し続きます。
3話とはまた違った雰囲気になると思いますが、引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。
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