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ココナッツ図書館 夜間書庫

魔女とコヨーテ」
第四話 捕獲

第四話: 捕獲 3

2009.06.17  *Edit 


 *****

 牢の鉄格子の隙間から中を覗き込む。額に夜の寒さに冷え切った鉄が触れた。
 足音と呪文を唱える声に気づいていたのか、中にいる彼はこちらを見ていた。目が合うと、驚いたように瞬きしてみせる。
 シェリルはそれに応えず、鍵を手に取ると、牢の扉を開けた。
 格子を内側に開けて、小柄な彼女でも上半身を屈めなければいけないような入り口から、中に入り込む。床にランタンを置いた。
 後ろを向いて静かに扉を閉め、大振りの格子の隙間から手を差し出して、もう一度牢の錠をかける。鍵は元通りベルトにくくりつけた。
 振り返ると、真正面にスタンリーと戦っていた大柄な斧使いが、足を投げ出して座ったまま、首を垂れているのた見えた。右隣の全身を黒ずくめで固めた男も、同じように後ろ手に縛られて座り込んでいる。彼もがっくりと首を垂れていた。
「何しに来たの」
 大男を挟んで反対側に、やはり後ろ手に壁の鉄輪に縛り付けられて座り込んでいるコヨーテが、震える声をあげた。無関心そうに聞こえるが、彼女を見る瞳は好奇心を隠しきれずにいる。
「……寒い?」
 彼の質問には答えず、小脇に毛布と水筒を抱えたまま、シェリルは彼の前に立った。
「寒いよ。前に寒さに弱いって言ったことなかったっけ? 君と違って脂肪が薄いんでね」
 彼が声を発する度に、白い息が舞い上がる。コヨーテが寒さに弱いと言っていたのは、レナード公子に扮していた時のことだ。しっかり覚えてはいるが、最後の可愛げの無い一言にかちんと来る。思わず唇を噛んだ。
「知らないよ、そんなの。せっかく毛布持ってきてあげたのに、要らないの?」
「僕のために?」
「そうだよ」
 憮然としたまま答えると、どこか目元に皮肉を混じえながらも、彼は表情を崩した。
「ありがと。助かるよ」
 どうせ脂肪が厚いあたしには必要ありませんよ、と嫌味を呟きながら、シェリルは毛布を広げて乱暴に彼にかぶせようとした。
「あ、上からかぶせるより、下に敷いて欲しいんだけど。床からの冷えが寒くてさ」
 一度広げかけた毛布を、床に敷いてやりながら、なんで捕らわれた人間の言いなりになってるんだろうと思った。座ったままコヨーテは、尺取虫のように脚を何度か器用に折り曲げて、毛布の上に腰を下ろした。
「もしかして、その水筒も?」
 コヨーテはわざとらしく首を伸ばして、彼女の手にした水筒を覗き込む仕草を見せる。
「温めた葡萄酒。喉渇いてて、寒いだろうと思ったから」
「気が利くねえ。口移しで飲ませてくれるの?」
「冗談は顔だけにしてよ」
 わざとぶっきらぼうに答え、水筒の口を開けて、半ば強引に彼の口をこじ開けると、水筒を傾けて中身を注ぎ込んでやった。シェリルとしては丁寧にやったつもりだが、ほどなく彼はむせて咳き込んだ。
「……ひどい。拷問に来たの?」
 何度か咳き込み、葡萄酒を僅かに吐き出した後のコヨーテは涙目になっていた。余程苦しかったのだろう。
「しょうがないじゃん。他人に飲み物飲ませるの難しいんだから」
「君が不器用なだけじゃない? ……まあいいや。ところでわざわざ僕に差し入れに来てくれたのは、何の用? 無様にとっつかまったのを笑いに来たの?」
 彼の目が再び皮肉っぽく光る。
「それもあるけど」水筒の口を閉じて床に置いたシェリルは立ち上がり、腕を組んでコヨーテを見下ろした。「聞きたいことがあるの」

 牢と言えば不潔で陰湿極まりない場所だが、館の主の騎士の人柄を示すように、それなりに掃除がされているらしい。床に動物の死骸や汚物は無く、また牢によく設えてある拷問器具のようなものも、壁に取り付けられた鉄輪と、手枷や足枷、いくつかぶら下がる鞭の他はほとんど見られなかった。
 しかし夜が明けた後は、高潔な老騎士も、伯爵の次男襲撃の首謀者を吐かせる為に、捕虜に尋問を行うだろう。彼らが口を割らなければ、ここにある鞭や棍棒を使うことも無論あり得る。
 結局、襲撃者のほとんどは、シェリルたちと騎士に仕える兵によって倒されるか、逃げ去った。襲撃者の中で、生きたまま投降したのはこの三人だけだ。
 こちらも不意打ちを受けた兵士が二人重傷を負っているが、今のところは死人は出ていない。老騎士やスタンリーも怪我を負っているが、軽傷と言える。命に関わるようなものではない。
 どうにか混乱が収まり、負傷者の手当てなども終わった頃、館は未明にやっと眠りについた。
 シェリルはその後、そっと起き出して、疲れ切った仲間たちが熟睡する部屋を抜け出してきた。
「聞きたいことって?」
 シェリルから目を逸らし、面白くなさそうな声でコヨーテは言った。
「誰に頼まれたの?」
 単刀直入の質問を予測していたらしく、彼は眉も動かさずにただ苦笑いを見せる。
「そう簡単にぺらぺら喋ると思う?」
「今ぺらぺら喋った方がいいと思うけど。明日になれば、ここの主人が同じことをもっと乱暴に聞きに来るよ」
 コヨーテは目を伏せて押し黙った。その表情からは、彼女の忠告を無視しているのか、慎重に検討しているのかははかりかねた。
 少しの沈黙の後、シェリルはもう一度口を開く。
「あたしに教えてくれるなら、今ここから逃がしてあげてもいいよ」
 予想外の申し出だったらしい。彼は目を開けて彼女を見上げた。褐色の瞳が暗く輝くのを見た気がする。
「……随分大胆なこと言うね。そんなことしていいの? 君が逃がしたってばれたら、まずいんじゃない?」
「バレないよ。いくらでも手はあるから」
 用心深い彼は、シェリルを見つめながら、その真意を探ろうとしているようだった。
 分かりっこない。
 生まれた余裕が、笑みを形づくらせる。いつになく悠然としている彼女に、彼は幾分困惑しているようだ。
 彼に彼女の目的など推し量れるはずない。それが彼にできるのなら、こんなに苦しい思いをしなくてもいいはずだ。
 今度はひたすら彼が何か言うまで待つつもりだった。
 水筒に入れてきた葡萄酒はやや強めなので、下戸のシェリルがこの間に飲めないのが残念だ。白湯にすれば良かったと思った。
 しばらくの間、時折目を逸らしながら、互いの腹を探るように見つめあう。
 長い沈黙の後、結局先に負けたのは気の短いシェリルの方だった。
「ねえ、話す気無いの? じゃあ、このまま帰る。明日ここの主人に、たっぷり可愛がってもらうといいよ」
 腕組みを解いて、床に置いた水筒を屈んで拾う。
 そんなに自分の提案に従うのが嫌なのか。悪くない取引だと思わせたつもりだったのに。
 疲れをこらえて、皆が寝静まるまで起きていたり、こっそり厨房で葡萄酒を温めていた自分が悲しくなる。
 企みに失敗して、情けなくも泣きそうになった顔を見られたくない。毛布を取り返すのは諦めて、彼に背を向けて立ち上がると、大股で大男の足元に移動し、置いたままだったランタンを引っつかむ。腰に下げた鍵を取り出して、先ほどと同じように格子の隙間から手を出して、牢の錠を開けようとした。
「待って。待ってよ」
 やっと背後からコヨーテの声がかかったが、無視して錠を開ける。
 知るか、馬鹿。風邪引いた上で、明日鼻水垂らしながら尋問でも拷問にでもかけられればいいんだ。
 明日襲撃の首謀者を吐いたところで、彼が解放されることはない。そのまま騎士に断罪されるか、伯爵の元に送られて同じ運命を辿るだろう。
「ちょっと……待ってって」
 牢の中からの声は、次第に焦りを帯びてきていたが、構わず外に出て扉を閉め、鍵をかける。
 シェリルにとっても、ここに忍んでくるのは、それなりの決心が必要だったし、危険も伴う。たとえ仲間にでも、見つかれば怪しまれるだろし、騎士の家の者にでも見咎められることがあれば、彼女だけでなく仲間たちも巻き添えにして、騎士と伯爵の信頼を失ってしまう。捕らえた捕虜を逃がそうとしたとなれば、敵方の間者だと思われてしまうのは間違い無い。
 せっかく来たのに。そんなに嫌ならもういい。
 まだ腹立ちが収まらず、水筒の口を開けて、温かい湯気を立てる葡萄酒を、牢の中の床に向かってぶちまけた。
「おやすみ」
 今度こそもう二度と彼に会うことはないだろう。せめて怒りをこらえた声で静かに牢の住人に告げると、踵を返して廊下を歩き出す。我慢していた涙が零れた。    

「シェリル、待って! 分かった。話すから助けてよ!」
 背後から追いかけてくる切羽詰った声を聞き、地階に上がる階段下で、やっとシェリルは足を止めた。溢れて頬を静かに流れる涙を掌で拭う。
 彼女の足を留めたのは、その追い詰められた響きではなく、澄んだ声が呼ぶ彼女の名前だった。ずっと偽りの名前を呼んでいた彼が、初めて彼女自身の名前を聞いて呼んでくれた時、彼はその名前が彼女にぴったりだと言った。
 この辺りの伝説では稀代の悪女として有名な、シェリルという名前をぴったりだなどと言われたことはない。彼女の名前を知る人は大抵彼女に好意的な人だったし、優しげな風貌の彼女にはそんな名前は似合わないと言われることが多かった。
 悪女の名前が似合っているというのは、女魔術師であり、伯爵令嬢を偽っていた彼女への皮肉に他ならなかったのだろう。だが初めて彼を体の中に受け入れながら、貴公子に扮したコヨーテにそう言われた時、忌々しい嫌味だと思いながらも、どこかでその言葉を文字通りに受け止めて、大切に抱き締めている自分がいた。
「シェリル、頼むよ。戻ってきて」
 涙を全て拭って鼻をすすり、いくらか呼吸を落ち着ける間にも、コヨーテの声が何度か響いた。
 発作的な怒りと悲しみの波が、少しずつ穏やかになると、本来の目的をもう一度思い出した。
 多少ばつの悪い思いで、シェリルはもう一度牢の前まで戻る。
 鍵を開けて中に入ると、動けないながらも、体ごとこちらに向けたコヨーテが出迎えた。湿った石の床に染みた葡萄酒の香りが漂う。彼女の姿を見つけると、彼は大きく息を吐き出す。
「逃がしてくれるんでしょ? 全部話すよ」
 観念したようなその表情を見て、やっと彼女の心も落ち着いた。
「何でそんなに怒るの? 葡萄酒こぼしたりして、勿体無い。君、怒らせるとほんとに怖いね」
「だって、あたしだって危ないの承知で来たのに……」
 気のせいか呆れたようにシェリルを見上げるコヨーテを、再び真正面から睨み下ろした。後ろ手に縛られている彼は、肩を竦める代わりに、天井を仰いで溜め息を吐く。
「別に渋ってたわけじゃないよ。ただ、あんまりうまい話なんで、何か裏があるんじゃないかと考えてたの。……ほんとに僕の依頼主を話せば、逃がしてくれるの? 他に条件は?」
 どこまでも疑り深い。シェリルは屈んで膝をつくと、彼を視線を合わせた。鼓動が徐々に早くなる。
「あるよ。でも最初にあなたの依頼主を教えて」
「じゃあ約束してくれ。僕を解放することと、情報の出所は他に漏らさないこと。他の二人の捕虜から聞いたことにして、僕を捕らえた事実は無かったことにして欲しい」
 よほど依頼主に、彼が情報源だと判るとまずいのだろう。かなり力を持つ人間に違いない。それは彼女が推測する人物に丁度当てはまった。
「いいよ。約束する」シェリルは頷いた。「……首謀者は辺境伯?」
 コヨーテもまた首を縦に振る。
 予想は見事に的中したが、あまり嬉しくなかった。
「伯爵のご子息がここを訪れることは、極秘だったはずだよ。伯爵家に間者がいるんだよね?」
「そう」短く答えた後、彼は今度は首を振った。「でもそれが誰かまでは知らないよ。僕は仕事を頼まれただけで、彼に仕えているわけじゃないからね」
 本当だろうか。
 若干疑わしかったが、さりとてシェリルの交渉術では、彼がたとえ間者が誰かを知っていても、吐かせるのは難しそうだ。
 何か手は無いかと考えていると、それを妨げるようにコヨーテが話し始めた。
「さ、聞かれたことには答えたよ。他には? 用が無いなら、約束通り逃がして欲しいな」
 内心はどうか知らないが、捕まっている癖にふてぶてしい。その表情と口調を見ていると、顔をしかめたくなる。
 しかしそうする代わりに、シェリルは両手をついて体を動かすと、彼に顔を近づけた。
「逃げたい?」
 段々と激しく弾む自らの鼓動に酔いながらも、にこりともしないで彼女は問いかける。気圧されたようにコヨーテは顔を引いた。
「そりゃ逃げたいよ。……そういう約束じゃなかった?」
 またシェリルの意図が読めなくなったのだろう。困惑して僅かにどもる彼の声に、彼女は満足を覚えた。
「じゃあ、言うこと聞いて」
 答える彼女の声も震えが隠せない。
 それをさとらせないように、両手で彼の頬を挟み、素早く唇を重ねた。微かに葡萄酒の香りがする。

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RE: 拍手お返事 >Kさん 

こんにちは~。
家でビールでしたか。いいなあ(泣)
私は会社で豆乳飲んでました。イソフラボン補給しないと、オジサン化が進行しそうです。
4話はシェリルがチャレンジしてみます(笑)サカってますねえ…。
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