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魔女とコヨーテ」
第四話 捕獲

第四話: 捕獲 8

2009.06.30  *Edit 

 コヨーテの体がのしかかってくる。うつ伏せのまま、彼女は潰されるように床に崩れた。
「重い……」
「ちょっと休ませて。君に二発も搾り取られて、少し疲れちゃったよ」
 彼が大きな息を吐き出し、シェリルのうなじをくすぐった。
 背中全体にコヨーテのしなやかな体を感じたまま、彼女はその幸福に浸った。
「……寒い」
 しかしいきなり彼は立ち上がると、力の抜けた自身を彼女から引き抜き、立ち上がる。傍らに置いてあった服を取って身につけ始めた。見捨てられたような気がして、ほんの少し悲しくなる。
「君も着た方がいいよ。風邪なんか引いたらシャレにならないよ」
 少々憮然として、彼女は黙って彼と同じことをした。濡らしてしまった下着は既にひんやりと冷えていて、再び穿くのは不快だったが、穿かないわけにもいかない。
 上着を着て紐を留める。振り返ると彼の方も既に服を全て着込んでいた。
「ねえ」
 このまま別れるのが忍びなく、シェリルはつい彼に声をかけた。彼の方はシェリルの短剣を結びつけたベルトを締めながら答える。
「何?」
「あのね、前に言ってたけど、あなた、子供できる心配無いっていうの、あれ、どういうこと?」
「え……? あれ、自分で調べろって言わなかったっけ? 分からなかった?」
「分からないよ。子供ができないようになる理由なんていっぱいありすぎるもん」
 先日ギルドで、魔法隠蔽の術について研究した時、ふと気になった彼の言葉のことも、もちろん調べてみた。
 女を妊娠させられなくなる原因など山ほどある。体質、病気、怪我、魔術的な要因まで含めればきりがない。
 無論、彼女は彼のその言葉を心から信じているわけではない。彼はいつも体内で射精するので、ことの後には、自分で調合した避妊薬を飲んでいた。
「デリケートなことをずけずけ聞くねえ」
 そう言ったコヨーテの顔は、しかしいつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた。
「ま、話すと長いんだよ。大した理由じゃないし。とにかくほんとのことだから安心して」
「安心できるわけないよ。嘘ばっかついてるくせに」
「これは本当だから。さて、ぼちぼち行かなきゃ。夜が明けちゃう」
 明らかにコヨーテは話を切り上げたがっていた。この話題にもう触れたくないのか、急いでいるだけなのかは分からないが、彼の言うことは事実だ。
「ちょっと、こいつらもう一回縛り付けるのだけ手伝って」
 コヨーテが短剣で縛めを切った二人の捕虜に、もう一度縄を取り付け、鉄輪に縛り付ける。渋々ながら彼も一人を手伝った。
 牢の鍵を閉め、外に出る。
 廊下を歩くと、確かに階段の下にイーミルがうつ伏せに寝転がっていた。
「ちょっと、ひどくない?」
 この寒い地下に眠ったまま転がしておけば、凍死する可能性も無くはない。シェリルは彼を介抱しようとしたが、コヨーテの方は肩を竦めて、階段を上り始めた。
「しょうがないでしょ。じゃ、僕、急ぐから」
 一瞬考えた末、彼女はイーミルに毛布だけを投げかけ、慌ててコヨーテの後を追った。
(ごめん、イーミル。すぐ戻るから)
 彼と一緒にいられる時間は、もうほんの少ししかない。

   
 コヨーテを館の裏口に案内する。扉を開くと、夜明け前の痛烈な寒さが、切りつけるように吹き込んできた。雨は既に止んでいたが、今日は風が強そうだ。
「それじゃ、逃がしてくれてありがと。くれぐれも僕のことは内緒にね」
「待って!」
 手を振って立ち去ろうとする彼は、思わず呼び止めた。
 コヨーテは足を止めたものの、体を外に向けたまま、頭だけで振り向いた。表情は穏やかだったが、うっすらと白み始める東の空を見て、少々焦っているようだ。
 早く。何か言わなければ。
 ここを彼が去ったらもう会えないかもしれない。何か言うべきことがあるはずだ。
 一刻も早くこの場を離れたがっている彼が、シェリルに若干の執着と好意は持っていても、彼女と同じような深い気持ちを感じていないのは明白だ。同じ気持ちなら、引き止めるシェリルに対して、別の反応があるはずだ。
 そんな彼に、好きだの愛しているだのと、自分の気持ちを出来合えの言葉にしてぶつけたところで、何も届くまい。「あっそ、じゃあね」と一言残して、去っていくのがおちだ。
 何か、彼がきちんと受け止めて吟味できるような、しっかり芯のあることを伝えなければ。

「……また会いたい」
 やっと呟いた瞬間、涙が零れそうになった。
 今、泣いてはだめだ。彼は逃げてしまう。そう思って、瞬きすらこらえた。
 コヨーテは一瞬驚いたように彼女を見ると、視線を逸らせた。
「んー、そう言われてもねえ。僕も家があるわけじゃないし、あちこちぶらぶらしてるから」
「決まった雇い主とかいないの? どこか隠れ家とかアジトみたいなとことか無い?」
「何ソレ、アジトって。……無いよ、そんなん」  
「よく行く町とか店とか……」
 シェリルは必死に食い下がったが、彼の答えは素っ気なかった。
「こういう仕事してるんで、あんまり馴染みの店とか宿ってのは作らないようにしてるんだ」
 では例えば彼がどこかで死んだとして、それを知る者、悲しむ者はいるのだろうか。彼の生き方の深い孤独を嗅いで、仲間と一緒に生きてきた彼女は背筋が寒くなった。
 生き方が違う。同じ場所にいても、違う場所にいて、違うものを見ている。
 近くなったと思った彼が、次元を隔ててしまったかのような、果てしなく遠い存在に見えた。
「そっか……じゃあ無理だね」
 自分の胸に言い聞かせるように、抑揚を抑えた声で告げる。彼は苦笑いを浮かべていた。
「ごめんね。あんまりあれこれと縛られたくないんだ」
「ううん。引き止めてごめん。……気をつけて」
 言いたいことはたくさんあった。
 けれど言葉を発すれば、涙が溢れてしまいそうで、シェリルは潤む瞳でやっとそう言うと、軽く手を振った。
 コヨーテはちらりと扉の外の青い夜空に目を向けると、もう一度彼女を見た。
「じゃあさ、僕と一緒に来る?」

 すぐには何も答えられなかった。
 今彼についていけば、彼女が一番欲しいものは手に入る。
 だが、他は? 欲しいものだけ手に入れても、生きていくことはできない。魔術の他にこれといって特技も無く、体力も無い、まだ少女の彼女は、誰かの保護に頼らないと生きていけない。
 それをこの目の前の男の好意だけに頼るのはあまりに危険だ。自分にうんざりした彼に見捨てられるのは目に見えている。
 しかし首を横に振れば、一番欲しいものを永遠に失ってしまうかもしれない。ただ生きていくことはできてたとしても。
 とてつもない二律背反に陥り、表情を固めるシェリルに対し、彼は笑ってみせた。
「冗談だよ。ついてこられても困るしね」
 またからかわれた。かちんと来ながらも、すぐに頷かなくてよかったと思った。
「絶対そうだと思った」
 意地を張って言い返す彼女を面白そうに見つめ、コヨーテは再び口を開いた。
「君は? 常宿とかあるの?」
「……あるよ。王都にいる時は大体、『王の腕』っていう宿にいる」
「じゃあ、気が向いたら僕がそっちに顔出すよ」
 鼻の奥がつんと熱くなった。彼の顔を信じられないものでも見るように見つめ返す。胸の奥がざわざわと騒ぎ出した。
「でも、あたしたちだって、いつも王都にいるわけじゃないから」
 心とは裏腹に、つい可愛げのないことを呟くと、コヨーテは微笑んだ。
「そりゃそうでしょ。いなきゃいないで別にいいよ。ずーっと待たれてもうざいし。逆に『待ってたのにどうして来てくれないの』とか言われるの、ヤだよ」
「言うわけないじゃん! あなたのこと待ってるほどヒマじゃないよ。あたしたちにはあたしたちの仕事があるから。働かなきゃ生きていけないし」
 むきになって言い募ると、彼は手を伸ばして、シェリルの髪を撫でた。
「そうだね。僕もいつ顔出せるかなんて分からないし、ま、会えたらラッキーってことで」
 無責任な彼の言葉に対し、浮き立った気持ちが沈んでいく。シェリルは口を尖らせて呟いた。
「……来る気が無いなら、そう言ってよ。別に待ってるわけじゃないけど」
「どうして、そう可愛くないことばっか言うの。行く気が無いなら、店の名前なんか聞かないよ。時間も無いのに。……近い内に顔出すから」
 軽く彼女の肩を数度叩き、彼は手を振った。
「じゃあ、またね」
 シェリルが手を振り返すのも見ずに、踵を返すと戸口を出て行く。追うように外に出ると、薄青い夜の中、明かりも持たずに小走りに去っていく彼の姿が見えた。
 彼は振り返りもしなかった。
 それでも扉を閉め、息をついた彼女の鼓動は、まだ激しく高鳴っている。
 期待しすぎてはだめだと思うのに、「またね」と言い残したコヨーテの声が耳から離れない。
 シェリルはその場に立ち尽くし、意志とは反対に全身から沸きあがってくる幸福感を抑えようと、両手を握り締めた。爪が肌に食い込むほど。けれど胸の中の泉からは、次から次へと温かいものが溢れてくる。
 じきに彼女はそれを堰き止めることを諦め、逆にしばらく素直にその温かさに浸った。
 長い時間かけて、ようやくそれを飲み込み、いつもの平静な彼女を取り戻した頃には、外から微かに鳥の鳴き声が聞こえた。
 そろそろ夜が本当に明ける。こうしてはいられない。
 シェリルは牢番とイーミルを起こしに、慌てて地下牢へ走り出した。イーミルには何と説明しよう。毎日毎日、平和であってもこうして考えなければいけないことは山ほどある。
 コヨーテのことは一度忘れよう。忘れた頃に彼がひょっこり会いに来てくれれば、それこそ本当に幸運だ。
 そう言い聞かせたが、口元が甘やかに微笑えむのを止めることができない。
 廊下を小走りに駆けながら、シェリルは幸せだった。今世界中で幸福を感じているどんな人間も、今の自分には敵わないだろうと思った。

<第四話 終わり>


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~ Comment ~

 

読了しました。
幸せなラストですね。でも、このあとに悲劇が訪れるのですよね。

…楽しみです(笑

コヨーテさんはちゃんと訪ねて来るのでしょうかね~?
確かに会う気がなければ、常宿など聞かないでしょうけど。不二子ちゃんは気まぐれですからね(汗

これでようやく裏話も拝読できます!
続きも楽しみにお待ちしておりますね♪

RE:可芳さん 

読了、ありがとうございます~~♪

いやー、シアワセそうでしたね~。憎いぐらいです…T_T;
「好きだ!」とか「オレはオマエしか愛せないんだ!」とか言われたわけでもないのに、
「ひまだったら顔出すよ」とか言われたぐらいで、にへにへしちゃって…ハッピー恋愛小説のヒロインに比べて、なんて不憫な…。

コヨーテ君はちゃんと来るんですかねー。
いい加減で気まぐれでヒネクレ者なので、どーなるんだか。ほんとに不二子ちゃんです…。

この後は…あー……
た、楽しみにしててください(笑)

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