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魔女とコヨーテ」
第五話 山の端に陽が沈むまでに

第五話: 山の端に陽が沈むまでに 3

2009.07.06  *Edit 

 頬にじんとする重みを感じた。
 それが柔らかい腕だと気づくと、その不快な温かい重みが、心地良いものに感じられるのが不思議だ。
 シェリルは彼女のむっちりとした二の腕の部分を嫌っていて、いつも痩せたいと言っては腕を振り回しているが──あまり効果は無いし、危ないのでやめて欲しい──、彼はその自分には無い柔らかな部分を好きだった。
 しかしそれを口に出したことはない。彼にその温和な表情で褒められた女は、大体それを真に受けて、急に緊張感の抜けた、見苦しい女になるからだ。褒めれば女は美しくなると聞いていたが、相手と場合によりけりだろうと彼自身は思っている。
 特にシェリルのようなお調子者は、一度褒めたが最後、油断しきって何の努力もしなくなるだろう。彼女は賢いが、意志が弱そうだ。意志が強いのであれば、自分のようなつまらない男に関わるまい。
 鎧戸の隙間から、僅かに光が差している。夜明け前の最後の月明かりのようだ。部屋の中を照らすことができるような明るさはとてもないが、彼には目の前で彼を抱え込むように腕を伸ばして、鼾をかいて眠っているシェリルの顔がよく見えた。
 もう十九になったはずの彼女の丸顔は、相変わらず少女めいて幼く、まだ十六、七に見える。
 この一年ほどの間、彼は何度か彼女が逗留している宿まで訪ねに行った。彼の顔を見ると、僅かに瞳を輝かせながらも、『もしかして暇なの?』などと可愛げのないことを言ってくるシェリルに会うのは、彼に取って楽しみだった。
 好奇心の強い彼は、これといって女の好みにこだわりが無い。それだけに逆に飽きっぽく、少年の頃の一時期を除けば、一人の女と長く続いたことはなかった。むしろ長く付き合い続けることによって生まれる、執着や生ぬるい安心感といった副作用の方が、彼にとっては不都合だった。
 どんな気立てのいい女も、何故長く付き合っていると、彼を思い通りにしたがるのだろう。
 彼と同じように束縛を嫌い、自由を愛する男は大勢いる。彼らは娼婦を抱くことで、束縛されずに女を抱くという、自分たちの望みを上手に叶えていた。中には男を束縛しない、非常に物分りのいい女を捕まえた幸運な輩もいるが、一部の例外だ。
 彼は娼婦があまり好きではない。当然だが娼婦は男と寝るのが仕事だ。自分以外の何人もの男と寝ている女を金で買ったところで、精液を吐き出したいという欲望は叶えられても、どこか心が冷えるような気がする。
 自分は束縛されたくないというのに、勝手な話だとは思うが、そうしたいのだから仕方ない。
 それに金を積んで女を買うという行為自体が、まだ若く自尊心の高い彼には気に食わなかった。
 金など払わなくても、女を口説くことはできる。少年の頃から、彼は自分に関心を持つ女を、その口調や態度から巧みに見抜いてきた。女の容姿や性質にさほど拘りの無い彼は、自分に好意を向けてくれるありがたい女たちを、やはりありがたく頂戴した。
 その関係はほとんど一夜限りだった。まれに酒場の給仕女などと親しくなり、何日か通うこともあったが、女が独占欲の片鱗を見せ始めたら逃げる。それを繰り返すことで、娼婦を買うほど女に不自由することはなかった。
 シェリルもそんな女たちの一人だ。仕事の最中に会い、その後も偶然に何度か出会った。
 一年ほど前の仕事で、不覚にも彼女に捕らえられた彼を、シェリルは逃がしてくれた。
 別れ際に「また会いたい」と彼女が言い出した時には、またそう来たか、面倒くさいとしか思わなかった。遠回しに断ると、シェリルは意外にすんなり引っ込んだ。
「引き止めてごめん。気をつけて」
 捕らえた彼に強引に迫ってきた彼女が、そんな健気でしおらしいことを言うのを聞いて、急に気持ちが正反対に入れ替わった。立ち去るのが惜しくなる。悪い癖だと自分でも承知しているが、性格なのでなかなか直らない。
 右を向けと言われると、痙攣を起こしてでも左を向きたくなる彼のこの性質は、仕事において発揮されることはなかったが、その他の部分で色々と問題を起こしてきたこともあった。
 結局、この時もあとあと面倒になるかもしれないと思いつつ、シェリルの居場所を聞き、会いに行くと告げてしまった。
 しかし煩わしいことを一切口に出さず、ただ彼を嬉しそうに迎える彼女に会いに行くのは、やってみれば非常に気楽だった。
 しかも表面上は「待っていた」「会えて嬉しい」などと口には出さず、「これから出かけようとしてたのに」などとひねくれた表情を見せるのが、何とも可愛らしい。抱くまで彼女は本音を漏らさない。普段は恩知らずの猫のように好き勝手なことを言っているが、ひとたび快楽に満ち始めると、犬のように従順に素直になるシェリルを愛らしいと思った。
 男は船で女は港とは、よく言われることだ。しょっちゅう戻る港などあってたまるかなどと彼は考えていたが、最近その感覚が分かりかけてきた。ひとつ仕事が終わると、ふとシェリルの顔が浮かぶ。そろそろ会いに行こうかなどと思う。彼女の柔らかい体を抱いた後、同じその柔らかい腕に包まれて眠りたくなる。
 男を束縛せず、ただ黙って迎えてくれる都合のいい女。そんな女と知り合う機会が無かったわけでもないが、彼はそういった女たちの卑屈で恩着せがましい言動が嫌いだった。
 待っていたのに。あなたの為に。こんなにしてあげるのに。私ができることなら何でも言って。
 数々のお決まりの台詞を、シェリルは一度も吐いたことがない。むしろ彼女の言動は素直ではなさすぎて、高慢に聞こえるほどだったが、彼にその裏の意味を悟らせないほど、巧みに強気を装ってもいない。可愛げのない言葉を吐きながら、瞳を潤ませている彼女を見ていると、口元が綻んだ。その匙加減は彼には絶妙に見えた。
 要は相性がいいということなのだろう。
 しかし明敏な彼は、シェリルのその性質を支えているのが、彼女の仲間だということに気づいてもいた。
 男に依存し、束縛する愚かな女たちは、他に頼るものがないから男を頼る。あるいは恋愛こそ至上のものだと考える女たちは、容易に生活を支える家族や職業を捨て、その全ての重荷を恋する男が背負ってくれるものと信じて、男の元へと走る。
 人妻との関係が気楽なのは、彼女たちは生活を支えてくれる夫がいるからだ。全てを男に依存する必要が無いから、余裕がある。──尤も彼自身は、完全に他人のものになっている、人妻という人種にあまり興味はなかった。
 シェリルも同じだ。彼女に取っては、生活を支えてくれるのは仲間たちだ。そして賢明な彼女は、仲間を捨てて彼に全てを委ねるような愚かな道は選ばなかったし、これからもしないだろう。
 いずれ彼女も仲間と離れる時が来るかもしれない。だがそれよりは、彼と縁が切れる方が早いような気がする。彼がシェリルに完全に飽きるか、あるいは彼女に恋人でもできて、彼に愛想を尽かす方が早いか。

 今の彼は彼女が姿を消さないように見張っていなければならない立場だったが、それを忘れて彼女の隣で熟睡してしまった。
 彼女もまた、仲間を捕らえた男に使われている彼の前で、鼾までかいて眠り込んでいる。
 体を重ねるだけだった関係の中に、いつの間にか一種の信頼が生まれている。
 指を伸ばしてシェリルの柔らかい頬に触れる。親指を唇に触れさせると、そこも柔らかく沈んだ。温かい吐息が指先を温める。
 抱きたい。
 久し振りに会ったのだ。目覚めたばかりの彼の下半身は自然に硬くなっている。眠っている彼女のこのふっくらした口の中、あるいは温かい体の中にそれをこじ入れて覚醒させてみたい。
 そんな衝動が沸いたが、仲間を捕らえられている彼女の心境を思い、やはりこらえた。
 もうひと眠りしようと、彼は目を閉じる。頬に相変わらず彼女の腕の重みを感じながら。

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