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魔女とコヨーテ」
第五話 山の端に陽が沈むまでに

第五話: 山の端に陽が沈むまでに 4

2009.07.08  *Edit 

 シェリルが起きた時には昼をとっくに回っていた。いくらなんでも寝すぎだ。
 コヨーテの方は昼前には起き出していたらしい。既に服を着て、椅子に座って寛いでいた。
「なんで起こしてくれなかったのー? 朝ごはん食べ損なっちゃった」
 寝起きの不機嫌のままに思いついたことを言うと、彼は溜め息を吐いた。
「起こしたけど、君、怒ったでしょ。それで朝ごはん食べ損なったって言われてもね」
「いいよ、もう。お昼いっぱい食べるから」
「…………食欲あって元気そうだね」
 コヨーテには呆れられたようだが、彼女は腹を減らすことができる自分に安堵した。思いつめて体まで弱っているわけではないようだ。冷静に機敏に動いて、十日以内に男爵を探さなければ。
 階下で昼食を済ませた後、再び部屋に戻る。
「訊いていい? どうしてあんなとこにいたの?」
 開け放した窓から、真昼の光と風が入り込んで、部屋を穏やかに濯いでくれる。少しの沈黙の後に、シェリルから口火を切った。
 コヨーテは寝台に腰を下ろして、溜め息と共に答える。
「そうだね。どこから話したものか……。他言無用ってことで聞いて欲しいんだけど」
「判ってる。余計なことは誰にも言わない」
「まあ、大きな仕事だったんだ。さるやんごとなき方の元から、指輪を盗み出すっていうね。大仕事だったから、準備に費やした時間も手間も半端じゃない」
「あなた一人でやったの?」
「勿論、違うよ」コヨーテは苦笑いを見せた。「何人もの手がかかってる。情報を集める人間、流す人間、内情を探る人間……僕らも他の誰がどんな仕事しているのかは分からない。必要なことしか知らされないからね。僕が与えられたのは、指輪を盗み出して中継ぎの人間に手渡すことだった」
 誘拐だ暗殺だと来て、今度は盗みか。つくづく彼が受ける仕事は後ろ暗い。余計な説教をしたくなったが、黙って彼の話を聞いた。
「で、その後の状況は、君らとそっくりだよ。中継ぎの人間に確かに指輪を渡したんだけど、そいつが姿を消しちゃったんだ。当然指輪を盗んだ僕と他二人が疑われて捕まっちゃったわけ」
「他二人? 一緒に指輪盗んだの?」
「そう。大仕事だから、いくらなんでも僕一人じゃ手に負えないから」
 短くない付き合いの中で、コヨーテの仕事ぶりや身のこなしは目にする機会があった。動作は俊敏で、毒針を使いこなし、頭の回転も早い。おまけに目くらましも使える彼なら、貴族の屋敷から物一つ盗むくらい訳ないように見える。その彼一人の手に負えないということは、よほど警戒が厳重な屋敷から、相当に貴重な物を盗み出したのだろう。
「その仕事を頼んできたのが、あの男だったの?」
 例のただ者には見えない、赤銅色の肌の赤毛の男。常に刃を隠し持っているような剣呑な彼の眼差しが頭から離れない。
「まあ、そう」
「あれは誰? ……無理に答えなくてもいいけど」
 曖昧に頷くコヨーテに訊くと、少しの間考え込むような表情を見せた後に、彼は口を開いた。
「んー……知らない方が長生きできそうだけど……」
「……じゃあ、言わなくていいよ」
「そう言われると聞かせたくなるね。あれは……」
「わーわー! 言わなくていい~!! 聞こえない聞こえない!」
 耳を塞いでがなり立てると、彼は肩を竦めた。
「何となく分かっただろうけど、その筋の男」
 どの筋か想像はついた。一般に犯罪と呼ばれるような、危険な仕事を取り扱っている組織だろう。
 シェリルたちの仕事は、依頼主本人の他に、傭兵のギルドから仕事を斡旋されることもある。護衛や荷運び、盗賊退治などだ。同じように、盗みや暗殺を請け負う組織があるということは、知っている。コヨーテに今回の――あるいは今までの仕事も含めて――仕事を頼んできたのは、そんな組織だろう。道理であの赤毛の男も、そして他の仲間も、手練れに見えた訳だ。
「それで、疑われて捕まったの?」
「そう。相手が相手だからね、逃げるのも容易じゃないんですよ」
 僅かに笑みを覗かせたコヨーテを見て、何より束縛を嫌う彼でも、完全に孤独と自由のうちに生きているほど、強くはないのだと思った。孤独を愛しながらも、無力さ故に独りで生きることができない彼女には、独り気ままに生きているように見える彼が、羨ましくも妬ましくもあった。何より眩しかった。
 けれどそんな彼ですら、全てのしがらみから無縁ではいられないのだ。またひとつ、コヨーテに対して無意識に抱いていた幻想が破け、いつものように彼への仄かな温かい幻滅と、彼の存在が近づいたことによる、冷めた安堵を感じた。
「他の二人はまだ捕まってるの?」
「ある意味では、もう自由になったかな。死んじゃったから」
 普段ののんびりした表情で、ぞっとするようなことを言い放つ。顔を強張らせたシェリルに対して、彼はそのまま続けた。
「疑ってる人間は拷問にかけるのが一番手っ取り早いからね。連中は吐かなかったし、実際何も知らなかったんじゃないのかな。気の毒だったよ」
「あなたの仲間じゃないの?」
「仕事で組んだだけで、知り合いじゃないよ」
「あなたは無事だったの?」
 床に立ったまま、コヨーテを見下ろした。見たところ大きな怪我はしていないようだが、頬とこめかみにうっすらと痣が残っている。服で見えないが、体にも傷があるのではないかと心配になった。
「実績があるからね。偽者が起こした騒ぎは別として、今までほとんど失敗したことはないし、連中への義理も欠かしていない。おかげで拷問にかけられるのは勘弁してもらえたよ。ちょっと殴られただけ」
「大丈夫?」
 既に腫れが引いた後の痣だと分かっていても、痛々しい。彼の前に踏み出して、紫色に変色した頬に触れる。交わっている時以外の彼の顔はいつもひんやりと冷たかった。こうして平静の時に、彼に触れることができるようになったのも、最近のことだ。それでもまだ遠慮とためらいがあり、彼女の動きはぎこちない。
「大丈夫だよ」
「他に怪我はしていない?」
「……平気」
 彼は微笑んでシェリルの髪を撫でる。
 彼女はそれを、彼がそろそろ心配されながら触れられることに苛立ち始めたからだと思い、頬に触れさせていた手を引いた。
 彼の方は、彼の身を案じながら、しかし恐る恐る頬に触れる彼女の仕草を好もしいと思っていたので、彼女がその温かい小さな手を引っ込めてしまったのを残念に思った。
 聡明なふたりとも、その瞬間にお互いの間に小さな齟齬が発生したことを感じてはいたが、それを突き詰めて、暴き立てて、解消するようなことはしなかった。ただその正体不明のぼんやりした霧の塊のようなものを通して、相手を見ることにより、目の前の相手は、自分とは違う人間なのだと、悲しくも愛しくも思った。
 怪我が無くてよかった。シェリルはそう言いたかったが、心配を押し付ける過保護な母親のように聞こえないかと恐れ、別の言葉を探した。
 そうしている内に、コヨーテの方から再び話し始めた。
「連中もあちこち網を張って、指輪の行方を探させた。一応、無罪放免になった僕も手伝わされたけどね。指輪は裏切った中継ぎの男が、商人を通じて、君らに仕事を頼んできた騎士に渡したところまで突き止めたんだ。
 あとは荷運びを頼んだ騎士と、運び先の男爵を押さえればよかったはずなんだけど、騎士は死んでいて、男爵の家はもぬけの空だったわけ」
「それで、あたしたちが疑われたんだ」
 とんだとばっちりだ。こんなことにならないよう、荷運びの仕事と言えども、十分に吟味して、慎重に選んでいたはずなのに、どう用心しようと、それを越えた災いが降りかかることもある。
 しかし大掛かりな話だ。アシュケナジー男爵は、一代限りの領地とはいえ、王領内に村を持っている。男爵自身は宮廷で文官を勤めているし、家族も大学内で導師の役職についている、れっきとした貴族だ。その部下である騎士も、栄えある騎士団の一員である。その家に押し入っていくには、相応の力と大きさを持つ組織なのだろう。
 シェリルたちにしても、最近は名前をあげ、同業者や商人たちの間では腕利きとして相当に知られている。その彼女たちをいきなり拉致してしまうのだから、余程切羽詰まっているのだろう。
「で、あんまり聞きたくないけど、指輪って、何? そんなに大事なものなの?」
 シェリルのこの問いにも、やはりコヨーテは慎重な表情を見せた。耳の後ろに指を当てて、考え込むような顔のまま彼は答える。
「んー、どういったいわくがあるのかってのは、やっぱり知らない方がいいと思うんだよねえ。これから探すんだから、指輪の形状は知っててもらわないと困るけど」
「そう言われると気になるなー。誰にも言わないから、教えてよ」
 好奇心を刺激されたシェリルは、彼の隣で同じく寝台に腰掛け、顔を覗き込んだ。彼女から視線を逸らし、しばし逡巡していたコヨーテだが、結局首を振った。
「やっぱり、まだダメ。知らなきゃ知らない方が絶対いいから。僕だって君にべらべら余計なこと喋ったことがバレたら、あとあとどんな目に合うか分からないからね」
 そうまで言われると、無理には聞きだせない。彼の言うことももっともだ。しかしどんな高価な指輪なのか、想像は勝手に膨らみ続けた。
「そろそろ、そっちの話も聞かせてよ」
 話を逸らすようにコヨーテは訊いてきたが、特にシェリルが答えることは多くない。恐らく彼はほとんど状況を知っているだろうと思いながら、騎士から仕事を依頼されてから、男たちに拉致されるまでのことを語った。
 案の定、話を聞き終えたコヨーテの表情に大きな変化は見られず、彼はただ軽く頭を掻きながらふーんと呟いただけだった。
 そこで会話は一度途切れた。彼の状況を知り、自分の事情を語ったことで、昨夜はまだ半分恐慌していた彼女の頭も、かなり落ち着いた気がする。
 開け放したままの窓から、王都の町並みが覗けた。教会や貴族の邸宅、力のあるギルドの館が持つ、いくつもの尖塔が、空を貫こうとしているようにそこかしこから伸びている。ここ数十年という単位で、王都は戦乱とは無縁だ。国力を蓄えている今、都は繁栄の最中にあると言える。窓の外からは昼間の商店街の喧騒が、暖かい風に乗って聞こえてきた。
 まだ正午を回ってほどない午後。日差しは高い。そんな時に、しかも時間を無駄にはできない状況だというのに、ふたりで並んで座っていると、彼に触れたくなった。
「どうしようか」
 衝動を落ち着かせるように、シェリルは寝台から立ち上がり、コヨーテと向かい合った。彼女を見上げた彼は、腕組みをして首を傾げる。
「そうだね。あいつが言ってたように、指輪そのものの捜索より、男爵を探した方がいいと思う。君らとは仲いいんでしょ? 男爵が頼りそうなところを知らない?」
 仲がいいとは言っても、傭兵と客の範囲を大きく越えるようなつきあいではない。男爵の交友関係の深い部分までは、シェリルに分かるはずもない。宮廷付文官である彼が頼るのは、まずは国王ではないか。
「男爵が王のもとに保護されていたら、どうするの?」
「だったら分かるはずだ。今のところ、それはない」
 寛いでいた様子の彼の表情も幾分引き締まる。その答えから推測できることは、赤毛の男の手は、宮廷の中にまで伸びているということだ。間者が入り込んでいるのだろうか。考えを巡らせる彼女の前で、彼は話を続けた。
「男爵が宮廷に駆け込んだなら分かるんだ。でもそうじゃないから、あいつらも困ってる。男爵が何故姿を消したのかも、指輪をどこにやったのかも分からないんだよ」
「……ねえ、やっぱりその指輪のことをもう少し教えてよ。それが分からなきゃ、男爵の目的も推測しようがないし、そうしないと彼の行き先だって分かんないよ」
「んー……」
 コヨーテは腕組みを続けたまま目を閉じて、軽く天井を仰いだ。
「まあ、君の言うことももっともだね。でもねえ……」
「もったいぶらないでよ。あたし、口固いし、大丈夫」
「いやでもね……」
「教えて教えて」
「ちょっと、髪引っ張んないで」
「随分、髪脂っぽいね。頭クサイし、あとでお風呂入った方がいいよ」
「……言われなくても行くよ。ずっと捕まってて、体洗うこともできなかったからね」
 公衆浴場があちこちにある王都の人間は、大半が清潔好きだ。これが乾燥した内陸あたりの土地の人間となると、五日や六日体を洗わなくても頓着しない。行商の護衛などで、その辺りの人間と一緒になると、風呂に入ったり、水浴びをしたがる王領の人間と衛生面でもめることが多い。内陸出身のイーミルなども、パーティを組んだ当初は、体を洗わずに異臭を放っていたので、よくスタンリーたちが拉致するように、浴場に連れて行ったものだ。内陸の人間はしょっちゅう水に浸かると、病気になると思っているらしい。
 コヨーテは結構な風呂好きである。王都にいる時は、ほぼ毎日のように浴場に通っていたらしい。彼の体臭が淡いのも、そのせいかと思う。あの郊外の廃屋で、体も洗えずに何日も過ごしていたのは、彼にとってさぞ不快だっただろう。
「じゃあ後でお風呂行くとして……指輪! 先にそのこと教えて」
 話が逸れる前に、シェリルは話題を戻した。掴んでいた彼の髪を丁寧に撫で付けながら、しつこく尋ねる。掌に髪の脂が張り付くが、それでも肉桂色の柔らかい髪に触れているのは不愉快ではない。
「うーん、話しづらいな。ほんとに大物なんだよ」
 コヨーテはシェリルのしつこい問い詰めをかわし続けた。その曖昧な態度に、気の短い彼女は徐々に苛ついてきた。
「何、大物って。辺境伯?」
 直感的に頭に浮かんだ名前を告げると、一瞬の後、彼は穏やかに笑った。
「ま、そんなとこ」
 どうやら外してしまったようだ。考えてみれば、辺境伯に雇われることの多かった彼が、別の仕事で、そこで盗みを働く可能性は低いだろう。顔をよく知られているはずだからだ。
「先に男爵が匿ってもらえそうなところとか、身を寄せられそうなところを教えてよ」
 腕組みを解き、両手を体の後ろについたコヨーテと知り合って、かれこれ二年以上になる。互いの仕事によって、時には剣を向け合うこともあったが、他愛もない話をしたり、体を重ねたりしている内、お互いにある程度の好意は育ってきていると思う。それはそろそろ友情と呼んでもいいほどの段階に見えるし、少なくともシェリルは彼を大切に思っている。 
 しかし信頼の面となると、話は少々違ってくる。未だに彼女は彼の名前すら知らず、普段どんな仕事をしているのか、王都にいない時は分からない。彼が彼女にそれなりに好意を持っていてくれるように見えるのは、自惚れではないと思うが、常に彼がシェリルの安全や利益を最優先に考えてくれるとは思えない。
 こうして話している今も、コヨーテの言葉のどこかに偽りが隠されていないか、もしあるとすれば、それが自分にどんな不利益をもたらすか、無意識に探っていた。
 そのことに気づいた時、彼を信用しきれない自分をシェリルは悲しく思った。騙されてもいい。彼を心から信頼して頼るようになれば、彼との関係ももう少し変わるのかもしれない。そうできないのは、自分の身がかわいいからだ。もっと何もかも捨てて純粋に彼を愛せたらいいのに、そうできない自分を浅ましく感じる。
 だが、彼女が自分で計算高いと疎んでいるその賢明さこそ、彼が彼女に対して安心できる理由であった。もしも、シェリルがそうでありたいと望むように、全身全霊をかけて彼を信頼し、全てを彼に任せるようであれば、彼はその重みに耐え切れずに既に姿を消していただろう。しかし彼女は、彼を頼れないその頑なさが彼を惹きつけていることに気づけなかった。
 コヨーテの問いに対する答えを考えながら、けれどやはりそれでいいのだと彼女は思い直した。今、彼女が背負っているのは、自分の身だけではない。他ならぬ仲間の命がかかっている。慎重になるに越したことはない。
 仲間たちがスタンリーの代わりにシェリルを解放することにしたのも、赤毛の男の手先として同行するコヨーテの知り合いだからだ。仲間たちが思っているほど親しい間柄ではないが、彼とのささやかな信頼関係を最大限に利用して、目的を達成しなければならない。
 王宮以外で、男爵が頼りそうな場所は、そう多くは思いつかなかった。
「大学かな」ややあってシェリルは口を開いた。「男爵のご子息は、大学で修辞学を教えているし、男爵家も大学に多くの寄付をしているから。あとは写本職人や代筆のギルド。商売にそう熱心な方じゃなかったから、商人とはそう親しくなかったと思う」
 男爵は親交のある伯爵家の商人と付き合いがある程度だったが、残念ながらその商人は一昨年に暗殺計画の巻き添えになって殺されてしまった。
 今でもシェリルはその商人を殺したのが、他ならぬ目の前の男ではないかという疑いが捨て切れずにいる。いや、もっと言えば確信に近かった。だから敢えて確かめたくはなかった。
「商人の方は、あいつらの組織が当たってる。僕らが行くなら大学だね。あそこはいくら彼らでも、そう簡単には潜り込めないからね。……君は入れるんでしょ?」
 黙って頷く。
 王都にある大学は、ある意味では教会と同じく、王や貴族からも独立した組織だ。シェリルが所属している魔術師ギルドは、大学の組織の一部ではあるが、中枢と言ってもいい。大学には総長がいるが、実質の支配者は魔術師ギルドの長である。そして王都の魔術師ギルドは、この王領とその近辺の大学を統括する立場にある。教会組織で言うところの総本山に当たる。
 魔術師の知識は極めて高度であり、悪用を恐れて厳重に管理されている。宮廷にまで間者を送り込んでいる犯罪組織といえども、大学の中を探るのは容易ではないはずだ。
 男爵が大学に庇われている可能性は十分にある。そうだとすれば、ギルドの正式な会員であり、魔術師であるシェリルなら、その行方を捜すことはできなくはない。
 しかしそれはギルドに対する裏切りだ。
 だがそうしなければ、仲間が殺される。
 改めて今の自分の苦境に気づき、彼女はしばらく唇を噛み締めた。コヨーテはそんな彼女を黙って見つめている。
 仲間を助ける為に、ギルドを裏切って、男爵を探し出して引き渡す。そうすれば、彼女たちが大恩ある男爵もただでは済まないだろう。
 いや、どこかに突破口があるはずだ。指輪さえ探して渡せば、交渉次第で男爵は解放してもらえるかもしれない。
 思考が空転し始める。焦っているのだ。
 シェリルは目を閉じて息をつき、口を開いた。
「とにかく、ギルドに行ってみる」
 こんな時は行動して状況を変えた方がいい。男爵が大学にいるのかどうか、確かめるのが先だ。
「僕もどうにか連れてってもらえないかな? 一応、君のお目付け役なんだけど。ここでぼさっと待ってる間に、君にとんずらされても困るんだよね」
 コヨーテの言葉は、いささか彼女を傷つけた。そんなことは考えていない。
 彼に信用されていないのは悲しかったが、彼女も彼を信用しきっていないのだ。お互い様だ。それに今の互いの立場を考えれば仕方ない。
 それにここで彼が彼女を信用しきっていたとしたら、そんな頭のネジの緩んだ男には興味が失せるだろう。シェリルには彼の隙の無い慎重さが魅力的に映っていた。
「あなた、ギルドの会員じゃないの?」
「違うって前に言わなかった? 魔術師様なんかじゃないよ」
「じゃあ、どこで古代語とか目くらましなんか覚えたの?」
 いい機会だと思って、前から疑問に思っていたことを聞いてみると、コヨーテは再び腕を組んだ。
「んー……それも言えないんだよね」
「もー、そればっか。なんでそう何でもかんでももったいぶるの? 名前も教えてくれないし」
「だから、名前なんて君が好きなように呼んでいいよ。アレックスでもエドワードでも、昔の恋人の名前でいいから」
「昔の恋人なんかいないよ。なによ、カバ! ゾウガメ! キツネザル!」
「……なんで動物なの。それ、名前っつーか、ただの悪口だから」
「あなたの素性なんか想像つくよ。どっかの滅びた王家の王子か何かで、古代語とかは王子時代にじいかなんかに習ってて、王家復興を望む家臣に連れ戻されないように、こんなわけの分からない仕事やってるんでしょ。だから本名とか家族のことも言えないんでしょ。で、家臣が連れ戻しに来ると、『僕は今の自由な暮らしが気に入ってるんだ』とか、とんちんかんなこと言って、もったいぶるんでしょ」
「や……」
「で、隣の国が戦争に巻き込まれて、許婚で幼馴染の王女様か何かがピンチになると、ぶつぶつ言いながら、王家復興の為に立ち上がるんでしょ。で、何故か軍隊を叩きのめして、王女様を助けて愛の告白かなんかされて、彼女をお嫁さんにして、ずうずうしく王位に戻ろうって魂胆なんでしょ。悪いけど、世の中そうは甘くないからね。税金で育てられた癖に、王家をほったらかしてブラブラしてた王子なんかに、誰も従わないからね」
「…………終わった? 君の妄想話」
 再び腕組みを解いたコヨーテは、座ったまま膝の上で頬づえなどついている。
「終わってないけど、もういい。どうせあなたが話す気ないから、代わりにあたしが喋りたかっただけ」
「君、やっぱり変わってるよね……」彼はわざとらしい溜め息をついて立ち上がった。「じゃ、大学に行こうか」
 仕方なくシェリルも頷いた。
「完全な部外者は入れないと思うけど、とりあえず行けるるとこまで行って待ってて」
 二人は身の回りの物を持ち、部屋を出た。
「優しいんだね」
 客室の扉を閉めて鍵をかけていると、ぽつりとコヨーテが背後で呟いた。
「何が? あたし?」
 彼は答えずにただ彼女の髪を撫で、先に廊下を歩き出した。
 別に優しいわけじゃない。
 その背中に向かって心の中で呟く。
 彼のことはもっと知りたい。けれど敢えて強引に聞きだそうとしないのは、彼を思いやっているわけではない。疎まれるのが怖いだけだ。

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re:拍手お返事 >Kさん 

拍手、ありがとうございます~。
そうですね、一緒に「仕事」をするのは初めてだったと思います。
1、2、4話では敵同士だし、3話は外で…えー…遊んでいるうちに、巻き込まれただけですからねー。
こっちのルパンは、仲間とはぐれるとちょっと弱いですからねえ…大丈夫なんだか。

ファンタジーと言えば、やはり王室関係は書きたくなりますよね。
フィクションだからこそ、王子様・お姫様のステキな部分だけ読みたい!書きたい!という方もいらっしゃいましょうが、王家の血筋ともなれば、真面目にやってれば、苦労とストレスの方が多いハズ…。
シンデレラとかも、言ってみれば面食い王子が、舞踏会で美人をひっかけただけっつー話ですからねー。あのあと、苦労したんじゃないでしょうか。
…とか考える、夢のないプロレタリア階級。
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