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魔女とコヨーテ」
第五話 山の端に陽が沈むまでに

第五話: 山の端に陽が沈むまでに 5

2009.07.10  *Edit 

   *****


 シェリルに向かって満室だとにべもなく断った男は、次にやってきた商人風の男には満面の笑みで頷き、部屋の鍵を渡している。実際には満室ではないのだ。
 ひどい。
 抗議したかったが、宵も迫った時刻、次々と客が現れ、宿の主人はその対応に追われているようだ。カウンターの横で、シェリルは主人に声をかける機会を探していた。
 立ちっぱなしで足が痛くなってきた頃、ようやく客足が途切れた。シェリルの姿に気づかないはずはないのに、主人はカウンターから離れ、厨房に姿を消そうとする。
「待ってください!」
 思い切ってあげた声に、不承不承といった面持ちで主人が振り返った。
「あの、部屋があるなら、泊めてもらえませんか?」
 大人の男の強い視線に怯みそうになりながら、シェリルは己を鼓舞し続けて、やっと言葉を出した。
「満室だと言っただろ」
 無愛想に言い放ち、主人は厨房へと歩き出した。
「でも……」
 他の人には鍵を渡していたじゃないか。
 姿を消した主人への抗議は、口の中で砂粒のように重くなり、消えてしまった。
 どうしてだろう。これでもう三軒目だ。このままでは宿を取ることもできない。
 街道沿いの小さな宿場村では、こんなことはなかった。王都を出て初めて訪れた賑やかな街。しかし道行く人々は乾いていて冷たく、宿を取りたいと言っても断られる始末だ。
 そんな宿、こっちから願い下げだ。
 腹に煮えくり返るような怒りを溜めたまま、シェリルはいくつか宿を回ったが、どこでも同じような目にあった。ここの主人などはまだいい方だ。先ほどの宿など、シェリルがいくら話しかけようとも、完全に無視されていた。
 一人旅の年端もいかない少女だからだろうか。金が無いと思われているのか。
 金ならある。そう豊かではないが、旅に困らないくらいの路銀は持っている。
 しかし、財布をこれみよがしに主人に見せるのもまた危険であることくらいは分かっていた。
 どうしたら泊めてもらえるのだろう。なんて交渉すればいいのだろうか。
 大柄な男である主人に声をかけるのすら、小さな勇気がいるのだ。引っ込み思案の彼女は途方にくれた。涙だけをやっとこらえて、カウンターの横に立ち尽くしていると、近くのテーブルに座っていた中年の男が声をかけてきた。
「なんだ、ねえちゃん。宿がねえのか」
 地元の人間らしい。普段着姿の男は、シェリルをじろじろと眺め回した。
「はい。でも大丈夫です」
 大丈夫ではなかったが、シェリルは素っ気ない返事を返し、宿を出ようとした。もしかしたら男に他意はないのかもしれないが、女の一人旅である。つい男との関わりは慎重になる。親切を装ったどんな下心を持っているか分からない。
「今はここは巡礼者と商人で混んでるから、どこ行ってもあんたみたいなガキんちょ一人じゃ泊めてくれねえよ。救貧院に行ってみな」
 後ろから、男の声が聞こえた。振り向くと、彼は特にに気にした様子もなく、元通り一人で酒を飲み始めている。
 ちょっとした男の親切に、彼女が罪悪感と感謝を覚えた時、彼女と入れ違うように、入り口から猛烈な勢いで扉を開け、外套を纏った女が入ってきた。足音も荒々しいその女の姿に好奇心をそそられ、シェリルは宿を出る前に動きを止めて、彼女に視線を注いだ。
「すみません!」
 カウンターに手をつき、女は大声をあげた。食堂でのんびり寛いでいた客も、女に注目する。
 厨房から不機嫌そうに主人が出てきた。
「部屋は空いていませんか」
 女の低い声はよく響いた。
「今日は満室だ」
 主人はシェリルの時と同じように、にこりともせずに答え、再び厨房に戻ろうとした。
「いい加減にしてよ! 本当に空いてないの!?」
 彼女が平手でカウンターを叩く音が大きく響き渡る。一瞬、食堂は静寂に包まれた。主人も驚いた顔で振り向いたが、すぐに顔を顰めて吐き捨てた。
「空いてねえよ」
「ここの街はどこでもそうなの? さっきの宿でも、私が断られた後に他の客には鍵を出してたわよ」
「お前みたいなうるせえ女に出せる部屋は、空いてねえってことだ」
 シェリルからは女の後姿しか見えなかったが、皮肉をむき出した主人の返答に、彼女の全身を包む雰囲気が尖るのが分かった。恐らく顔色を変える程憤っているのだろう。
 シェリルも含め、客たちはそこで予想される争いの予感に、不安と好奇心を抱えながら状況を見守る。
「よく分かったわ。下種は下種としか取引しないってことね。あんたみたいな最低の人間にお金払って、こんなボロ宿の軒先なんか借りたくないわ」
「何だあ、そりゃ」
 応酬された女の痛烈な皮肉に、主人は目を吊り上げて大声をあげた。入り口にいたシェリルは、思わず身を竦ませる。しかし女は、高ぶる感情に震えながらも芯のある声で言い返した。
「こんな皮肉程度で怒るくらいなら、もう少し客に丁寧に接したら? 女なら何言われても言い返さないと思った? 女相手にしか威張れないのかしら」
「この……」
 顔色を変えた主人が、カウンターを回りこんで、女につかつかと歩み寄る。
「それ以上近づいたら、殺すわよ! なめるな!」
 なじみらしい数人の客が立ち上がって主人を押さえる前に、女の怒声が響き渡った。外套を背にはねのけた彼女の手は、腰に下げている小振りの剣の柄にかかっている。
 シェリルは思わず数歩彼女に近づいた。万一取っ組み合いになるようなことになれば、勿論女に加勢するつもりだ。
「なにを、このアマ! やれるならやってみやがれ!」
「おい、やめろよ。お前が悪い。本当に殺されたらどうするんだよ」
「そうだよ。女傭兵だぞ、きっと」
 数人の客が激高する主人をどうにか押さえつけている。先ほどシェリルに声をかけた男も立ち上がり、女の方に向かって緩やかに両手をあげながら言った。
「おねえちゃんも。そうカッカするなって。こいつは女嫌いで仕方ねえんだよ。許してやって」
「触らないで!」
 女も相当気が立っているらしい。立ちふさがる男を怒鳴りつける。男は子供をあやすようにのんびりと答えた。
「はいはい、触ってねえよ。……宿を探してるなら、どこ行っても同じだ。救貧院か巡礼宿を当たった方がいいぜ」
「救貧院も巡礼宿も、お金が無い人の為のものよ。お金がある私が使うわけにはいかない」
「そうは言ったって、泊めてくれないもんはしょうがあるめえ。そこのねえちゃんも、あんたと同じで宿なしだ。二人で救貧院に行ってみろ。大聖堂の裏だ」
 男はそう言って、シェリルを指差した。女が振り向く。長身だが、彼女が思ったより若いことにシェリルは驚いた。多分そう年齢は変わらないだろう。
 女も少々頭が冷え、目の前の中年男が自分を助けてくれたことに気づいたらしい。彼に軽く頭を下げると、シェリルの方に歩み寄ってきた。
「あなたも宿を断られたの?」
「はい。救貧院に行こうと思って……」
 傷つき、疲れて途方に暮れている時に、同じ境遇の人間と出会うことほど、心強いことはない。張り詰めていたものが緩み、どっと安堵が押し寄せる。それは感銘と呼んでもいいほどだった。
「そう……」
 シェリルより頭ひとつはゆうに大きい彼女は、高ぶった心を落ち着かせるかのように溜め息をついた。
「よかったら、一緒に行きませんか? 私、大聖堂の場所も知らなくて……」
 思い切って声をかけると、女は僅かに微笑んだ。
「そうね。じゃあ、私も救貧院にお世話になることにするわ。こんな宿に頭下げてお金払って泊まるより、ずっとましだもの」
 彼女はそう呟くと、先に立って歩き出し、扉を開けて外へ出た。シェリルも慌てて荷物を持って続く。
 ほんの僅かな時間で、シェリルの胸には女に対する羨望と尊敬が生まれていた。彼女が言えず、できなかったことを、あの大柄な主人の前でやってみせた女に喝采を送りたいほどだった。
 女は剣を下げ、シェリルと同じく背嚢を背負って外套を纏っている。典型的な長旅の出で立ちだ。首から聖印を下げているところを見ると、巡礼者だろう。
「あなた、巡礼に行くの?」
 歩きながら、彼女も同じことを尋ねてきた。
「そうですね。聖地へ……」
 彼女に偽りを語ることがためらわれ、曖昧に答える。シェリルの目的地は巡礼者と同じく聖地であるが、巡礼ではない。
「一人?」
「はい」
 頷くと、女は微笑んだ。低い声は意志の強さを感じさせるが、顔つきは柔和だ。色白の丸顔を、明るい茶色の巻き毛が縁取っている。
 それ以上シェリルの事情を聞こうとせず、そして彼女の事情を語ろうともせず、女は続けた。
「女の一人旅って、まだまだ大変よね。王都じゃ何とも思われなかったけど、こんな成金の田舎町じゃ、やっぱりこんな目に合うのね」
「そうですね。さっきの宿はひどかったですね。私があの宿の前に行った宿でも……」 
 シェリルはその前の宿で完全に無視された話などをし、女もやはり別の宿で娼婦と疑われた愚痴を続けた。
 二人でカリカリしながら、街の宿についての悪口を言っている間に、荘厳な大聖堂が見えてくる。
 巡礼路と商業路が交差するこの街の大聖堂は、金をかけた厳しい造りだった。背の高い塔が二本建ち並び、聖堂の正面には薔薇窓と呼ばれる美しいステンドグラスがはめ込まれている。そこから差し込む光は、内部にいる者には、まさに神の後光、光の冠に見えることだろう。
 その下の入り口ファサードにも、聖人たちの彫刻が施されている。純粋な芸術として好奇心がそそられたが、魔術師ギルドで育ったシェリルには、あまり神に対するありがたみを喚起させられるようなことはなかった。
 ふと女が足を止め、大聖堂の尖塔を見上げた。シェリルもつられて同じことをする。首が痛くなるほど高い。それは暮れ始めた薄紫色の空を突き刺し、天上にいるとされる神の元へと届こうとしているようだ。
「すごい塔ですね」
「そうね。でもいくらお金を積んで高い建物を建てても、絶対に神の元へなんか辿り着けないわ」
 何気ないシェリルの呟きに答えた女の声は、思ったより深く、冷たかった。聖堂を見つめる瞳に、隠しきれない嫌悪をにじませながら、女は再びシェリルを促して歩き出した。
「あなたも巡礼に行くんですか?」
 今さらながら尋ねると、女は頷いた。
「ええ」
「教会の方? 修道女様ですか?」
「昔ね。今は破門されているわ。……救貧院の方には内緒にしてね」
 率直にきっぱりと答えた後、彼女はいたずらっぽく笑った。苛烈な印象があった彼女の思わぬ笑顔に、シェリルはひどく惹きつけられた。好奇心が湧いてくる。一体、どんな女なのだろう。
 一人で旅に出てから、ずっと緊張して張り詰めていた。宿を取る、食事をするだけでも、たった一人というのは初めての経験だ。
 こんなことで、これから先やっていけるのか。夜ごと津波のような暗い不安が押し寄せて、毛布を頭から被って声を殺して泣いていた。
 まだ一人で生きていくなど無理だ。聖地を訪れて、目的の写本を閲覧したら、再び王都のギルドに戻ろうと、半ば心に決めていた。
 旅に出ると共に、ギルドを出てみると決めたシェリルに向かって、彼女の師は穏やかに愛弟子に語った。
 魔術をみだりに使わない。常に物事は自分で考えて判断を下し、他人の考えに委ねない。様々な角度から物事を検証する。彼女が師匠からずっと教えられてきたことの再確認から始まり、すぐかっとならない、頭に来ても仕返しを考えない、甘いものを食べ過ぎない、顔のいい男にすぐ惚れない、衝動買いを慎むなど、後半はほとんどシェリルの日常生活に対する説教になっていた。
 最後に彼女が語ったのは、他人をすぐに信用してはいけないが、信用できると決めた人間とは友人になり、その友人に尊敬されるような自分であれということだった。
 内気ですぐに他人と打ち解けることができず、ギルド内にも友人が少ないシェリルは、曖昧に頷いた。師匠はそんな彼女に向かってさらに言い募った。
『こうして私の庇護の下にある生活の中にいる友達と、一人で外に出て生きていく上でできたような友達は、全然違うものよ。もちろん、恋人もね』
 それはそうだろうと、彼女は漠然と思った。ギルドの友人は話し相手、遊び相手だが、一人で旅に出た先で、もし友人ができるようなことがあれば、寄せる信頼の度合いは段違いだろうと、いつものように理屈でそう考えていた。
 背の高い女について歩きながら、彼女は師の言葉の片鱗をやっと実感し始めていた。理屈で納得するのと、実際に感じるのはやはり全く違う。
 たった今同じ境遇だというだけ、今夜同じ宿に泊まるだけの彼女に、とてつもないほどの信頼を寄せ始めている。それは危険なことかもしれなかったが、おかげでシェリルが抱えていた膨大な不安が随分と軽くなった。
 少なくとも今夜は、毛布の下でめそめそと泣かなくても済みそうだった。

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