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ココナッツ図書館 夜間書庫

魔女とコヨーテ」
第五話 山の端に陽が沈むまでに

第五話: 山の端に陽が沈むまでに 15

2009.08.11  *Edit 

 体の奥深くに入り込んでいるものが、小さな痙攣を繰り返した。背中からひときわ熱い呻きが降ってきた後に、頭を捻られて、やっとくちづけが与えられる。
 シェリルが体ごとねじってコヨーテに向き直り、その首にしがみついた時、疲れているはずの彼は、それを避けずに抱き止めてくれた。
 重ねた唇から直接吹き込まれる彼の吐息は荒い。普段のんびりしているコヨーテが、呼吸を乱すほど高ぶるのは、こうして睦みあっている時だけだ。たとえば腹を立てていても、彼がシェリルのように逆上することは、ほとんど無い。
 冷静なコヨーテが、纏っている殻を剥いで、僅かにでも本能に近い、動物的な部分を晒す。だから、その抱き合っている瞬間、彼に限りなく近づき、深い繋がりができたような錯覚に陥る。
 錯覚は錯覚だ。熱が冷めると、ふたりの間には、瞬く間に薄氷のような、美しく儚いが、冷たい壁ができていく。
 くちづけを交わしている内に、硬さを失いつつある彼が、からだの中から自然に抜ける。唇まで離れると、もう彼と触れ合っているのは、よそよそしい皮膚だけだ。
「ねえ、何か拭くものない?」
 しばらくは情交の余韻に浸っていたかったが、コヨーテのいつもの呑気な声で、彼女を取り巻いていた、ぬるく甘い雰囲気は、あっという間に破られた。
「……自分の部屋戻って、自分のタオルで拭いてよ」
 体が平熱を取り戻すまで、もう少し彼と触れ合っていたかった。しかし、あまりにも唐突に素に戻った彼に対する腹いせに、ついそんなことを言い返す。
「えー、でも、隣の部屋だけど、股出しっぱなしで廊下に出るってのもねえ……。万一人が通りかかったら、露出狂だと思われるよ」
「こんな夜中に誰も通りかからないよ」
 コヨーテの前で、いそいそと体を拭うのが恥ずかしいような気がして、彼女はそのまま取り払われた下着を拾い、身につけた。
 彼女の動きをぼんやり見守っている彼を尻目に、乱れた毛布をめくって一人で横になる。
「……君、拭かないの?」
「いいの。メンドくさい」
「気持ち悪くない? 下着も汚れちゃうし……。タオル貸して。拭いてあげるから」
 シェリルの返事も待たずに彼は寝台から床に下り、シェリルの荷物が入っている、小さな肩掛けの袋を取り上げた。中から勝手に彼女の手拭いを取り出すと、断りもなく自分の股間を拭う。
「ちょっとー、ヒトの勝手に使わないでよ。汚い~」
 思わず跳ねるように起き上がって言うと、振り向いたコヨーテは傷ついた顔をしてみせた。
「汚いって、ひどくない? 君ん中突っ込んで、こんなドロドロに汚れちゃったのに……」
「うるさいな、そういうことじゃない。あたし、そのタオルで顔も拭くのにー」
「後で洗ってくるから」
 シェリルが彼に突っかかるのは、照れが混じっていることを見抜いているのか、コヨーテは苦笑しながら彼女に歩み寄った。
「はい、もう一回脱いで。拭いてあげるから」
 シェリルが被っていた毛布をめくり上げ、彼女が適当に穿いたズボンに手をかける。
「ちょっと、いいよ。いい」
「拭いておきなさいって。水浴びも碌にしてないんだから」
 寝台の上で、腰をずらして後ろに下がるが、膝をついて寝台に乗り上がった彼に、簡単に捕まえられる。
「自分でやるからいい!」
「でも女の子が自分で脚拭くの、淋しくない?」
 肌を重ねた後、すぐに体を離して股間を拭われてしまう方が、よほど淋しい。
 しかし結局、シェリルは反論も抵抗もしなかった。コヨーテが丁寧な手つきで、彼女の服を再び引き下げ、下着の紐を解いて、陰毛に覆われた恥丘から、軽く開いた脚の間を拭ってくれるのを、ぼんやりと見ていた。
 どうでもいいところで意外にまめな彼は、今までも、そうして彼女の体を拭いてくれたことが何度かある。熱が冷めた彼に、情交の跡が残る性器を晒すのは恥ずかしいが、彼を使役しているようで、ちょっとした満足感を得る時間だった。
「洗ってくるね」
 微笑みを残し、手拭いを持って、コヨーテは部屋を出ていった。
 いきなり服をずらされて、体に侵入された時には、少しばかりの恐怖を覚えたが、怒りも屈辱も殆ど感じなかった。その恐怖も、彼が見せるほんの微かな優しさに溶けてしまい、あとは爆発的に膨れた愛欲に包まれて終わりだ。彼が腰を動かし始めると、肉体は今までにその動きから与えられた歓喜を思い出して、悦びに溢れ、体の奥から潤ってきた。異物の感触も、すぐに馴染んでしまい、痛みは消え去っていった。
 コヨーテに触れられて、一体になって動いている時は、他の何もかも忘れることができる。どうやって体中を駆け巡る情熱を味わうか。どうやって彼を悦ばせるか。考えるのはそればかりだ。
 体を離した後、その間だけ押し退けていた仲間たちのことを勿論思い出すのだが、不思議なことに、コヨーテと肉体の快楽を貪っていることについては、あまり罪悪感を感じなかった。


 王都を旅立った日の夜、小さな宿場町の古い宿で彼と抱き合った後。
 仲間が捕らわれているというのに、自分だけ呑気に男と寝ていることを、申し訳ないと思う気持ちも湧いてこない。そんな自分に半分呆然としていると、彼女の心を読んだように、隣で既に毛布に潜り込んでいたコヨーテが呟いた。
「寝ないの? 明日起きられないよ。僕とやろうが神様に祈ろうが、状況は変わらないんだから、気にしてうじうじしてるだけ損だよ」
 好き勝手なことを言って、自分だけ鼾をかきはじめた彼の頭を叩いてやりたくなったが、彼の言うこともある意味正しい。品行方正にしていれば、神が手を差し伸べてくれると思う程、彼女は信仰深くなかった。
 彼と抱き合えるのは嬉しい。
 それが例えば食事や酒と同じように、行動の原動力になるのならそれでいい。無理に心の奥底の良心を引きずり出して、自分を苛む必要など無いのかもしれない。
 しかし反面、そうして簡単に割り切れる自分が恐ろしくもあった。あまりに薄情で不品行のような気もした。
『もっと自分を大事にしてよ』
 一度、コヨーテについてマライアに問い詰められた時、彼女にそう言われたことがある。シェリルに会いに来ているコヨーテと、肉体関係があるのかどうか、マライアに正面から尋ねられて、シェリルがそれを否定しなかった時のことだ。
 身元も知らない男に体を差し出すなんて。きちんとした恋人でもないのに、彼を繋ぎとめる為に自分の体を犠牲にするなんて。自分を安売りしてはいけない。
 長いつきあいの友人の忠告は、しかしシェリルにはぴんと来なかった。彼女にとって、彼に抱かれることは、自分の体を捧げる、差し出すといった犠牲的意味を全く持っていなかった。自尊心や倫理などよりずっと単純な、彼に触れたい、繋がりたいという、もっと動物的な衝動から、彼に会えるのが嬉しかったのだ。
 しかしシェリルは結局それをマライアに説明しなかった。シェリルのその衝動こそ、マライアには理解されないだろうと思ったからだ。
 シェリルが知る限り、マライアが男性に夢中になったことはない。男性嫌いでないと本人は言っていたが、恋多き──一方的な恋だが──シェリルからすれば、彼女は男嫌いに見えた。長いこと一緒に組んでいるスタンリーが、マライアに特別な好意を持っていることにも、気づいていないのか、あるいは応える気が一切無いようだ。その彼女に、今のシェリルの心境に共感してもらうのは難しいだろう。若干の傲慢な優越感と共に、そう思った。
 マライアも、シェリルがコヨーテのことについては、あまり口出しして欲しくないことを肌で分かっていたのか、忠告だけに留まり、またその後、同じ話を蒸し返すことはなかった。
 だが彼女も、シェリルに会いに来ている男があの廃屋で、赤毛の男と共に現れた時は驚いただろう。戻ってくるなと言った彼女は、どんな気持ちでシェリルをコヨーテと共に送り出したのだろう。
 指輪や男爵が見つかって、それを届けても、事情を知り過ぎたシェリルたちは殺される。だから戻ってくるな。
 マライアはそう言った。あり得ない話ではないと思う。
 しかしシェリルが戻らなければ、確実に仲間たちは殺されてしまう。
 例え殺されるだけだとしても、あの廃屋に戻らないわけにはいかない。仲間たちがいれば、術を駆使してあの場を脱出できる可能性もある。それに殺されたとしても、彼らの側で共に死ねるなら、本望とは言わないが、諦めはつく気がする。
 その時にコヨーテがどう動くかだけが、気がかりだった。彼は暗殺者ギルドに雇われたことはあるようだし、あるいは会員なのかもしれないが、忠誠を誓っているわけではないようだ。
 だが、だからといって、争いになった時に、全面的にシェリルを助けてくれるのかどうかは、確信が持てない。
 廃屋に向かう前に、そのことははっきりさせておかなければならない。金か他の条件を出すか。曖昧な信頼などより、彼を味方につける確実な材料を探さなければ。
 そんなことを考えなければならないのは、それほど悲しくはなかった。しかしできれば、彼とその話をする時間は、可能な限り先延ばしにしたいと思わずにはいられない。


 中庭にある井戸の水で、ついでに自分の体中を濡らした布で拭いた後、もう一度手拭いを洗って、彼はシェリルの部屋に戻った。
 軋まないようにそっと扉を開けると、彼女が蝋燭に明かりを灯したまま、寝台に横になっているのが見える。
 近づいて、身動きしない彼女の顔を覗き込むと、毛布もかけずにその上に横たわり、目を閉じて眠っているようだった。慣れない馬上の旅で疲れたのだろう。馬の揺れに酔い、蒼ざめた顔で手綱にやっとしがみついている彼女は、しかしあまり弱音を吐かなかった。
 正面から頼られると逃げたくなるが、そうして助けも求めずに我慢されていると、まるで自分が頼りにされていないようで、少々淋しい。結局薬草など煎じてやったところ、シェリルは随分と恐縮していた。
「シェリル、風邪ひくよ」
 声をかけてみたが、規則正しい寝息が返ってくるだけだ。
 彼女もしばらく水浴びなどしていないから、濡らした布で体全体を拭いた方がいいと思ったが、この状態では難しそうだ。
 よく寝ているようなのに、起こすのも気の毒だ。寝入りはいいが、寝起きの悪い彼女は、熟睡しているところを起こされると、寝ぼけ眼で怒り出すこともある。
 シェリルの体の下にある毛布を、被せてやろうとしてそっと引くと、彼女は眉を寄せた。
「引っ張らないでよ」
 半分寝ているのだろう、目を閉じたまま、呂律の回らない呟きが聞こえる。
「だって、毛布掛けなきゃ風邪引くよ」
 呆れながら答えると、少女は頷きながら毛布をどけやすいように、体を半回転させる。起きている時より素直だ。
 彼が一度、彼女の体の下から毛布を引っ張り出し、体の上に掛けてやると、彼女は満足そうに何度も頷いている。
「なんだよ、偉そうに」
 横向きに寝ているシェリルの鼻をつまんでやると、彼女は呻りながら首を振り、彼の手を振りほどくように、また反対側に寝返りを打った。
 すぐに再び寝息が聞こえてくる。余程眠いのだろう。
 動物か赤ん坊のようなシェリルの様子に、苦笑いと同時に温かい気持ちが沸き上がってくる。
 広げた手拭いを椅子に引っ掛けると、彼は寝台のシェリルの傍らに腰掛けた。
 いつだったか、横たわる彼女を、同じ姿勢で見下ろしていたことがある。あの時、哀れな少女は、寝台に両脚を縛り付けられていた。

 伯爵令嬢フィリスの略奪にしくじったのは、彼の数少ない失敗の一つだ。
 彼の雇い主は、よくできた偽物を仕立て上げた伯爵が上手だったと鷹揚に自嘲し、報酬は貰えなかったものの、彼が罰されることは無かった。
 しかし彼に取っては、もっと早い段階で偽物だと見抜けなかったのは、屈辱的であった。彼女の服を剥ぎ取り、脚の付け根に魔術師の印を見つけるまでは、伯爵令嬢だと信じて疑っていなかった。
 シェリルの演技はほぼ完璧だった。時々、彼に向けてくる、好奇心と呼ぶには慎みが無さ過ぎる視線を除いて。
 後にして思えば、伯爵令嬢にしては奇妙だと思う点があったにもかかわらず、本物かどうか疑いもしなかった自分の間抜けさが腹立たしかった。
 調べれば彼女たちの正体は意外に簡単に分かった。当時、王都で名前を上げてきていた冒険者たちだったからだ。スタンリーという剣士をリーダーに持ち、どんな仕事でも引き受けるわけではないが、受けた仕事は確実にこなす。分別があり、礼儀正しく、決して雇い主を裏切らない。そんな彼らは、商人や貴族に重宝されているようだった。
 その後、彼の名前を騙る偽物を追っている先で、標的の護衛に彼女たちが雇われたと聞いた時には、あの偽の伯爵令嬢を演じた女魔術師が、普段はどうしているのか、好奇心が湧いた。
 淑やかで聡明な伯爵令嬢を演じていた彼女が、意外に気が強く、口が悪いのには少々驚いた。しかし最も面白かったのは、暗殺の仕事の指揮を取っていた傭兵に、彼女があっさり惚れ込んでしまったことだ。女受けが良さそうな傭兵だったが、その分、女遊びも激しそうなのは、一見して分かる。口調だけは一人前のシェリルが、そんなろくでもない男に接近されて、簡単に心を傾けていくのは、いささか幻滅を覚えたものだ。
 結局、その傭兵こそ、探していた彼の偽者であった為、正体が露見したその場で始末した。
 寝台に縛り上げられたシェリルを見下ろしていたのは、その直後だ。
 変装を解いた彼を見た、彼女の驚き顔は忘れられない。感情も思考も白紙になって、生まれたての赤子よりずっと無垢な表情の彼女が、とても可愛いと思った。痛快でもあったが、彼女が自分を覚えていたことも嬉しかった。
 だがもしもあの時、傭兵の正体が分からず、彼を殺さなかったなら、シェリルはどうしていたのだろう。おとなしく食い物になった後、殺されたか。あるいは奴と組んだのだろうか。
 そしてその時、自分はどうしただろう。
 ふとそんなことを考えたが、もう終わった話だ。思考を打ち切った。
 あの時、寝台に縛られながら、屈辱を抑えて彼を睨みつけていた少女は、今はこうして彼の側で、幸せそうに眠っている。彼も睡眠時間は長い方だが、彼女もよく眠る。魔術師は大抵そうだ。
 「寝ている時と食べてる時が一番幸せ」と、以前シェリルは言っていたことがある。
 彼と肌を合わせている時も彼女は非常に幸せそうに見える。寝る、食べる、交合するというのが一番幸せというのは、動物と同じだ。
 そう言ってからかった時、うるさいと言いつつも、彼女は否定しなかった。
 手を伸ばして、豊かな漆黒の髪を撫でる。癖があるが、芯の太いしっかりとしたその髪の硬い感触が、彼は嫌いではない。昔は肩甲骨が隠れるくらいまで長く伸ばしていたが、最近は肩ほどの長さになると、連れの女に切ってもらっているようだ。丁度今は、伸びてきた彼の髪の長さと同じくらいだ。
 髪を撫でると彼女は嬉しそうだ。はっきりと言われたことはないが、仕草や表情から伝わってくる。  
 たかが髪を撫でるくらいで、シェリルがちょっとした幸せに浸れるなら、いくらでも撫でてやれる。彼女が喜んでいるのを見ると、彼も楽しい。
 胸の奥底に小さな種火を灯すような、そんなささやかな喜びを積み重ねるだけで生きていけるなら、どんなにいいだろう。
 一本きりの蝋燭の、揺らぐか細い炎に照らされているシェリルの顔を見下ろしながら、彼はひとしきり彼女の頭を撫で続けた。既に深い眠りに入ったらしい彼女は、身じろぎもせずに眠っている。
 隣の部屋に戻っても、冷たい寝台が待っているだけだ。このまま、この小さな女が温めた毛布に隣でくるまって、朝まで体温を分かち合った方が心地良い。
 きっと幸せだ。

 彼はやがて彼女から手を離し、寝台から身を起こす。
 机の上の蝋燭を吹き消すと、室内は暗闇に包まれた。夜目に慣れた彼は、鎧戸の隙間から差し込む、ごく僅かな月明かりにすぐに馴染む。
 寝台に横たわるシェリルの頭の輪郭にもう一度手を触れると、彼は迷いの無い足取りで部屋を横切り、扉を開けて外に出た。

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