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魔女とコヨーテ」
第五話 山の端に陽が沈むまでに

第五話: 山の端に陽が沈むまでに 20

2009.08.26  *Edit 

「ちんたらしてていいの?」
 外に出ることができない男爵一家の為に、食糧や身の回りの物を買出しに宿の外に出た。少し宿から離れて広場まで来たところで、コヨーテが口を開く。
 もう夕方が近い時間となり、広場に出ている市場の露店も疎らだ。とりあえずチーズだけでも売っていないか目を走らせながら、シェリルは抑えた声で答えた。
「ちんたらって? だって仕方ないじゃん。あそこで急かすわけにもいかないし」
「急かしてるってのが悠長じゃないの? もう六日目の夕方だよ。王都からここまで、実質四日かかってるんだ。あの廃屋のある辺りは、ここから見て王都より手前だけど、今日出られるなら出た方がいいんじゃない。夕方過ぎたら、門が閉まっちゃうよ」
 シェリルがあちらこちらの店に顔を向ける間も、彼は隣で話し続ける。彼女は彼を振り向き、口をとがらせた。
「だって、娘さんが男たちに襲われたかもしれないんだよ? 無理に急き立てて出発させられないよ」
 コヨーテの眉が僅かに寄った。
「ねえ、もしかして彼らを伯爵家まで連れて行く気?」
 軽蔑を滲ませた口調に一瞬怯みながら、シェリルは頷く。
「……だって、伯爵と男爵に約束したもん」
「どっちみち指輪は届けないで、そのままもらっちゃうんでしょ?」
「うん。──だからこそ、できることはやっておきたいの」
 話に集中し始めた二人の足取りは大きく緩んだ。
 コヨーテの顔に冷笑が浮かぶ。
「君ならもう少し冷静だと思ったんだけどね……」
 顔が熱くなった。自分でも悩んで考えたことを小馬鹿にされると腹立たしい。
「一応、考えてはいるよ。でもあの調子じゃ、男爵の息子から指輪を渡してもらうのは無理そうだし、旅の途中で隙を見て取り上げた方がいいでしょ」
「それはいつ? それが悠長だと思うんだけど。大体、僕らは馬があるけど、彼らは無いんだよ。彼らに合わせて移動してたら、伯爵家まで戻るのだって、三日はかかる」
「だから、途中で取り上げて、そのまま……」
 畳み掛けるようなコヨーテの物言いに、シェリルの返事は徐々に回転が遅くなる。舌戦となると、彼女は彼に歯が立たない。
「だから、途中っていつ? 取り上げるって、盗むってことでしょ。だったら、今やろうが明日やろうが同じだよ。のんびり同行なんかしてないで、今あの坊ちゃんから指輪取り上げて、門が閉じる前にさっさとここを出発した方が安全で確実だよ」
 シェリルは足を止めた。しかしコヨーテは「目立つから歩いて」と、肘で彼女を突いて促す。仕方なく虚ろな足取りで再び歩き始めた。
 彼の言うことは正しい。仲間を救いたいなら、そうするのが一番だ。だが、指輪の到着を待っている男爵と伯爵だけでなく、ここで怪我を負って疲れ果てている、男爵の家族まで裏切らなければいけないのか。
 確かにコヨーテの言う通り、徒歩の彼らを伯爵家まで護衛していたのでは、とても約束の日に間に合わない。
 しかしシェリルが顔を見せた時、縋るように彼女の腕を掴んだ気丈な男爵夫人の姿が忘れられない。遅くとも明日──七日目の夜には、例の廃屋に向かって馬で出発しなければならないが、状況が許すなら、もう一日でも、彼らの身を守る為に側についていてやりたい。シェリルたちが指輪を取り上げたことを知らなければ、教皇の手先も彼らの命を狙い続けるのだ。
 それも自己満足に過ぎないのだろうか。これから彼らへ働かなければならない裏切りに対する、誰の為にもならない、自分の為だけの罪滅ぼしなのかもしれない。
 あの慎重な男爵子息から、どうやって指輪を取り上げたらいいだろう。口車で彼女に渡すように仕向けるのは難しそうだ。術を使うしかないか。
 これからあの宿に戻って、やっと助けが来たと喜んでいる、傷ついた彼らを魔術で眠らせて、指輪を取り上げて姿を消す。
 目覚めた彼らはどんなに落胆し、そしてシェリルを恨むだろう。想像すると胸が締め付けられて痛い。
 彼らと男爵と大テーブルを囲んで、夕食を共にしたことを思い出す。仕事が成功した後、報酬とは別に、彼は何度もそうしてシェリルたちを夕餉に招いてくれた。特に駆け出しの頃は食費すら危うい状況だったので、彼の心遣いは大変ありがたかった。男性陣は食いだめの機会とばかり、酒やパンを詰めるだけ詰めようと、目を白黒させながら口に流し込んでいたので、シェリルとマライアは非常に恥ずかしかった。
 今宿で寝込んでいる三女が、まだ子供の頃は彼らの話を何度も聞きたがり、男爵はスタンリーに彼女を嫁にもらってくれないかなどと、呆れながら呟いて、一同の笑いを誘った。
 もう二度と戻らない。この先仲間たちと、男爵一家を夕餉を囲むことはない。全ては過去の思い出の中の出来事として、閉じてしまった。シェリルの裏切りによって、その思い出は重苦しいものに変わってしまうはずだ。
 それも仕方ない。今のシェリルが仲間を助ける為には、彼らの信頼を裏切るほかはない。
 でももう少しだけ時間が欲しい。
 やっと考えがまとまり、目線を上げる。広場の端に来ていた。そこから続く町の目抜き通りが見渡せる。職人たちの工房と店の他、商店がいくつか並んでいるようだが、夕方前の時刻のせいか、行き交う人の数は少ない。ひどくのどかで平和な田舎町の眺めだった。
「……もう、なんなのよ」
 歪んだ声が溢れた。コヨーテが首を向ける気配を感じたが、彼女は彼を見返すこともせず、通りを歩き続ける。
「なんで、あたし一人こんな目に合わなきゃいけないの。何もしてないのに。なんであたしたちが捕まえられるの。なんであたしが指輪を持っていかなきゃいけないの」
 口に出しても仕方ないことだと思い、ずっとこらえていたことだった。全ての答えは分かっている。どうしようもないことも分かっている。時間は限られているから、どうしようもないことを嘆くより、どうにかなることを考える方が有効だ。
 どんな仕事の時もそう考えてきた。勿論嘆きたくなることもある。しかし心情を分かち合ってくれる仲間が共にいるだけで、腹の底で荒れる繰言は鎮まっていった。
 口にしている内に感情が高ぶり、シェリルの足取りは早まった。隣を歩いていたコヨーテがやや遅れる。
「元はといえば、他人の物盗んだ奴が悪いんじゃない。それを無くしたからって、なんであたしたちを捕まえたりするの。勝手にぺらぺら事情を話しといて、知り過ぎたから殺すって、何様のつもり?」
「シェリル……」
 コヨーテの溜め息のような声は、彼女を落ち着かせるどころか、さらに怒りを煽った。
「もう、やってらんない!」
 歩きながら涙が溢れた。
 やってられなくても、自分がやらなければ、仲間は殺される。分かってはいても、叫ばずにはいられなかった。
「泣き言言っててもしょうがないでしょ。これからどうするのか考えてよ」
「考えるよ! でも、誰が盗んだ物のせいで、こんなことに巻き込まれてると思ってんの? それも少しは考えてよ。なのになんで、あなたはへらへらしてて、あたしはこんな苦しまなきゃいけないの」
 彼の突き放した物言いに、ついにシェリルの怒りは爆発した。振り向いて足を止め、涙をはらはらと零しながら、彼女はまくしたてた。
 コヨーテは彼女が泣いていることに僅かに驚いたようだが、すぐに無表情になった。彼は彼女が涙を流していると、あやすように慰めてくれたが、いずれも睦み合っている時の話だ。その時以外で、シェリルが彼の前で泣くのは初めてだった。
「ごめん。へらへらしてるのは生まれつきなんでね。君たちも災難だったとは思うけど、僕も金をもらって仕事を受けただけだから、僕の責任って言われても困るよ」
「そんなこと言ってない!」
「じゃ、何が言いたいの? 君の仲間と同じで、僕も命かかってるんだよ。君が男爵の奥さんたちから指輪取り上げられないなら、僕がやるからそれでいい。その後君は、彼らを伯爵家へ護衛していきたいなら、すればいい。僕は予定通り指輪を届ける。ただ、君の仲間を指輪と引き換えに解放するように、僕から奴らに交渉するつもりはないよ」
 コヨーテも苛立ちを吐き出すように言い募る。恐らく彼も我慢していたのだろう。
 男爵の家族と話している間、彼はほとんど口を挟まなかった。面識の無い彼が前に出て、彼らの不審を招くより、シェリルが話した方がいいと、予め打ち合わせをしていたからだ。
「やらないなんて言ってないでしょ! もう少し時間をちょうだいよ」
 高ぶった感情をいくらぶつけたところで、彼は哀れみを覚えるような男ではない。知っているが、そう簡単に自分の情動を抑制できなかった。
「もう少しってどのくらい?」 
 叩きつけるような声を上げるシェリルとは対照的に、彼の声は増々冷え、表情も動かなくなる。腹に溜めている原始的な感情は同じでも、表れ方は二人で全く異なった。
「明日……夜明け前」
 やっとシェリルは先ほど考えたことを口にすることができた。こんな愚痴を吐くつもりではなかった。頭の中では冷静に考えていたつもりだったのに、突然制御できない激情に襲われたのだ。
「今、あたしたちが消えたら、彼らは今夜眠れないよ。一晩でもいいから、安心して眠らせてあげたい。明日の夜明けに彼らの部屋に入って術をかけて、指輪を取り上げてくる。それで朝一番で、馬で出発すれば間に合う。……それも駄目? 時間の無駄?」
 攻撃的に言い捨てる彼女を静かに見下ろし、彼は口を開いた。
「時間の無駄だとは思うけど、そこまで考えてるなら反対しないよ。僕だって君の気持ちがどうでもいいわけじゃない」
 相変わらず硬い声は、するりと彼女の胸に滑り込んだ。
 彼をへらへらしているなどと責めてしまったが、その気になれば、指輪を確認した時点で、彼は強引な手を打つことができたのだ。長針で男爵子息さえ仕留めれば、あとは夫人とシェリルだけだ。彼がシェリルと、あるいは彼女が拒むなら一人で、指輪を持ち逃げするのは容易だったはずだ。それをしなかったのは、シェリルの心境と判断を尊重してくれたという理由もあっただろう。彼の今の言葉が、偽りのきれいごとには聞こえなかった。
「……ありがとう」
「別にお礼を言われる筋合いじゃないよ」
 沈黙の後にやっと呟いた彼女に、彼は無愛想に返事を返す。だがすぐに思い直したように付け足した。
「とにかく、広場に戻って、怪しまれないように買い物はしていこう。お嬢さんが襲われたのは市場だったでしょ? 教皇の追っ手がうろついてるかもしれないんだ。慎重に行動しよう」
 袖で素早く涙を拭い、頷く。重圧に耐え切れずに、ついに激高して泣いている彼女を、彼は抱き締めもしなかったし、頭を撫でて慰めてくれることもなかった。
 でも男爵の息子などよりずっと素敵だ。


 その夜には、男爵の令嬢も目を覚まし、五人で階下の食堂で夕食を取った。
 昨夜は令嬢が襲われた衝撃と不安のあまり、食事も取っていなかったという。今朝も朝食も取らず、昼頃に、宿の主人にパンとチーズ、葡萄酒を部屋に持ってきてもらい、簡単につまんだだけらしい。それも子息だけで、寝込んでいた令嬢と、すっかり塞ぎこんだ夫人は丸一日ほとんど何も食べていない。
 今夜の夕食も、襲撃を恐れて、階下の食堂に出るのを夫人は渋ったが、どうにか説得した。部屋に閉じこもって、不安に怯えていては、襲撃者うんぬんの前に、自分で体と精神を壊してしまう。令嬢を襲ったのが、指輪の奪還を狙った教皇の手先とは限らないのだ。単に町のごろつきが、若い娘に目をつけただけかもしれない。
 起き出した令嬢もまた、シェリルの顔を見て涙ぐんだ。次男と違って人懐っこい彼女は、シェリルたちとも小さい頃から仲が良かった。練習用の木剣を持ち出してスタンリーに剣の稽古を頼んだり、イーミルにジャグリングを教わったりしては、乳母を嘆かせていたお転婆娘であった。
「お迎えに来ていただいて、ありがとうございます。良かった。お父様もご無事で、本当に良かった」
 男爵が待つ伯爵邸に戻ることを告げると、彼女も涙を流しながら頷いた。
 荷運びなどはともかく、護衛や盗賊退治、怪物退治などを完了すれば、シェリルたちの仕事は、人から感謝されることが多い。法の守護者や市民の味方を気取るつもりはないが、それでも人々から喜んでもらえるのは、仕事の大きな醍醐味だ。もらう報酬の額も少なくはないが、彼らに「ありがとう」と言ってもらえるだけで、心の中に暖かく誇らしいものが満ちてくる。他人の助けになれたことが、彼女は純粋に嬉しかった。
 けれども令嬢の笑顔を見ても、今夜は胸が痛い。子供の頃から親しくしてくれている彼女すら、裏切らなければならないのだ。すっかり娘らしく成長した彼女を見つめながら、食事の味も分からないほど、口の中が苦かった。
 しかしコヨーテに約束してしまった。もう指輪の奪取を延ばすことはできない。明日の朝、目覚めた彼らは、指輪が消え、シェリルたちが消えているのに気づき、どれだけ怒り、悲しむだろう。
 仲間のためだ。やむをえない。そこまで彼らの心を思いやっても、自分が疲れるだけで、誰の為にもならない。
 男爵の家族は憔悴を残しながらも、シェリルと出会ったことで、幾分か希望を取り戻したような、明るい顔で夕食を進めている。
 良心の呵責に冷たく波立つ心の奥を見せないよう、精一杯彼女も明るく振舞った。しかしそうすればするほど、彼らに対する罪悪感は増していく一方だった。

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