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魔女とコヨーテ」
第五話 山の端に陽が沈むまでに

第五話: 山の端に陽が沈むまでに 21

2009.08.29  *Edit 

 幸い部屋が空いていたので、シェリルたちも男爵と同じ階の個室を二つ取った。
 食後は久しぶりに宿の風呂を使う男爵一家の護衛をし、彼らが就寝した後、シェリルたちも交替で簡単に風呂で体を洗った。
 先に風呂を使ったシェリルが、部屋で髪を乱暴に拭いていると、ノックも無く扉が開き、コヨーテが入ってきた。
「……ノックぐらいしてよ」
 そうは言ったものの、訪問はある程度予想していたので、彼女はそれほど驚かなかった。
「音が廊下に響いちゃうでしょ」
 彼は小さな荷物袋と、剣と外套を持っている。既にいつでも出発できる格好だ。荷物を床の隅に置き、彼女が腰掛けている寝台に腰を下ろす。
「こっちで寝るの?」
「うん。また出し抜かれて、明日目が覚めたら、君も男爵一家も消えてたなんて、嫌だからね」
「そんなことしないよ」
 しかし彼を追い出す気はなかった。シェリルとしても、夜中コヨーテが逆に彼女を出し抜いて、男爵の子息から指輪を奪って、一人で逃亡するのではないかという不安が、拭いきれなかったからだ。男爵夫人たちの手前、部屋は二つ取ったが、コヨーテがこちらに来ないなら、後で彼の部屋に移ろうと思っていたのだ。
 シェリルは立ち上がって、扉の内側から鍵をかけると、服を着たまま、靴だけ脱いで寝台に寝転がった。それを見て、彼も同じく彼女の隣に横たわる。窓は僅かに開け放したままにし、星と月の明かりを室内に入れておく。
「……言っとくけど、今日はエッチしないよ」
「分かってるよ!」
 昨夜とは逆に、お互い反対を向いて横になったまま、彼らは言葉を交わした。
「夜明け前に起こすからね。ちゃんと起きてよ」
「分かってる」
 無愛想に返事を返すと、コヨーテは静かになった。眠ったのか、あるいは考え事でもしているのだろうか。シェリルはそっと彼の方を振り向いた。背中を向けて横たわる彼の姿が見えるだけだ。
 彼女は元通り前を向き、明日の重苦しい作業の為に目を閉じた。
 彼女が小さな寝息を立て始めたところで、彼は振り返り、眠りに入って力の抜けた彼女の後姿を見つめた。やがて彼は体ごと彼女の方に向き直る。
 腕を前に回し、小さな体を背後から包むようにそっと抱き締めても、彼女は目を覚まさなかった。


 目が覚めた。
 弾かれたように身を起こす。驚いたことに、隣のコヨーテも既に上体を起こしていた。
「……廊下に何人かいる」
 彼は小声で囁き、靴下履きのまま床にそっと足を下ろして立ち上がった。
 男爵の娘を襲ったのが教皇の手先だったとしても、まさか宿まで強引には乗り込んでこないだろうとは思ったが、念の為男爵夫人たちの部屋の近辺に、術を施しておいた。そこに立ち入る者があれば、シェリルの頭に警報が鳴り響く。
 彼女はそれで目が覚めたのだが、コヨーテの方は気配と足音だけで敵を捉えていたらしい。
 シェリルも足音を殺して床に下り立つ。枕元の短剣を掴み上げて、腰に手早く括りつけた。 窓の隙間から見える空は、まだ真っ暗だ。こんな夜中に宿の廊下を数人の人間が移動しているのは、ただごとではない。
 コヨーテは扉に耳を寄せている。聞き耳を立てている様子の彼を、固唾を飲んで見守った。彼は慎重な手つきで、内側から鍵穴に差し込んだままの鍵を回して、錠を開ける。
「四人か五人……。多分、男爵夫人の部屋の前」
 コヨーテの抑えた囁きを聞いて、心臓がどくどくと動き出した。思ったより人数が多い。結界を張っておけばよかったと、後悔した。
 しかしどうにかするしかない。こんな時間に宿に忍び込んで、男爵夫人の部屋を狙うからには、指輪の事情を知っている人間と見て間違いないだろう。夕食時に食堂で見つかったのか、宿の人間が手引きしたのかは分からないが、夜中の宿に忍び込んでくるとは、相手も手段を選んでいない。
 大した策も無いが、ぼやぼやしていて、夫人や令嬢を人質に取られては面倒だ。大騒ぎを起こして宿の客が起きてくれば、襲撃者も逃げ去るかもしれない。
「何とかする。行こう」
 コヨーテに囁くと、彼は頷き、扉をそっと開けた。

 男爵夫人の部屋は部屋を二つばかり挟んだ向こうだ。その前にランタンを持った、四人の男たちがひしめいていた。幸い、いずれも軽装だ。鍵をこじ開けようとしているのか、僅かに扉を開いて、廊下に顔を出したシェリルたちに気づいた様子は無い。
 その内の一人に意識を集中させて、眠らせる為に小声で呪文を唱え始める。彼女の様子に気づいたコヨーテは、短剣を抜いてその場に留まった。
 鍵が開いたのか、男の一人が小さな歓声を漏らし、男爵夫人たちの部屋の扉を押す。
 その時、男たちの一人が突然くず折れた。
「おい、どうした」
 近くにいた連れが男を支えようと屈み、そして開いた扉の陰に佇む彼と彼女に気づいた。
 彼はその男に向かって、狙いすました短剣を投げ放つ。暗闇の中、それは男の喉元に見事に突き刺さった。
 首を押さえて仰向けに倒れこむ男の様子に、室内に足を踏み入れていた男たちも振り返る。
 眠りの術で一人を始末したシェリルは、廊下の奥に早足で進むコヨーテの後姿を見ながら、次の術の準備を始める。あと二人。コヨーテ一人でそう長く時間は稼げないだろう。
 部屋から慌てて廊下に飛び出し、剣を抜いた男に向かって、間合いを詰めたコヨーテは右手を振った。男は首元を押さえて後ずさる。シェリルの位置からは見えないが、長針を使ったのだろう。
 廊下の奥で剣を抜いていた男が、コヨーテに飛び掛る。一歩後ろに下がり、彼も剣を抜いた。
 上から打ち込まれる剣を、彼はほとんど切っ先だけで綺麗に受け流す。勢いが逸れ、男の体を大きく前にぐらついた。体の均衡を保っていたコヨーテは、上体をほとんど揺るがせず、下から剣を振り上げた。男はどうにか体勢を立て直してそれをかわす。
 コヨーテは自分から仕掛けず、相手の攻撃を受け流しては、その太刀筋に沿って反撃することを繰り返していた。先手を打たれれば圧倒的に不利なはずだが、シェリルから見て、ほとんどコヨーテは消耗しておらず、むしろ相手だけ体力と気力を削り取られているように見える。徐々に男は冷静さを失っているようだ。
 精神を消耗した人間には、術もかけやすい。
 シェリルは集中して呪文を唱え、男に幻惑の術をかけた。
 ほどなく男は動きを止め、剣を取り落とす。瞳が虚ろになり、口をぼんやりと開けたままだ。
 尋常でない男の様子を見て、コヨーテはシェリルの術だと悟ったらしく、息をついて剣を納めた。
「何があったんだ?」
 近くの扉が開いて、客の一人が顔を出した。
「物取りみたいだ。宿の主人に報告しておく」
 コヨーテが短く答えると、男は係わり合いを恐れたのか、蒼ざめた顔で頷き、すぐに扉を閉めた。
 シェリルは駆け寄って、男爵夫人の部屋を覗き込む。夫人と令嬢、そして子息が寝台に身を起こしたところだった。
「……何があった?」
「侵入者を捕まえました」
 男爵子息の問いに短く答え、シェリルは幻惑の術にかかって、ぼんやりしている男を振り向いた。
 幻惑の術にかければ、意識は大きな困惑に包まれて、自分の置かれた立場や状況を一端把握できなくなってしまう。怒りや悲しみといった、大きな感情も一時消え去る。記憶は残っているので、尋問に都合の良い術ではあるが、意志の強い人間にはかかりにくい。
「あんた、誰?」
「ワルドー……」
 名前なんかどうでもいいよ。舌打ちをこらえ、次の質問を繰り出した。
「誰に雇われたの?」
「偉い人……」
 脱力したが、幻惑されている人間は、思考能力が大きく落ちる。これぐらいで短気を起こしてはいけない。辛抱強く問い続ける。
「偉い人って誰? 教会の人?」
 男はこくこくと、子供のように頷いた。
「司教様の使いだって人……」
「名前は?」
「知らねえ……」
 この役立たず。名前も知らない男の仕事を受けるな、あほ。
 シェリルは歯を食いしばって罵詈雑言をこらえていると、後ろからコヨーテが彼女を真似て男に問いかけた。
「その人はどこにいるの?」
「教会……」
 シェリルとコヨーテは顔を見合わせた。男の言い回しからして、この町の司祭が直接の依頼主ではないようだ。するとやはり別の地域、または教皇庁から直接やってきて、この町の教会に滞在している人間が、このごろつきどもを雇ったのだろう。
「ワルドー、君も教会で働いているの?」
 コヨーテの次の質問に、男は首を振った。
「俺ぁ、違う。傭兵だ……」
「金で雇われたんだな?」
「そうだ……」
 コヨーテはシェリルに向き直った。
「……これ以上聞けることあるかな?」
「無さそう。こいつ、バカっぽいし」
 溜め息混じりに答え、シェリルはもう一度術を使って男を眠らせた。

 眠っている男が二人。麻痺毒で昏倒している男が一人。首を短剣で突かれて死んでいる男が一人。廊下に放り出しておくわけにもいかず、シェリルとコヨーテは、彼らを引きずって、シェリルが泊まっていた部屋に全員を押し込めると、外から鍵をかけた。無論彼女たちの荷物は全て持ち出してきた。
 男爵夫人の部屋に改めて入り、家族の安否を確認するが、被害は無かったようだ。丁度男たちが部屋に踏み込んだところで、シェリルたちが背後をついた形になった。
 しかし宿にまで襲撃者がやってきたこと自体が、夫人たちにとっては大きな衝撃だったらしい。夕食時には笑顔を見せていた夫人と令嬢も、再び恐怖に顔を曇らせ、溜め息を何度も落とした。
「こんな指輪、返してしまえばいいのに。元々教皇聖下から盗み出されたものなんでしょ?」
 男爵の令嬢がか細い声で、吐き捨てた。
「盗品をお金を払って手に入れるなんて、お父様らしくない。こんな思いまでして、西へ行ったところで、今更皇帝の子孫が何をしてくれるってのよ。聖下にお返しするのが当たり前じゃない。指輪を盗んだ奴が悪いのよ」
 シェリルは穏やかに頷いて、少女の足元に膝をついた。
「全くその通りです、お嬢様。恐れ多くも教皇聖下の元から、この秘宝を盗み出そうなんて、愚かで間抜けで頭のおかしい、無責任で金に汚い、人間失格としか思えないような連中が悪いのだと思います」
 視界の端で、コヨーテが憮然と顔を歪めるのが分かったが、無視した。
 男爵子息は妹に近寄り、目に涙をためている彼女の頭を優しく包んだ。
「もう少し辛抱しなさい。本来、これは教皇が持っているべき物ではないのだ。西に行けば戦乱が起こっても避けられるし、皇帝の子孫を見つけることができれば、西の大公が迎えてくれる。……お前の嫁ぎ先も、きっとよりどりみどりだ」
 冗談めかして呟く兄の思いやりを感じ取ったのか、令嬢は言葉を切って、頭を撫でる兄の手に自分の手を重ねた。
 彼の言葉を聞いて、合点がいった。男爵は身分や財産を捨てて当ての無い旅に出たわけではないのだ。西の辺境にある貴族に、しっかりと受け入れを頼んでいたらしい。シェリルは西の情勢には詳しくはないが、大公は辺境地域でも最も力を持つ貴族だった気がする。

 ノックの音が響き、一度緩んでいた部屋中の空気は俄かに張り詰めた。 
 踏み出しかけたシェリルを目で制し、コヨーテが扉の側の壁に歩み寄る。
 シェリルたちが誰も返事をしないでいると、再び扉が叩かれ、男の声が聞こえた。
「アシュケナジー男爵夫人でいらっしゃいますか? 夜分に大変申し訳ございません。火急の用にてご面会させていただきたい」
 話し方は丁重で、言葉遣いも非常に美しい。ごろつきとは思えなかった。教皇の使い自身が来たか。
 急襲を警戒しつつも、扉の前の人間が諦めて去ってくれることを願い、彼女たちは沈黙を保った。術を使えば、相手の人数を探ることもできるが、扉が破られた時に、咄嗟の対応が遅れてしまう。
「男爵夫人、あるいはご子息でも構いません。まずはお話をさせていただきたい。男爵からあなたがお預かりした物についてです。お返事いただけないようでしたら、宿の主人から預かった鍵で、中に入らせていただきます」
 宿の主人が、普通の泊まり客に鍵を預けるとは考えられない。やはり、相当の身分の相手に違いない。鍵は先ほどのごろつきたちに破られてはいるが、今扉の前にいる人間は、それを知らないのか、知らぬふりをしているのかは分からない。
「あなたは誰だ」
 もう一度響いた声に、男爵子息が返事を返した。幾分和らいだ声が扉の向こうから返ってくる。
「失礼致しました。私は教皇庁の司祭、フレデリックと申します。既にご用向きはご存知とは思いますが、ぜひお話をさせていただきたい」
 男爵の子息はしばらく沈黙した後、夫人を振り返った。
「開けてみましょう」
「待って」
「今のところ、危害をすぐに加えられるような様子はありません。どっちみち、このまま黙っていても、去ってくれるような相手ではないようです」
 不安げな母に言い募ると、彼は再び声を張り上げた。
「中には婦人が三人いる。決して争いを起こすような真似はしないと、神に誓えるか」
「無論です。手荒なことをするために参ったわけではありません」
 扉の向こうからは冷静な声が返ってきた。男爵子息は、コヨーテに向かって首を縦に振ってみせた。
「開けてくれ」
 彼は頷き、慎重に扉の取っ手を捻ると、内開きの扉を一気に引いて、自身は再び扉脇の壁に身を寄せる。
 開いた扉から、ランプを下げた男が静かに入ってきた。
 シェリルの位置から、コヨーテが目を剥いて、壁沿いに数歩後ずさるのが見える。ランプを下げた男の後に、さらに数人の男が続いていた。先ほどの軽装のごろつきと違い、鎧を着込んで腰に長剣を下げている。
 仰々しい一団を目にして、夫人と令嬢も小さな声をあげた。それをとりなすように、先頭の男は微笑んだ。四十代の小柄な男で、男爵にもどこか似ている、温和な顔つきだ。司祭だと名乗ったが、外套を旅装用のズボンを纏った姿は、巡礼者に見える。
「お話の機会をいただき、ありがとうございます」
 司祭は丁寧に礼を取る。その仕草も、後ろに武装した一団を従えているのでは、慇懃無礼にしか見えない。
「前置きは無しにしましょう。我らが教皇聖下の元から、不遜な輩に盗み出された秘宝をお持ちですね?」
 司祭の言葉に、男爵の家族は誰も答えなかった。司祭はわざとらしく溜め息をついて、続けた。
「あなた方が盗み出した人間と関連があるとは考えていません。アシュケナジー男爵が指輪を手に入れた経緯については、不問にしましょう。
 しかし古代帝国皇帝に献上すべき指輪は、教皇聖下が代々受け継いでこられた物。本来の持ち主にお返しいただくのが順当だと思われませんか」
「本来の持ち主? 聖なる御座の簒奪者がか?」
 男爵や長男のアシュケナジー師から、現在の教皇の歴史を聞いていたのだろう。男爵の次男は唇を歪めて答えた。フレデリックと名乗った司祭の形相が一変する。
「口を慎みなさい。聖下に対する侮辱は許されません」
「聖下を侮辱するつもりなどない。しかし皇帝の指輪は、現在の聖下には何も関係が無いだろう。私たちは、それを本当の持ち主である、皇帝の子孫のお返しにあがるだけだ」
「なんと不遜なことを」司祭は大袈裟に嘆息した。「教皇の仰せが無い限り、皇帝の血を継ぐ人間がいようとも、それは皇帝ではない。それこそ何も関係の無い人間です」
「では指輪に本来の持ち主などいないわけだ。それなら現在手にしている私たちに委ねられるべきではないか」
 言い募る若者に、司祭は嘲笑を返した。先ほど見せた温和な微笑は仮面に過ぎなかったようだ。
「最後に奪った者が正当な持ち主ということですかな? 乱暴な理屈だと思いますが、私はそれでも構いません」
 司祭が言葉を切って顎をしゃくると同時に、鎧を着た男の一人が、夫人に向かって一歩踏み出す。
「近寄らないでよ」
 小さな悲鳴をあげて後ずさる夫人との間に、シェリルが割り込んだ。男を押し退けようと突き出した腕を掴まれ、いきなり捩じり上げられた。体が反転し、腕から背中に激痛が走る。思わず呻き声をあげた。
「シェリル!」
 男爵令嬢の悲鳴が耳を打ったが、とても周りを見回す余裕などない。腕が折れそうだ。
「乱暴はしないと言っただろう。卑劣だぞ。それでも神の使いか!」
「神の使いかどうかはあなたが決めることではない。教皇聖下だ」
 男爵子息の糾弾を、涼しく受け流している司祭の声が聞こえる。
「皇帝の指輪をお渡しなさい。断るなら、全員、教皇聖下に対する反逆罪として、この場で処断します」
 最初から実力行使に出るつもりだったのだ。それならそれで、室内に結界でも張っておけばよかった。用心していたつもりだが、甘かった。最初にシェリルたちに仕事を依頼してきた、男爵の臣下の騎士が殺されたことを忘れていた。教皇の配下も暗殺者ギルドと同様に、手段は選んでいないのだ。
 感情のままに、体を張って男爵夫人を庇ったことも後悔した。夫人が捕らわれても、術でシェリルが助けることができるが、シェリルが捕らわれていても、男爵一家では助けることができない。頼みの綱のコヨーテも、シェリルが動けるならともかく、一人ではどうしようもないだろう。 
「お兄様……!」
 令嬢の悲痛な声は、誰の為に上げられたのか分からない。長く続く激痛に涙が滲む。肩が外れそうだった。痛みのあまり目を開けていられない。歯を食いしばって、哀れみを請う呻きをこらえるのが精一杯だ。

 ふと腕をつかまれていた力が緩み、彼女は床に膝をついた。
「シェリル、大丈夫?」
 夫人の温かい腕が彼女の肩を掴み、そっと抱き寄せられる。彼女に小さく頷き返して振り返ると、長い鎖のついた指輪を握っていた司祭は、満足そうな笑みを浮かべて、手の中の物を見つめていた。
「……確かに、我らが聖下の秘宝。これを盗み出して持ち出そうとは、許しがたい暴挙ですが、今回は大目に見ましょう」司祭は再び穏やかな表情でシェリルたちに目を向けた。「よもやお考えではございませんでしょうが、我々の後を追うなど、やめておいた方がよろしいですよ。尤も、ご婦人と怪我人だけでは、旅立つこともままならないでしょうが……」
 司祭は振り返り、身振りで武装した男たちを部屋の外に退出させた。
「では、神のご加護のあらんことを」
 打ちひしがれているシェリルたちに、祝福するように片手を掲げて見せると、司祭もまた部屋から出て行った。

 まさか自分が人質となってしまうなんて、なんて失態だ。後悔のあまり震えがくる。
「申し訳ございません」
 搾り出すような声を上げたが、男爵の次男は返事もせず、唇を噛み締めて立ち尽くしていた。
「シェリル、あなたのせいじゃないわ。誰が捕まえられても一緒よ。その気になれば、あいつらは私たちを皆殺しにできたのよ。仕方ないわ」
 シェリルを慰めるように、男爵令嬢がそっと背中を支えてくれた。彼女の言う通りかもしれないが、何もできずに幼児のように、むざむざと腕を捩じり上げられてしまった、自分の非力が憎い。俯いて片手で頭を覆う。髪の毛を毟り取るように強く掴んだ。
「後を追おう」
 コヨーテの冷たい声に、彼女は顔を上げた。彼は男爵子息に向かって続けた。
「指輪は必ず取り返してまいります」
 言うが早いか、シェリルの方を振り返りもせずに、戸口近くに置いてあった荷物を手に取り、部屋の外に出ていく。
 シェリルも慌てて続こうとして、男爵夫人に向き直った。
「私たちが指輪を取り戻してきます。先に伯爵邸においでになって、お待ちください」
 令嬢と子息の顔を見回し、彼らがまだ呆然としている間に、コヨーテの後を追って、部屋を出た。
 これが彼らとの今生の別れになる。指輪をあの司祭から取り戻したら、そのままあの廃屋に向かうだけだ。
 彼女は早足で廊下を歩いていく男に追いつこうと、小走りになった。

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