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魔女とコヨーテ」
第五話 山の端に陽が沈むまでに

第五話: 山の端に陽が沈むまでに 23

2009.09.06  *Edit 

 コヨーテは言った通り、太陽の位置があまり変わらない内に、熟睡する彼女を起こした。薬草を含み、短時間ではあるが睡眠を取ったおかげで、頭は少々すっきりしていた。
 もうひとかけらパンを齧り、水を飲んで再び馬で走り出す。
 走り始めて半刻もしない内、やはり酔いがぶり返してきた。もう嘔吐する物もなく、彼女はぐったりと彼に掴まっているしかなかった。
 やがて視界の先に小さな村が見えてくる。太陽は正午を過ぎて、もうすぐ夕方の色を帯びようとしている頃だった。
 男爵一家が滞在していた町よりもっと小さい。教皇のお膝元に巡礼する人間や、行商が立ち寄るだけの宿場町に見えた。
 馬を下りることができて、ほっとする。しかし酔いはすぐには抜けず、馬を引いていくコヨーテの後に続きながら、まだシェリルは吐き気をこらえていた。
「まず馬を宿に預けよう」
 コヨーテの言葉に、考える気力も無く頷く。
 できればまた少し休憩を取りたいが、もう時間が無い。仲間たちが捕らわれている、王都郊外の廃屋まで、馬を飛ばして三日はかかる。本当なら、七日目の夕方前である今、もう出発していたい。
 彼らは行商が使うような中流宿に部屋を取って馬を預け、すぐに外に出た。行き先は町の教会だ。
 小さな町にはよくあるが、教会は町の広場に面していた。分厚い石を積み上げて造った、丸屋根の素朴な教会だ。窓も小さく、硝子もはまっていない。古い建物を改築せず、修繕しながら使い続けているのだろう。王都の大聖堂などより、よほど神の家に相応しいと思った。
 しかし教会の裏手には、石造りの新しい建物があり、渡り廊下で結ばれている。周囲に石塀などもないそこは、小さな巡礼宿のようだ。
 教皇庁の司祭たちも、ここに滞在しているかもしれない。
「巡礼宿が併設されてるなんてラッキーだね。簡単に潜り込める」
 コヨーテも同じことを考えていたらしい。巡礼者として宿泊客を装い、中に入ればいいのだ。
 二人とも、質素な麻の服の旅姿である。そのまま宿の門を叩き、応対に出た素朴そうな老人に宿を乞うと、銅貨一枚以上の寄進で、快く部屋に通してくれた。無論、寝台など無い。寝藁と使い古した毛布があるだけの、粗末な部屋だ。ここに貧しい旅人や巡礼者が並べるだけ押し込められる。通常は男女別に分かれているが、夫婦の場合は夫も女性部屋に案内されることが多い。
 この時も、応対に出た老人は彼らを夫婦だと思ったらしく、二人を女性の部屋に案内した。夕方前の時刻、陰気で粗末な部屋で過ごそうという人間はおらず、部屋は空っぽだった。皆、町に出ているのだろう。
 老人は厠と井戸の場所を教え、夜の鐘が鳴る頃には宿の門は閉めてしまうと告げると、「神のご加護を」というお決まりの文句を残して去っていった。

 シェリルたちはすぐに動き出した。
 建物の中をくまなく調べるのだ。教会の人間と鉢合わせてしまったら、迷った振りをして切り抜けるつもりだ。
 一階には大部屋が四つ並び、厨房があった。先ほどの老人が、煮込み料理とパン程度の簡単な食事なら出してくれると言っていた。但し、銅貨十枚の寄進が必要で、払えないなら、一日教会で奉仕活動をしなければならないらしい。
 廊下から中庭に出る扉があった。そこには教えられた通り、厠と井戸がある。
 その先は教会の裏口へ繋がっていた。夕方の典礼が行われているのか、多人数の祈りの言葉が微かに中庭に響いていた。
 外へ出てみる。橙色の光が、下草を丁寧に抜かれた地面を照らしている。もう夕暮れが迫ってきている。
 コヨーテが厠の横手の木造の建物に歩き出した。近づくと獣の匂いが鼻につく。粗末な閂を抜いて扉を開けると、思った通り、そこは馬小屋だった。六頭もの馬が狭苦しそうに、小さな厩舎に押し込められていた。
「紋章は入ってないけど、鞍も鐙も頑丈で上等なもんだね」
 馬の様子を見たコヨーテが、シェリルを振り返る。
「やっぱりここに……」
「可能性は高いと思うよ」
 シェリルたちはすぐに馬小屋を出て、建物の中に戻った。
 外から見た通り、建物には二階があるはずだ。
 厨房の脇に狭く急な階段を見つけた。目立たないのは、宿泊者の為ではないからだろう。あの老人のような教会関係者が寝泊りしているのかもしれない。幸い今のところ、他の宿泊客や教会の人間とは会っていない。
 彼らはもう一度周囲の様子をさりげなく伺い、足音を忍ばせて二階へと階段を上った。
 一階と同じような造りで、箱型の建物のほぼ中央を廊下が突っ切り、左右に部屋が並んでいる。
 廊下には誰の姿も無い。近くの扉にコヨーテが耳を寄せる。誰もいないことを悟ったのだろうか、彼は木造の扉をそっと押し開けた。
 中は二段の寝台が二つ並ぶ、小さな部屋だ。助祭の部屋だろうか。誰の姿も無かった。
「典礼の最中なんだ。ついてるね。教会の司祭たちは、典礼に出ているはずだ」
 小声でコヨーテが囁く。
「あの教皇庁の司祭も一緒かな」
「さあね。普通なら出ているだろうけど、密命の最中だから欠席しているかもね。まず、司祭の部屋を探そう」
 シェリルは頷いた。客人の逗留時、相手の身分が自分より高いなら、主人は自分の部屋を提供するのが常識だ。教皇庁の司祭は、この教会の司祭の部屋を借りている可能性が高いだろう。
 廊下に戻り、一通り周囲を見渡したコヨーテは、忍び足で、奥へと歩き出す。シェリルも続いた。彼女もできる限り足音を殺しているが、どうしても靴と石造りの床が触れ合う、ひたひたという僅かな音がする。しかしコヨーテは全くと言っていいほど、足音がしない。何か靴に細工でもしているのだろうか。
 最奥の部屋は、外から見ても他の部屋より内部の空間が広く作られていることが分かる。コヨーテは再び扉に耳を当てた。
 中に誰もいないと見当をつけたらしい彼は、取っ手を捻って扉を押したが、すぐに首を振って囁いた。
「鍵がかかってる」
 司祭の部屋だから当然と言えば当然だが、溜め息を隠せなかった。
 コヨーテは腰から下げていた袋を探り、中から鍵のような金属片を取り出している。シェリルにも見覚えがある。イーミルも持っている、錠前破りの道具だ。
「こじ開けるの?」
「仕方ないでしょ。人が来ないように見張ってて」
「でも、無理にこじ開けたら、賊が入ったことが後で司祭にばれちゃうよ」
「他に方法無いよ。そんなこと言ってられないじゃん」
「ある」
 苛立ったように言い返すコヨーテに首を振ってみせ、シェリルはコヨーテの隣に並んで、鍵穴の正面に屈んだ。
 触媒を入れてある袋から、兎の毛と蜘蛛の糸を取り出すと、手の平に握り込んで、呪文を唱えながら集中した。
 彼女の精神が不可視の物理的な力となり、鍵穴の奥底へと潜り込んでいく。念力を鍵穴の形と同じように整え、力を込めると、扉を閉ざしていた掛け金が横に滑り、鍵が開いた。
 彼女が術に集中している間、廊下の奥を警戒していたコヨーテは、その僅かな音を聞きつけたらしく、振り向いた。シェリルも彼を見上げて微笑む。手の平で燃え尽きて灰となった触媒を払い落とし、彼女は立ち上がった。
「……すごいな。魔術って何でもできるんだね」
「何でもはできないよ。触媒が無いと駄目だし」
 彼はシェリルの謙遜に小さな笑いを送り、扉を静かに押した。

 落胆するべきなのかどうか、部屋には誰もいなかった。
 樫の大きな机が目につくその部屋は、明らかに他の部屋と造りが違う。本棚もあり、皮製のそこそこ高そうな本が並べられている。奥には小さな扉があり、続き部屋になっているようだ。寝台が見当たらないことからして、扉の向こうは寝室だろう。
 机には草で作られた安価な紙が、数枚無造作に放り出されていた。そこに走っている美しい文字に目を通したシェリルは、慌ててコヨーテを呼んだ。
 親愛なる聖下。その言葉から始まる文書は手紙のようだ。皇帝の指輪を見つけ、帰国の途に就く旨がしたためられている。
 恐らくあのフレデリックという司祭が、指輪を奪還したことを、教皇に知らせる為に書いた手紙なのだろう。してみると、ここはやはり教皇庁の司祭が使っている部屋に違いない。
「どうする? 司祭はいないみたい……」
 シェリルの言葉にコヨーテが何か答えようとした時、廊下の向こうから数人の話し声と足音が聞こえた。
 典礼に出席していた、司祭や助祭たちが戻ってきたのだ。
 出口は一つしかない。廊下に出れば鉢合わせだ。
「寝室に隠れよう」
「それじゃ袋のネズミだよ。窓から逃げられるよ」
 シェリルの肩を抱き、続き部屋に向かおうとするコヨーテを、シェリルは押しとどめた。部屋にある比較的大きめの窓は、大人の上半身が悠々通り抜けられる空間がある。
 問題は窓の高さが二階にあるということだが、今のシェリルなら克服できる。
「どうすんの? 飛び降りたら、怪我じゃ済まないかもよ」
 シェリルがまたも腰の小袋から、鳥の羽を取り出すのを見て、彼は彼女が術を使うとさとったらしい。すぐに口を噤み、廊下に面した扉に目を向けた。
 シェリルは術に集中して、呪文を低い声で唱えており、彼は廊下から近づいてくる足音に気を取られていた。

 寝室に通じる扉が荒々しく開く。
 綿の入った分厚い鎧下を着た、体格のいい男がそこから飛び出してきた。廊下に神経を集中させていた彼は、反応が確実に遅れた。
 それでも彼なら長針を投擲する時間はあった。しかし男の後ろに、剣を抜いたもう一人の人間──あの教皇庁の司祭がいるのを見つけ、咄嗟に剣を抜く。長針は持っていることを悟られては意味の無い暗器である。彼がこれを使うのを見て、今も生きている人間は、シェリルを含めてごく僅かだ。相手が一人ならば長針で始末できるだろうが、二人いては、しくじる可能性もある。おまけに廊下からこの教会の司祭たちが近づいてきているのだ。シェリルの術が完成するまで時間を稼ぐ方がいい。
 大柄な男も既に剣を抜いている。鎧を着ていないのは幸いだ。まだ勝算がある。男の方も彼が剣を抜いたのを見ると、慎重に間合いを取り、身構えた。昨夜襲ってきたごろつきとは腕が違う。教皇庁直属の軍人だろう。
 振り下ろされた剣を受け流す。しかし男は体勢を崩すことなく、続けて切り込んできた。後ろに下がりながら、それもどうにか受け流したが、反撃する隙が無い。
 何度か男と剣を合わせている内、司祭が男の背後から現れた。二体一では圧倒的に不利だ。
 横手から突き出された司祭の剣を、彼は大きく体をひねってかわした。シェリルを庇うように立っていた彼の体は、大きく横に動いた。
 司祭は続いて彼に切りつけるようなことはせず、さらに踏み込んで、術に集中するシェリルの肩を掴んだ。
 術が完成する寸前、最も深い瞑想に入っていたシェリルは、突然体を掴まれて目覚めさせられ、悲鳴をあげた。喉元に鈍く冷たい鋼鉄の感触がある。
「曲者め、剣を捨てろ。女を殺すぞ」
 司祭がシェリルの小柄な体に腕を回し、喉元に剣を突きつけているのを見て、彼は舌打ちした。まさか坊主が女を人質に取るとは思わなかった。神の使いである聖職者は、手段を選ばなくていいということか。
 大柄な男の方も、まだ体を緊張させながらも、切っ先を僅かに下げたのを見て、彼は口を開いた。
「剣を捨てれば、生かしておいてくれるというのか」
 コヨーテはすぐには剣を捨てなかった。
 長年の経験から、シェリルもこの司祭が、まだ冷静であることが分かる。コヨーテが切りかかりでもしない限り、いきなり彼女を殺すことはしないだろう。交渉する余地はありそうだ。
「無論です。いくら他人の部屋に忍び込むような無礼な方でも、アシュケナジー男爵のお子様たちを、野良犬のように切り殺すのは、あまりに失礼ですからね」
 背後から彼女の肩を抱えている司祭が、僅かに笑ったのが気配で分かった。
 勘違いしているのだ。昨夜男爵夫人や子息と一緒にいたシェリルとコヨーテを、傭兵や従者などとは夢にも思わず、司祭は彼らもまた男爵の息子と娘だと思い込んだに違いない。
 おかげですぐに殺されることはなさそうだ。この司祭の阿保さ加減を、それこそ神に感謝したかった。
「分かった。剣は捨てるが、私たちの命は保証してくれるな?」
 コヨーテもこの幸運な勘違いを利用することにしたらしい。口調を微妙に変えて司祭に尋ねた。
「勿論です。裁きを受ける為に、聖下の元へ同行していただきますが」
 教皇領に連れて行くつもりなのか。息を呑んだが、どんな目に合おうとも、ここで殺されるよりはましだ。生きていれば機会はある。
「仕方ない。……妹には危害を加えないと約束してくれ」
 いつものことだが、神妙な顔で大嘘をつきながら、コヨーテは剣を床に落とした。
 次の瞬間、背後から司祭の護衛の男が、コヨーテの側頭部を拳で殴りつける。容赦の無い力だったらしく、彼は呻いて膝をついた。
「ひどい! やめて!」
 シェリルは悲鳴混じりの声を上げる。司祭が喉に当てている刃で、叫びによって激しく動いた喉の皮膚が擦れた。
「おやめなさい。投降した人間に暴力を振るうのは野蛮です」
 フレデリック司祭の物静かな声が、男を諭す。男は不服そうだったものの、司祭に詫びると、コヨーテの腕を掴んで立たせた。

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~ Comment ~

RE: 拍手お返事 >9/8にいただいたK(?)さん 

拍手とコメント、ありがとうございます♪
五話もいよいよ大詰めになってきました…。引き続き見守っていただけると嬉しいです。
2~4日に一度の更新となりますが、今後も頑張ります。
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