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魔女とコヨーテ」
第五話 山の端に陽が沈むまでに

第五話: 山の端に陽が沈むまでに 24

2009.09.10  *Edit 

 *****


 旅芸人に変装しようと言い出したイーミルも、半分は冗談だったようだ。谷の村の調査を受けた時の話である。
 しかしスタンリーは目を輝かせた。
「いや、それいいんじゃない? 芸人ならそんなに怪しまれないし。俺たちの格好で、行商人っていうよりは説得力あると思う」
「でも、芸できんの?」
 本人が元々旅芸人一座にいたイーミルは、からかうようにスタンリーに言ったが、彼は目を細めて答えた。
「お前みたいに手品の心得はないけど、フィドルが弾ける」
「なんで?」
「軍にいた時、俺は楽団に入ってたんだよ」
「へー。言われてみれば、納得できるようなできないような……」
 スタンリーを眺め回した後、イーミルはシェリルに目を向けた。
「シェリルは? 何か楽器とかできる?」
 魔術師ギルドで育った彼女だが、生憎楽器の演奏には縁がなかった。首を振って答える。
「ううん。楽器はタンバリンぐらいしか弾けないけど……」
「タンバリンって……弾くって言うの、あれ? 叩いてるだけじゃ……」
「でも、歌なら歌えるよ」
 母親が音楽好きだったシェリルの生家には、お抱えの吟遊詩人がおり、旅の楽団などもしばしば夕食時に招待して、演奏を頼んでいた。彼女も小さな頃からそうした歌を聞いたり、彼らと共に歌ったりしたので、この王領近辺で馴染みのある歌はほとんど覚えている。ギルドにいた時代も、同じ音楽好き仲間と合唱団を組んだりしたものだ。
「じゃ、ちょっと歌ってみてよ」
「えー」
 シェリルは周りを見回して躊躇した。彼女たちが常宿にしている、安いがそこそこ小奇麗な宿の食堂である。時間はまだ夕方なので、人は疎らだが、ここでいきなり歌い始めるのは気恥ずかしい。
「ダイジョーブだって。誰もお前のことなんか見てないよ」
 悪気は無いのだろうが、どうもイーミルの物言いには、かちんと来るものがある。
 シェリルが眉をしかめる間に、彼は上着の懐から、いつも持ち歩いている小さな横笛を取り出した。
「一人で歌いにくいなら、ちょっと合わせてあげるから。『ライムの樹の下で』歌える?」
 王都の子供が歌うような、簡単な童謡である。頷くとすぐに彼は笛を吹き始めた。最初に何度か濁った音を出した後、彼の横笛は高く済んだ音色を響かせ始める。少ない食堂の客の注目が集まった。緊張するが、イーミルがこうまでしているのに、ためらっていては彼の格好がつかないだろう。
 周囲の人間を野菜だと思い、シェリルは意を決して歌い始めた。彼女のやや鼻にかかった、子供のような高く甘い声は、今演奏されている童謡によく似合う。声量は足りないが、高音部では美しい深みのある声が響いた。
 短い歌を終えると、顔見知りの常連客が、ぱらぱらと拍手を投げかけてきた。半分は愛想だとしてもやはり嬉しい。
「いけるんじゃない?」
 スタンリーがイーミルの顔を見る。笛をテーブルに置いた彼も、頷き返した。
「うん。オヤジ受けしそう」
 またも微妙な言い回しではあったが、シェリルは前向きに褒め言葉だと受け取っておくことにした。
 彼は次に、シェリルの隣に立っているマライアに顔を向けたが、彼女は首を振った。
「私は特に何もできないわよ」
「歌は? 修道院で歌わなかった?」
「私は院長に目をつけられてたから、聖歌隊には入れてもらえなかったのよ」
「じゃあ聖歌じゃなくてもいいよ。なんか歌ってみて」
 マライアもシェリル同様、恥ずかしがって躊躇してたが、イーミルが再び笛で演奏を始めたので、渋々ながら歌い始めた。

 スタンリーが食堂にいた宿の主人と常連客に謝りに行っている。「すんません、ホントすんません」という声が聞こえてきた。
「……想像以下っていうか、想像以上だな」
「だから、言ったじゃない。歌は習ったことないから、苦手なのよ」
 呆然と呟くイーミルに、顔を赤くしてマライアは言い捨てたが、苦手とかいう段階ではないだろうとシェリルは思った。思ったが、彼女との長年の友誼にかけて、口には出さない。動物の唸り声のようだなどと、口が裂けても言えない。
 かつてマライアがいた修道院長が、聖歌隊に彼女を入れなかったのも、目をつけていたとか、そういう理由ではなく、もっとごくごく単純な理由であると思われる。
「マライアは歌は駄目だな」
 一通りの客に謝り倒して戻ってきたスタンリーに、イーミルが声をかけると、彼も横目でマライアを気にしながら頷いた。
「やめといた方がいいねえ」
「あんな歌歌っておいて、金くれとか言って回ってたら、石投げられるどころか、タコ殴りにされて村を追い出されるぞ」
 マライアはイーミルの言葉を憮然と聞いていたが、音痴であることに自覚はあるのか、抗議するようなことはしなかった。
「じゃ、マライアは踊りをやってもらうのは? シェリルは歌でさ」
 スタンリーの新しい提案に、イーミルもしばし考えた後、頷く。
「いいかもね、それ。踊りなんか適当でいいし。サムソンに、太鼓でも叩いてもらえば、一応芸人に見えるんじゃない?」
「あ、形になってきたじゃん。衣装とかどうする?」
「マライアは脚が出るやつね」
「いやよ。はしたない」
 違う人間になりきる変装というものは、何故か心が沸き立つ。あまり乗り気でなさそうだったマライアまで、いつの間にか曖昧ながら笑顔になり、四人で衣装について話し合っていると、背後から低い呟きが聞こえた。
「俺は太鼓なのか」
 普段無口なサムソンは、たまに喋っても抑揚が無いので、不機嫌に聞こえる。
 振り向いたイーミルは、すっかり話の外に置いてしまったサムソンに、愛想笑いを向けた。
「いやさ、太鼓なら誰でも叩けると思ったんだけど……。嫌ならいいよ。力自慢ショーみたいな感じで、大岩持ち上げてもらうだけでも、客は集まるし」
「岩を持ち上げればいいのか」
 サムソンの眉が、心持ち上がった気がする。顔は厳ついが、意外に気の長い彼は、あまり怒ることはない。シェリルやマライアの方がよほど短気だ。
 しかし長い付き合いから、僅かに彼の不満を感じ取ったのだろう。スタンリーが気を遣うように尋ねた。
「あ……それも気が進まない?」
「いや、いい。だが、何故太鼓なんだ」
「やー、太鼓なら誰でも叩けるから……。タンバリンの方がいいか?」
 イーミルはそう言ったが、タンバリンとサムソンというのは、果てしなく似合わないだろうとシェリルは思った。
 憮然とした顔のままサムソンは答える。
「他にも楽器はできる」
「えっ? 何?」
 軍隊時代からサムソンと付き合っているスタンリーも初耳だったのだろう。腕を組んだまま驚いた声をあげた。
「鈴とか?」
「竪琴だ」
 しばらくの間誰も何も言えず、食堂の他の客の笑い声だけがその場に響いていた。
 シェリルは笑った方がいいのだろうかと思った。世界でサムソンに最も似合わない楽器を選べと言われれば、十人中八人は竪琴を選ぶだろう。
 竪琴のような響きの淡い、造りも繊細な楽器は、貴婦人や線の細い男性、あるいは上品な老人などに似合う。見るからに力に溢れた体格のいい男が、太い指で弦を弾いただけで、竪琴のような楽器は壊れてしまうのではなかろうか。
「ホント? なんでまた? お前が竪琴弾いてるって、熊が竪琴弾いてるようなもんじゃん。ネタとして覚えたの?」
 顔を緩ませながら、ずけずけと喋っていたイーミルは、サムソンのひと睨みで口を噤んだ。
「母親に子供の頃習わされたんだ。当時は筋も良くて、領主に呼ばれて客人の前で演奏などもしたものだ」
 饒舌に語るサムソンは、気のせいかどこか誇らしそうだ。謙虚な彼にしては珍しい。
「へー。何でやめちゃったの? 続けりゃよかったのに」
「……成長するに従って、父親に似てきたからだ」
 再びサムソンの顔は僅かに曇った。察するに、幼い頃は母親似で、線の細い少年だったのかもしれない。体が成長を始める十二、三歳の頃に、今のような厳つい体つきになってしまったのだろうか。
「あー、ごつくなって、竪琴なんか似合わなくなっちゃったのね」
「……楽器の演奏に外見は関係無いと俺は思う。だが、母や領主はそう思わなかった。それだけだ」
 竪琴を辞めた際に良くない思い出でもあるのか、サムソンの表情は増々不機嫌になる。尤も、つきあいの浅い人間から見れば、その表情の変化は分からないだろう。
 あまり物怖じしないイーミルは、首を傾げてさらに語った。
「いやー。イメージは大事だよ。俺がこのガタイででっかい太鼓叩いたって、カッコつかないもん。子供の太鼓遊びにしか見えないでしょ」
「……つまり体格のいい俺は、たとえ竪琴が弾けても、イメージ通り太鼓でも叩いてろってことか」
 サムソンの声に力がこもったのを感じ取ったのか、さすがにイーミルも表情をやや引き締めた。とりなすようにスタンリーが口を開く。
「いやいや、弾けるんなら、ぜひ弾いてよ、竪琴。うまい人間が弾いた方が面白いって」
「そうそう、岩石人間が竪琴弾いてるみたいでウケるし。絶対」
 笑顔で付け足すイーミルを、サムソンは陰険な目で睨んだ。男たちを冷めた目で見ながら、マライアがシェリルにそっと囁く。
「なんでイーミルって、ああ余計なこと言うの。わざとかしら?」
「半分わざとだと思う……」
 彼のいらぬ一言に怒りが湧き上がるのはしょっちゅうだが、相変わらず子供のような愛嬌のある彼を見ていると、本気で怒っているのがばかばかしくなる。どうもイーミル自身、他人にそう思われているのが分かっていて、図に乗っている節がある。そうは知っていても、やはり憎めなかった。得な性格だ。
「よし、じゃ、決まった。俺がフィドルで、イーミルが笛、サムソンは竪琴で、男三人が楽器やって、シェリルは歌、マライアは踊りね」
 軽くテーブルを叩いたスタンリーは、全員の顔を見渡した。
「二、三日、歌と踊りの訓練するか。その後、谷の村に出発しよう」
 新しい仕事に対して心を高揚させながら、彼らは力強く頷いた。
 三日後、音楽に合わせて体を動かすことができず、イーミルに『胃腸炎を起こした猿』と笑われた挙句、結局マライアは太鼓叩きに変更されてしまうことになるが、無論今は知る由もない。


 *****


 まどろみから目が覚めた。
 ひどく懐かしい夢を見ていた気がするが、目覚めて周囲の状況を把握した途端、夢の内容は脳裏から儚く溶けて消えた。
 地下牢には窓が無い。太陽の位置は分からないが、とうに沈んでいるだろう。夜にはもうこの町を出発しなければならないのに、指輪の奪還どころか、外に出るめどすらつかない。
 シェリルたちを捕らえたフレデリック司祭は、この教会の司祭に、彼女たちを罪人だと話し、地下牢に押し込めた。
 どうやら彼は町に着いた後、典礼には参加せずに、教会の司祭の部屋を借りて、護衛を一人つけて寝室で休んでいたらしい。
 シェリルとコヨーテはそこにのこのこと忍び込み、寝室を確認もせずに調査していたのだ。失敗だった。
 居室にいる彼女たちの話し声に気づいた護衛とフレデリック司祭は、頃合を見計らって、賊を捕らえるために、寝室から飛び出してきたらしい。
 夜になり、寝静まるのを待ってから動けばよかったのかもしれない。だが、一刻も早く指輪を取り返して、廃屋に出発したかったシェリルたちは焦っていた。
 コヨーテと共に牢屋に閉じ込められるのも何回目だろうと思った。今は苦笑いする気にもなれない。
 後ろ手に縄で縛られた彼女は、術を使えない。もっとも、鉄格子の正面には、脱走を警戒したのか、武装したフレデリック司祭の護衛の一人が目を光らせている。コヨーテと脱出の算段を話し合うこともできなかった。
 彼の気を引こうとして、コヨーテが話しかけたが、全く無視された。よく訓練された軍人のようだ。
 牢の奥の壁に背を預けて座り込み、じわじわと湧いてくる絶望から、シェリルは項垂れた。隣に腰を下ろしたコヨーテが、縛られたまま、そっと肩を寄せる。護衛の兵士には、兄が妹を慰めているように見えるだろうか。他人ごとのように考えた。
 そうしている内に、疲れと酔いに苛まれていた彼女は、うとうとしてしまったらしい。
「今、どのくらい……?」
 寝起きの掠れた声で彼に尋ねると、コヨーテは首を傾げた。
「分からない。でも、真夜中くらいじゃないかな」
 間に合わない。
 シェリルは俯き、唇を痛いほど噛んだ。
 男爵夫人と会い、指輪の現物を確認した時点で、それを強引にでも奪ってしまえばよかった。彼らに情などかけている場合ではなかったのだ。コヨーテも言っていたではないか。どんなに彼らが哀れでも、仲間が大切なら非情に徹するべきだったのだ。
 沈黙しながら歯を食いしばり、自分を責めた。壁に頭を打ち付けたいほどだ。
「どうしよう……」
 冷静を失い、嗚咽混じりの声をあげるシェリルに、コヨーテは静かに囁いた。
「シェリル、まだ生きてるんだ。機会はある。奴らだってそう長くここには滞在していない。教皇領に出発する時、僕らも外に出される。その時がチャンスだよ」
「それじゃ、間に合わないよ……!」
「しっ。見張りに聞こえるよ」感情が高ぶるにつれて、声も大きくなるシェリルを、彼は穏やかに制した。「奴らは明日の朝にでも出るかもしれないんだ。その時に指輪をぶんどって脱出できれば、間に合うかもしれない。諦めたらダメだよ」
「分かってるけど」
 首を振りながら、こらえきれない涙が溢れた。泣いても何も解決しない。けれど仲間たちに残された時間が、刻一刻とすり減っているというのに、何もできずに縛られて座っているしかない自分が情けない。惨めで悲しい。
 不安と焦燥から、いつになく感情を高ぶらせてすすり泣いているシェリルを、彼は隣から無限とも言える深い哀れみを込めて見つめていた。

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