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魔女とコヨーテ」
第五話 山の端に陽が沈むまでに

第五話: 山の端に陽が沈むまでに 25

2009.09.13  *Edit 

 時間は冷酷に流れ続けた。
 シェリルは時折泣き、嗚咽が治まると、うとうとと、浅く短い眠りに入ることを繰り返していた。
 コヨーテが一度立ち上がり、何か考えでもあったのか、格子の方へ歩き出したが、すかさず護衛の兵士も槍を取って立ち上がると、彼に牢屋の奥に戻れと命令した。
 従わなければ、格子の隙間から、その鋭い槍の切っ先でコヨーテの胸を突くだろう。機械的な声は、彼がそれをためらいもなくやってのけるだろうと確信させた。
 コヨーテは仕方なくシェリルの隣に戻って座った。
 しかし彼女は、彼が立ち上がって歩き出した後姿を見て、ごく微かな希望を見た気がした。彼の手首はもはや何にも縛められておらず、縄を握りこんでいるだけだ。いつの間にか縄を解いて抜けたのだ。
 見張りは一人だ。格子越しに近づくことができれば、以前谷の村での時のように、見張りの兵士の喉に長針を突き立てて始末できるはずだ。
 しかしこの有能な護衛兵は、用心深い。コヨーテが格子に近づくことを許さなかった。距離がありすぎて、牢屋の奥からでは、長針は届かないだろう。
 彼の手が動くなら、シェリルの手首の縄を解いてくれれば、彼女は術が使える。幸い、短剣は取り上げられてしまったものの、触媒を入れた袋は手元にある。
 だがこの隙の少ない見張りの兵が、それを許してくれるとは思えなかった。

 コヨーテの縄が解けていることを知ってから、シェリルの涙は止まった。彼は動けるのだ。何とか方策を考えて脱出しなければならない。頭を凄まじい速さで回転させる。眠気と疲れも吹き飛んだ。
 一度、コヨーテが彼女と背中合わせになり、彼女の縄を解こうとしてくれたが、その動きに不審を感じたらしい兵士にすぐに止められてしまった。
 厠に行きたいと女性のシェリルが訴えても、牢の中で用を足せとにべもない。
「婦人に対してなんてことを。妹に一生の恥をかかせるおつもりか」
 コヨーテが抗議したが、見張りはこれを全く無視した。交渉する余地もなかった。
 なすすべもなく、長い時間が経った気がした。
 やがて、上階から別の護衛兵士が降りてきた。交替するらしい。
 次の兵士にも、厠に行かせろだの、喉が渇いただのと吠えてみたが、やはり全く無視された。
 その内、冗談ではなく本当に尿意を覚えたらしい。コヨーテが切羽詰った声を何度かあげたが、これも黙殺されてしまった。シェリルの方は嘔吐を繰り返して、水分不足気味が幸いしたのか、まだ尿意は覚えない。
 実際には彼は手は動かせるのだから、服の留め具を外すことはできるはずだが、そうすれば勿論、兵士に彼の手首の縄が解けていることが発覚してしまう。そうなれば、殴られた上にもっと厳重に縛められるか、へたをすれば警戒を強めた彼らに殺されてしまうかもしれない。
「頼む。開けて、せめて縄をほどいてくれ。生き恥を晒すくらいなら、死んだ方がましだ!」
 悲痛なほどのコヨーテの訴えも、兵士はさっぱりと無視した。彼はなだめすかし、脅し、しまいには涙声で訴えたが、兵士は岩のように沈黙している。
「……ごめん、限界。あっち向いてて」
 用を足すために掘られた、悪臭漂う小さな穴の上で、蒼ざめたコヨーテが屈んだ時、シェリルは彼が危険を犯して名誉を守るよりも、彼の尊厳を粉々にしてでも、目的の為に自分と彼女の身を守るつもりだと知った。
「おもらしするつもりなの?」
「はっきり言わなくていいから」囁く彼女に、彼は鬼気迫る顔で囁き返した。「……あいつら、あとで絶対殺す」
 
 コヨーテの失われた尊厳に涙している場合ではなかった。間もなくシェリルにも同じ事態は訪れた。
 彼女も夢中で見張りの兵に向かって、あらゆる声色を使って訴えたが、やはり無視された。
 コヨーテに後ろ手でこっそりベルトを外してもらうことも考えたが、女性である彼女は、ズボンを脱がなければ用を足せない。兵士の前で尻を晒して用を足すか、服を着たままコヨーテと同じ不名誉に殉ずるか。シェリルは悩んだ挙句、男爵令嬢らしく上品な言葉で兵士を罵倒しながら、後者を選んだ。
 極めて屈辱的であったのは、言うまでもない。
 飲み食いしていないにもかかわらず、尿意が訪れたことを考えれば、相応の時間が経っていると思われる。兵士の交代が夜明け頃だったしても、もう朝だろう。しかし、彼らが出発する気配は無かった。
 食事や水の差し入れも無いので、体の感覚で時間の流れを探るしかないが、やはりあやふやだった。
 それからさらにしばらく時間が経った頃、階段を下りてくる足音がしたと思うと、この教会の司祭が、平たい皿を持って現れた。
 護衛の兵は素早く立ち上がり、司祭に一礼する。
「捕らわれている者に、水だけでもあげたいのだが、よろしいか?」
「我らが司祭からは、そのような指示は受けておりません」
 兵士が慇懃無礼に答えると、司祭は眉を吊り上げた。
「フレデリック司祭になら、私が許可をいただいた。捕らえた人間に慈悲も与えずに、神の名を語るものではありません。神は慈悲深い」
「フレデリック司祭から許可をいただいているなら、結構です」
 激高する司祭を相手にもせず、兵士は乾いた声で言ってのけると、司祭から皿を取り上げ、格子の下の隙間から長い棒で中へと押し込んだ。
 猫や犬にやるように、平たい皿に水が湛えられている。捕らわれの人間も獣のように、屈んでこれに直接口をつけてを飲むのだ。捕虜の見張りを引き受けたことのあるシェリルは、その方法を知っていたが、自分がそんなことをする羽目になるのは初めてだ。これも屈辱であった。
 しかしコヨーテは少しの間ためらっただけで、すぐに皿に口を寄せて、水を飲み始めた。
 屈辱だろうがなんだろうが、機会が来た時に脱水症状で体が動かせないのでは話にならない。シェリルも羞恥の塊を飲み下し、彼に倣って、縛られたまま膝をつくと、皿に顔を寄せて水を啜った。鼻までもが水に浸かり、安っぽい金属の皿の匂いが鼻腔に微かに漂う。それでも久しぶりに口にした水は、乾いた喉に沁みいるようだった。
「男爵のご子息、子女ともあろう方々が、おいたわしい……」
 慈悲深い性質らしい司祭は、穏やかな顔を歪めて彼らを見下ろしていた。
 彼とは会話ができそうだ。シェリルは顔を上げ、司祭を見つめた。
「司祭様、私たちは、いつここから出していただけるのでしょう?」
 彼は項垂れて首を振る。
「私ではお答えしかねます。あなた方の処遇については、フレデリック司祭に一任されておりますので」
「……今、どのくらいの時間ですか?」
「昼過ぎです」
 眩暈がしそうだった。
 八日目の昼。あと二日あまりで、マライアたちが殺される。

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RE: 拍手お返事 >9/13にいただいた方 

拍手&コメント、ありがとうございます! 
二人ともかなり追い詰められている状態ですね。行く末を願っていただいて、ありがとうございます。
五話は間もなくクライマックスです。
ご期待に添えるかどうか分かりませんが、最後までお付き合いいただければ幸いですm(_ _)m
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