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魔女とコヨーテ」
第五話 山の端に陽が沈むまでに

第五話: 山の端に陽が沈むまでに 27

2009.09.19  *Edit 

 彼らは部屋を取っていた宿に戻ると、厩から馬を引き出してきた。無論真夜中で宿の門は閉じていたが、術を使って強引に入り込んだ。
 コヨーテが馬の支度を整えている間、シェリルは厨房に忍び込んで、水と食料を失敬してきた。
「悪いけど、僕は行かないよ。殺されると分かっているところに、のこのこ出て行く理由が無い」
 荷物を馬にくくりつけながら、彼は言った。それまでの会話から予想できたことなので、シェリルはただ頷いただけだった。そう、彼には理由が無い。でも彼女にはある。
 酔いに効く薬草の入った袋を彼はシェリルに手渡してくれた。鐙にやっと足をかけた彼女が馬上にあがるのを手伝ってくれる。
 おっかなびっくり手綱を取るシェリルが乗った馬をコヨーテが引いて、彼らは宿を抜けた。
 町の門は閉じていたが、門番は二人だけだ。シェリルが術を使おうとしたが、それを留めて、コヨーテが長針で二人とも始末をつけてくれた。彼女の消耗に配慮してくれたのだろう。
 倒れた門番は明日騒ぎになるかもしれないが、構っていられない。どのみち、この辺りの町には当分近寄れないだろう。
 二人は門を開けて町の外に出ると、王都に通じる街道を取った。
 天空の月はもう沈みかけている。雲ひとつ無く、夜空は清らかなほどに晴れ渡っていた。
 足を止めたコヨーテが、馬上の彼女を見上げる。
「もう一回だけ訊くけど、考え直す気はない? 別にここで逃げたって、恥ずかしいことじゃない。辺境伯の次男の保護を受ける気はない?」
 シェリルは無言で首を振った。彼は息をついて続ける。
「……僕はほとぼりが冷めるまで、辺境伯や暗殺者ギルドの手が及ばない西の辺境に逃げるよ。当分、この辺りじゃ仕事はできないだろうし、暗殺者ギルドが口封じに刺客を放つだろうからね」
「分かった。気をつけて」
 頷くシェリルの瞳を、コヨーテの褐色の瞳がじっと見つめる。月が照らす彼の瞳の色を美しいと思った。
「君も一緒に行かない?」
 彼女の心は大きく揺れた。
 今まで考えたこともなかった。助からない可能性が高い仲間たちを思い切って捨て、コヨーテと西の辺境に共に逃げる。
 彼の言う通り、彼女が廃屋に到着する頃には、仲間たちは殺されてしまっているだろう。シェリルが見つけるのは、彼らの変わり果てた姿かもしれない。そしてそれを嘆く暇もなく、彼女もあの赤毛の男たちに陵辱されて無残に殺されるかもしれない。
 でも今彼と共に西を目指せば、そんな目に合わなくて済む。仲間たちがどこかで生きているかもしれないと毎日祈りながら、彼と共に生きていける。
「ごめん、行かない」
 大きくぐらついた心を立て直して、シェリルは涙声で答えた。
 彼が辺境伯の次男との交渉を諦め、指輪を彼女に渡して、そう言ってくれただけで、もう彼から貰うものは十分ではないか。重ねあってきた肌も、交わしてきた言葉も、無駄ではなかった。彼との間にできた、形も色も分からない絆。もしこのあと、仲間の傍らで力尽きるとしても、死の瞬間までその幸せを抱いていることができる。
 罪悪感を抱えて、彼のそばで自分を軽蔑しながら生きるより、きっと幸せだ。
 コヨーテの瞳が僅かに揺らいだ気がした。それは月明かりが見せる幻かもしれなかった。
 彼は馬の首を撫でてその耳に何か囁く。馬がおとなしく首を下げるのを見ると、彼はシェリルを見上げた。
「戻る道は、こいつに任せておいて大丈夫。君に気を遣って走ってくれるし、君の言うことも聞いてくれると思うよ。……でもぶっ続けで走らせたら、二日ももたずに潰れちゃうからね。適当に休んで」
「ありがとう」
 彼が今、馬の耳に囁きかけたのは、魔術の類なのだろうか。どんな術か興味があったが、今は時間が無い。礼だけ短く告げると、彼は微笑んだ。
「もし、万が一」彼の澄んだ声が耳を撫でた。「君とお友達が生きて逃げることができたら、君たちも西に来るといいよ。西の辺境には、辺境伯は興味が無い。暗殺者ギルドの支部も無いから、連中の手も伸びないはずだ」
「分かった」
「山脈を越えた最初の町で、しばらく待ってる。──また会えることを祈っているよ」
 こらえる暇も無く、瞳から涙が溢れた。それを拭いもせずに顔を近づけたシェリルの肩を、彼は馬の下から腕を伸ばして抱き締めた。乾いた唇同士が触れ合う。
 くちづけは一瞬だった。すぐにシェリルは顔を離して姿勢を正す。
「絶対、行くから。絶対、仲間を助けて、西に逃げる。待ってて」
 コヨーテが頷くのを見届けて、シェリルは見よう見まねで、馬の腹を蹴る。彼女の意志を感じ取った馬は緩い足取りで走り出した。もう一度蹴ると、馬の速度があがる。
 振り返ろうとしてやめた。戻るわけにはいかない。未練が増すばかりだ。今は前だけを見て、一刻も早くあの廃屋に帰り着かねばならない。
 月明かりが照らす街道を疾走しながら、シェリルの頭には、これまで仲間たちと過ごした思い出がいくつも甦り、そしてうっすらと描いていた、仲間たちとの未来が断片的によぎった。
 スタンリーとマライアの結婚。ギルドに戻るシェリル。武官として国王に召抱えられるサムソン。気ままに生きていくイーミル。それでも時折互いの協力を仰ぎながら、たまに集まったりするのかもしれない。
 全て幻だ。これだけ多くの人間を裏切り、敵に回してしまった今、この王国内での夢は潰えた。今は暗殺者ギルドの手をかいくぐって生き残り、仲間と共に西の辺境を目指すのだ。盗賊が跋扈する山脈も、彼らと一緒なら抜けられる。
 その向こうの最初の町で彼が待っていてくれる。

  
 シェリルを乗せた馬の姿が夜の闇に紛れて見えなくなっても、彼はしばらくその場に立ち尽くしていた。
 もう八日目の真夜中。いや、九日目の夜明けが近い。どう馬を飛ばしたところで間に合わないだろう。彼女の仲間たちは殺されているに違いない。そこへ顔を出したところで、一緒に始末されるだけだ。ただの犬死である。
 彼の知る、聡明で冷静なシェリルが、馬を走らせている内にそのことに気づき、考えを変えて、また戻ってくるかもしれないと思ったからだ。
 知り合って二年以上になる。ここ一年ほどは、偶然ではなく彼の意志で、王都にいる彼女に会いに行っていた。その彼女をこんなところで失いたくない。
 彼女を眠り薬か麻痺毒で昏倒させてでも、ここから連れ出すことも一瞬考えた。
 しかし後々、シェリルは、仲間を見捨てさせた彼を決して許しはしないだろう。憎まれながら側にいても嬉しくはないし、やがて彼女も離れていくだろう。彼女の憎しみを受け止めて、辛抱強く溶かしながら、それでも手を離さずに共に生き続けるような度量を自分が持っているとは、彼には思えなかった。
 甚だ不本意ではあるが、シェリルの意志を尊重してやるしかない。ついにそう諦めた。

 辺境伯の次男坊からの申し出は、根無し草生活が長かった彼には魅力的に聞こえた。莫大な報酬もそうだが、辺境伯の次男の側近として召抱えてくれるという。
 彼が魅力を感じたのは、その地位ではない。父の跡、兄である長男を廃し、次の当主の座を虎視眈々と狙う、次男の片腕となって、自分の力がどこまで通じるか試してみるのも面白そうだった。
 だが、シェリルの命を奪ってまでやってみたいことではない。
 剣を向け合った時、彼女との力の差は圧倒的だった。彼女との間に立ちふさがる人間がいるならともかく、一対一では、不意を突かない限り、シェリルに勝ち目は無かった。
 しかし足払いをかけて倒され、右手を封じられても、彼女は諦めていなかった。シェリルの黒い瞳は、彼に彼女を殺す気がほとんど無いことを見抜いていた。それは恐らく彼女も、彼を殺してでも指輪を奪おうと決心しかねていたからだろう。互いにどうにか相手を傷つけず、自分の目的を果たそうとしていた。
 だがあの場での生殺与奪の権は、彼にあった。彼はいつでもシェリルの喉にもう一押し剣を押し込むだけで、彼女を殺せた。彼女のすべては、あの場で彼のものだった。
 そう思った時、全てに興味が無くなった。
 どうやってシェリルを殺さず、恨まれずに、目的を果たすか考えるよりも、彼女の思う通りにさせてやろうと思ったのだ。勝負が見え、シェリルに対する自分の優位を確信した時点で、全て満足しきってしまった。彼に対して歯が立たない彼女に、むきになるのがおとなげない。そんな気持ちだった。

 絶対仲間を助けて、絶対西に逃げてくる。シェリルはそう言った。
 でも、かわいいシェリル。強く願うだけでは思い通りにはならないんだ。僕はそれをよく知っているし、君も知っているはずだ。願いを力に変えることができる魔術でさえ、万能ではないからね。
 今もこの夜空の幕の下で、星の数ほどの無数の人々が大切な人間の為に、不可能を可能にする奇跡を祈っている。けれど実際に叶う願いなど、きっと無い。ひとつも無い。時間を越えて永遠に存在されるとされる神の手による奇跡など、そう毎日起こってはたまらない。小さな虫が潰れるように、ぷちぷちと虚しく消えていく人々の祈りに、崇高なる天空の神は気づきもしないに違いない。
 だから彼は奇跡を祈るのではなく、彼女が論理的に考え、自らの意志で苦渋の選択をし、戻ってくることを期待した。
 その決断をして戻って来た時、シェリルはひどく打ちのめされ、良心に苛まれているだろう。その後も自分を責め続けるに違いない。
 その時、もし彼が彼女の傍らにいることで、少しでも彼女の慰めになるのなら、そばにいてもいい。他人の心の傷を受け止めたことなどないし、いつまでつきあえるか分からないが、試してみてもいいと思った。 
 彼は待った。
 しかしいつまで経っても彼女は戻ってはこなかった。
 自分はまだまだシェリルのことを分かってなどいなかった。彼はそっと自嘲した。
 月が完全に荒野の向こうに沈む頃、東の空がうっすらと青みを帯びてきた。
 立ち尽くしたままで、真夜中の風にやや冷やされた肩をさすり、彼は小さな溜め息をつく。外套や荷物は巡礼宿に置いてきてしまった。
 奇跡に期待するまい。そう思ったが、祈らずにはいられなかった。
 彼は肩を温めるように軽く回すと、西へ通じる街道に向かって歩き出した。

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~ Comment ~

re: 拍手お返事 >Kさん 

拍手、ありがとうございます!
切ない対決と別れでしたね…。

五話もあと2~3回となりますが、で、できることなら最後までお付き合いいただければ幸いです。
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