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魔女とコヨーテ」
第一話 嫁入り

第一話: 嫁入り 4

2009.02.22  *Edit 

 彼女は不審に思いながらも、寝台から起き上がった。
「どなたですか?」
 粗末な木の扉越しに誰何すると、思いがけない声が返ってきた。
「レナードです。夜分に大変申し訳ございません」
 強烈な既視感を覚えた。
 ただ、扉の向こうから返ってくる声は、あの夜のくぐもった甲高い声ではなく、よく通る涼やかな声だ。
 シェリルは扉を小さく開けた。
 レナードは外套を肩に掛け、小さな燭台を持っていた。その明かりが彼の白皙を照らしている。
「このような時間に訪ねる無礼を、どうかご容赦ください」
 公子が口を開くと、吐息で蝋燭の炎が揺らいだ。
「どうかなさいました?」
 早鐘のように打ち始める鼓動に、声が震えそうになる。レナードの返事が返ってくるまでの時間が恐ろしく長く感じられた。その間、凄まじい早さで、シェリルの頭にはいくつもの思考と感情が入り乱れた。
「実は、従者がやはり川熱にかかったらしく、先ほど寝込んでしまったのです」
「まあ」
 動悸が幾分治まったのは、その答えが全く見当外れだったからだ。それにより安堵しているのか、落胆しているのかは考えたくなかった。
 レナードは微苦笑を浮かべて続ける。
「どうも、川熱は側にいると感染するようです。ご主人に従者の面倒を見ていただけることになり、私は感染しないようにと部屋を追い出されてしまいました」
「まあ、そんな……申し訳ございません。私の侍女の為に」
 思わず扉を広く開き、彼女は廊下に半歩踏み出した。
 レナードは驚いたように首を振る。
「とんでもない。私の従者の鍛え方が足りないのですよ。侍女殿にもご無理をさせてしまって、私の行き届かなさに恐縮するばかりです」
「いいえ、こちらこそ。私が侍女の様子まで把握していなかったことが原因です。申し訳ございません」
 互いに詫び合っているのが何とも珍妙に感じた。
 次の瞬間、青年は吹き出した。少しの間、彼は口元を押さえて笑っていた。シェリルの顔も自然と笑みを形作る。常に微笑んでいるレナードだったが、本当に面白そうに笑う彼を見たのは初めてだった。
「いえね」シェリルを見下ろして、口元を覆ったまま青年は続けた。「あなたと無事結婚できた後には、このように喧嘩もせずに、毎日お互いにお詫びしているかと想像したら、つい……失礼致しました」
 それを聞いて、彼女も口元を押さえて、声をあげて笑った。涙が出そうになる。
 どうして私は伯爵令嬢ではないのだろう。

「本来なら、そちらのお連れの方々の部屋へ入れてもらうべきなのでしょうが、生憎寝台が塞がっていまして……」ひとしきり笑い合った後、レナードは再び話し始めた。「どうせ床で寝るなら、フィリス様のお部屋の前の廊下で眠ろうと思った次第です。また辺境伯の暗殺者が来ないとも限りませんからね。どうもあなたが視界にいないと不安なのですよ」
 まるで子供を見守る父親だ。貴族に取っては、女性とは子供のようにひたすら一方的に男性が守るものなのだと知っていたが、誇り高い彼女は、その扱いにさすがに小さな反感を覚えた。
 しかし決して不愉快ではなかった。むしろその小さな反発は、シェリルのレナードへの好意をさらに膨らませた。
「そういうわけで、お差し支えなければ、お部屋の前で休ませていただいてもよろしいでしょうか?」
「そんな、とんでもない。公子様を廊下で休ませるなんて。どうか、寝台をお使いください」
 私なら、供の者の部屋に参りますので。
 レナードに訴えたが、次の言葉は飲み込んだ。万が一にも彼にあっさりと頷かれ、ここに彼だけを残して、仲間たちの部屋へ行くのは避けたかった。反射的とも言える速さで、彼女は計算した。だが何故なのかまでは考えない。答えはとっくに知っているからだ。
 分からなかったのは、レナードの真意の方だった。彼女と似たような気持ちなのか、それとも礼儀と慎みを越えられないほどの友愛しか持たないのか。
 知りたかった。
「それこそ恐れ多い。女性の寝台を私が使うなどと……あなたがお休みになる場所が無いではありませんか」
 レナードの言葉に対し、シェリルは返事をせずに黙った。
 沈黙が流れる。 
 最も望まない答えをもらう恐れから、シェリルの方から口を開いた。
「私は……床で休みます。野宿が続きましたから、大丈夫ですわ」
「どうか、そんな気遣いをしないでください。未来の妻を床で寝かせるなどと、私の一生の不名誉です」
「ですが、廊下は深夜には冷えます。未来のご主人となる方に、そこまでおつらい思いをさせたくないのです」
 シェリルは一気に次の言葉を続けた。
「公子様、せめてお部屋の床で休んでください」
 レナードの表情が困惑に固まった。
 これで慎みを知らない女だと思われて、婚約が破棄にでもなれば、フィリスに合わせる顔が無い。しかし自分から今の発言を撤回する気はなかった。
 やがて、レナードは苦笑いと共に言った。
「……ありがとうございます。それでは、未来の奥方様のお気遣いに、今回だけ甘えさせていただきます」

「実は私は寒がりなのです。フィリス様のお心遣いに感謝いたします」
 室内に入ったレナードはそう言いながら、後ろ手に扉を閉めた。
 シェリルは口元を綻ばせただけで、声をあげて笑うことはなかった。息詰まるような緊張で、それどころではない。
 しかし公子はゆったりとした口調で話し続けた。
「フィリス様は、お見かけによらず、体力はおありのようですね。ここまでの旅で体調を保っていられるのはご立派です」
「ありがとうございます」
 形式的な礼を述べたものの、助けのいらない、頑丈な女と暗に言われているような気がする。
 胸に生まれた彼への僅かな反感から、シェリルはまたひとつ小さな賭けをしたくなった。
「あの……何故私との婚約を受けていただいたのでしょう? 家は名前ばかりですし、私はその……この通り、頭でっかちの知識ばかりで、容色も冴えず、方々から縁談を断られている身です」
 喋りすぎてはいけない。正体が露見したら一巻の終わりだ。だが、シェリルはその答えを聞いてみたかった。
「正直に言えば、理由は父が決めたからです」
 若者は彼女の不躾な問いに眉を顰めることもなく、いつもの緩やかな微笑みを浮かべた表情で答えた。
「ですが、もちろん私は父の計らいに感謝しています。あなたのような、賢く愛らしい女性を妻にできるとは、光栄の至りです。
 暗殺者に襲われながら、果敢に短剣を抜いたあなたを見た時には、雷に打たれたようでした。こんなに勇敢で、しかも可愛らしい女性がいるのかと思いましたよ」
 レナードの言葉が、シェリルの心の奥深くまで染みた。あの時、短剣を抜いて立ち向かったのはフィリスではない、シェリルだ。その行動に向けられる称賛は、間違いなく彼女自身に向けられているのだ。
 もう十分だ。
 感激に溢れ、言葉も出ないシェリルは、微笑み返しながら頷くのが精一杯だった。
 毛布を提供しようとするシェリルを断り、公子は纏っていた外套を壁際の床に敷くと、その上に横になった。彼女には背を向ける格好だ。
 シェリルはその背中をいっとき見つめ、公子に挨拶をする。レナードは就寝の挨拶を返したが、礼儀正しく、振り向くことはなかった。
 燭台の炎をそっと吹き消し、シェリルも寝台の上で毛布にくるまる。レナードには背を向けた。

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